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サンナシ小屋&京都から世界の愛する人たちへ

警察の横暴と全面可視化

2011-02-24 | 正義と平等
大阪府警の警部補や巡査長が、拾った財布を猫ばばした容疑で男性を取り調べたときに、暴言をあびせ、椅子を蹴ったりと拷問に近い取り調べをしたことが、男性がもっていたICレコーダーの記録で明らかとなった。これは大阪府警に限らない一般に行われている警察の人権無視のやり方だ。まさに取り調べの全面可視化が必要なわけである。3月18日から、取り調べの一部可視化が試行されると言うことになったらしい。しかし、一部可視化というのは、可視化しないことよりもむしろ悪い結果を招来しかねない。都合の良いところだけを可視化するというのは、結局のところ警察や検察の取り調べ側の問題点を隠蔽することにしかならない。やるのなら全面可視化しか意味は無い。人権無視ができなくなるから、警察も検察も全面可視化に踏み切れない。民主党の政権交代は、こんなときこそ政治主導を発揮しなければならないはずだ。司法官僚に任せていたら、100年待っても可視化はできないし、人権尊重もあり得ない。

 この暴言・拷問警部補は、特別公務員暴行陵虐罪で起訴されるべきところ、大阪府警は単なる脅迫罪で起訴した。記録が残っているので、無視することはできなかったのだ。でも大阪府警はより軽い罪名を取った。しかも巡査長は起訴猶予にした。同僚に対する仲間意識からだろう。さらに、大阪府警は、この被害に遭った男性を、今度は窃盗の容疑で逮捕した。容疑は会社のパソコンを自宅に持ち帰っていたことを盗んだとしたもの。明らかにこれは男性が取り調べの時にICレコーダーで記録を取っていたことに対する逆恨みで、権力を利用した逮捕である。権力犯罪の最たるものではないか。

 さすがに大阪地裁は、男性からの申し立てを受けて、暴言・拷問警部補の起訴を特別公務員暴行陵虐罪として審理すべきだとした。裁判所でさえも、府警の仲間をかばうやり方にノーを言った。これまで裁判所は警察や検察となあなあの仲だった。けれども最近は、検察や警察の捜査について厳しい判断がなされることが比較的多くなった。これは一歩前進である。

 警察は、高知の白バイ事件でも、身内をかばい無辜の運転手を犯人に仕立てて証拠まででっち上げた。そのような警察のでっち上げ事件は日本中で枚挙にいとまがない。いつわれわれが警察に逮捕されるか分からない時代になっていると言える。日本は、カダフィ大佐のリビアも中国も、アメリカ南部の黒人も、同じになってきた。日本最大のでっち上げ事件である大逆事件から、今年は奇しくも100年。警察を民主警察に変革する好機は、今年をおいて他にない。しかし、今の菅政権にそんな覚悟があるだろうか。菅首相も自分のことのみを案じているなら、いつか検察に陥れられることになるだろう。

自民党+菅で再編か

2011-02-21 | 政治
管内閣の支持率が危険水域に入ったらしい。さもありなん。菅首相が打ち出した政策のどれをとっても、政権交代の前にいっていたことと反対のことばかりで、自民党から民主党へ政権交代したことがまるで意味の無いことになっているからだ。国民の生活が第一というスローガンからは真逆としか思えない。たとえば、消費税の増税。菅首相は消費税を上げることが国民的な要請だと言っているが、自民党や昔そこにいた与謝野馨など以外にだれもそんなことは望んでいない。その一方で、法人税の5%引き下げをやるという。経済界の要求に沿う形で税制を変えようというのでは、国民生活が第一なんていうスローガンはウソばかりになってします。

 さらに、国民総背番号制を実施すると言い出した。これは菅さんの持論だろうけど、自民党でさえなかなか踏み切れなかった悪法である。そして、TPPへの参加。平成の開国と言葉は勇ましいが、結局はアメリカの大資本の要求に組み込まれ、日本の郵政事業、医療業務、農業、などなど、コイズミ自民党の新自由主義路線をもう一度アメリカの大資本の要求にそってやり直すと言うことでしかない。郵政民営化に反対してきた連立相手の国民新党でさえ、管内閣のやり方にはもうがまんがならないと言わしめている。
 
 アメリカは菅直人はくみし易しとみて、露骨に郵政民営化の徹底などを要求してきている。農産物の完全自由化を視野に入れたTPP参加は、日本の農業をアメリカ資本に差し出すことでしかない。日本の農民は死ねと言うことが、「平成の開国」の中身である。だったら「攘夷」こそが今の日本における正義だ。
 
 政権交代を実質的な者にするべきであると主張している小沢一郎とそのシンパを切り捨てることで自らの延命を図ろうという菅直人のこそくな考えは、内閣支持率の低下でもろくも崩れ去ろうとしている。こうなれば菅政権の道は、おそらく政界再編をして自民党との野合するしかない。すべて自民党のいうままにして、自民党の大部分といっしょになって、民主党の小沢一派を切り捨てる。これしかないだろう。自民党と一緒になっても、どうせ自民党と同じことをやっているのだから、菅直人が首相を続けられるかどうかだけのちがいしかない。
 
 いまこそ政界再編成が必要だ。民主党がマニフェストでやろうとしていたことを実際に誠実に実行しようとする人たちが、まとまって新しい民主党を作って選挙をたたかうこと。そうすれば国民新党も社民党も再編の中に入ることができる。自民党の河野太朗など良識派も加わることができるだろう。そうしてもう一度、本当の政権交代を実現させよう。首相の椅子にこだわり続けるだけの菅直人を引きずり下ろそう。

寒いベトナム

2011-02-15 | 日記風
ベトナムに来て予想外だったことは、寒いこと。ハノイの気温が14℃と機内で聞いて、びっくり。暑いと思って無理して雪の京都を薄着で出たのに、ベトナムも寒いとは思わなかった。さすがにフエはハノイよりかなり南なので、それほど寒くはないが、小雨に濡れて風にさらされると寒さでふるえる。こちらの人はみんな厚手の防寒着を着込んでいる。私はTシャツの上になけなしの長袖を着ているだけだ。でも18℃くらいはあるので、我慢できないほどでもない。初日に風と雨でかなりやばいと思って、二日目はこちらの人がバイクに乗るときに着ているポンチョのような雨具を一着150円で買って着た。使い捨てのつもりで買ったのだが、これがあるとずいぶん助かった。

 フィリピンやタイにはしばしば出かけてきた。これらの国ではいつもTシャツと短パンだけだ。今回もそのつもりで来たのだが、ベトナムは熱帯ではないそうだ。亜熱帯なので、沖縄の冬と同じくらいは寒いらしい。ましてハノイは内陸だし、標高も少し高い。海辺のフエやもっと南のホーチミンは暑くなるが、それでも冬はあるらしい。もっとも今年は異常気象らしくて、もう乾期なので暑くなっているはずなのに、熱帯の雨とは思えないようなこぬか雨が降っていた。

 今日は船と車で川をさかのぼった。川で生活している人たちの暮らしは、まだまだ多いようだ。川の水もあまりきれいとは言えないが、それでもあらゆる川や水路では、人々が洗濯をしたり、野菜を洗ったり、魚を掬ったり、シジミを獲ったりしている。そして今は都会の建設ラッシュでコンクリートに入れる砂の需要が大きい。川のあちこちで砂利を採取して船で運んでいる。日本の川の砂は、建設用コンクリートのために取り尽くされ、とうとう採取禁止になってしまい、今では海岸の砂浜さえも無くなっている。でもベトナムではまだまだ砂は豊富にあるようだ。その理由は、川岸がまったくコンクリート化されていないから、岸から川へ砂がどんどん供給されているからだ。砂が溜まるところがあり、陸が削られて砂が川に入ってくるところもある。本来の川の姿が残っているから、砂もまだ取ることができる。もっとも、いつか日本の二の舞になりそうな気もするが、できればそうなる前に気がついて欲しい。

 川の上流に行くと、途中で道が消えて大規模な工事現場に行き着いた。ダムの建設現場だった。こんな大規模なダムの建設は、日本などの外国の援助で行うことが多いと聞く。日本の土建業が意外とこんなところでダムを造り続けているのかもしれない。日本の後追いはもう止めて方が良いのではないかと思う。ベトナムも中国も、日本のたどった自然破壊の道を歩かないようにして欲しいと、フエの街を歩きながら考えた。 

ベトナムにやってきた

2011-02-14 | 南の海
早朝の京都はうっすらと雪化粧。これからさらに雪が降るという予報だった。大阪はさらに多くの雪が路肩に残っていた。でも空は青空。飛行機は青空に向かって飛び上がった。2年ぶりのベトナム行きだ。朝早く起きたせいで、ハノイまでの5時間半、半分以上はぐっすりと眠っていた。ハノイからフエまでの飛行機は満席で予約が取れなかったので、しかたなくハノイ発ダナン行きの飛行機に乗った。ダナン行きの国内線もほぼ満員。ドイモイ政策が功を奏して、ベトナムでも飛行機を利用する人たちがずいぶん増えたようだ。中国の後を追いかけるように社会主義国のベトナムも市場原理を導入し、富めるものと持たざるものの格差は開いている。

 日本は出入国に必要だった出入国カードの提出を日本人には止めた。最近ベトナムも出入国カードの提出を止めたらしい。パスポートだけを見せれば簡単に入国できた。日本は日本人にだけカードの提出を止めたけれど、外国人には観光客にもビザの取得を求め、うるさい。観光客にビザの取得を求めているのは、日本以外には少ないのではないだろうか。あとは、アメリカと北朝鮮くらいか?日本はそういうところはいつまでたっても開国できない。アメリカ資本のために「平成の開国」をしようという菅政権でも、アジアの人に開国する気持ちはなさそうだ。

 ハノイからフエまでの飛行機がとれなかったので、ダナンまで飛んで、ダナンからタクシーでフエに来た。タクシーで2時間半。途中、ハイウエイを通ったが、ハイウエイというのは名ばかり、単なる有料道路に過ぎない。スピードはせいぜい60-70kmくらいしかでないし、出して欲しくない。狭い道路だし、バイクも通るし、人も歩いている。2時間半のタクシー代は、80万ドン。日本円にして約3500円くらいか。飛行機便を明日の早朝までまつにはハノイの宿代が必要だから、それを考えれば安いものだ。

 明日朝から仕事があるから、今日はそろそろ眠らねばならない。2年前に泊まった同じ宿だが、部屋は格段にきれいになっている。新しく内装をやり直したのだろう。快適になっているのに、値段は円高のせいで2年前に比べても安くなっている。LANも各部屋に装備されて快適にインターネットができる。中国に限らず、ベトナムの近代化も日本の過去に比べて早い。ベトナム戦争の時代は遠くなり、この国も他の国と同じように変わりつつある。ちょっとさびしいかも。社会主義国の名残は、レストランの従業員のつっけんどんな態度くらいだ。

牛を殺し、鳥を殺し 次は何?

2011-02-12 | 日記風
全国各地で鳥インフルエンザに感染した野鳥やニワトリが見つかって大騒ぎになっている。養鶏業者は死活問題になりかねない。鳥インフルエンザに感染したニワトリが出た養鶏場の周囲何キロかのニワトリはもうすでに何十万羽と殺処分された。これからも殺されるニワトリはものすごい数になるだろう。殺されるニワトリには、本当に同情する。

 宮崎県は、牛や豚の口蹄疫騒ぎで畜産農家が大打撃を受けた後だけに、新燃岳の噴火も加わって、天罰が降ってきたように恐れおののいているのかもしれない。宮崎県の人たちにも、本当に同情するしかない。

 でも、あれだけの牛を殺しても、日本人の食卓にはまだまだ牛肉は溢れているように見える。まあ、半分以上は外国の肉なのだろうから、宮崎県の牛が全滅したところで、牛肉を食べる人には何の心配もないのかもしれないが。

 それでも、私にはどうも腑に落ちないことがある。あれらの牛や豚や鳥は、本当に殺されなければならなかったのだろうか。そして殺された彼らはなぜ埋めてしまわれたのだろうか。農水省や学者の言うように、口蹄疫や鳥インフルエンザに感染した動物を食べても人間の健康には何の心配もないというのなら、なぜ彼らを殺した後の肉をみんなで食べないのだろう。彼らは無駄死にではないか。

 と殺場へ運ばれる動物たちは、自分たちの運命をある程度知っているという研究がある。殺される順番を待っている豚の血糖値を測った研究によると、殺される順番が近づくにつれて、血糖値は異常に跳ね上がるという。彼らは自分たちが殺されることをよくわかっている。彼らの立場に自分を置いてみれば、彼らの気持ちもよく分かるだろう。私も昔住んでいた場所の近くの養豚場からトラックで出荷される豚の哀しそうな鳴き声が耳に残って辛かったことがある。いつもの鳴き声とは明らかに違う。運命を呪いながら、彼らは泣いているのだろう。

 野鳥のインフルエンザを防ぐすべはない。昔から鳥だってインフルエンザにかかることはあっただろう。でも野鳥がインフルエンザに感染して絶滅したという話は聞いたことがない。ではなぜニワトリは大量に死んでいくのか。それは簡単な理由だ。あの異常な詰め込み飼育が原因だ。身動きも出来ないような狭いケージでただ餌を食べ、卵を産み、生まなくなった鳥は殺されて肉にされる。そういう工場で製品を作るようなニワトリを生き物と認めない飼育方法が、鳥インフルエンザに感染したニワトリを大量に死なせることになる。野鳥の多くは、鳥インフルエンザに感染してもおそらく死なない。弱った鳥が一部死んでしまうだけで、ほとんどの野鳥は回復するのだろう。でも、ケージに詰め込まれて生き物として扱われていないニワトリたちは、全滅する。

 口蹄疫もきっと同じではないだろうか。不自然な生き方を強要された動物は、疫病で大量に死ぬ。人間も同じだ。爆発的な人口の増加で不自然な超過密で住んでいる都会では、インフルエンザに感染して死ぬ人が多くなる。そして難病が流行り、薬品抵抗性を持つ病原菌が進化してくる。この状態をどうすればいいかは、実は明らかだ。不自然な命の取り扱いを止めること。これしかない。過密な人口を支えるために、過密な飼育をする。それなら人口を減らす努力が必要だ。過密な人口をそのままにして、過密飼育や遠くの國からの輸入でごまかしては、結局のところ、すべてひずみが溜まるばかり。いつかはそれがカタルシスを引き起こす。

 肉はなるべく食べないようにしよう。私は卵も魚も食べる「ゆるベジ」だが、一応ベジタリアンだ。肉の消費はなるべく止めれば、もう少し日本の環境も良くなってくる。魚も最近はマグロなど大型魚を食べることはなるべく止めるようにしている。少しずつ本当のベジタリアン(ヴィーガン)へ近づく努力が必要なのだと感じている。

京都の絵本カフェに行く

2011-02-07 | 読書
京都市の郊外に絵本を読ませるための喫茶店があると聞いて、訪れてみた。バス停のそばにある3階建ての洋風の家の1階にその喫茶店はあった。洒落た金属の看板がぶら下がっている。部屋はやや小ぶりで、座る椅子は13人分くらい。部屋の一方の壁に内外の絵本がきれいに並べてあって、自由に絵本を手にとって読むことが出来る。コーヒーや紅茶を飲みながら、絵本を眺めながらゆったりとした時間を過ごすことが出来た。

絵本はときどきテーマに沿って入れ替えるらしく、行ったときのテーマは、「時をめぐる絵本」というもので、時の流れを感じさせる絵本が選ばれて並んでいた。興味をひいた絵本を探してきて、紅茶を飲みながら読み進んだ。絵本は、文章が短いのが多いから、読むのにあまり時間はかからない。それでもお茶を飲み干した後も、絵本をじっくり読んでいた。店主は絵本が好きでこの喫茶店を始めたらしいので、絵本を読んでいればいくら長い時間椅子を占有していても怒ったりはしないから、こちらもゆっくり出来る。

難点と言えば、椅子があまりゆったりと作られておらず、姿勢を正して読むことを強いられる。これは店主の考えなのかもしれない。ひっくり返って読んだりしないで、絵本は姿勢を正して読めと言うことなのかも。飲み物の値段も普通の喫茶店に比べるとやや高い。でも、普通の喫茶店とは違った趣向が凝らされている。客の様子を見て、途中で店主がやってきて絵本の一つを口上と共に紹介し、やがてショパンの音楽と共にスクリーンが下り、部屋の灯りが消されて、プロの朗読者による絵本の朗読と絵の映写が始まる。今回の映写は「手を つなご」という絵本だった。身障者を父親に持った娘が悲しい思いを父に向ける。父親は泣き続ける娘に「手をつなご」と手を差し出す。そして時は流れていき、車いすの老人と初老の婦人が、昔の河原で過去の出来事を回想する。婦人は老人に手をさしのべて、手をつなぐ、という絵本だった。絵は独特の描き方で、この絵本の原画が部屋の壁に展示してあった。

ここで、私は10冊の絵本を読んだ。「木を植えた男」ジャン・ジオノ著、「虔十公園林」宮沢賢治著、「千の風になって」新井満著、「せいめいのれきし」バージニア・バートン著、「葉っぱのフレディ-いのちの旅-」レオ・バスカーリア著(みらいなな訳)、「岸辺のふたり」マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット著(うちだややこ訳)、「よあけ」ユリーシュルビッツ文・画(瀬田貞二訳)、「てん」ピーター・レイノルズ著(谷川俊太郎訳)、「いつか ずっと 昔」江國香織著(荒井良二絵)、「The Hidden House」Maritin Waddell著 (Angela Barrett絵)。最後の絵本は英語の原本で、欧米では有名な絵本だとか。あとは、すべて日本語の絵本だった。この中で、私がもっとも好きだった絵本は「岸辺の ふたり」。お祖父さんが死んで、一人残された娘がやがて子どもや孫を残して死んでいくまでの物語を、死ぬということを感じさせないで、たんたんと書いている。死ぬことは消えていくことであると。

 絵本は文章よりも絵が大きい役割を果たしている。そう言う意味で言えば、「よあけ」という絵本の絵が私はもっとも気に入った。物語よりも絵だけだったけど。文章と絵がすばらしくマッチしているというのが絵本のもっとも素敵なところなのだろうが、絵だけでも楽しむことは出来る。

 夕方まで2時間以上をのんびりと過ごし、なんとなく心洗われたような気分になって帰路についた。こんな絵本美術館のような喫茶店があったことが不思議な気分だ。でもこの喫茶店、あまり客は来ていないように見える。大丈夫だろうかと思ってしまう。でも客が増えすぎてもこの雰囲気はきっとダメになりそうだし、かといって無くなってしまうのも残念だ。そっと誰かに教えて、少しだけ人々が訪れるようになるといいのだが。

今年は寒かったか?

2011-02-05 | 日記風
今年は寒いという声が良く聞こえる。温暖化はウソだという声も耳にする。たしかに寒いと感じる。しかし、待って欲しい。本当に今年は寒いのだろうか。寒く感じるというのと、寒くなっているというのとは違うのだ。気温の変化は、毎年毎年一定の傾向で変化し続けるものではない。年によって上がったり下がったり変動が激しい。温暖化というのは、そういう毎年の変化を超越して、長い年月を通してみると平均的な気温が上昇している傾向が見られることを言う。だから温暖化しているからといって、毎年暑くなっているのではない。

 そう思ってよく考えると、私の子どもの頃は、冬といえば学校へ通う道すがら、道路に溜まった水たまりが厚い氷で覆われているのを、傘の先でつついて遊んだり、滑って遊んだりしたものだった。用水桶には1cmを超える厚い氷が張っていた。その記憶のあるのは、四国の香川県だ。しかし、寒いと言われている今年の京都でも、氷が張っている光景を見たことはあまりない。寒くて凍えるような日でも、道路が凍って滑りやすいような日は1日か2日あった程度だ。そうしてみると、やはり気温は上がっているのではないかと体感できる。

 それでも寒いと感じるのはなぜだろうか。それはやはり現代人がぬくぬくとした生活に慣れてしまって、ちょっとした寒さにも耐えられなくなっていることからくるのだろう。暑くて汗が出るほどの暖房をいれて当たり前の生活をしていないだろうか。それが結局のところ自分たちの環境を壊し、耐えられないような暑い夏が出現したり、異常な乾燥や洪水を引き起こし、近い将来命にかかわるほどの災害や温暖化を引き起こしていることに気がつかないか気がつかない振りをしている。そう考えたくないのだろうけど。

 CO2濃度の上昇と温暖化が関係あるかどうか、科学的には異論もあるが、CO2濃度が確実に上昇を続けていることは否定しようもない。温暖化もここ20年ほどの変化を見ると明らかである。それをどうするか。今年の冬が寒いと感じるから、温暖化はウソだというような単純な議論に乗ってはいけない。