ごまめの歯ぎしり・まぐろのおなら

サンナシ小屋&京都から世界の愛する人たちへ

マスコミの大騒ぎ おかしくないか

2009-04-30 | 政治
豚インフルエンザをマスコミも政府も大騒ぎしている。でも豚インフルエンザなんてたいしたことない。何を大騒ぎしているんだろう。メキシコで数千人の感染者が出て、100人未満の死者がでているらしいが、普通のインフルエンザだってそれくらいの被害はある。症状も死者も出ているが、普通の風邪とたいした違いはないようだ。パンデミックなんて映画や小説で騒ぎ立てるから、ちょっとしたインフルエンザの流行でも、こんなに大騒ぎしてしまう。

 でもメキシコでは、みんなそれほど大騒ぎをしているわけではない。メキシコから帰ってきた日本人が日本で大騒ぎしているのにびっくりしていた。国民性だとかいっているが、そうではない。マスコミの判断基準がおかしいのではないか。

 朝鮮共和国の人工衛星打ち上げに、ミサイルを日本に撃ち込まれるかのごとき大騒ぎをしたマスコミと日本政府。それを奇貨として迎撃態勢という戦時システムを作り上げてしまった。しかも飛んでも来ないミサイルの亡霊をしっかり利用して、憲法の非戦条項を無視して実際に自衛隊に戦闘態勢を取らせた。それだけではない。それを利用して、先制攻撃や核兵器の装備まで主張する自民党議員が、マスコミに批判されずに大声を出し始めた。

 タレントの草某が泥酔して裸になったといって、逮捕された。マスコミはまた大騒ぎをするが、警察がわいせつ物陳列罪による逮捕という異常な対応を取ったことをきちんと批判したマスコミはなかった。逮捕されるような問題ではないだろう。泥酔して失敗したことは説諭すれば反省するだろう。逮捕して欲しいのは税金使って泥酔して、世界に日本の恥をさらした大臣の方だ。

 警察はいい気になっていないか。民主警察を目指した頃は、警察はこんな大きな顔をしていなかった。いつのまにか警察が国民の公僕から国民を監視する部隊になってしまった。高知県の白バイ事故の事件や、鹿児島県の志布志選挙違反事件のように、証拠を捏造しても平気な警察に成り下がってしまった。北海道警察は裏金を追求した北海道新聞の記者を名誉毀損で訴えたりした。しかも裁判所もいっしょになって記者に罰金の判決を与えた。警察の復讐でしかない。これでは警察を批判できるマスコミはいなくなる。この裁判はどこのマスコミも報道しなかった。警察権力に声を出すことに怖じ気づいてしまった。

 そのくせ、マスコミが権力といっしょになって大騒ぎすることが多すぎる。まさに戦前の翼賛体制が始まった。「過ちを繰り返し」つつある。

天使シリーズの「鬱屈」

2009-04-26 | 読書
「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」の翻訳をした越前敏弥が翻訳をしたアンドリュー・テイラーの天使3部作といわれる小説の最後の「天使の鬱屈」を読んだ。この3部作は、高齢となった主人公の女性が昔を振り返りながら、1950年代、1970年代、1990年代の時代毎に1904年に起こったある事件が関係する人たちのその後を追いながら、それぞれの時代の歴史ミステリーを架空の人物に基づいて推理するという、かなり凝った構想の上にしかも時代をさかのぼるという逆経時的にシリーズを書いたものであるということが、読んだ後に気づいた。私が読んだ「天使の鬱屈」は、そのもっとも古い時代を書いた歴史推理小説で、しかももっとも新しく出版されたものだった。

 舞台はイングランドの田舎にある大聖堂の「囲い地」。教会の「囲い地」というものがどういうものかは、日本人には想像もしがたいが、どうやら聖職者たちの家族とその使用人以外は立ち入ることのできない巨大な扉と塀に囲まれた住宅地らしい。だからそこに住む人たちは、一種特権的な立場であり、閉鎖的な社会を構成している。キリスト教会に依存し、それを社会のすべてと感じる人が中世以来連綿と続いて存在したことは、先の「ダ・ヴィンチ・コード」や「天使と悪魔」でも書かれているが、キリスト教と無縁の生活をしてきた私にとっては、いまだ驚きである。

 謎とその謎解きは、あまりおもしろいミステリー小説とは言えない(聖職者という非生産的な人間たちの存在がぴんと来ないし、関心も持てない)が、食人や近親相姦などのグロテスクな事実が、オブラートにくるみながらも身近なところに存在することを予想もしない展開で読ませるのは、女性作家ならではの感がある。これから順に「天使の背徳」「天使の遊戯」と読みたい気持ちにさせられている。この小説で彼女は英国推理作家協会賞最優秀歴史ミステリー賞を受賞した。

人種差別に与するアメリカ

2009-04-21 | 政治
昨日からジュネーブで開かれた反人種差別会議「ダーバン2」では、アメリカやオランダなどの欧州国家がボイコットをして、イスラエルの人種差別を批難する声明を採択することを妨害した。反人種差別会議は、南アフリカで行われた人種差別政策アパルトヘイトを止めさせたことを契機に、再び人種差別を認めないために行われている。
 今回のダーバン2では、イスラエルの行っているパレスチナの人たちへの人種差別が最大の議題だった。イスラエルのネタニヤフ政権は、アラブ諸国に対してユダヤ国家としてのイスラエルを承認するように迫っているが、これはイスラエルの中に住んでいる20%強の非ユダヤ人にとっては、存在そのものを無視されることを意味する人種差別となる。さらには、占領地ガザや西岸地区でのパレスチナ人への人種差別政策はかつての南アフリカのアパルトヘイトも顔負けの、醜い政策としてアラブ諸国の憤激を買っている。

 それにもかかわらず、反人種差別会議としての声明に、イスラエルを非難する文言を入れたキューバなどの案から、アメリカや欧州各国が反撥。アメリカのご機嫌を取るためにイスラエル批難思われる文言をすべて削除したアラブ諸国の大幅な譲歩にもかかわらず、アメリカや欧州各国がボイコットすることによって声明が葬り去られるということになった。オバマ政権に代わっても、イスラエル政策だけは微動だにしていない。ユダヤ資本の意に背いては、オバマさえも小指も動かせない。

 今回の反人種差別会議では、日本政府はアメリカやイタリアやオランダの会議ボイコットに同調しなかった。それだけは救いだ。でも日本政府の思惑がどこにあったか、マスコミは何も伝えていない。

 ユダヤによる人種差別は、かつてユダヤが味わった人種差別を今度は加害者として繰り返している。ユダヤ虐殺が永遠に続きはしなかったように、ユダヤによるパレスチナ人虐殺も、永遠に続きはしない。アメリカの帝国主義ですら、もはや先が見えなくなってきている。ユダヤ兵士に殺されたパレスチナの少女や少年は帰ってこないが、ユダヤ人の犯罪も裁かれるときがかならず来る。それまでいかにして犠牲者を減らすように努力ができるか、世界の人たちがパレスチナの子供たちから正義への取り組みを問われている。

天架ける橋と現実

2009-04-20 | 環境
完全に護岸された天橋立

股の間から覗くと天に架ける橋のように見えるという天橋立を見に行った。美しい砂浜の砂嘴地形として昔から有名なところである。東北の松島、安芸の宮島と並ぶ日本三景の一つ。京都からは直行の特急列車が出ているが、今回は各駅停車の列車を乗り継いで出かけた。それでも3時間で行ける。特急に乗れば料金は2倍、時間は2時間半だ。たった30分急がなければ、半額で行けるし、あわてる用事がなければ各駅停車の旅も捨てがたい。

 予想はしていたが、天橋立も近年砂がどんどん無くなりつつあるという。砂嘴の西側=湾の奥側は、おどろいたことにすべて護岸されている。東側の砂浜は砂が無くなってきているので砂の消失防止のために沢山の突堤を築き、砂の消失は少し止まったようだけど、天橋立の砂嘴がノコギリの歯のようにギザギザになってしまっている。そのことは写真などでよく知っていたが、反対側が完全に石の護岸になっているとは知らなかった。しかも昭和の初期には護岸されているという。股のぞきの小倉小屋のおじさんに聞いた。

 砂が無くなっているもっとも大きい理由は、おそらく天橋立の北側、丹後半島の山から海に注ぐ川にたくさんの砂防ダムができてしまったせいであろう。海に砂が流れてこなくなったせいだ。こんなギザギザのみっともない天橋立を世界遺産にしたいと言っても、とても無理だろう。地元では一生懸命に世界遺産にしようと頑張っている人がいると聞いた。もっともそれも選挙目当てだ、本気でやっているわけではないという批判も同時に聞いた。

 天橋立を本当に世界自然遺産にしようと思ったら、川から砂防ダムを取り除き、人間が砂を入れないでも砂洲が維持できるようにして、突堤や護岸を撤去してしまわないと、とても無理だろう。そうできれば、単に世界遺産になれるかどうかだけでなく、日本の自然を守るためにきわめて模範的な日本をリードする場所になれるだろう。ぜひそうなって欲しい。

 笠松公園の上から、股のぞきをしながら、天架ける橋の幻想を見ていた。

緑の島に吹く風

2009-04-17 | 読書
吉村和敏「緑の島に吹く風 プリンス・エドワード島が教えてくれたこと」を読み終えた。といっても、読むのにそんなに大変だったわけではない。むしろ気楽に読めたし、写真をいっぱい入れてあるので、写真を楽しみながら読める本だった。だから一気に読まずに、ちょっと時間があるときとか、バスの中などで少しずつ楽しみながら読んでいた。

 旅の途中で出会ったプリンス・エドワード島の自然の美しさと人間のぬくもりに感動して、その島に住み着いた写真家の旅と写真のエッセイ集だ。プリンス・エドワード島がそれほど特別に美しいとも思わないけれども、悩みながら一人旅を続けていた青年が、旅の終わりに出会った自然と人間に感動したのは、よく分かる。それがたとえどんなに日常的なところでも。カナダの田舎。プリンス・エドワード島は、たしかに近代的な発展とはほど遠い田舎なので、東京で育ち、カナダでも都会を見てきた青年には、それが感動的に見えただろうことは十分想像できる。そんなところは、きっと世界のどこにもあるに違いないが、プリンス・エドワード島が吉村青年写真家にとって、そう言うところだったのだろう。

 では、私にとってのプリンス・エドワード島とは、どこだったろうか。そう思って生きてきた比較的長い時間を振り返ってみた。まず、与論島。若い頃、今から思えばわずか2週間ほど過ごしたところだったが、その島の自然と人間は私には、吉村青年のプリンス・エドワード島とまったく同じような感動を与えてくれた。吉村青年と私の違いは、彼がその後毎年のようにプリンス・エドワード島へ通って、写真を撮り、友人と過ごしたことだ。私は二度とそこへ足を踏み入れていない。あの時の感動が、幻滅の虜になることが怖かったからだ。その後の与論島の変わり様は、写真を見たり人から話を聞くごとに、ますます私を遠ざけてしまう。私たちを抱擁するように受け入れてくれた島の人間も、いまでは近代の資本主義に毒された生活をしているのだろう。毎年一度の便りも絶えて久しい。

 第二の場所は、おそらく北海道の道東だろう。与論島とは逆に、そこには15年も住んだ。でも、その自然に感動したのは、与論島にまさるとも劣らない。そして今では小屋も建てて、しばしば通う生活をしている。そこの人間は、しかし与論島のような感動を与えてくれたわけではない。

 たいした事件もない普段の生活を淡々と書いたこの本は、特に面白いと言うこともない。ただ、誰もがそう言う場所を持っていることを気づかせてくれる本かもしれない。

 吉村和敏が夢中になって写真を撮りまくったプリンス・エドワード島のタテゴトアザラシ。かわいいアザラシの子供がこの本を飾っている。先日のミニコミ情報では、プリンス・エドワード島でタテゴトアザラシの商業アザラシ猟を解禁し、わずか2日間で、18700頭のタテゴトアザラシが白い氷を真っ赤に染めて殺されたという。彼はそれをどう受け止めることができるだろうか。


室生の山から

2009-04-13 | 花と自然
今年の正月に山に登って以来、登山といえる山歩きはしてこなかった。仕事が忙しくなってきたことが大きい原因だが、体調もあまり良くない。体調は山歩きをしなくなったからが原因だと思っているので、なんとか山を歩いてみたいと思っていた。ようやく時間がとれて、少し遠くまで足を伸ばしてみようと、奈良県の住塚山(1009m)と国見山(1016m)に向かった。

 京都から近鉄を3本乗り継いで名張駅についたのが10時。そこからバスで1時間。歩き始めたのは11時だった。天気は良いし、予定の歩行時間は4時間半だったので、これでも十分な時間があると判断した。バスを降りたところから急な坂道を登っていくが、道は舗装道路だ。両側の民家をみながら40分ほども炎天とも言える暑い道路を汗を流しながら歩いていった。これでも4月なのかと思える。まるで真夏の暑さだ。暑いだろうと思ったので少しでも高い山をと思って1000mを越える山を探したが、しばらく歩いていないのに無理はできず、近畿の山には1000mを越える山は多くない。

 1時間歩いて屏風岩公苑に到着する。正面には柱状節理をみせる垂直の岩壁をもつ岩山が圧倒する。写真を撮ったのにピンぼけだった(^^;)。お弁当を食べて、その脇の急な登山道をひたすら登る。こんどは杉の植林地の中なので、多少は涼しいが、花はなにもなく面白くない。

まもなく最初のピークの住塚山に到着。汗が噴き出てくるので、のどが渇く。テルモスの紅茶を美味しく飲んで、ふたたび尾根道を歩き始める。おおきくタワまで下った後、また急な登りを汗をかきながらのぼる。二つ目のピークは国見山。360度の展望があった。天気も良いがもやっており、遠くはかすみ気味。歩いたことのない山塊なので、見える山の名前はまったく分からない。



 この山塊もあまり花は多くない。ハシリドコロの寂しい花が日陰で咲き始めている。ミヤマカタバミの真っ白い花がいくつか咲いていた。この花は私の好きな花の一つだ。出会えてほっとする。


 大きく降って、歩き始めて4時間が経つ頃、バス停のあるところまで降りてきたが、バスは当分来ない。ここから室生寺までは歩いて30分くらいだというので、歩き始める。途中、龍穴神社を見て室生寺に抜けるつもりで脇道に入ったが、どうやら違う道だと言うことに気がついたのは、歩き始めて25分くらいたった後だった。そろそろ足が痛くなり始めていたが、歩いて帰る以外に道はない。そこからもときた道を引き返し、1時間ほど歩いてようやく室生寺にたどり着いた。

 女人高野として有名な室生寺は、山の中にひっそりとある。高野山が女子禁制だったため、その代わりに女性が参拝に訪れたというところだが、いまでも歩いてくるには大変なところ。当時は歩く以外に方法はなかっただろうし、近くまで電車という手段もなかったから、京都からここまで何日も歩き続けて参拝に訪れたのだろう。仏の慈悲にすがりたいと思う女性には、本当に命をかけた参拝だったのだろう。ここに来たら、帰ることもままならない。その覚悟で女性たちは訪れたのだったろう。

 室生寺の桜がきれいだと聞いていたが、来てみるとあまり桜はきれいとも思えない。京都でたくさん桜を見てしまったからかもしれない。もうじきシャクナゲの時期が始まる。シャクナゲはいっぱいつぼみを付けていたから、開花の時期にはきっと美しいのだろう。室生寺は、美しい五重塔が有名で、私もそれを見たくてやってきた。写真で見るのと実物を見るのはこんなに違うものかと言うのが感想だ。室生寺の五重塔はかわいくて小さくて、びっくりするほどだ。女人高野らしいのかもしれない。この寺を守ってきた人たちはみな女性だったというのだから。



 京都に帰り着いたのは夜も更けた9時前になった。久しぶりの山歩きに心はすっきりとストレスが無くなったような気がする。また、機会を作ってどんどん歩きたい。いよいよすばらしい新緑の季節だ。暑さ対策を考えて、高い山に登りたい。 

瀬戸内の花に背いて埋め立てとは

2009-04-11 | 花と自然
周防灘に面する周南市を訪れた。昔は徳山と言われていた街で、海岸線に立ち並ぶコンビナートがまがまがしい街である。こんなところにだけは住みたくないとつくづく思う。

 しかし、周南市も海辺から離れて山にはいるとなかなか捨てたものではない。山の中に泊まったのだが、美しい花に囲まれた宿だった。急激に夏が来たここ瀬戸内の街では、ソメイヨシノはもう花が終わりつつあったが、山の方ではそれでもまだ桜が楽しめる。もっとも他の花も一斉に咲き出して、百花繚乱の風情だ。ここで目をひいたのは、巨大な花をつけた木蓮。初夏の感が強いシャガの花も咲き始めている。



 トサミズキの花も木からまるで黄緑の雨のように一面ぶら下がっている。オオシマザクラの真っ白く大きい花が木全体をまるで綿をまとったように見せている。八重桜もこれからつぎつぎ花を開いている。山里のいまはもっとも華やかで美しい時期だろう。



 海を見たくて周南市から離れ、東よりの光市の象鼻ヶ岬に行った。戦前から山口県の自然公園に指定されているほど、風光明媚な海岸だったが、今は砂州でできている小さな岬がすべてコンクリートで固められている。なんと情けない姿だろう。それでも海の中は素晴らしい藻場が見られ、透き通った青い海が初夏の日射しの中で、うっとりするほど美しい。周防灘に面したこのあたりの海は本当に水も透明で、瀬戸内海とは思えないほど素晴らしい。写真にはコンクリートのないところを選んで撮ってみた。美しい海を持つ周防灘の海岸も、もうこんな場所もはなくなってしまっている。




 そして、このすぐ東側の柳井市沖の長島では、この素晴らしい海を埋め立てて原子力発電所を作ろうとしている。瀬戸内海に原発とは、いったい何を考えているのだろうか。しかもここは瀬戸内海国立公園のもっとも重要な場所になっているのに。埋め立て工事を開始したという悲しいニュースが日曜日の新聞の一面を埋めていた。中国新聞だけど。もっと日本の新聞がその悲しいニュースを日本中に知らしめて欲しいと思う。いますぐ埋め立てを中止して欲しい。


コーヒーでもひっかけろ

2009-04-08 | 政治
沖縄からアメリカ軍は出て行け!といって、コーヒーをぶちまけた43歳の男性が逮捕された。コーヒーが足にかかったのはアメリカの在沖総領事のケビン・メア。イラクでブッシュに靴を投げた記者は英雄になった。はたして、アメリカ総領事にコーヒーをひっかけた男性は英雄になれるだろうか。日本人がいま問われている。

米軍の辺野古基地を作るための、アセスメント準備書が4月1日に沖縄県に提出された。あらたにヘリパッドが4カ所も設置されることが明らかになるなど、政府による隠蔽された計画が少しずつ姿を現し始めた。小出しにして沖縄県民の反発を和らげようという、姑息で不正なやり方だ。護岸と称して184m級の駆逐艦が接岸できる港を作るというのも、今回初めて出てきたことだった。すべてを明らかにしないで、小出しに計画をだしてきて、アセスを認めたら全貌を現すことだろう。

「ダ・ヴィンチ・コード」と「天使と悪魔」

2009-04-06 | 読書
ダン・ブラウンの「天使と悪魔」を一気に読んだ。その前に読んだ彼の「ダ・ヴィンチ・コード」で、日本人になじみの少ないキリスト教のドロドロした歴史を、彼の膨大な蘊蓄で知り得た。キリストを神の子とするために、いかにカソリック教会が反対するものたちを異端者審問や魔女狩りで虐殺し抹殺してきたかが、ミステリー仕立ての小説にもかかわらず、新鮮な知識として堆積した。こんどの「天使と悪魔」は、バチカン公国の教皇を決めるコンクラーベの間に、教皇の死そのものが毒殺であることが分かったり、新しい教皇の4人の候補者が次々に殺されるというあらすじもなかなか面白かったが、ブラウンがもっとも書きたかったのは、バチカンのローマ教会が科学をいかに敵視し、弾圧してきたかを赤裸々に告発したことだと思う。そしてさらに彼は教会の枢機卿に近代科学の人間性を無視した道をも告発させる。

 キリスト教とは比較的無縁の生活をおくってきたわれわれは、ローマ教会のこのような非道の歴史を知ることもなかったし、西洋近代科学を多くの人はただ人類の希望とだけ見てきた。しかし、キリスト教や近代科学を生んだ西欧では、両者のあいだの血で血を洗う戦いがあったことが、ブラウンの小説によって明らかになる。あらためてわれわれが教わってきた世界史とは何であったかを考えさせられた。

 ローマ教会=バチカン公国の衰退はもはや明らかだが、ブッシュが信奉していたキリスト教原理主義はいまだにアメリカの3分の1の州でダーウィンの進化論を教えることを禁じている。そして現代の異端者審問と魔女狩りは、アフガニスタンやイラクで続いている。同じ神を信じているユダヤ教やイスラム教と血で血を洗う諍いを続けている。

 しかし、勝利しつつある科学といえども、その発展が人類を不幸に導いていることも明らかになっている。ブラウンの小説は西欧の行き詰まりを面白い謎解きで描写しているが、人びとがその謎解きの面白さに本質を読み切れないおそれは強い。ダ・ヴィンチ・コードの映画は見ていないが、はたしてブラウンが書きたかった文明の底流に流れる葛藤を映画でどれほど表現できたのだろうか。

桜と雨と沖縄の「冬」

2009-04-04 | 日記風
桜が満開になるというのに、一日雨に濡れて寒い。明日からようやく暖かくなると言う予報にホッとする。冬が暖冬だったので、桜はずいぶん早く咲き始めたが、彼岸過ぎても寒い日が続いた。暑さ寒さも彼岸までということわざも、もはや異常気象続きの日本には当てはまらないのかもしれない。子供の頃、まともな暖房もない家で、このことわざを信じて寒さにひたすら耐えて春の来るのを待っていたことを思い出す。春が来るのが本当に待ち遠しかったのだ。

 桜の名所の近くに住んでいるのに、どうも今年は桜をゆっくり楽しめそうもない。これではならじと花見などを計画してみるが、異常気象は予定どおりには花見をさせてくれそうもない。それでも、毎日の通勤の途中で、民家の庭に咲いている桜のすばらしさに足を止めて見惚れる。寒くても、春は確実にやってくる。

 桜はとっくに散って海開きも終わった沖縄の海には、冬の時代が到来しているようだ。泡瀬の海に大量の泥が入れられ、貴重な海が埋め立てられている。辺野古では、ジュゴンの餌場やサンゴの海を埋めて戦争の基地にしようという計画が進んでいる。エイプリルフールの日に、アセスメント書が提出された。ウソばかりを書いた準備書だと言わんばかりに。今日、戦争をするために沖縄に来ている米軍兵士が若者3人を赤信号を無視し車ではねて重傷を負わせた。犯人は逃げているが、逃がしてはならない。朝鮮の人工衛星はなんの被害も与えないのに、アメリカの軍人は日本人を傷つけている。どちらが日本にとって厄災なのだろうか。