1976年 ヴェネチアにて
この現代イタリアの建築家カルロ・スカルパ ( 1906-1978 ) のことを僕はずっと以前から、19世紀フランスの詩人ステファヌ・マラルメ ( 1842-1898 ) にどこか似ていると思っている。どこでどう絡んだのか分らないが、とにかく建築家と詩人が未だに切り離せないでいる。特にその風貌が似ている訳でもないしな…。
今日は雨が降ったり、日が差したりして、でも夕方には大きな雨になったから、僕はスカルパの作品集 ( 『 a+u 』 1985年10月臨時増刊号 “ CARLO SCARPA ” ) を見ていた。ヴェローナにあるカステルヴェッキオ美術館は、僕にとって世界で二番目に訪れてみたいところだ。一番目は勿論コペンハーゲンのルイジアナ美術館であるが、彫刻の展示が美しいこのカステルヴェッキオは、古城のような修道院のような、また中世期の冷厳とした牢獄のような外観をもっているが、実際古城だった建造物をスカルパは、その面影のままに美術館に改築したのだった。
写真で見ていてもこの美術館は、展示の彫刻の一体一体が静かに呼吸しているような、その呼吸が聞こえるような、静謐で精神性をもった空間だろうことが想像できるのだ。ポエジーが充ちて空間になったような、スカルパの空間では大理石の彫像がポエジーによって蘇生している。マラルメもまた自身の詩空間では、言葉が言葉を受胎している。
秋の虫の音が寂しい灯りの下で、遠い国の建築写真をみていると、まあこれがスカルパの建築ということもあるけれど、ポエジーというものが一個の硬くて堅固な建造物にさえも象嵌されているのだった。ポエジーとは宇宙であり、自然であり、謎であり、失われた時であり、悲しみであり、喜びであり、永遠への憧れであり…、愛である。愛とは人生のはかなさの自覚であろう。
ここに掲載した写真のオトコは、何を見つめているのか。どういう精神を持てば、このオトコのような眼差しを持つことができるのだろう ( でも煙草は吸わない方がいいな… ) 。ヴェネチア生まれのスカルパは1978年11月28日、仙台にて客死した。
ところでこの椅子は、スカルパの息子で建築家のトビア・スカルパ ( 1935年生 ) のデザインです。五年前に東京のコレクターから譲っていただいたもの。張地はビニールレザーです。僕には少し座面が高いですね。やはり北欧デザインと違い、どちらかというとデザイン性を優先しているように思います。カルロはどんな椅子を作ったんだろう、どこかにいい文献がないだろうか。
ぜひ大楽天でご一緒したいですね。私もお酒は「下」ですから、ご心配は無用です。
ちょっと関係ないですが、明日から栃尾美術館で岩合光昭写真展が開催です。興味ありましたらぜひご覧になって下さい。11月27日までです。8日はご本人が来ます。