シカゴの友人からメールが来ました。
金曜日に行われた、シカゴ商工会議所主催の講演と映画に行ってきたそうです。
映画の題名は「半次郎」で、幕末、戊辰戦争、明治維新、西南戦争にかけて活躍した中村半次郎(桐野利秋)の生涯を描いた歴史大河ロマンで、主役の半次郎を演じた榎木孝明と西郷隆盛の曾孫が講演を行ったそうです。
映画を見た友人の感想は「戦争の悲惨さを描いたものとしてはすばらしいものでしたが、少し創りすぎているように感じました。」ということです。
榎木孝明さんについては「参加者全員と握手し、きさくで好感が持てる人でした。」とありました。
榎木孝明氏が自ら13年をかけて企画し、監督など主要スタッフの人選、制作費なども積極的に働きかけ、情熱を持って製作した映画だそうです。
幕末維新を駆け抜け、生涯にわたって西郷隆盛を支えた男の半生に焦点を当て、西南戦争の壮絶な戦闘シーンをダイナミックに描いているそうです。(私はまだみていない)
戊辰戦争で幕府軍を破り、明治政府の陸軍少将に上り詰めた桐野利秋でしたが、権力闘争に敗れた西郷と共に薩摩へと帰郷。
故郷で開墾に励む利秋でしたが、政府への不満を暴発させる青年たちを見捨てられなかった桐野は新政府に反旗を翻し、西郷と共に立ち上がります。
薩摩の古流剣術・示現流(じげんりゅう)の使い手で忠義心の強かった半次郎は、最後まで西郷隆盛に忠義を尽くし逝きました。
最近、あまり映画を見ていないので映画「半次郎」を知りませんでしたが、シカゴの友人からのメールで知りました。
日本では10月9日から公開されているようです。
学生時代は幕末ものにこって竜馬、西郷隆盛、勝海舟、新撰組などのゆかりの地を訪れました。
西郷については海音寺潮五郎氏の大長編史伝『西郷隆盛』全9巻や『西郷と大久保』などを読んだりしました。
海音寺氏は鹿児島県伊佐郡大口村(現・伊佐市)生れ。
榎木さんは鹿児島県伊佐郡菱刈町(現・伊佐市)出身。
両氏とも同郷の西郷や桐野には強い思い入れがあるようです。
伊佐市は西南戦争の激戦地でした。
中村半次郎(薩摩藩)は河上彦斎(肥後藩)、岡田以蔵(土佐藩)と共に幕末の三大人斬り、と呼ばれています。(薩摩藩の田中新兵衛を入れて四大人斬りとも言う)
岡田以蔵は「竜馬伝」でご存知の人も多いと思います。
河上と中村は人斬りと呼ばれていますが、実際に人を斬った記録は少なく、榎木孝明さんによると半次郎は「生涯で1人を斬った記録が残っているだけ」だそうです。
当時は倒幕の志士たち、幕府側の新撰組の隊士など、立場は違っても真剣に生き、国を思いながら若くして逝った人が多く、その生き方は今の人たちを感銘させます。
「667、「歴女」は昔からいた」を参照
大河ドラマ「竜馬伝」も佳境に入り目が離せません。
金曜日に行われた、シカゴ商工会議所主催の講演と映画に行ってきたそうです。
映画の題名は「半次郎」で、幕末、戊辰戦争、明治維新、西南戦争にかけて活躍した中村半次郎(桐野利秋)の生涯を描いた歴史大河ロマンで、主役の半次郎を演じた榎木孝明と西郷隆盛の曾孫が講演を行ったそうです。
映画を見た友人の感想は「戦争の悲惨さを描いたものとしてはすばらしいものでしたが、少し創りすぎているように感じました。」ということです。
榎木孝明さんについては「参加者全員と握手し、きさくで好感が持てる人でした。」とありました。
榎木孝明氏が自ら13年をかけて企画し、監督など主要スタッフの人選、制作費なども積極的に働きかけ、情熱を持って製作した映画だそうです。
幕末維新を駆け抜け、生涯にわたって西郷隆盛を支えた男の半生に焦点を当て、西南戦争の壮絶な戦闘シーンをダイナミックに描いているそうです。(私はまだみていない)
戊辰戦争で幕府軍を破り、明治政府の陸軍少将に上り詰めた桐野利秋でしたが、権力闘争に敗れた西郷と共に薩摩へと帰郷。
故郷で開墾に励む利秋でしたが、政府への不満を暴発させる青年たちを見捨てられなかった桐野は新政府に反旗を翻し、西郷と共に立ち上がります。
薩摩の古流剣術・示現流(じげんりゅう)の使い手で忠義心の強かった半次郎は、最後まで西郷隆盛に忠義を尽くし逝きました。
最近、あまり映画を見ていないので映画「半次郎」を知りませんでしたが、シカゴの友人からのメールで知りました。
日本では10月9日から公開されているようです。
学生時代は幕末ものにこって竜馬、西郷隆盛、勝海舟、新撰組などのゆかりの地を訪れました。
西郷については海音寺潮五郎氏の大長編史伝『西郷隆盛』全9巻や『西郷と大久保』などを読んだりしました。
海音寺氏は鹿児島県伊佐郡大口村(現・伊佐市)生れ。
榎木さんは鹿児島県伊佐郡菱刈町(現・伊佐市)出身。
両氏とも同郷の西郷や桐野には強い思い入れがあるようです。
伊佐市は西南戦争の激戦地でした。
中村半次郎(薩摩藩)は河上彦斎(肥後藩)、岡田以蔵(土佐藩)と共に幕末の三大人斬り、と呼ばれています。(薩摩藩の田中新兵衛を入れて四大人斬りとも言う)
岡田以蔵は「竜馬伝」でご存知の人も多いと思います。
河上と中村は人斬りと呼ばれていますが、実際に人を斬った記録は少なく、榎木孝明さんによると半次郎は「生涯で1人を斬った記録が残っているだけ」だそうです。
当時は倒幕の志士たち、幕府側の新撰組の隊士など、立場は違っても真剣に生き、国を思いながら若くして逝った人が多く、その生き方は今の人たちを感銘させます。
「667、「歴女」は昔からいた」を参照
大河ドラマ「竜馬伝」も佳境に入り目が離せません。