ねーさんとバンビーナの毎日

「静」→ 「淡」→ 「戻」→ 「無」→「休」→「解・涛」→「涛・停」→「抜」→24年「歩」 最終章序章スタート!

やっぱりタワレコ。

2011年11月19日 21時02分07秒 | 観察屋ねーさん
なんで「やっぱり」と言いたいかというと、ポップが(相も変わらず)手書きで、店員さんのそのアーチストや作品に対する思い入れが書かれているのを読むのが楽しい。

その方の主観だろうが、そんなところはどーでもいい。


「え~~~っ?」とか「だよね、だよね。」とか、

そんなこと思いながら読んでみたりして、

「じゃぁ聴いてみっか?あんたがそんなに言うなら。」

ってなるケースもあるからね。

そうなったお初が『Craig David』だったんだけども。


まぁ、それを読むのが楽しいんだよね、タワレコ。

お店自体に手作り感が残ってるところがいいっていうか。


HMVだとそれが無くてなぁ・・・
なんだろうなぁ、スッとし過ぎてる感じなの。HMVって。
「立ち止まらせどころが作られてない感じ」って言うかね。



昨日は午前中の横須賀(年金セミナー)から品川経由で原宿まで足を伸ばして、ラフォーレミュージアムで開催中の吉井さんの展示会を観に行って、久しぶりに原宿~(代々木体育館~NHKホール)~渋谷の経路を徒歩で歩きまして。

代々木体育館の横の道がホコ天になってた辺りで、あの街路樹のケヤキ(ですよねぇ?)も、かな~~~~り大きくなってて、向こうに落ちていく夕日とケヤキのコントラスト、夕方の風景が良かったッス。

高校生の時に電車賃浮かせに必ず歩いていたのが、この経路なんだよねぇ。
当時の時のことも思い出しつつの、だからって、センチメンタルにならずになんだかロマンチ~~~ック!な気分になったんですがね。


自分の行動パターンを振り返りますと、この数年間って、表参道~(国連大学)~渋谷の経路の徒歩が多かったんだよね。なんでだろ。
あぁそうかぁ。
原宿駅方面まで行かないことの方が多かったからだわ。
ラフォーレと並ぶH&MやForeverまで行っても、表参道方向に歩いて、渋谷まで歩く・・・こんなことしてたわ。


ということで、NHKホールを過ぎて、渋谷の公園通りを下ってきて、タワレコが左奥のほうに目に入ったので、寄るつもりもなかったのに、「寄っておきますか。」でお店立ち寄り。
トップ10をチェックすると、10枚中すべてがジャニーズとAKB。
そこに紛れて、4位に吉井さんが入っており。大健闘!!
なんか、その並びに笑えてきたんですが。(ヘンな意味ではなく。)
友人♀と「よく頑張りました~~~ぁ」「エライ、エライ」って撫でておきました。


で、流れで店内をブラブラしてると、雑誌が並んでるところに、『GRID』という男性ファッション誌の今月号の表紙を飾るクボヅカクンの雑誌が並んでいて、またもやニヤニヤが収まらず。
「クボヅカくぅ~~~ん、いい子、いい子(ハート)」って撫でておきました。


なんだか、昭和50年代頃の高校生時代の渋谷気分とは、また全く違ってきた渋谷の街なのでした。


年金セミナーを聴きに行く。

2011年11月19日 16時10分16秒 | 味わうねーさん
昨日は横須賀まで年金セミナーってやつを聴きに。

少し前に株式会社になった生保会社が主催した年金セミナーだったんだが、内容わかりやすく、お話しも楽しく、あっという間の1時間半という感じで。

まぁ、オバチャマの生まれ年(昭和41年4月2日以降に誕生した人)では年金受給できる開始年齢は65歳以上確定で、これがもしかしたら上がる(後ろ押し)可能性もあるわけで。


オバウトだが年金受給額ってこんな感じらしい。

「月の標準月額(月収)が40万円で38年間働きました。」で、月の年金額が15万円くらい。(もうこれは格差社会が広がってこの状況が実現できるサラリーマンは大幅減少だろう・・・と。)

「月の標準月額(月収)が30万円で30年間働きました。」で、月の年金額が10万円くらい。

「月の標準月額(月収)が20万円で25年間働きました。」で、月の年金額が7万円くらい。


年収がかなりよかろうが、年金計算上のMAX値があって、いくら年収がよくても、「これ以上はカット」ってことで、「うちの亭主は月収100万以上、年収1000万円以上ありました。」って言っても、受け取れる年金額はそれに比例しないから、「勘違いしている専業主婦の方はすぐにその勘違いを正してくださいね。受け取る時になって「こんなに少ないんですかっ」て言って愕然としてる主婦の方、相当いますからね。」だってよ。


今後は年金開始年齢が、退職年齢よりかなり後ろ押しになりそうだから、「その間のつなぎ貯蓄ってのは準備しておくに越したことはない」って言ってたけど、「その貯蓄に回すお金すらなかなか捻出できないくらいのご時世が到来してる」ようでね。
「投資として土地を買っておくとか、家を買っておくとか、そういうことすら、今の若い世代は出来ない時代になってしまってる、、、」とな。


「厳しい時代は結構長く続くだろう」って言ってたわぁ。どーすんだ~い。



それと大企業なんかがやってる企業年金ももう当てには出来ない様子。
崩壊路線まっしぐら~~~。
※オバチャマは大企業勤めしてないから関係ないけども。



核家族→大家族に戻って生活したほうが豊かに暮らせるって言ってたけど、そりゃ、そうだわなぁ。

おじいちゃんの年金
おばあちゃんの年金
夫婦の収入
子どもの収入

こうやって収入あわせて生活できる田舎の人のほうがかえって豊かに暮らせるってさ。
そりゃ、そうだわなぁ。

※自分の両親の実家(田舎)見てても、そう想うもんなぁ。


よっぽど自立して生涯ずっと収入稼げる人はともかくね。


「これからは独身の方達なんかは特に共同生活をオススメしますね。」とも冗談交じりで言ってたっけ。



家政婦のミタで想うこと。

2011年11月19日 15時59分16秒 | 味わうねーさん
「面白い!」とか「楽しい!!」とかいう形容で、このドラマがウケている状況に違和感を抱いて仕方がないんですけどもネ。

だって、不倫、自殺、家庭崩壊、歪みを、脚本演出で面白くしてあるのを、面白がってる世間が怖い。

と、いいつつ、観てますけどもね。

決して「楽しくはならない」し、「面白い」という言葉を使うのも非常に躊躇してしまうんだよなぁ。

な~~んか泣けてくるだけのドラマなんですけどもねぇ。



あぁ、そういう意味では、IWGPもそうだったんだけどもねぇ。
ただこっちは青春が絡んでるから、まだ軽いといいましょうか。
リアル期は観なかったもの。イヤで。

だいぶ後になって観て、「楽しい!」とか「面白いっ!」ってより、「うわ~~~ん、なんなんだよぉぉぉ。この時代の若者達・・・」って想って、泣けたんだよなぁ、あのドラマも。

「大のオトナ達がっとに情けなくてスミマセン・・・」って想って、泣けたんだよなぁ、あのドラマも。



「家政婦のミタ」で痛~~~~っくなったのを、「11人もいる!」で中和して、「専業主婦探偵・私はシャドウ」で可もなく不可もない普通な感覚にもっていって、「蜜の味」のARATA鑑賞でウットリしてる、今年の秋だなぁ。

おとっつぁん58に確認

2011年11月17日 00時31分02秒 | 知言葉
これこれこういう件で問い合わせがあったんですが、実状はどうなんでしょうねぇ・・・?


あぁ、それねぇ。
あの当時(13年くらい前(2000年に入る少し前))はその件を全把握してる人がいたんです。
そう、ご存じだと思うけど、うちのあそこのあの人や、○○さんとか、、、ねぇ。
あの方はもう退職されてるかもしれないんですよねぇ。
どちらにしても、この業界全般、おそらく全把握している人が不在なんですよ、今。


えっ!!?
はぁ!!??


うん、そうなのよぉ。
担当者任せになってしまってるの。
担当者って言ったって、もう、何百人といる訳だから、その人達全員に「どうなってますか?」って聞き回らないと、現在の最新情報ってのは集まらないのが現状なんだよねぇ。
おまけに「本当に正しいかどうか?」という判断となってくると担当者レベルでもわからない感じかもしれない。
まぁ大丈夫だとは思うけどもね。
後は、○○○○○○を巻き込まないとどうにもならないかも。


まぁ、IT化によってそこら辺の懸念は随分前から話しとしては耳にしましたけども。
便利になった分、勝手にその場しのぎのものを作っちゃってる可能性が・・・とか。


ねぇ。
だから、一番は、○○○○○○を巻き込むってことだと思うよぉ。
動くかどうかはわからないけどねぇ・・・。


なるほどぉ。


問い合わせがあった方も「実状をよく知らない」ってことでしょうねぇ。


まぁ、管理だけしてる側ですから、余計にそうでしょうねぇ。






感想

管理はしてても(血眼になってても)統括できてないような社会の実状を垣間見た・・・風。


「責任感が行き過ぎて権利まで振りかざしてる」風なやつ。

2011年11月16日 23時53分40秒 | 観察屋ねーさん
役目に権利がくっついてる縦組織があるとして。
まぁ、組織なんてこういうのがほとんどだけども。

例えば、社長が一番の権利を持っていて、次に専務、次に部長、次に課長・・・とかいう順序があったとする。

例えば、その一番の権利を持ってる社長が不在のところに、何かその権利を使わないといけないような事態が起こったとしよう。

自分は専務だけども専務という『責任』は負います。
また、そこに与えられた『権利』だけは使わせていただきますが、いくら事態が事態だろうが、そこを飛び越えてまでは動きません。

という場合と、

自分は専務です。
専務という責務に対する『責任感』をすごく痛感しています。
また、そこに与えられた『権利』も理解していますが、事態によっては社長の権利を使わせていただくこともやぶさかではありません。

っていう場合があるかと思う。



90年代頭くらいから、大企業なんかで「改革!」とか積極的にやったところに多かったかと思うんだが、「権利を中間管理職にまで与えてしまえ!」っていう傾向。
要するに、あれって、「毎度毎度、上の指示ばかり仰いでないで、「自分にはその責任はない・権利はない・役目ではない」ってところで止まってないで、自分で判断して実行して、「考えてひとまずこうしておきました。」くらいできるようになって欲しい。」という裏返しの実験にも似た手段だったように思う。

オバチャマは、1986年(昭和61年)の20歳で就職して、1989年(昭和63年)の22歳くらいの時に、上司とか先輩にもうここら辺のあたりを指導された。

「いいのよ、「権利を与えられた!」ってくらい動いてくれて。
○そこら辺が理解できちゃう人(×権利が欲しい人)は動けばいいの。
あなたは動いちゃっていい。
そこに文句言う人は放っておけばいい。
そこにあわせて動いてる必要は無い。
こっちは見てるから大丈夫だから。」

とかなんとか。
当時はまだ200名ちょいくらいの中小企業だったからカチカチの組織体でもなく。

「ふ~~ん、そうですか。ならば。」って感じで。


だけどこれ、「こりゃぁ、マズかったですな・・・」ってのがあって、「何?」と問われれば、「こうしておきました。」ってことに対して、その上が責任を持たない(何を解釈間違えてるんだか下に責任まで押しつけてる(=逃げてる))ケースが結構あった・・・ってことッス。

多分ね、こういう人って、権利が欲しかった人達かと思いますよ。
おまけに「誰だってそうでしょう?その為に出世するんじゃん!!」って信じて疑わないような人達。

そうすると、まぁ、責任感で権利まで振りかざすかのごとく(そのように見える)何かをしたとしても、「正しい評価をしてる人が誰もいない」ってことになっちゃうわけ。

同僚とか下の部下が、「なんだよ、あの人。勝手なことをして!」と文句言ったって、それは別になんの正しい評価でもなくて、その上の人が毎度ちゃんとジャッジしなきゃマズイんですよね。

それがなければ、その環境ってのは、「勝手なことをしやがってよぅ!」の文句が伝染していくしかなく、責任感でやった人は単なる悪者に仕立てられるだけ。

こういう組織体って案外あったかと思いますヨ。