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サンナシ小屋&京都から世界の愛する人たちへ

アソウの差別意識

2009-07-30 | 政治
65歳以上の老人は「働くしか能がない」「これから遊びを覚えてもしかたない」
とアソウ首相が述べたらしい。老人をどこまでも侮辱しコケにすると、世間から
は総スカンを食らっている。老人はあらためて自民党を見捨てたのではあるまい
か。後期高齢者医療制度の問題もあらためて思い出したに違いない。

 しかし、なんかこの発言の意味がよくわからないと思った人も多いのじゃない
か。「働くしか能がない」っていうのは、褒め言葉ではないかと思った人も多い。
でもこれはアソウ首相の言葉足らず、いや、アソウさんのことだから、「言葉知
らず」なのだろう。語彙が少ないのだ、この人は。では、本当はどういう意味か。
この発言がなされたところを考えて欲しい。日本青年会議所の集会での発言であ
る。この発言の前に「皆さんとは違って」という言葉があって、「これらの人は
働くしか能力がない」と続いている。青年会議所の若い社長たちは働いていない
と言うのだろうか。いや、もちろんそうではない。「皆さんとは違って」という
言葉から分かるように、「働くしか能がない」の働くこととは、下請け労働のこ
とであり、青年会議所の社長たちが働くこととは違うという差別発言なのである。

 当然、アソウ首相が働いていることは、これら老人たちの働いていることとは
違うんだということも入っている。アソウ首相だって65歳以上なんだけど。でも、
彼は同じ年齢の人とは自分は違うと思っているらしい。同じ年齢の人たちは、
「飲んだり食ったり不摂生して健康を害している。そいつらの医療費をなんで俺
がはらわにゃならんのだ。」と言って大反発を受けた。これは保険の相互扶助の
精神をまったく理解していないことを露呈したのだが、それらの発言の根底には、
老人への差別意識、蔑視がある。

 上から目線と言われているのはそういったことがいろんなところで現れている
ことなのだろう。いくら反省の弁を低姿勢で述べたところで彼のそのような選良
意識、差別意識はきわめて明瞭だ。自民党の幹事長までした実力者の野中広務さ
んを、被差別出身者に首相はやらせないと差別を公然と口にしたことも有名
である。しょせん首相になる人格の持ち主ではなかったということなのだろう。
こういう人をこれからも日本の首相を続けさせてはならない。自民党をぶっつぶ
したのはコイズミだけではない。最後の引導を渡すのには、アソウは良い役回り
なのかもしれない。


プリンスホテルの犯罪

2009-07-29 | 政治
 プリンスホテル新高輪が、日教組と契約していた施設の使用を一方的に破棄し、
東京高裁の仮処分命令にも従わなかったことについて日教組が提訴していた事件
で、東京地裁はプリンスホテルに請求のあった3億円満額を支払うよう判決を出
した。契約を一方的に破棄した上に、それを非難した日教組に非があるような記
者会見を開いたり、ホームページで日教組の対応を非難したりしたことが、名誉
毀損に当たると謝罪文を新聞に掲載することも命じた。日教組側の全面勝訴と言
って良い判決だった。

 プリンスホテルの対応は、明らかに政治的な動きだった。日教組の集会を妨害
しようという意図があってのことは明らかだろう。裁判では周辺の中学校や住民
に迷惑がかかるからというもっともらしい主張をしていたが、これが自民党大会
であったら、こんな対応をしただろうか。自民党大会に抗議の大デモがあると予
測されたときでも、契約を破棄するなどというビジネスの基本を無視するような
ことは、おそらく絶対しなかったに違いない。

 裁判所の判断は、プリンスホテル側に非常に厳しいもので、ほとんどプリンス
ホテルを一方的に非難するに等しい判決だった。その理由は、地裁や東京高裁の
仮処分命令をプリンスホテル側が無視したことだ。裁判所にとっては自らの存在
理由を否定されたに等しい。それだけに裁判所は厳しい判決を出したに違いない。

 プリンスホテルは、今回も判決を無視したらどうだろう。裁判所の仮処分命令
を無視したのだから、日本の司法には従わないと言ったに等しい。それなら、今
回の判決も無視して、賠償支払いも拒否、謝罪も拒否したらどうだ。日本の裁判
所と徹底的に対決するつもりがあるならば。ホテル側は控訴する方針だと言うが、
司法を無視するなら控訴などしないで、裁判にも参加しなければよい。「俺が法
律だ」と言い続けるしか行動と論理の矛盾をなくす方法はないはずだ。もっとも
矛盾なんか気にしないのがプリンスホテルの経営方針だろうから、どうするのか
見当もつかないが。

 日教組の教研集会を巡っては、会場使用を断るという事態が過去4回もあり、
そのたびに裁判所の判断で仮処分を出して使用させるということが行われてきた。
今回はその仮処分にも従わず、しかも宿泊さえも拒否するという悪質なものであ
った。しかし、何度も同じことを繰り返し、集会結社の自由、言論の自由という
憲法の基本を守ろうとしない行政や団体があとを絶たないことが一番の問題だ。

 そのような右翼を怖がる態度が結局のところ右翼を喜ばせ、右翼をさらに妨害
行為に走らせる促進剤になっている。暴力団を恐がり暴力団の意のままになるこ
とが結局のところ暴力団をのさばらせる。右翼も同じことだ。もっとも、今回の
件は、プリンスホテルの役員12人のほとんどが右翼そのものだったのかもしれな
いが。

 再びこのような基本的人権を踏みにじる事件を起こさせないためには、プリン
スホテルをボイコットすることが必要だ。プリンスホテルを利用しない。プリン
スホテルで行われるあらゆる行事に参加しないなど、われわれの基本的人権を守
るために、このさいプリンスホテルには倒産して退場してもらうしかないのでは
ないか。

「剣岳 点の記」を鑑賞して

2009-07-26 | 日記風
映画、木村大作監督「剣岳 点の記」を鑑賞した。ご存じ新田次郎原作の小説を映画化したものだ。長い間映画を見ることがなかった。見たい映画があまりなかったと言うこともあるが、映画を見に行くという余裕がなかったこともある。「剣岳 点の記」は、雑誌に素晴らしい映画だと評していたのを見て、機会あれば見に行こうと思っていた。今朝、ちょっと時間が空いたのを思い立って、京都に来て初めて映画館へ出かけた。

 剣岳は、登りたいと数年前から機会を作ろうとしていた。5年前に登山計画を立てていたが、予定を変更せざるを得ないことがあり、断念。それから毎年のように剣岳を頭に浮かべながら、今年も無理かと思い続けてきた。体もいきなり剣岳は無理だと思い、しばらく歩いていない状態では剣岳に登れる自信もない。そんな山だったからこそ、映画を見てみたいと思う気持ちがあったのだろう。新田次郎の小説も昔読んだ。

 正直な感想は、思ったほど面白いと思わなかった。感動もあまりない。映画は新田次郎の原作にかなり忠実に映画化していたのであろう。吹雪や豪雨の中の登山や、雪崩に巻き込まれる場面、ロープが切れて岩場を転がり落ちる場面など、どうやって撮ったのだろうと思うほど、リアルな映像には、登山を趣味とする観客が多かったこともあって、みんな感心してみていたようだ。

 明治40年頃の登山の記録としてこの映画を見れば、その息詰まる登山の場面場面には、感動的だし、剣岳や立山連峰の美しさは、息をのむようだ。カメラワークも素晴らしい。が、それにもかかわらず、記録映画を超える物語にはなっていないように思われた。新田次郎の小説そのものが、記録小説に多少小説らしい色を加えた程度のものが多いせいでもあるだろう。唯一、陸軍測量隊として軍上層部の無理な命令に従って、艱難辛苦の末に初登頂を果たした彼らに、軍隊上層部が自分たちの体裁だけを気にして、彼らの成果を一顧だにしなかったという軍隊の非人間性が描かれていたのが、救いだった。

 そんな映画の評価は別にしても、剣岳の美しさ、凄さ、厳しさは、十二分に味わえた。なんとかして剣岳に登りたい。

日食と仮面の鳩

2009-07-22 | 南の海
46年ぶりの皆既日食とかで、楽しみにしていた。でも曇りか雨の予報ばかり。朝から曇り空を見上げて、今日は無理だろうとあきらめていた。わざわざ高いツアー料金を払って悪石島まで見に行った人も大勢いたが、悪石島では風雨が激しくて、何も見えなかったらしい。でも、11時頃、京都の空を見上げていると、薄くなった雲を通して、三日月のように細くなった太陽が見えてきた。京都では90%くらい欠けるということだったから、部分日食とはいえ、かなりの範囲で欠けた太陽が見られた。日食メガネなどというものも持っていなかったが、雲のフィルターを通して、みごとに日食現象を見ることができた。悪石島の人たち、ご苦労様。

 ところで、下界ではようやく解散総選挙。自民党の崩壊が伝えられている。

 自民党のドタバタを見ていると、政権交代がいっそう現実のものと思えるようになってきた。8月30日、日本の政治の歴史的な転換が見られる。しかし、政権交代が現実のものとなりそうになると、民主党が早くも馬脚を現し始めた。

 海上自衛隊による中東での「対テロ戦争」に出動しているアメリカやイギリスの艦船に燃料を無料で補給する活動の法案が国会に提案されたとき、民主党はしっかり反対した。小沢一郎党首は、国連の決議もない多国籍軍への燃料補給は、違法と断じて、この法案を参議院で否決した。自公が3分の2以上を占める衆議院で、むりやり再議決をして成立させた法案であるが、来年には再び期限が切れる。

 当然、民主党政権になったら、国民の税金を使った海上自衛隊による「無料スタンド」と称される燃料補給は、直ちに止めるはずではなかったか。鳩山代表は、日米同盟が大事だから直ちに止めるとはいかない、と早くも大幅な後退を示唆している。また、核兵器持ち込みの日米密約がはっきりしたことで、鳩山代表は、非核三原則の見直しさえあり得ると言い始めた。どうした、民主党。いまからそんな対米弱腰では、選挙に勝たせないぞ。

 いや、民主党の豹変は十分予想された。政権を取ったら結局今の自公政権と変わりないことになるだろうと、私は予想している。歴史的な転換点にはとてもならないだろうとも思う。でも、歴史的な政治の転換を見てみたいという思いも強い。民主党といえども結局保守党でしかないから、大きなことを言ってはいても、いまの自公政権と大きく違った安保政策はとれない、いやとらないだろう。しかし、そこで大事なのは第三の政党である。

 参議院では民主党は過半数を持っていない。どこかと連立を組むか、是々非々でいろんな政党と事案ごとに連携しないと法案も通せない。だから大事なことは、第三の政党を、保守政党ではなく、共産党や社民党のような革新政党にとらせることだ。平沼赳夫グループや渡邉善美グループや鳩山邦夫グループなどに第三の政党をとらせては、結局自民党的政治がこれからも永遠に続くことになってしまう。

 本当の政治の転換が待ち望まれる。長年保守政治が続いた捕鯨国家のアイスランドが、50年ぶりに左派政権に代わり、経済は破綻したと言われていながらも、国民の福祉は充実し、住民は幸福な生活を始められていると聞く。日本も今年こそ、ぜひとも目先の変化だけではない本当に国民のための政治が行われる国に転換して欲しいと、渇望する。

京都はすごい!

2009-07-18 | 花と自然
京都はすごい!

京都には、いろいろと名所旧跡は多いし、祇園祭など昔の風情を伝える行事は数多い。でも私には、うどんがまずいこと、物価が高いこと、仕事がのろいこと、管理された自然であること、などなど不満なことも多い。

 でも、京都はすごいなあと思うこともあった。その一つが、京都の町のあちこちにゲンジボタルが生息していることだった。それまでゲンジボタルは山の渓流に行かないと見られないと思っていただけに、京都の町の中の川にたくさん生息するのを見て、感動したものだった。

 今日、あらたに京都はすごいなと思ったことは、通勤途中の小道でタマムシを見つけたことだ。タマムシとは、体が玉虫色をする金属光沢をもつ甲虫の一種で、私が子供の頃は珍しいものではなかったが、それでも四国で最大の人口を持った田舎の都市でも、町の中でタマムシをみることは比較的稀なことだったと思う。国宝の玉虫厨子は、このタマムシの羽を厨子の表面にびっしりと貼り付けた工芸品で、一度だけ奈良国立博物館で見たことがある。もっとも変色を怖れた展示は薄暗く、あの輝くようなタマムシの羽の色を見ることはできなかった。

 実にタマムシを見たのは、何十年ぶりだろうか。それもこんな京都の町の真ん中で。京都はやっぱりすごい。

 見つけたタマムシは、まだごぞごそと動いていたが、よく見ると頭がない。どうやら鳥に襲われて頭を食いちぎられたところだったらしい。近くでその鳥が私が来たことを舌打ちしてみていたのかもしれない。タマムシの羽の輝きに通勤の忙しさをひととき忘れて見入った。虫を追いかけて、近くの野山を駆けめぐっていた子供の頃が、急に頭の中を駆けめぐった。あの頃は楽しかった。手塚治虫が虫を観察し、天才の片鱗を見せ始めていた頃、私はただただ虫を追いかけて、楽しんでいた。でも、そのような子供を育んでいた日本の自然は、今どこへ行ってしまったのだろう。

 京都の町の中でみつけたタマムシ。京都の町にはタマムシが飛び交う自然がどこかに残っているのだろうか。ゲンジボタルの飛び交う景色と同じく、京都の町の奥深さが感じることができた。京都はすごい。

伊吹山の花たち(修正版)

2009-07-18 | 南の海
ブログを書くにあたって、私は書きやすい別のワープロソフトに書いてそれを「切り取り」→「ペースト」してブログに搭載する。今日、そのワープロソフトを開いてみて、びっくり。「伊吹山の花たち」の最初の部分が残ったままになっていた。あわてて確認してみると、どうやら最初の3つの段落を「切り取り」するのを忘れて、残したまま搭載しなかったことに気がついた。そこで、繰り返しになるところが多いが、もう一度「伊吹山の花たち」の修正版を載せたい。山登りや花に関心のあまりない人たちには、どうもごめんなさい。

(ここから本文) しばらく山を歩いていない日が続いたこともあり、ストレスが溜まってきた。脂肪も溜まってきた。体重は記録を更新し続けている。さすがにこれはたまらない。ようやく最近の生活破壊の事態が一段落したので、花の名山として万葉の昔から名高い伊吹山に登ろうと思い立った。

かくとだに えやはいぶきの さしもぐさ さしもしらじな もゆるおもひを

 標高1377mの伊吹山は、日本百名山の中では筑波山と並んで低い山であるが、山が石灰岩でできていることもあって、独特の高山植物相をもち、固有種も多いので有名である。同様な山は、北海道の夕張山、東北の早池峰山などが有名である。イブキジャコウソウ、イブキトラノオなどの伊吹山の名前を持った種も多い。

 林があまり発達していない伊吹山は、暑い夏向きの山ではないが、しかし、花の名山としては、暑い花の時期を逃すわけにもいかない。暑さに弱い私としては、避けたいところだったが、花も見たい。そこでひたすら雨を乞い願うという普段の山行きとはまったく違う心持ちで山に登ることになった。

 京都を出るときは、朝早くから日射しが降り注ぎ、今日一日が暑くなりそうな予感がしていたが、東海道線で近江の近辺に来ると黒雲が空を覆い、いかにも望んだ天候になってきた。近江長岡の駅からバスで15分。伊吹山登山口に到着した。神社の横をただちに登山道へ入る。

 杉林の間を一合目に向かう。スキー場のリフト前で一合目。曇っているとはいえ、さすがに真夏の暑さは北の山とは違う。暑さから逃れるために、ズボンを脱ぎショートパンツになって、そこからスキー場の横の草原をひたすら上を目指して登る。さすがにショートパンツは涼しい。どんどん登山客を追い抜いていく。三合目からすこしずつ高山植物が出現し始める。まだ600mくらいなのだが。そこから頂上までに花を見ることができた高山植物は以下の通り。

 オタカラコウ、ツクシアザミ、ミヤマコウゾリナ、ホタルブクロ、ヤマホタルブクロ、キバナカワラマツバ、カワラマツバ、キツネノマゴ、クワガタソウ、クサボタン、ウツボグサ、イヌゴマ、ミヤマトウバナ、イブキジャコウソウ、イブキトラノオ、ミツバ、トラノオ、シシウド、ナツトウダイ、ハクサンフウロ、イワオウギ、ミヤマダイコンソウ、ネコノメソウ、ミヤママンネングサ、キリンソウ、カラマツソウ、オオレイジンソウ、ミヤマナデシコ、トウギボウシ、オオバキボウシ、ユウスゲ、ノシラン

 なによりもイブキジャコウソウとイブキトラノオを見ることができたのが大収穫だった。暑さに負けずに登りに来たことを後悔しなくて良くなったのは、花たちのせいだ。それほど大きなお花畑が展開しているわけではないが、それでも登山道の周辺だけで十分花を楽しめた。

 伊吹山は1377mという低山だが、登山口が200mくらいなので標高差は1200m近くある。これは日本第2の高峰である南アルプスの北岳登山の標高差とあまり変わりがない。さすがに日本百名山になるだけのことはある。歩きやすい道ではあるが、登山を十分堪能できた。頂上について驚いた。頂上にはお土産やさんや商店が軒を並べている。観光客がその間を右往左往している。それまでの喜びも一気に吹き飛んだ。反対側にはハイウエイが頂上まで通じているので、頂上は観光の人びとでごった返している。早々に頂上を辞して、元来た道を花を見ながら下り始めた。

 下りの途中で、重たい雲が吹き去り、太陽の光が漏れて来始めた。そうこうしているうちに雲はみるまにいなくなり、直射日光が頭を直撃し始めた。暑いったらない。まるで灼熱地獄だ。地獄の中をひたすら麓へ下る。登山口へたどり着いたときは、熱中症の初期症状。神社のすすぎ水を頭からかぶって体を冷やした。水を何杯飲んでものどの渇きは収まらない。いやあ、登りが曇りで良かった。登りもこの調子だと、ぜったい熱中症だ。

 あとで調べてみて分かったことだが、伊吹山は夏の登山はもっぱら夜間登山が行われているらしい。夜間だと花は見えないが、頂上まで夜中に登り、頂上で日の出を眺めて、朝まだ涼しいときに、花を眺めながら下るというのが一般的らしい。何にも知らずに登って、暑さにやられるところだった。おかげで帰りに携帯電話を忘れてきてしまった。やはり頭がもうろうとしていたんだろう。今週は携帯電話無しの生活が楽しめそうだ(笑)。

 でも、花の山に登りながらカメラを忘れていったのは、行く前から暑さで頭がもうろうとしていたことかもしれない。京都の夏は暑い!



けふのあつさかな

2009-07-15 | 日記風
 暑い! 言うまいと 思えどけふの 暑さかな

 この句はもちろん 「思えど今日の 暑さかな」なんだけど、私の実感としては、「思えど京の 暑さかな」になる。京都は暑い!

 もう、こんな暑さにみんな生活しているとは頭おかしいんじゃないか、なんて思ったが、よく考えたら、みんなはエヤコンのきいた部屋で涼しい顔して生活しているのだろうか。クーラーの嫌いな私は、勤務先でも部屋のクーラーをつけないから、用事があってやってきた人も、そうそうに逃げるように出て行ってくれるから、一人の時間を持つことができて、それはそれでうれしいのだが、それにしてもこの暑さには、頭がおかしくなる。っていうか、あたまがぼ-っとして、何を考えているのか分からなくなる。

 二日前の山歩きのせいで、足はつっぱって痛いし、汗は流れるし、水ばかり飲んでいるからお腹はだぼだぼだし、こんなことでは仕事なんかできない。北海道へ行きたいと切実に思う。サンナシ小屋のあの涼しい、いや暖かいベランダで紅茶を飲みながら、エゾシカの群れを眺めていたい。

伊吹山の花たち

2009-07-14 | 花と自然
 標高1377mの伊吹山は、日本百名山の中では筑波山と並んで低い山であるが、山が石灰岩でできていることもあって、独特の高山植物相をもち、固有種も多いので有名である。同様な山は、北海道の夕張山、東北の早池峰山などが有名である。イブキジャコウソウ、イブキトラノオなどの伊吹山の名前を持った種も多い。

 林があまり発達していない伊吹山は、暑い夏向きの山ではないが、しかし、花の名山としては、暑い花の時期を逃すわけにもいかない。暑さに弱い私としては、避けたいところだったが、花も見たい。そこでひたすら雨を乞い願うという普段の山行きとはまったく違う心持ちで山に登ることになった。

 京都を出るときは、朝早くから日射しが降り注ぎ、今日一日が暑くなりそうな予感がしていたが、東海道線で近江の近辺に来ると黒雲が空を覆い、いかにも望んだ天候になってきた。近江長岡の駅からバスで15分。伊吹山登山口に到着した。神社の横をただちに登山道へ入る。

 杉林の間を一合目に向かう。スキー場のリフト前で一合目。曇っているとはいえ、さすがに真夏の暑さは北の山とは違う。暑さから逃れるために、ズボンを脱ぎショートパンツになって、そこからスキー場の横の草原をひたすら上を目指して登る。さすがにショートパンツは涼しい。どんどん登山客を追い抜いていく。三合目からすこしずつ高山植物が出現し始める。まだ600mくらいなのだが。そこから頂上までに花を見ることができた高山植物は以下の通り。

 オタカラコウ、ツクシアザミ、ミヤマコウゾリナ、ホタルブクロ、ヤマホタルブクロ、キバナカワラマツバ、カワラマツバ、キツネノマゴ、クワガタソウ、クサボタン、ウツボグサ、イヌゴマ、ミヤマトウバナ、イブキジャコウソウ、イブキトラノオ、ミツバ、トラノオ、シシウド、ナツトウダイ、ハクサンフウロ、イワオウギ、ミヤマダイコンソウ、ネコノメソウ、ミヤママンネングサ、キリンソウ、カラマツソウ、オオレイジンソウ、ミヤマナデシコ、トウギボウシ、オオバキボウシ、ユウスゲ、ノシラン

 なによりもイブキジャコウソウとイブキトラノオを見ることができたのが大収穫だった。暑さに負けずに登りに来たことを後悔しなくて良くなったのは、花たちのせいだ。それほど大きなお花畑が展開しているわけではないが、それでも登山道の周辺だけで十分花を楽しめた。

 伊吹山は1377mという低山だが、登山口が200mくらいなので標高差は1200m近くある。これは日本第2の高峰である南アルプスの北岳登山の標高差とあまり変わりがない。さすがに日本百名山になるだけのことはある。歩きやすい道ではあるが、登山を十分堪能できた。頂上について驚いた。頂上にはお土産やさんや商店が軒を並べている。観光客がその間を右往左往している。それまでの喜びも一気に吹き飛んだ。反対側にはハイウエイが頂上まで通じているので、頂上は観光の人びとでごった返している。早々に頂上を辞して、元来た道を花を見ながら下り始めた。

 下りの途中で、重たい雲が吹き去り、太陽の光が漏れて来始めた。そうこうしているうちに雲はみるまにいなくなり、直射日光が頭を直撃し始めた。暑いったらない。まるで灼熱地獄だ。地獄の中をひたすら麓へ下る。登山口へたどり着いたときは、熱中症の初期症状。神社のすすぎ水を頭からかぶって体を冷やした。水を何杯飲んでものどの渇きは収まらない。いやあ、登りが曇りで良かった。登りもこの調子だと、ぜったい熱中症だ。

 あとで調べてみて分かったことだが、伊吹山は夏の登山はもっぱら夜間登山が行われているらしい。夜間だと花は見えないが、頂上まで夜中に登り、頂上で日の出を眺めて、朝まだ涼しいときに、花を眺めながら下るというのが一般的らしい。何にも知らずに登って、暑さにやられるところだった。おかげで帰りに携帯電話を忘れてきてしまった。やはり頭がもうろうとしていたんだろう。今週は携帯電話無しの生活が楽しめそうだ(笑)。

 でも、花の山に登りながらカメラを忘れていったのは、行く前から暑さで頭がもうろうとしていたことかもしれない。京都の夏は暑い!


海はいいなあ 外房に潜る

2009-07-11 | 南の海
 先週、久しぶりの海に潜った。場所は千葉県の外房海岸。昔何度か泳いだことがあるところだが、○十年ぶりにこの海に入ってみた。少し入り込んだ小さな湾だが、やはり外房だけあって波は半端じゃあない。比較的穏やかな日だったが、それでもスキンダイビングしていると、ときどき打ち寄せる波で体がどっと横向きに流される。そばの岩にぶつかりそうになってあわてて海藻にしがみついたりしないといけない。

 最初、海に足を付けたときはひやっとした。前日から朝まで降り続いていた雨のせいで冷たいかな?と思ったのだが、思い切って水の中に飛び込むと、これがまた気持ちいいんだ。むしむしする梅雨時の暑さをさっぱり忘れて、心地よい水の世界を楽しんだ。

 もはや梅雨の終わり頃の季節なので、さすがに海藻の種類は少ないが、この時期に増えるガラモのオオバモクが海底を広く覆っている。その下には色鮮やかな石灰藻類が見え、いろんな貝類が這っている。サザエもいるし、ヒトデやウニもいる。色鮮やかだが、得体の知れない紐のようなものがうごめいているのを見つけた。よく見るとミノウミウシの仲間のようだ。一瞬みるとゴカイのようにも見えるが、色の鮮やかさからゴカイではないと分かる。

 1時間も潜っているとさすがにウエットスーツなしの体は冷えてきた。雨もまたぱらついてきた。でも海のない京都の町中の生活ではなかなか経験できない海にもっと入っていたくて、寒さの限界まで潜り続けた。厚い雲で海の中も暗くてよく見えなくなり、ガタガタふるえが来る頃、ようやく海から上がる。でも大満足の一日だった。いろんな海にはもっと行きたい。

民営化こそ事故の原因

2009-07-10 | 政治
 JR西日本の山崎社長が、福知山線の大事故の責任を問われて起訴された。神戸地検による起訴はさまざまな議論を呼んでいるようである。その論点は、起訴の理由がJR西日本が極端なカーブにレールを付け替える事業を行ったときに、事故が起こる可能性を知りながらATSを設置しないで事故に至ったとして、当時安全対策部長だった現山崎社長を起訴したものである。たしかに彼がそのときに安全第一にATS設置工事をしておけば、この事故は起こらなかったかもしれない。そう言う意味で、彼に罪はある。

 しかし、問題はこれまでの三代の社長がいずれも不起訴になったことである。彼らに責任がないとは誰も思わないだろう。それだけではない。運転士に過重なプレッシャーをかけ、遅れ運転をしたら特別な懲罰的な教育訓練をして、運転士に無理なスピードで走らせる原因になったJR西日本の労務管理がまったく責任を問われていない。事故のもっとも直接的、根本的な原因はむしろこのJR西日本の労務管理にあったのに、神戸地検の捜査ではまったくそれが訴追されていない。当時の社長はもちろん、労務管理の責任者たちもだれも起訴されていないというおかしなことになっている。

 検察も神戸地検から山崎社長を起訴したいという上申に、検察庁は猛反対したということらしい。この程度の工事から事故を予見しないといけないとなると、ほとんどの鉄道の安全管理者は起訴されなければならないだろうと言うのだそうだ。もしそうなら、それはそれで恐ろしいことが起こっていることになる。いつ、われわれは電車の事故に巻き込まれても不思議ではないことなのかもしれない。

 しかし、福知山線の事故の原因は、ATSを設置しなかったからではない。JR西日本のあのような労務管理や安全を二の次にして儲けを追求する体質こそが事故の本当の原因なのだ。検察は知っていながらその体質そのものを訴追することはしなかった。神戸地検は被害者や世論に何とか答えなければならないというプレッシャーと、検察庁の事故の責任は追及できないという権力・財界への追従路線とが対立して、結局ATSを設置しなかったというおそらく無罪になりそうな起訴の仕方でとりあえず、自分たちのアリバイをつくろったに過ぎないだろう。

 本当の事故の原因は、JR西日本だけでなく、JRのすべての会社に共通している。それは民営化によって黒字化を強要されたJR各社の必然的な方向性だったといえる。そう言う意味では、あの大事故の本当の責任は、民営化をあれほど強引に進めた中曽根康弘首相にあると言って良いだろう。ナカソネを本当は裁判に場に引きずり出すことが必要なのだろう。

 郵政民営化によって、国民の財産をたたき売り、それを買ってぼろ儲けをしたものがたくさんいることが分かってきた。かんぽの宿などは氷山の一角に過ぎない。300兆円という郵便貯金をアメリカ資本の餌として差し出し、自分たちの地位をアメリカに守って貰ったコイズミ・タケナカ路線の政治家たち。そしてそれにたかって懐を太らせた資本家たち。それとまったく同じように、いや、もっともっと大規模に国鉄の民営化によって、巨大な利益が一部の政治家と資本家にもたらされた。国鉄という巨大な財産が国民の手からもぎ取られ、これらの資本家どもの山分けに差し出されたのが、国鉄民営化だった。さいたま新都心の巨大開発は、国鉄の操車場用地を民間に払い下げて行われ、それによって巨額の利権が動いたと言われている。都内の国鉄用地の開発はもっと暗い世界のうごめきがあったらしい。しかし、国鉄の民営化の闇の部分を指摘しようとしたマスコミはなかった。ナカソネが強行した国労潰しの憲法も法律も無視したやり方に、国民もマスコミも震え上がったのだった。そのために、非人間的な扱いを受け、違法なやり方で首を切られた1047人の国鉄労働者の戦いはその後、孤独な戦いを強いられたのだった。

国鉄民営化こそ、福知山線の事故の原因だった。殺された100名を超える犠牲者は、決してATSが設置してなかったから殺されたわけではない。JRそのものの存在こそ、再び問われなければならない。