京都のとある街中で、買い物の途中に疲れをいっとき癒すため、街角にあるちょっと凝った造りの喫茶店に立ち寄った。買い物をした近くの店で、コーヒーを飲むところを聞いたら、ここを教えてもらった。店の中は落ち着いた雰囲気で、壁に禁煙と書いてあったので、安心してコーヒーを飲めるなあと思った。喫茶店に入るときはいつも禁煙かどうかを確認してはいる。雰囲気の良さそうな喫茶店でも、中にはいるとタバコの煙と臭いが充満していると、席が空いていようが、すぐに出てしまう。京都はその点、禁煙の喫茶店が比較的多いので、うれしい。大阪では、まず喫茶店へ入ることも難しい。
客は誰もいなかった。ゆったりとした木製の長いすに座り、メニューを開いた。どうやらこの店はコーヒーの専門店という感じらしい。コーヒーは店でブレンドしているもっとも安いのを頼んだ。それでも一杯600円する。ちょっと高いなあと思ったが、調度品が気持ちいいし、休みたいという気持ちが強かったから、まあいいかと思った。いかにも珈琲屋のおやじ風の男が、しばらく時間をかけてあわてずにコーヒーを入れ、持ってきた。そこまではよかったのだ。
見るとコーヒーだけが机の上に置かれている。私はコーヒーはあまり得意じゃない。だから砂糖がないとコーヒーが飲めない。ところが砂糖がない。ミルクもない。そこでおやじに、砂糖をくださいとお願いした。するとおやじはこう言った。「飲んでみましたか?」ううう・・・。どういうことだろう。砂糖をくれという客に、飲んでみたかとは。もう一度、「砂糖が欲しいんですが」と言ってみた。すると、また、「飲んでみて下さい。飲んでから言ってください」という。そこではたと思い当たった。この喫茶店は、コーヒーマニアのための喫茶店だったのだ。コーヒー好きのマニアには、砂糖を足してコーヒーを飲むなどということは、許し難い侮辱なのだろう。
そこで、私はしぶしぶコーヒーを口に運んだ。おいしいならしかたないと思ったのだが、一口含んで、びっくりした。苦いのだ。とても飲めたものじゃない。コーヒー通は、こんな苦い飲み物を通ぶって飲んでいるのだろうか。苦虫をかみつぶしたような顔で私はやはり砂糖がないと飲めないと言うと、店主はしょうもないやつだと言わんばかりに砂糖壺を店の奥から取り出して持ってきた。なんという喫茶店だろう。コーヒーマニア以外は店に来るなと言わんばかりの態度に、さすがの私も切れた。でも、紳士の私(?)はそんなことをおくびにも出さない。コーヒーカップをひっくり返して店を出たいと思ったが、600円とせっかくの休息に選んだ時間がもったいない。でも、結局休息にはならず、気持ちはストレスを抱えたまま、そそくさと店を出た。
コーヒーマニアの店があってもいい。でもマニア以外は歓迎しないのなら、店の表にそういう言葉を書いておいて欲しい。コーヒーマニア以外はお断りと。あの店にはもう二度と行かないと固い決心をして帰った。でも、次回あのあたりをうろうろしているときにあの店を見つけたとき、このときのことを思い出すだろうか。意外と忘れていて、店に入ってしまう懲りない私なのだ。
客は誰もいなかった。ゆったりとした木製の長いすに座り、メニューを開いた。どうやらこの店はコーヒーの専門店という感じらしい。コーヒーは店でブレンドしているもっとも安いのを頼んだ。それでも一杯600円する。ちょっと高いなあと思ったが、調度品が気持ちいいし、休みたいという気持ちが強かったから、まあいいかと思った。いかにも珈琲屋のおやじ風の男が、しばらく時間をかけてあわてずにコーヒーを入れ、持ってきた。そこまではよかったのだ。
見るとコーヒーだけが机の上に置かれている。私はコーヒーはあまり得意じゃない。だから砂糖がないとコーヒーが飲めない。ところが砂糖がない。ミルクもない。そこでおやじに、砂糖をくださいとお願いした。するとおやじはこう言った。「飲んでみましたか?」ううう・・・。どういうことだろう。砂糖をくれという客に、飲んでみたかとは。もう一度、「砂糖が欲しいんですが」と言ってみた。すると、また、「飲んでみて下さい。飲んでから言ってください」という。そこではたと思い当たった。この喫茶店は、コーヒーマニアのための喫茶店だったのだ。コーヒー好きのマニアには、砂糖を足してコーヒーを飲むなどということは、許し難い侮辱なのだろう。
そこで、私はしぶしぶコーヒーを口に運んだ。おいしいならしかたないと思ったのだが、一口含んで、びっくりした。苦いのだ。とても飲めたものじゃない。コーヒー通は、こんな苦い飲み物を通ぶって飲んでいるのだろうか。苦虫をかみつぶしたような顔で私はやはり砂糖がないと飲めないと言うと、店主はしょうもないやつだと言わんばかりに砂糖壺を店の奥から取り出して持ってきた。なんという喫茶店だろう。コーヒーマニア以外は店に来るなと言わんばかりの態度に、さすがの私も切れた。でも、紳士の私(?)はそんなことをおくびにも出さない。コーヒーカップをひっくり返して店を出たいと思ったが、600円とせっかくの休息に選んだ時間がもったいない。でも、結局休息にはならず、気持ちはストレスを抱えたまま、そそくさと店を出た。
コーヒーマニアの店があってもいい。でもマニア以外は歓迎しないのなら、店の表にそういう言葉を書いておいて欲しい。コーヒーマニア以外はお断りと。あの店にはもう二度と行かないと固い決心をして帰った。でも、次回あのあたりをうろうろしているときにあの店を見つけたとき、このときのことを思い出すだろうか。意外と忘れていて、店に入ってしまう懲りない私なのだ。
コーヒーにお砂糖やミルクは邪道と思う、ガンコなオーナーですね。お客様にそこまでの態度を取れるオーナーは珍しいかも。
私も夫も紅茶とコーヒーには砂糖が必要なんです。しかも、結構たっぷり!マックでも「お砂糖4本下さい」って言っちゃいます^^。
最近は何も入れない人が殆どなので、あまり親しくない知人宅等で、お砂糖が出て来ないと言い出せずに、そのまま飲みますが、紅茶はお茶と思えばまだしも、コーヒーは苦いですね。。
両方とも香りを大切にする飲み物なので、ストレートを味わうと言うのはわかるのですが、お金を取る以上はお客様を大切にして欲しいです。
夫とお砂糖関係では一致していますが、夫は未だに愛煙家。。どうにかなりませんかね^^;。
ご主人はまだ煙草を止めないんですね。砂糖なら我慢できても、同じ家に居る人が煙草を吸うのは、やはり相手のことを考えていないと言うことになるのでしょうね。私も大昔に吸っていた頃も、ベランダで吸いましたが・・。蛍族と言われて。
わたしもコーヒーが大好きで、インスタントはコー
ヒーじゃないとか、砂糖の入ったコーヒーはもうコーヒーとは感じられないとか、なんかあれこれ思ってる人です。
しかしそういうことを人に強要しちゃいけませんよねぇ。
強要しないわたしは当然、人から強要されるのも大嫌いです^^;
随分昔に京都の閑静な住宅街を観光で歩いていた時、立ち寄った喫茶店がやっぱりそんな感じでした。
1.そのまま飲む 2.ミルクを入れて混ぜないで飲む 3.混ぜて飲む......
とか段取りを決められてました。
わたしも当時は若かったのでイベント感覚で楽しめましたけど、
今の自分のようにこだわりを持った年齢になってからああいう店に入ったら、
「こだわりVSこだわり」みたいな感じで抵抗して、言う通りにしないかも?^^;
お久しぶりです。いや、ひょっとしたらこのブログへのコメントは初めてかも。どうもありがとうございます。プカプカさんのブログも時々見せていただいています。多くのコメントがあり、私はもっぱら読ませていただくだけですが。
京都で似たような経験をされたのですね。京都はそういうところが多いのかもしれません。なんでも強制されるのはいやですね。でも、京都はいろいろなところがあり、自分で選べると言うところが長所です。あまり店がない地方で、強制されたら選べないのでつらいでしょうけど。気に入ったところを大事にして、お茶も飲むようにします。
プカプカさんも、山にまたこだわりなく登れるようになるよう、楽しみにブログを見せていただきます。