明治30年(1897年)8月春陽堂発行、島崎藤村(1872-1943)の第一詩集『若菜集』の復刻版。「まだあげ初めし前髪の…」で始る有名な「初恋」という詩もこの中に入っている。今日はもう一月のみそかである。偶には藤村の詩集を開いて、雪に埋もれて酒ならぬ言葉の独酌をするのもいい。それでほろ酔いで、詩集の中の「酔歌」を聴くのである。
旅と旅との君や我 君と我とのなかなれば
酔ふて袂の歌草を 醒めての君に見せばやな
若き命も過ぎぬ間に 楽しき春は老いやすし
誰が身にもてる宝ぞや 君くれなゐのかほばせは
君がまなこに涙あり 君が眉には憂愁(うれい)あり
堅く結べるその口に それ声も無きなげきあり
名もなき道を説くなかれ 名もなき旅を行くなかれ
甲斐なきことをなげくより 来りて美(うま)き酒に泣け
光もあらぬ春の日の 独りさみしきものぐるひ
悲しき味の世の知恵に 老いけらしな旅人よ
心の春の燭火(ともしび)に 若き命を照らし見よ
さくまを待たで花散らば 哀しからずや君が身は
わきめもふらで急ぎ行く 君の行衛はいづこぞや
琴花酒のあるものを とゞまりたまへ旅人よ