ごまめの歯ぎしり・まぐろのおなら

サンナシ小屋&京都から世界の愛する人たちへ

奥谷禮子と御手洗富士夫

2007-02-26 | 政治
奥谷禮子という人が問題発言を繰り返しているらしい。この人は人材派遣会社の「ザ・アール」社長。厚労省の労働政策審議会分科会の委員をしており、残業代をただにして労働者を働かそうというホワイトカラーエグゼンプションの積極推進論者だそうな。昔はスチュワーデスをやっていたらしい。

 この奥谷禮子氏が何を言ったかというと、「過労死なんて自己管理の問題」といったとか。要するに過労死は働かせたほうには問題がない、働いて死んだほうが悪いというのだ。いったいどういう神経を持っている人なのか。おそらく人ではなく鬼なんじゃないか。この人はそれ以外にも、「祝日なんていらない、いっさいなくすべき」とか、「労働基準監督署はいらない」とか、「労働者を甘やかしすぎ」などと暴言を繰り返している。よっぽど労働者が嫌いなのか?

 しかし、彼女は労働者を派遣することによって儲けているんだ。要するに、労働者を搾取して金儲けをしている。普通の人間はそれを後ろめたいと思うはずなんだけど、彼女の場合はそれを臆面もなく金儲けのために労働者をもっと搾取したいと言っている。こんな人を労働政策審議会の委員にする厚労省の脳みそも腐っている。アベシンゾウ好みなのかもしれない。彼女は、そういう勇ましい意見を買われてか、新しい郵政民営化会社の社外取締役になっている。

 不思議なことに、このような人間として血も涙もない言葉を吐く人間は、「成功」し成り上がった女性に多い。男はそんなことはあまり言わない(ような気がする)。いや、男にもいっぱいいる。しかし、「成功」した女性の発言は目立つのだ。どうしてこんなことを考えるようになるのだろうか?自分が成功したのは自分の努力だけだと思い込んでいるからかもしれない。だから下働きをする人が馬鹿に見えるのだろう。その人たちの働きで自分が儲けていることに、感謝の気持ちが持てない心寂しい人なのだろう。しかし、そんなことで厚労省が動いてはなるまい。

 御手洗富士夫日本経団連会長が会長をしているキャノンでは、偽装請負が発覚した。御手洗富士夫は、率先してアベシンゾウ内閣に残業代ゼロ法案を要求している人だ。日本経団連はこの人が会長になってからアベ内閣に露骨な要求をするようになった。民主党から国会に参考人として招致するように要求されている。このような儲け第一の集団の意見を聞いて労働者を搾取しようと考えるアベ内閣は、一日も早く消えてほしい。過労死の若者を増やさないために。そして、働くものの生活を守るために。

地球温暖化「疑わしきは罰せよ」

2007-02-25 | 環境
先週は東京と茨城県神栖市で集まりがあって出かけた。2月の寒い時期のはずなのに、北海道から出かけた身にはまるで春の盛りのような暖かさだ。集まった人は全国からだったので、いろんなところの暖冬の様子を聞くことができた。

 伊豆の河津桜は満開で、花見の人波がものすごいとの話も聞いた。上野公園ではすでに桜がちらほら咲いているらしい。もちろん水戸の梅はもう終わりに近い。郊外では菜の花がいっぱい咲いている。東京周辺ではこの冬ついに零下の気温が記録されていないらしい。雪も一度も降っていない。

 暖冬は何年かに一度は必ず起こっている。だからこの暖かさはそれほど心配する必要はないという意見もある。日頃感心して読んでいた田中宇という人のブログ(http://tanakanews.com/)では、温暖化を警告するIPCC(気候変動に関する国際パネル)の報告書をエセ科学だといって批判している。その論拠は、(1)海面上昇が最初言われていたよりは予想が少なくなってきている、(2)メタンガスの濃度は最近増加していない、(3)海洋の温度の平均値は最近下がっている、(4)南極の氷は最近増えている、などである。そして彼は、太陽黒点説が無視されているとか、2001年の報告書に比べていろんなデータが改善の方向にあるのに、報告書は温暖化の深刻さをむしろ強調しているから、この報告書は政治的だ、と論難している。彼は温暖化は人類の影響ではないと言いたいようだ。

 しかし、彼の言う論拠はほとんど理由にならない。(1)海面上昇の予測が2100年までの約100年間の海水面上昇の予測値の平均値は、前回の報告書では48・5センチだったが、今回は38・5センチに減っている。それを彼は論拠にしているが、予測が48センチが38センチに減ったからと言って海面上昇の影響がないなどといったいどうして言えるのか。この予測だっていろんな科学的なデータと解析に基づいて行われているので、その解析理論や技術はどんどん向上する。前回よりも予測が減ったから海面は上昇しないなどということこそ、エセ科学でしかない。
 田中宇は、「海水面は20世紀中に、人類が問題にしない間に20センチほど上昇している。今後あと40センチ上昇したとしても、大した問題ではない」と言い切る。20センチまで問題なかったからあと40センチあがってもたいした問題ではないなどといったいどうして言えるのか?ものごとには閾値というものがある。ある閾値まではいろんな事象は可塑性を持つ。しかし、一定の閾値を超えたら、カタストロフ(全面崩壊)に突き進む。その程度のこともわからない人に温暖化など問題ない等と言ってもらいたくない。20センチでも国の存亡がかかっている太平洋の島国もあるのだ。

 彼の論拠とする(2)メタンガスが増加していないというのは1990年以降のことだという。(4)海洋の温度が下がっているというのは2003年以降という。たったそれだけの期間で下がっているか上がっているか等というのは、まともな科学者なら論拠にならないことは明白である。温度も濃度も氷の量も数年の間隔で増えたり減ったりしながら変動する。全体の傾向が増えているか減っているかは数年のデータではまったく判断できない。長年のデータを解析しないとそんなことは言えないのである。温暖化と言っても寒い冬もある。だから温暖化は嘘だという科学者がいたとしたら、それは御用学者かエセ科学者であろう。

 温暖化を嘘だといいつのることで企業利益を最優先にする資本家とそれに依存する政治家以外にいったい誰が得するのだろう。もし千歩ゆずってそれが嘘だったとしても、温暖化対策を国際間で行うことによって人類の生存が少しでも保証される方向に進むことは間違いないだろう。「疑わしきは無罪」というのは、司法の常識であるが(最近常識になっていない怖ろしさについては別に書いている)、「疑わしきは罰する」のが環境問題で水俣病やイタイイタイ病などの深刻な公害を経験した日本いや人類の常識ではないか。

小泉の正体見たり

2007-02-21 | 政治
小泉前首相が自民党執行部を激励してこういったという。「格差はあたりまえだと言え」。やはり小泉は自分が格差を作ったことに何の痛痒も感じていないようだ。彼にとっては、どれだけ自殺者が出ようが、すべて「自己責任」なのだ。さすがにアベシンゾウ首相は格差を無視することができなかったので、効果はともかく「再チャレンジ」などと格差対策を言わざるを得ない。しかし、格差対策を言うことは、すなわち小泉改革の罪を言わざるを得ない。小泉にとっては、それが気に入らない。

 しかし、小泉が人間のために政治をしなかったことが今更のように明らかになった。彼にとっては人間がどれだけ苦しもうが死のうが負け組人間なんかどうだっていいのだ。人間よりも資本が大事なのが小泉改革だった。喜んだのは結局一部の勝ち組とアメリカの企業と資本。グローバル化で日本の資産はどんどんアメリカに渡る。

 サンデー毎日によると、小泉は(皇室典範の改正について)「最後の抵抗勢力は皇室」だと言ったとか。「天皇の聖断」で典範改正をしようとした、とか。天皇を自分の政治の野望に利用しようという小泉の正体が見えた。天皇制は結局は政治に利用される運命だ。

一家に一枚ヒトゲノムマップ?

2007-02-19 | 日記風
職場に来ている有象無象の書類の中に、「一家に一枚ヒトゲノムマップ」という標語を見つけて、目が点になった。文部科学省から送られてきた書類だった。4月中旬に科学技術週間というのがあるらしいが、昨年の科学技術週間の標語が上記の「一家に一枚・・・」というもの。おもわず吹き出した。

 あなたは、自宅にヒトゲノムマップを貼っていて、なにかいいことありますか?いや、貼っている人、日本に何世帯あるんでしょう?そもそも、ヒトゲノムマップって何?と言う人が多いでしょうね。いったいどういう人がこの標語を考えたんでしょうか?

 おそらくヒトゲノムを研究している研究者が自分の研究をアピールするために考えた標語でしょうけど、およそ一般人の感覚と乖離してしまっているんじゃないの?そんなもん、おまえらの家に貼っておけばいいんじゃ、って言いたいですよね。文部科学省の役人も大まじめで、科学技術週間の標語に取り入れるなんて、やっぱり文部科学省ってのは、一般人の感覚とは違う世界の人なんでしょうね。日の丸君が代だけじゃなかったんだ。おかしいのは。

南極海での火災と海洋汚染の危機

2007-02-17 | 環境
調査という名目で南極海で捕鯨を行っている日本の捕鯨母船「日新丸」が、火災を起こし航行不能に陥っている。この火災で乗組員一人が遺体で見つかったという。日新丸はいますぐ沈没の危険はないと言うことだが、電気系統が火災で焼失し、エンジンを掛けることができないようだ。さらに、船内の被害が大きい場合は、オイル漏れの可能性も出てきている。

 日本の調査捕鯨に反対するためにニュージーランドから南極海へ出航したグリーンピースの船「エスペランサ号」は日新丸の救援信号を受けて直ちに現場に駆けつけ救援の申し出を行った。現場は氷山や浮氷の接近があり得るところであるため、航行不能になった日新丸に氷山が接近しないように、エスペランサ号のヘリコプターが監視に当たっている。

 問題は、オイル漏れである。南極海に日新丸の重油が流出したら、かなり大きい汚染が引き起こされる畏れがある。ニュージーランドの自然保護省長官は重油漏出の畏れがあると声明を出した。グリーンピースからは日新丸へ曳航の申し出があったようだが、日本政府(環境省)や捕鯨会社はそれを無視している。しかし、南極海は汚染から守るために国際条約があり、汚染をした国や企業はその責任を国際社会から問われることになる。意地を張るのは止めて、日新丸はただちにエスペランサ号に曳航をお願いしてでも、南極海から少しでも早く退去することを考えるべきであろう。

 捕鯨反対の実力行使をした環境保護団体「シーシェパード」はどうしたのだろうか。日新丸の火災に救助に駆けつけなかったのだろうか?と思ったら、「シーシェパード」の船は日本の捕鯨船「海幸丸」と衝突したようだ。「海幸丸」が救難信号を発したようだが、「シーシェパード」の船も損害を受けているようだ。

 日本は南極海まで行って鯨を捕る必要があるのだろうか?地先の海の鯨をとることを考えた方が良い。南極海はどこの国の物にしてもいけない。鯨が自由に泳げる海を少しは残してはどうだろう。鯨を食べるのは日本の伝統文化だという人がいるけれど、南極海まで行って獲らないといけない鯨を食べるのが日本の文化だと強弁するつもりだろうか?南極まで行って獲り始めたのはほんのまだ100年にもならないのだ。

日朝国交回復は歴史の流れ

2007-02-15 | 政治
六カ国協議でようやく合意が成立したようだ。核軍縮へ向けた足並みがなんとかそろい始めたことを、うれしく思う。よかったよかった。問題はまだまだ多いが、前回のテーブルにもつけなかった雰囲気から一転した今回の協議、議長国の中国の努力はもちろんだが、アメリカと朝鮮(民主主義人民)共和国の対話姿勢を評価したい。

 ブッシュ大統領は、ボルトン前国連大使が対北朝鮮外交の弱腰を批判したことに反論し、この教義のまとめはブッシュ大統領の指導の成果だと強調している。まあ、子飼いのボルトンにバカにされてブッシュも腹が立ったのかもしれないが、本音は民主党にアメリカ外交の主導権を渡したくないが逆らうわけにもいかないというブッシュ政権の矛盾の表れだろう。なにはともあれ、アメリカ外交の転換を評価したい。民主党勝利の影響が早くもあちこちに現れてきた。

 それに引き替え、日朝の会談を数十分間やれたとはいうものの、拉致問題を正面に掲げたアベ外交は全面敗北、世界の笑い物になった。今後の六カ国協議でアメリカのお荷物になりそうでさえある。唯一今回の六カ国協議で日本を評価できるのは、アメリカが朝鮮共和国が国交回復のための交渉を始めるという合意に引きずられたか驚いたか、日本も日朝国交回復のための交渉を始めると確認したことだ。この合意にも拉致問題の解決というアベシンゾウがこだわった拉致という言葉が入っているが、国交回復をすれば拉致問題は解決するし、解決しなければならない。もちろん、拉致問題とは、北朝鮮政府が100人近い日本人を拉致したことが含まれるが、同時に日本政府や日本軍によって拉致され強制労働をさせられた100万人に上る朝鮮人の拉致問題の解決も含まれなければならない。

 このような前提に立てば、拉致問題を含む日朝国交回復について話し合いを始めるという今回の合意は、本当に喜ばしい。アベシンゾウの望む物ではなかったようだが、歴史は必然の方向へ流れる。支持率の下落に歯止めがかからないアベシンゾウは、あわてて拉致被害者を呼んで直接話をするというパーフォーマンスで、若年政治家アベシンゾウを総理大臣にまでしてくれた拉致事件を再び利用しようとしているようだ。柳の下にはドジョウがいるだろうか。

冬がやってきた

2007-02-15 | 日記風
今年は冬らしい冬が来ないのではないかと心配していた。しかし、今日、ようやく冬らしい冬だ。朝はマイナス15℃。夜になって吹雪。道路は地吹雪。雪がどんどん積もる。吹き寄せられた雪で腰まで埋まるところも。気温はやや高めになっているが、明日の午後まで雪は降り続くらしい。先日の雪といっしょで40cmは超えそうだ。雪、雪、雪。冬の女王がやってきた。今年はこれからが冬なのかもしれない。温暖化は嘘であって欲しい。

地球のために何ができるか(5)洗剤

2007-02-14 | 環境
合成洗剤の害が叫ばれて久しい。合成洗剤は環境に良くないとおおかたの人は認識していたはずなのだが、いまだに合成洗剤万能の世の中は一向に変わらないようだ。最初は合成洗剤はリンがたくさん含まれるために水域の富栄養化に寄与するので良くないと言われてきた。すると、大手の合成洗剤を作る会社がただちに無リンの合成洗剤を開発した。そのために、合成洗剤は無害だという説が広まった。

 しかし、合成洗剤の害は現在ではもっと他にあることがわかってきた。もっとも大きい害は、いわゆる環境ホルモン作用である。合成洗剤は非常に希薄な濃度でも生物の発生や基礎代謝に偽ホルモンとしての作用を持つことが多く、多くの海の生物の絶滅や減少の原因になっていると考えられている。環境ホルモンとして有名なTBT(トリブチル錫)が原因で、巻き貝類がメス化して生殖できずに減少・絶滅の運命をたどっている。

 私は、合成洗剤を使わない。いや、洗剤もなるべく使わない。洗濯は粉石鹸を使っている。粉石鹸は汚れが落ちないとか黄ばむとか言っていやがる人が多いが、決してそんなことはない。もっとも合成洗剤に含まれる蛍光色素剤が白く染めるのにはかなわないが、そもそも下着を危険な化学物質漬けにして白くしたいと思わない。粉石鹸で十分洗濯はできる。

 食器も私は合成洗剤をつかわない。いや、いっさいの洗剤を使わない。石鹸も使わない。基本的に水で洗うだけである。そもそも食器の汚れは昔はみんな水で洗っていた。水で洗うためには、物理的な洗い方が必要である。すなわちたわしなどでごしごしと物理的に汚れを落とす。一方、洗剤は化学的に汚れを落とす。だから洗剤で洗うと力を入れなくても汚れが落ちる。そのために、食器を浸けておいただけでいいから力を使わない。楽だと思うのだろう。しかし、だから洗剤で洗うと十分すすがないから化学物質が残る。身体に危険な物質が食器に残ってしまう。

 油汚れはどうするか。私は食器の油汚れはすべて紙で拭く。紙で良く拭き取ってから水洗いをすれば、どんな油汚れも水だけで洗える。紙で拭き取った油は水に流さずに燃えるゴミとするから、水の汚れの原因にもならない。洗剤を使わないことは一石三鳥くらいの良いことがある。

 シャンプーは石鹸で作ったシャンプーを使っている。最近は多くのスーパーでも石鹸シャンプーを置いている。気を付けないといけないのは石鹸シャンプーのように見せかけた合成洗剤シャンプーが多く出回っていることだ。よく中身を書いているところを読んで間違わないようにしよう。

 それから歯磨き。いわゆるチューブに入っている練り歯磨きはすべて合成洗剤入りだ。合成洗剤で良く広がるようにしている。私はいっさい練り歯磨きは使わない。歯ブラシに水を付けてブラッシングするだけだ。歯を磨くにはそれで十分。歯の黄ばみはしかたないけど、真っ白な歯はむしろ不健康な証拠だ。多少黄ばんでいても歯はその方が丈夫。虫歯にもなりにくい。ブラッシングは十分必要だ。ここでも化学的な歯磨きよりも物理的なごしごしやる歯磨きが良い。練り歯磨きで歯を磨いたあとの食事が奇妙な味がするのはみんなご存じのはず。あれは合成洗剤の作用で味蕾がおかしくなった証拠なのだ。みんなそれになれて当たり前のように思っているようだが、あの味のおかしさはかなり大きい影響を持っている。昔の人に比べて最近の人には味盲が多いと言われているのは、どうやらそのせいだろう。練り歯磨きで歯を磨くのは当たり前と思っているかもしれないが、30年前まではほとんどの人が練り歯磨きなど使っていなかったのだ。水で磨くか、塩を付けて磨いていた。せいぜい磨き粉(クレンザー)で磨いていた。

 洗剤を使わない生活をみんなが実行すれば、生物の絶滅速度はかなり低下するように思う。地球がよろこぶ生活を、われわれは選んでいく必要があるのではないか。みんなの地球なんだから。

教育再生会議が破壊するもの(1)

2007-02-13 | 政治
安倍首相の諮問に対する教育再生会議なるものが報告書を提出したという。安倍首相はそれを実行に移すべく、法律改正などで対応するという。教育再生会議そのものの問題点は多いけれど、ここではその議論は後回しにして、報告書の内容で問題が多いと思われるものを取り上げてみよう。問題が多い点はいっぱいあるのだが、まず、ゆとり教育の中止について。

 ゆとり教育はそれまでの詰め込み教育の問題点を指摘した中央教育審議会の議論に基づき、指導要領を書き換えてゆとりのある教育を中学や高校の授業に取り込むことを目指して取り入れられ、5年前にようやく完成した教育システムだ。ゆとり教育として総合的学習などの自主性を尊重する学習などが取り入れられてきた。しかし、最近生徒たちの学力が低下しているという一部の親の意見から、ゆとり教育を見直して一週間に10時間余分に教えろと教育再生会議の報告は主張している。

 「ゆとり教育」を提案した当時の文部大臣有馬朗人は、「〔見直しということは〕学力重視の詰め込み勉強をもう一度おやりになるのは結構ですが、もう一度同じ失敗を繰り返すんですか、と問いたい。我々のゆとり教育のもとになることは、教える量は減らしても、教えた以上は徹底的に覚えさせようというものです」と
言っていた。

 学力が低下したからと言ってあれだけ批判が多かった全国一斉学力テストをやれと言い、ゆとり教育を止めろと言う教育再生会議は、その教育結果にどれほどの責任を取れるのだろうか。教育再生会議の委員はほとんどが教育の素人だ。男女平等に反対するような安倍首相の右翼思想に賛同するような人を集めただけの再生会議が、教育に責任取れるはずがない。

 ゆとり教育の成果は明らかに上がっている。学力テストだけが大事だと思っている一部の親たちなどは子どもたちが本当に生き抜く力、本質を見抜く力を付けてきていることがわからない。ゆとり教育を無くしてはならない。再び詰め込み教育など復活させないようにしたい。

裁判も病める日本

2007-02-10 | 政治
犯罪被害者が裁判の検事側に参加して裁判で発言することができるようにする制度が進められている。たしかにいわれもない差別や経済的に困窮している被害者には心から同情したいが、裁判に関わることが被害者を救済できるかどうか、また正確な裁判をすることができるかどうか、私は憂慮する。

 裁判はあくまで事実に基づいて真実を求めることである。そこで被害者ができることは何でしょうか?被害の哀しさ、加害の非人道さ、などを訴えることくらいしかできないだろう。このような被害者の言葉は、容疑者が本当の犯人かどうかと言うこととは何の関係もない。量刑を決める時に刑罰を増やして欲しいとか刑を軽減して欲しいとかを訴えることはできるが、そのようなことは現在でも証人として出廷してできることだ。検察側に立って被害者ができることは何もない。

 もし検察側にたって何かできるとしたら、裁判官の心証を左右し、事実に基づかない容疑者の裁判を促進することしかない。これは裁判の自壊でしかないだろう。被害者には、経済的な援助を考えるべきである。裁判に関わらせることは許されない。

 えん罪が増えていると思われる昨今、被害者を裁判に関わらせるということは、さらなる裁判の誤判を許すことに繋がるだろう。あなたも私もいつでも「えん罪」で獄に繋がれることになりかねない。 

周防正行監督の映画「それでもぼくはやっていない」は、裁判まで病んでいる日本を告発した映画。市民が作るネット新聞「JanJan」に以下の紹介記事があるのでお読みください。

▼裁判まで病んだ日本~映画「それでもボクはやってない」http://www.janjan.jp/culture/0702/0702050537/1.php