ごまめの歯ぎしり・まぐろのおなら

サンナシ小屋&京都から世界の愛する人たちへ

高速道路の無料化は止めるべき

2009-09-30 | 政治
2020年までに1990年比で25%のCO2を削減すると、国連総会で鳩山首相が演説したことは、これまで温暖化対策にまったく後ろ向きだった日本が、世界の先頭を切って温暖化防止に取り組む姿勢を見せたことを意味し、世界から賞賛を浴びている。日本が国連でこんなに世界から賞賛を浴びたことは国連加盟して以来50年近くなる今日まで、ほとんど無かったことなのではないか。

 唯一の被爆国であることを強調しながら、アメリカの核の傘にしがみつき、密約まで交わしてアメリカを支えてきたことを世界はよく知っている。だからいくら自民党政府が核廃絶を口だけ国連総会で語っても、どの国も信用しようとはしなかった。本当の姿勢を見抜かれていたのだ。

 25%削減は、かなりの覚悟を持って日本の経済体制を大きく転換しない限り達成できないことも確かである。京都議定書で日本はイニシアティブを取りながら、その目標(1990年比で7%削減)にもまったく届かず、むしろ8%近く逆にCO2排出を増やしてきた。自公政権がCO2削減にまったくやる気を見せなかったことは明らかだ。鳩山内閣が同じ轍を踏まないようにするためには、根本的な経済構造の変換を意識的に計らない限り、それは難しい。京都議定書と同じように世界の信用を再び失うことにならないように願いたい。

 そのために、民主党のマニュフェストに書いている高速道路の無料化という公約を見直してみる必要がある。高速道路は本来建設費用が収入で補填されれば無料にするという約束があった。ところが道路公団はそのお金を別の新しい高速道路を造る方に回して、全体で収入が黒字になるまで無料化を先延ばしにするという誤魔化しで、ほとんどの高速道路の無料化をしないできた。そして必要性がどれほどあるか分からない道路を次々に計画し作り続けてきた。これは一種の詐欺行為だ。そう言う意味では、民主党の高速道路無料化の主張は正しい。

 しかし、地球温暖化の対策が求められ、25%CO2削減を目標にせざるを得ない現在、高速道路の無料化が逆に自分自身の首を絞めかねない。一律に高速道路の無料化を行うことは、絶対にやるべきではない。やるべきことは、車社会からの脱却を目指すことだ。そのためには、高速道路を野放図に使うことを止め、一般のレジャー車の使用を禁じる必要がある。もしくはむしろ高速料の値上げをこそすべきである。そして、高速バスなど公共交通には完全無料化をすべきではないか。産業振興のために、トラックも無料化してもいい。一般車の無料化は絶対止めるべきだ。そして、少しずつトヨタなどの自動車産業を減らし、自然エネルギーの産業を振興することで、産業のグリーン化を計っていく必要がある。

 今からでも遅くない。民主党は高速道路の一律無料化とガソリン税の廃止をやめ、一般自動車以外の無料化、環境税の新設で、車社会からの脱却をいまこそ進めるべきだ。安心して外で遊び、安心して生活できる気候に戻すために。

ダム建設を全国で中止へ

2009-09-27 | 政治
八ッ場ダム建設を中止すると前原国交相が表明すると、地元の人たちがそれにいっせいに異を唱えているという報道が相次いだ。しかし、テレビに映る地元の住民という人たちが、実はダム推進派の町会議員だったり、自民党に支持されて当選した町長や市長や知事だったりして、八ッ場ダム反対をずっと訴え続けてきた人たちの姿をテレビメディアは伝えようとしない。

 地元の人たちはもともと多くがダム建設に反対であった。長い間反対運動をしてきて、自民党永久政権の意志は変わらないと思い知らされて、金を受け取って賛成にまわったのだろう。もともと金に目がくらんでダム推進の旗を振っていた議員や町長もいたのだろうが、地元の住民(議員は住民の代表でないことが多い)は、ダム反対から態度を変えざるをえなかった人々だ。

 住民の本当の気持ちは、ダム建設計画に翻弄され、山村共同体を壊されてしまったことに、恨み骨髄に徹すというところだろう。ダム建設など降ってわいた計画がなかったなら、平和な生活を送れたはずだと思っている。でも途中から金をもらって別の場所で生活をすることにした以上、ダム建設中止で新しい生活がまた壊されたり、金を返せと言われるのを恐れている。

 しかし、民主党政権のダム建設中止は、けっしてすべて元に戻すというものではない。経済的に地元が損をすることはないのである。それでも中止反対という住民がいることは、国の都合で生活を左右されることへの恨みであり、私にも理解できる。しかし、ダム中止を決めた新しい国交省とよく話をすれば、住民はきっと納得すると思う。最初からのダム推進派は、金目当てのごね得をめざすだろうけど。

 もっともうれしいのは、ダム建設中止によって、あの長野原の自然と温泉と川が破壊されず残ると言うことだ。これを考えれば、費用がすでに7割を使用していたとしても、建設するよりも中止の方がずっとずっと日本のためになるだろう。日本人のためになるだろう。日本を好きになる日本人が増えると言うことである。

 民主党政権は、マスメディアの反民主党宣伝にまけず、ダム中止政策を各地で進めて欲しい。無駄なお金の節約だけではない。日本の破壊を止めることでもある。

秋が来て、一年経った

2009-09-22 | 花と自然


今朝、窓から流れてくる涼風に乗って、かすかに金木犀の香りがした。おや、もう金木犀の花が咲き始めたのかなと思って、あらためて秋の訪れを思った。昨日まではまったく金木犀の花が咲いているのを見かけることはなかったから、この香りはひょっとするとどこかのトイレに置いた消臭剤の香料かもしれないとも思った。

 9時過ぎに、バス停に行く途中の家の庭から金木犀の香りがしてきた。よく見るとわずかではあるが、金木犀の花が咲き始めている。花の数はわずかのようだが、あの強い香りはもうすでに花の盛りがすぐそこに近づいていることを教えてくれる。わずか一日の違いで、秋が確実に来ていることを鼻の中まで実感させてくれた。そういえば毎年この時期に、突然のように金木犀の香りが始まる。

 午後、曇り空の中を帰る途中の銀閣寺のそばの哲学の道には、曼珠沙華が見事な花を咲かせている。そういえばもう彼岸なのだ。暑さ寒さも彼岸までというが、昨日は暑かった。30℃を超えて真夏がよみがえったようだったが、今日はひんやりしている。今年は彼岸までに夏の暑さは終わったのかもしれない。京都の夏の暑さには閉口していたから、言い伝え通り夏の暑さが終わってくれるとしたら、こんなうれしいことはない。疏水沿いの桜の並木は、一足早く枝の葉が紅葉を始めている。桜はまもなく葉を落とし、一足早く翌年の春の花盛りの支度に眠りにつく。

 哲学の道から琵琶湖疏水の流れに沿って歩くと、ところどころ曼珠沙華の真っ赤な塊りが見られる。昨年も見つけたのだが、哲学の道沿いには、数カ所見事な白い曼珠沙華が咲いている。赤と白の対照的な色の塊りが、見事なコントラストになって、風景を彩っている。曼珠沙華はわずか一週間の花の命という。一年前に京へ来たときにこの紅白の曼珠沙華を見たと言うことは、ちょうどあれから一年経ったということだ。長いようで短い、いや短いようで長い、いろんなことが起こった一年だった。




 京都の2年目が始まる。さっそく秋の紅葉の狂想曲が再び迫ってくる。今年はどこでどんな紅葉を見ることになるだろうか。楽しみでもあり、怖くもある。

埋め立てが止まる!門は開く

2009-09-19 | 環境
次々とマニフェストに書かれている政策を実行に移していく民主党政府の姿が毎日のニュースや新聞で目に見えて、わくわくするような感動を覚える。いつまでもこうはいかないだろうが、これまでの自公政権では何があっても何も変わらない、悪い方向に向くことはあっても良くなることは期待できなかった。それが今は良くなることが期待できると実感している。

 八ッ場ダムと川辺川ダムの中止は、うれしいニュースだったし、それに続いて全国143のダムの見直しに取り組むというのは、望外の喜びだ。少しでも多くのダムが中止になって欲しいと思う。いや、できればこれまで作ってきたダムを少しでも撤去して欲しいと思う。大型ダムによる治水が環境破壊を引き起こしてきたし、鮎を始めとする魚がすめない川を作ってきた。さっさと脱ダムを行っているアメリカでは、すでに300近くのダムが撤去されたというのに、日本ではまだ一ヶ所もダムの撤去はできていない。

 そして今日、待ちに待った決定が出た。現在では沖縄県最大の干潟である泡瀬干潟の埋め立て事業を、第1期事業は中断、第2期事業は中止すると前原国交相が明言したという。本当にうれしいことだ。地方裁判所では埋め立てのための公金支出差し止めが認められたが、国と社民党だった東門美津子市長までが控訴して、いま高裁で審理中だが、これで高裁で差し止めが認められたら国は控訴しないだろう。泡瀬干潟の多くの動植物や美しい自然が救われる。結局は沖縄県民が救われるのだ。

 さらにうれしいニュースが続く。諌早干拓事業のギロチン「閉め切り堤防」を開門して海水を入れ、干潟を復活させ有明海を少しでも元に戻す開門調査を行うための準備を農水省が始めているというのだ。赤松農水相の明言はまだ聞かれないが、専門家会議でも裁判でも開門調査を求められていながら、いろいろと難癖を付けて開門調査に応じようとしなかった農水省だが、民主党政権になってようやく開門調査をやることに決めたようだ。一度壊した有明海の自然は元に戻すにはほど遠いけれども、過ちを認め少しでも有明海の再生に良い方向を探して欲しいと思う。

 政権交代とはこういうことだったのか、と多くの国民が目を見張っているに違いない。難しいことや間違っていると思うこともいくつもあるが、まずは民主党が国の形を変える努力に拍手を送りたい。日本の海がよみがえるかもしれないとわくわくする毎日だ。政治にこんなに期待するのは、今まで無かったような気がする。いずれさめるかもしれない夢だけど、少しでも長く見ていたい。

 でも、上関の埋め立ては民主党も容認しているらしい。民主党よ、埋め立てはすべて止めて欲しい。ましてや瀬戸内海に原発を造るなんて。

大事なのは縄張りを捨てること

2009-09-16 | 政治
いよいよ鳩山民主党連立政権が発足した。鳩山首相を始め、ほとんどの人が入閣そのものが初めてなので、テレビのニュースでみるどの大臣も緊張感いっぱいにみえるのが、好ましい。これまでの自民党政権の組閣の時とはまったく違った雰囲気だ。これまでとちがって官僚がみんなやってくれるから、言われるままにしていれば大臣が務まった時代とは違う。官僚は大臣の出方によっては協力しないという姿勢を見せているから、緊張感も当然だろう。御神輿に上がるのではなく、闘いの戦場に望む心境なのだから。

 雰囲気だけでも民主党連立政権への期待は膨らんでくる。でも本当に官僚主導を政治主導に変えることができるだろうか。国家戦略室が主導して政策を決定できるだろうか。その試金石は、八ッ場ダムや泡瀬干潟の埋め立て、諫早湾の開門などの無駄な大型公共工事を本当に止めることができるかどうかだろう。これらすでに走り出している無駄な大型公共事業を止められるかどうかは、まさに戦略局が政治主導で官庁をうごかせるかどうかにかかっている。

 私はその要点は、それぞれの官庁の縦割り、縄張りを無くすことができるかどうかだろうと思う。そのために大臣、副大臣、政務官など政府に入る国会議員に望みたいのは、官庁の枠を超えた議論をすることだ。それぞれの官庁に配属になった大臣、副大臣、政務官は、それぞれの官庁の縄張りのことしか考えないのでは、これまでの官庁の縦割り行政はいくら政治主導になっても変えられない。政治家も省益で動くことになってしまう。

 戦略室(戦略局)が主導でやるなら、どこの官庁に属する政務官、副大臣であろうともよその省庁の管轄にも積極的に口を出すべきだ。官僚はよその官庁のことには口を出さない。それによって自分のところにも口を出させないという縄張り根性をこれまで培ってきたのだから。しかし、政治家は所属した省庁以外のことにも積極的に口を出すべきだ。藤井財務大臣がさっそく「予算編成は財務省がやる、戦略室には手を出させない」というようなことを言っている。彼は昔の大蔵官僚だったから、いまだに縦割り縄張り根性を持ち続けているのだろう。彼を新しい政権に入閣させるべきではなかった。政治主導の意味が分かっていないのではないか。社民党の福島みずほさんは、最初に希望した労働担当にも環境大臣にもなれなかった。消費者庁も大事だが、やはり雇用問題や環境問題で社民党の主張を閣議などで積極的に展開して欲しい。縦割りを打破するためにも他省庁の縄張りに踏み込んで欲しいと思う。

 なにはともあれ、多くの人びとの期待を背負って民主党連立政権は出発する。期待を裏切ることの無いよう、祈っている。

宝の海を守りたい

2009-09-13 | 環境
瀬戸内海の小さな島でいま、大変なことが起こっている。山口県上関町の長島に原子力発電所を作る計画が中国電力によって進んでいる。27年前に突然降って湧いた原発建設の話に、地元は揺れに揺れた。町長を始め、議会の多くが推進派となり、反対派の町民と対立した。町は二分され、反対派の店には買い物にも行けないような状態が続いている。住民は憎しみ合い、親類縁者も引き裂かれた。田舎の素朴な人びとの生活は、原発計画によって徹底的に壊されてしまった。

 入会権の裁判や、土地を所有していた神社の神主が反対を貫いたために神社庁に解任されるなど、様々な動きがあり、原発予定地の田ノ浦には、スナメリやカンムリウミスズメ、ナメクジウオ、カサシャミセン、ヤシマイシンの仲間、スギモク、ナガシマツボなどの貴重で希少な生き物たちがいっぱい残る。汚され壊される前の瀬戸内海がまだ残っているほとんど唯一といって良いところだ。そんな楽園のようなところに原発を建てるという。

 だが、まだ原発建設の許可は下りていない。原発建設の許可を申請するための条件が揃っていなかったためだ。しかし、一年前の10月22日に原発建設予定地の田ノ浦を埋め立てる許可が山口県知事から出た。瀬戸内海環境保全臨時措置法では、瀬戸内海の埋め立ては極力抑制することとなっているにもかかわらずである。その許可の条件は一年以内に埋め立て工事に着工することであった。あと1ヶ月である。環境アセスメントでは、上述したような貴重で希少な生き物たちがいることはほとんど無視された。いや、見つけられなかったのかもしれない。それほどいい加減なアセスであったということだ。建設を前提にしたアセスなんだから。

 そしてまもなく期限の10月22日が迫ってきた。焦った中国電力はとうとう反対派の起こした裁判の決着を待つことなく、9月10日に埋め立て工事に着工することにした。10日の朝、近くの平生港から埋め立て工事に使う大型ブイを運びだそうとしたクレーン船は、反対派が95%という祝島漁民の漁船によって港に近づけなかった。中国電力の社員が乗った船が漁民のピケットラインに近づき、メガホンで工事に協力するように「説得」をする。「説得」の中身には、「祝島へもケーブルで電気を送っているぞ」という言葉も含まれていた。文句言うなら電気を使うな、電気を送らないぞ、という脅しも言外に臭わせている。

 漁民たちは、「ここは俺たちの海だ」「中国電力の海じゃないぞ」「そんなに安全なら(中国電力本社のある)広島へ持って帰れ」などと応戦する。話し合いを求める漁民に対して、中国電力社員は書類に書いた「工事に協力して下さい」という文章を繰り返すだけ。彼らは生活がかかっていないから気楽なものだ。

 祝島は原発建設予定地の正面にある島だ。島の人口は減ってしまったが1000年以上の古い文化を持つ伝統ある島だ。その島の漁業は予定地の田ノ浦周辺がもっともよい漁場である。ここ数年の地質調査や詳細調査によってすでに操業に支障がでているし、魚も捕れなくなってきたという。宝の海を埋め立てられたら祝島の人たちは、生活の糧を失う。

 結局、10日の午後3時半頃になって中国電力は工事をあきらめた。そして11日、早朝に再び平生港で両者のにらみ合いが続く。11日も工事を止めさせることができた。12日も同じ事が続き、工事は延期をした。漁民の闘いは続いている。広島や大阪などからも原発反対の人びとが応援に駆けつけている。13日は日曜日で工事の予定はない。14日から再び攻防がはじまる。中国電力がいつ公権力(警察)を使って強行突破を計るか、新政権がそれを許すか。民主党は原発建設推進だから、おそらく見て見ぬふりをするだろう。どれだけ多くの人が関心を持ち、原発反対に心を寄せるかで事情は決まる。祝島の漁民も毎日反対行動をしていると収入の道が途絶える。それを支える人びとの支援が必要だ。

宝の海を守りたい。

対等な日米関係を 「同盟」はいらない

2009-09-10 | 政治
 民主党大勝の総選挙を受けて、民主党と社民党、国民新党の三党連立協議が成立して、連立政権ができる方向が固まったようだ。社民党や国民新党が少数にもかかわらず、308議席の民主党相手に要求を最大限飲ませたことに、民主党支持者から批判も出ているが、少数政党としては当然のことだろうし、政党間の連立を公約し、実際に選択した民主党としてもけっして悪いことではない。300議席以上という史上最大の勢力になってしまった民主党が、おごり高ぶって民意を失わないようにするには、いくら民主党だけでもやれそうでも、少数政党との連立を選んだことに鳩山代表たち執行部の良識を見るような気がする。

 連立協議のニュースを見ていておかしいなと思ったことがあった。政策合意書の「自立した外交で、世界に貢献」という項目の中にこのような文章がある。「主体的な外交戦略を構築し、緊密で対等な日米同盟関係をつくる」。続いて「日米協力の推進によって未来志向の関係を築くことで、より強固な相互の信頼を醸成しつつ、沖縄県民の負担軽減の観点から、日米地位協定の改定を提起し、米軍再編や在日米軍基地のあり方についても見直しの方向で臨む」。

 後者の文章は、日米地位協定の改訂を提案すること、米軍再編計画や基地のあり方を見直すことなど、ぜひともやって欲しいことが書かれていて、諸手を挙げて賛成したい。しかし、前段の文章にはひっかかる。「日米同盟関係」という言葉だ。日米安保条約によって日本とアメリカは緊密な関係にあったが、それを日米同盟とは言わなかった。社会党が3分の1の議席を持っていたときには、自民党も安保条約をもって日米同盟とは言わなかった。いや、言えなかった。ところが、ブッシュ2世政権での日米地位協定の改定などで、実質的に安保条約の内容が「極東の有事の際に日本をアメリカが守る」ということから、「世界の有事の際に日本とアメリカが協力する」という内容に実質的な変化を強要され(自民党は素直に受け入れたが)、それ以降「日米関係」を「日米同盟」と平気で言い換えるようになった。マスコミもまったくそれを当然のように受け入れ、何のためらいもなく日米同盟が存在することを前提としたような言い方をするようになってしまった。

 しかし、日米地位協定の改訂は日本政府とアメリカ政府の間で国会の承認も得ないで行われただけであり、本来なら安保条約を改定するくらいの大幅な内容の変更があったのに、日本政府はまったく民意をすくい上げる努力をせず、勝手に実質的な安保条約の改定をやってしまい、日米関係を同盟関係に変えてしまい、日本をアメリカの戦争に協力させる体制を造ってしまった。これはまさに憲法で禁止されている集団的安全保障体制そのものなのだ。憲法改定も提起せず、安保条約改定の交渉さえもしないまま、アメリカの良いなりになってしまった「日米同盟関係」は、この際本来の日米安保条約の枠に戻し、あらためて今後もそのまま続けていくのか、それとも安保条約を止めて新しい日米関係をつくる日米平和友好条約を締結するか、民主党連立新政権ではじっくり考える必要がある。社民党までが最初から「日米同盟関係」を目指すような言い方に嵌ってしまっては、本当の意味の自立した外交は望み薄だと思ってしまう。


なぜ木を伐るんだろう?

2009-09-08 | 日記風

まだまだ汗を絞るような残暑が続いている京都の町だが、それでも夜中から早朝にかけては、涼しい風が吹き渡る。窓を開けて寝ていると、体が冷えてきているような感じがする。もっともそれでも最低気温はせいぜい22℃とかあり、サンナシ小屋の周辺のように、最低気温が10℃を下回っているところとは比べものにならないくらい暑い。

 ところが、ますます暑い街中が出現した。夏も盛りが過ぎた頃で、至る所の街路樹や庭木が剪定されて、これまで涼しい緑陰を造ってくれていた樹木が丸裸に近い状態になったのだ。そのために、緑陰は無くなり、残暑の照りつける太陽の光がコンクリートの道路や広場に直接届くようになってしまい。ただでさえ熱を持って都市の熱帯化現象を起こしているコンクリートを熱く熱く暖めるようになった。そのために、せっかく涼しい風が吹き渡る季節がそこはかとなく漂うようになってきたというのに、再び街中はむせるような暑さが夏の盛りが戻ってきたように感じさせる。

 毎年この季節になると思うのだが、なぜこんなにまで樹木を剪定しないといけないのだろうか。まるで樹木が葉を茂らせるのはけしからんとでもいわんばかりに枝や葉を切り落としてしまう。我が家の前に生えていたサルスベリの木は、まだいっぱいピンク色の花を樹冠に広げていた8月中旬に、あっという間に丸裸にされた。しかも葉を一枚も残さず枝を切ってしまったために、あとに残っているのは丸太を地面に突き刺したような、とても植物とも思えない姿だ。

 秋になると落葉樹の葉が紅葉して、葉を落とす。モミジの葉が紅葉すると、それを見るためにゴマンという人が集まる。しかし、紅葉して落葉する過程は、モミジだけではない。落葉広葉樹はすべてその過程を持っている。たまたま葉の色が人間の気に入られなかったというだけで、葉を落とすことを許されず、紅葉する前にすべて切り落とされる樹木の怨嗟の声が聞こえてくるような気がする。

 京都に来てとくにそう思うのだが、樹木は本当に痛めつけられている。有名なお寺の境内の樹木でさえそうなのだから、狭い家の庭木や街路樹は推して知るべしだ。それは管理が十分行き届いているとみる人がいるのかもしれない。ひょっとしたらそう思っている人の方が多いのかもしれない。樹木は人間のために存在するのであって、勝手に枝葉を広げてはいけないという発想なのだろうか。切り刻まれた樹木の声は誰の耳にも届いていないらしい。

 でも、丸太のようになったケヤキの木よりも、天まで届きそうに枝をのびのびと広げたケヤキの木の方が、私には100倍も1000倍も好ましく感じる。丸太にされたケヤキの木は、何のために生きているのだろうと思っているかもしれない。私にはそう思える。昔、上海と青島を訪れたときに、これらの街の大通りの街路樹(おそらくプラタナス)が、喬々とそびえて、50m以上もある大通りに緑陰を広げていたことを思い出す。大通りにはもちろん電線もあり、市内電車の架線もあり、トロリーバスの架線さえも縦横に走っていたが、街路樹の樹冠はそれよりもずっと高く伸び、大通り全体を覆っている。ここまで成長するには何十年とかかっただろうけれど、それまでけっして先端の成長点を切ってしまわずに大きくなるのを慈しんだ中国の人たちのおおらかさに感銘を受けた。これらの街路樹は西洋諸国が中国を植民地や租界地として占領していた時代にヨーロッパ風に植えられたそうだが、ここまで立派にしたことに感銘を受けたのである。

 それにつけても・・・・。わが日本の街路樹の情けない姿はどうだろう。植物は生き物であるという気持ちで日本人は接してこなかったのだろう。自然を愛する日本人というデマゴギーに自己陶酔していただけなのではないか。本当は日本人ほど自然を大切にしなかったものは少ないのではないだろうか。情けない姿の樹木があちこちに見られるこの頃、つくづくそう思うのだ。秋になったら、はらはらと舞い落ちる木の葉の中を歩きたい。かさこそと鳴る落ち葉を踏みしめて街の中を歩きたい。

秋風とともに 政治の季節

2009-09-06 | 政治
日中の最高気温が15℃、最低気温が8℃と、もはや晩秋か初冬の気候のようなサンナシ小屋周辺から東京へ降り立つと、涼しい秋の風が吹き渡っていた。小江戸川越では、夜の草むらからすずやかな秋の虫の鳴き声が聞こえてくる。そして京都に帰り着いてみると、34℃の残暑の盛り。虫の声も聞こえない。日本列島は実に長~い。

 しばらくネット環境の難しい北海道の片隅で仕事をしていたので、ブログの更新がなかなかできなかった。ネット環境だけではなく、仕事もそれなりに忙しかったこともあったのだが。その間に、時代の変わり目を予感させる選挙が行われた。結果は民主党が安定した単独過半数を占めるという劇的なものだった。しかし、308議席も獲得した民主党への投票集中が、自公政権の腐敗と危うい方向性に対する批判だったことは確かだが、やはり小選挙区制の恐ろしさも、同時に見せつけたように思う。これから選挙制度の見直しこそがなされなければならないだろう。政権交代を成し遂げた民主党にとっては、小選挙区制を手放したくはないと思うだろうけれども。

 選挙の結果の政権交代もなかなかドラマチックで、これからの行方に関心が向くが、それと同時に、選挙で自民党の右翼反動政治家たちがどうなったかをゆっくり検討してみたい。山口県ではこれほどの反自民の嵐にもかかわらず、アベシンゾーを始め自民党議員が続々当選した。明治維新で王政復古の旗を振り、天皇を政治に引っ張り出した長州藩の面目躍如といったところか。靖国神社の国家護持を唱えていた何人かの反動政治家が落選で姿を消したのは、なによりのことだった。アベシンゾーのような反動がゾンビのように復活してくるのだけは、なんとかして阻みたいものだ。

 民主党は、平和を目指す政権を作ってほしい。世界に誇る憲法を政治に生かす初めての戦後政治が期待されるのだが。