最近体調がすぐれない。血圧もかなり高くなってしまった。血圧が高い日は、頭痛がする。これではいけないと思うが、薬を飲もうとは思わない。やはり体を動かす運動が一番だと思い、日頃の運動不足を解消するために、休日はとにかく山歩きをしようと決心した。といってもなんやかやと仕事や雑用や義理があって街中にいなければいけないことが多いので、あまり遠くまで行けそうもない。先日の休みは、4年前の今頃、京都へやってきた直後に歩いた大原の山「金比羅山」に登ることにした。
出町柳のバス停から大原行きのバスに乗ったが、これが超満員。乗り込むのにもステップに立っている乗客を体で押し込むようにしなければ乗り込めない。紅葉の季節の京都は、とにかく人が多い。大原のような観光地はさらに乗り物は混む。ザックを背負っているととても乗り切れないので、ザックは手に提げて乗るが、乗客の中には山へ行く人たちもいて、平気でザックを背負ったままの人もいる。肩から荷物を提げている人もいる。彼らは自分の行為がこの混雑を招いているとは、思ったこともないのであろう。まるで他人事だ。
前日の大雨の後だから、道は濡れて滑りやすい。戸寺のバス停から歩き始めて、江文峠を目指す。この道は先月歩いたばかりなので、どんどん飛ばす。江文峠は国道が通っていて、車がブンブン通るので、とても峠とは思えない。その脇の金比羅神社の鳥居をくぐって、金比羅山への登山道をたどる。4年前に金比羅山に登ったときは、たしか大原から登り、南へ下りたように思う。そのときは、金比羅山の頂上付近の登りがかなり厳しかったような思い出がある。しかし、今日はそれほどの疲れもなく、1時間半後には573mの頂上に立っていた。やはり低い山だ。頂上を後にして北の稜線を下り始める頃、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。風も出てきた。北の風に代わって、体を冷やす。もう少し気温が下がればこれは雪になりそうだ。鞍部までの下りはかなり急だ。両足だけでは歩けない。ところどころ木の幹や根につかまり、岩にしがみついて下りていく。
鞍部に下りてまた登り返す。この坂も急だ。しかし、距離はそれほどでもない。560m峰まで登り返して、さらにまた急な坂を下りる。もう一度登り切ったところが、翠黛山577mの頂上。4年前に登ったときは、雪があったような記憶があるから、12月に入っていたのだろう。紅葉を期待したが、このあたりの低山はどこも杉檜の人工林ばかりで、あまり紅葉は見られない。翠黛山の麓に建礼門院が人生の後半を過ごした寂光院がある。頂上の立て札には、建礼門院がここまで登って花を摘んだと書いてあるが、本当だろうか。結構険しい道がある。当時は今のようなしっかりした登山道は無かっただろうから、着物を着た高貴な女性が登ってくる様なことは無かったのではないか。
翠黛山から北の尾根通しを歩き、百井峠へ抜ける十字路から大原へ下る道をとった。寂光院まで下りてくると、大勢の観光客でごった返している。さすがに大原の里に下りてくると、紅葉がきれいだ。里には杉や檜の人工林がないからだ。この日は4時間の行程を3時間で歩いた。おかげでその夜の血圧はかなり降下した。やれやれ。
出町柳のバス停から大原行きのバスに乗ったが、これが超満員。乗り込むのにもステップに立っている乗客を体で押し込むようにしなければ乗り込めない。紅葉の季節の京都は、とにかく人が多い。大原のような観光地はさらに乗り物は混む。ザックを背負っているととても乗り切れないので、ザックは手に提げて乗るが、乗客の中には山へ行く人たちもいて、平気でザックを背負ったままの人もいる。肩から荷物を提げている人もいる。彼らは自分の行為がこの混雑を招いているとは、思ったこともないのであろう。まるで他人事だ。
前日の大雨の後だから、道は濡れて滑りやすい。戸寺のバス停から歩き始めて、江文峠を目指す。この道は先月歩いたばかりなので、どんどん飛ばす。江文峠は国道が通っていて、車がブンブン通るので、とても峠とは思えない。その脇の金比羅神社の鳥居をくぐって、金比羅山への登山道をたどる。4年前に金比羅山に登ったときは、たしか大原から登り、南へ下りたように思う。そのときは、金比羅山の頂上付近の登りがかなり厳しかったような思い出がある。しかし、今日はそれほどの疲れもなく、1時間半後には573mの頂上に立っていた。やはり低い山だ。頂上を後にして北の稜線を下り始める頃、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。風も出てきた。北の風に代わって、体を冷やす。もう少し気温が下がればこれは雪になりそうだ。鞍部までの下りはかなり急だ。両足だけでは歩けない。ところどころ木の幹や根につかまり、岩にしがみついて下りていく。
鞍部に下りてまた登り返す。この坂も急だ。しかし、距離はそれほどでもない。560m峰まで登り返して、さらにまた急な坂を下りる。もう一度登り切ったところが、翠黛山577mの頂上。4年前に登ったときは、雪があったような記憶があるから、12月に入っていたのだろう。紅葉を期待したが、このあたりの低山はどこも杉檜の人工林ばかりで、あまり紅葉は見られない。翠黛山の麓に建礼門院が人生の後半を過ごした寂光院がある。頂上の立て札には、建礼門院がここまで登って花を摘んだと書いてあるが、本当だろうか。結構険しい道がある。当時は今のようなしっかりした登山道は無かっただろうから、着物を着た高貴な女性が登ってくる様なことは無かったのではないか。
翠黛山から北の尾根通しを歩き、百井峠へ抜ける十字路から大原へ下る道をとった。寂光院まで下りてくると、大勢の観光客でごった返している。さすがに大原の里に下りてくると、紅葉がきれいだ。里には杉や檜の人工林がないからだ。この日は4時間の行程を3時間で歩いた。おかげでその夜の血圧はかなり降下した。やれやれ。
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