咲とその夫

 定年退職後、「咲」と共に第二の人生を謳歌しながら、趣味のグラウンド・ゴルフに没頭。
 週末にちょこっと競馬も。
 

今なお魅了される真田一族・・

2013-06-06 17:29:44 | レビュー
 先般購入していた「真田三代」(著:火坂雅志)、上下巻の分厚い本であるが、連日連夜時間を見つけては読み漁り・・・読破した。

 遠方にいる歴史好きの娘にその話をすると、「読みたい、読みたい。送って・・」の返事。

 戦国時代の小豪族の真田一族が、武田、上杉、織田、徳川、北条、豊臣などの巨大勢力の狭間にありながら、様々な知略を駆使して明治維新まで家名を引き継いだことは日本の歴史上もまことに稀有なことであろう。

 天下分け目の関ケ原に大勝した徳川家康。その戦後処理では、徳川軍団を二度も打ち敗った真田一族の知将昌幸、二男信繁(幸村)親子を生かすわけにはいかないとの家康。

 昌幸の長男・信之(信幸)は、関ケ原前夜の上杉討伐軍として出征した下野犬伏の陣において、昌幸・信繁(幸村)親子と袂を分かった。その切れ者の信之(信幸)や義父・本多忠勝らの命を賭した助命嘆願により、昌幸・信繁(幸村)親子は高野山九度山に配流の身となった。

 大阪の役で豊臣を滅ぼした徳川政権、家康が亡くなった後の将軍秀忠の時代やそれ以後、憎き真田を何とか取り潰そうと懸命に策をめぐらす。しかし、有能な信之(信幸)が、数々の難題を回避しながら明治維新まで家名を残す礎を築いて・・・93歳で没した。

 この小説では、真田の祖となった真田幸隆が、武田信虎に滅ぼされた海野一族から身を起こし、父信虎を追放した武田晴信(信玄)の配下となり、知略をもってして信州真田の庄に領地を獲得。

 「謀将 真田昌幸(上下)」など以外は、幸隆時代について詳しく書かれた小説も少ないと思われる。本編では、題名の如く真田の祖・幸隆について、かなり書き込まれている。そして、その息子・三男昌幸(長男・二男は戦死)が、武田氏滅亡から関ケ原まで、父幸隆譲りの知略を駆使しながら、大大名の狭間の中で生き抜いた。

 そして、大阪冬の陣、夏の陣で初めて歴史の表舞台に躍り出た信繁(幸村)、わずかこの二つの戦いで後世まで「日本一の兵(ひのもといちのつわもの)」と語り継がれることとなる。

 赤備えの軍団を率いて、いかにすさまじい活躍をしたのか、それがうかがい知れる。

 池波小説の短編をはじめとして、これまで「謀将 真田昌幸(上下)」(著:南原幹雄)、「真田昌幸」(著:二階堂玲太)、「真田太平記(12巻)」(著:池波正太郎)などの真田物を読んできた。

 そして、今回の「真田三代」(著:火坂雅志)である。

 不思議な気持であるが、「真田太平記(12巻)」(著:池波正太郎)以外は、どの小説を読んでもいつまでも心に残り、情景が浮かぶものがない・・・。

 池波正太郎氏は、長谷川伸氏に師事し劇作家としてデビュー。その後、時代小説への道を歩まれたから、登場人物の一人、ひとりの個性を際立たせる筆致が共感を呼ぶのかも知れない。映画の情景を見るように登場人物の会話を重視しながら、それによって物語が展開し、ナレーション的な説明が簡素化されているのかも知れない・・・。

 精緻な描写、活き活きとした描写がうまい。わずかな会話の文体であってもその情景が浮かぶなど、高度な技術が駆使されている。

 「謀将 真田昌幸(上下)」(著:南原幹雄)、「真田昌幸」(著:二階堂玲太)は、文体がとても固いところがあり、次々とページが進まなかった。

 余談ながら、今回の「真田三代」(著:火坂雅志)では、猿飛佐助、霧隠才蔵などいわゆる真田十勇士も登場するが、脇で活躍する人物の個性までは書き込まれていない。歴史の流れとか、歴史の資料を重要視して、その説明は十分すぎるくらい書き込まれている・・けどね。

 「池波小説は、どこまでが真実で、どこからが虚構なのか分からないが引き込まれるから不思議ね」とは、娘の弁。

 まさにその通り。でも、この「真田三代」もなかなかに読み応えのある分厚い小説であった。(夫)



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