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■ 埼玉県深谷市の御朱印-2

■ 埼玉県深谷市の御朱印-1からのつづきです。


↓の記事は当面残しますが、後日、本記事と統合します。

■ 熊谷市・深谷市の御朱印(渋沢栄一翁郷里の地へのアプローチで拝受できる御朱印)-1
■ 熊谷市・深谷市の御朱印(渋沢栄一翁郷里の地へのアプローチで拝受できる御朱印)-2
■ 熊谷市・深谷市の御朱印(渋沢栄一翁郷里の地へのアプローチで拝受できる御朱印)-3
■ 熊谷市・深谷市の御朱印(渋沢栄一翁郷里の地へのアプローチで拝受できる御朱印)-4


3.旧 深谷市エリア-2

■ 蓮沼山 地蔵院 惣持寺
公式Web
深谷市蓮沼463
高野山真言宗
御本尊:大日如来
札所:幡羅郡新四国八十八ヶ所霊場第42番、深谷七福神(弁財天/オバナの寺)
・境内の縁起碑に、「當寺墓地の五輪塔(元禄八年(1696年)建立)「當寺廿傳慶基之表」に「夫武蔵國幡羅郡蓮沼山惣持寺者行基菩薩之草創年数978宗澄和尚之中興云々略」と刻記されていることから、草創は奈良時代初期の養老二年(718年)行基菩薩によって創建され、後弘安年間(1278-1288年)顕盛(勅号宗澄)により再興された、深谷市内最古の名刹である。」とあります。
・地蔵堂の御本尊は行基作と伝わりましたが文化四年(1807年)の火災で消失、現在の地蔵尊は”露天の雨乞い地蔵”として村人の信仰を集めているそうです。

・深谷七福神(弁財天)と幡羅郡新四国八十八ヶ所霊場の札所で、尊格揮毫は「弁財天」、主印は金剛界大日如来の種子「バン」の御寶印と弁財天の持物「琵琶」の印、「新四国第四十二番」の札所印があり、幡羅郡新四国八十八ヶ所霊場第42番と深谷七福神(弁財天)を兼ねたような内容の御朱印となっています。
・新型コロナ禍中は御朱印不授与とのことです。

〔拝受御朱印〕
1.幡羅郡新四国八十八ヶ所霊場第42番/深谷七福神(弁財天) 大日如来/弁財天



■ 瑠璃光山 浄光寺 摩利支天堂
深谷市江原84−1
高野山真言宗
御本尊:摩利支天尊、弘法大師
札所:-
・武蔵七党・猪俣党の流れの荏原氏の館跡とも伝わります。
・摩利支天尊は武神的な性格ももたれるので、荏原氏が信仰していたのかもしれません。
・通常無住。深谷市江原の浄光寺の管理(境外仏堂?)のようですが、浄光寺も無住らしく、御朱印は毎月1月と15日の祈祷日のみにいただけるようです。
・摩利支天の御朱印は授与例が少なく、その点からも稀少な御朱印です。

〔拝受御朱印〕
1.御本尊の御朱印 摩利支天尊



■ 寛平山 泉光寺
深谷市上敷免473
高野山真言宗
御本尊:阿弥陀三尊
司別当:諏訪社(旧上鋪免村鎮守)
札所:深谷七福神(恵比寿天/オミナエシの寺)
・石碑によると、平安時代の寛平九年(897年)、良忍上人による開基。『新編武蔵風土記稿』には寛平山 稲荷坊 来迎院と号していたとあります。
・弘法大師とのゆかりがふかく、別尊の薬師如来はお大師さまのご開眼と伝わり、境内には三鈷の松があります。
・市指定文化財の「紙本着色愛宕大権現像」を所蔵されており、以前は愛宕信仰が入っていたのかもしれません。
・立派な鐘楼門、端正な入母屋造流れ向拝の本堂には御本尊の阿弥陀三尊が御座。本堂向かって右手の堂宇には恵比寿天が御座されています。

・深谷七福神の恵比寿天で女郎花(オミナエシ)の寺で、御朱印は庫裡にて拝受しました。

〔拝受御朱印〕
1.御本尊 阿弥陀三尊


2.深谷七福神 恵比寿天



■ 普光山 得蔵院 圓能寺
深谷市高畑379
天台宗
御本尊:阿弥陀如来
札所:-
・開かれたお寺を目指し、定期的にイベントなどが催されている天台宗のお寺さまです。
・御朱印も快く授与いただけました。
・寄棟造の本堂。本瓦葺で大棟には鴟尾を置く格調高いつくりです。

〔拝受御朱印〕
1.御本尊の御朱印 阿弥陀如来



■ 覚樹山 慶福寺
深谷市矢島744
曹洞宗
御本尊:釈迦牟尼仏
札所:-
・正保二年(1645年)開創の曹洞宗寺院です。
・札所ではないですが、快く御朱印を授与いただけました。
・入母屋造銅板葺流れ向拝、屋根の傾斜が急でどっしりとした意匠の本堂です。

〔拝受御朱印〕
1.御本尊の御朱印 釈迦牟尼仏


■ 瑠璃山 正伝院
深谷市高島161
高野山真言宗
御本尊:薬師如来
札所:深谷七福神(毘沙門天/クズの寺)
・弘仁年間(810-824年)、坂上田村麻呂の奥州征伐の際、小野岑守とその子小野篁((おののたかむら)が随行。この地にて篁が薬師如来の尊像を彫刻し、本尊として安置して開基と伝わる古刹です。
・寺宝の「釈迦涅槃図」(市指定文化財)は、幕末の文人、伊丹渓斎(いたみけいさい)の筆によるものです。

・深谷七福神の毘沙門天の寺で、御朱印は庫裡にて拝受しました。御本尊の御朱印については不明です。

〔拝受御朱印〕
1.深谷七福神 毘沙門天



■ 長勢山 義光院 吉祥寺
公式Web
深谷市中瀬410
天台宗
御本尊:阿弥陀如来
札所:-
・鎌倉時代、京・東福寺開山の聖一国師 圓爾辨圓が、上州世良田の長楽寺に滞在されていたときに開いた寺院と伝わります。
・新田氏ゆかりの河田但馬守義光公は、足利氏従属を嫌って当地で帰農し、その子?の 義賢公が堂宇を建立。江戸時代は上州長楽寺の末寺として栄えたそうです。
・山内には数多くの尊格が奉安されています。
・とても親切なご住職で、本堂内を丁寧にご説明いただきました。
・御朱印は数種あり、書置もあって御朱印授与に積極的なようです。

〔拝受御朱印〕
1.御本尊の御朱印 阿弥陀如来


2.聖観世音菩薩の御朱印


3.ふれ愛観音の御朱印



■ 瑠璃光山 遍照院 妙光寺
深谷市下手計988-1
高野山真言宗
御本尊:薬師如来
札所:-
・承應二年(1653年)、福島但馬優婆塞 永照比丘尼の開基、高野山から栄忠僧正を招聘して創立。
・入母屋造桟瓦葺、向拝の唐破風が大がかりで迫力があります。
・渋沢栄一翁の従兄弟、尾高惇忠は当寺で学び、また惇忠の菩提寺のようで、御朱印にもその旨の揮毫があります。

〔拝受御朱印〕
1.御本尊の御朱印 薬師如来



■ 諏訪神社
埼玉県深谷市血洗島117
御祭神:建御名方命
旧社格:村社、旧血洗島村鎮守、神饌幣帛料供進神社
元別当:
授与所:拝殿前
・渋沢栄一翁の郷里の鎮守社です。詳細は、→こちら(血洗島 諏訪神社の御朱印)をご覧ください。

〔拝受御朱印〕

御朱印揮毫:諏訪神社 印刷


■ 能満山 定禅院 能護寺(あじさい寺)
熊谷市Web
熊谷市永井太田1141
高野山真言宗
御本尊:大日如来・虚空蔵菩薩
札所:幡羅郡新四国八十八ヶ所霊場第75番、東国花の寺百ヶ寺霊場第25番(埼玉第13番)
・天平十五年(743年)に国家安穏・万民豊楽と五穀豊穣祈願のため行基上人が開山し、後に弘法大師空海が再建され真言密教の道場として整えられたと伝わります。
・「妻沼のあじさい寺」として知られ、毎年6月には多くの参詣者を迎えます。
・現本堂は文化十一年(1814年)の再建で、内陣に大日如来、外陣に阿弥陀如来を安置した堂内の格天井(十六羅漢図)には、金井烏洲・岩崎榮益・樋口春翠などの彩色の花鳥獣が描かれています。
・虚空蔵堂には虚空蔵菩薩が祀られ、男女13歳厄除け祈願(十三参り)の寺として信仰を集めています。
・鐘楼の鐘は、元禄十四年(1701年)、諸八郎兵衛藤原正綱による鋳造で、乳の間に百字真言の梵字が鋳込まれているもの。市の文化財に指定されています。

・メジャー霊場「東国花の寺百ヶ寺霊場」の札所で、御朱印は庫裡にて拝受。
・御朱印尊格は「十三参り」の虚空蔵尊となっています。

〔拝受御朱印〕
1.御本尊の御朱印 虚空蔵菩薩


2.東国花の寺百ヶ寺霊場第25番(埼玉第13番)(規定) 虚空蔵菩薩



4.旧 岡部町エリア

■ 教王山 佛母院 弘光寺
深谷市針ヶ谷1324
真言宗豊山派
御本尊:不動明王・十一面観世音菩薩
司元別当:八幡大神社(深谷市針ヶ谷)
札所:-
・天平十七年(745年)、空阿の開基と伝わる古刹で、法院祐尊(応安三年(1370年)寂)を中興開山とします。
・法院祐尊が中興の際、鉢形城主北条氏邦に宛てた書状は貴重な中世文書とされ、深谷市の指定文化財となっています。
・は徳川家光公より三十石の朱印地を得て寺勢興隆し、末寺・配下寺院は75を数えたとされます。
・これほどの名刹で霊場札所となっていないのは不思議な感じもしますが、御本尊・不動明王の御朱印を授与されています。庫裡にて直書のものを拝受しました。

〔拝受御朱印〕
1.御本尊の御朱印 不動明王



■ 八幡大神社 
深谷市針ヶ谷258-1
御祭神:品陀和気命、比賣神、神功皇后
旧社格:村社、針ヶ谷鎮守
元別当:教王山 佛母院 弘光寺(深谷市針ヶ谷)
授与所:境内社務所
・社伝によると、天平十七年(745年)で山城国男山八幡宮(石清水八幡宮)から分霊を勧請して創建。源頼朝公が伊豆に配流された折、源家再興のため当社を祈願所として定めたと伝わります。
・武蔵風土記等には、「山城国男山八幡宮を移し祀る 文明十一年建営修理」とあります。
・ことに戦時中は武の神として信仰を集めたと伝わります。

〔拝受御朱印〕
御朱印揮毫:八幡大神社 直書(筆書)


※ 針ヶ谷あたりから少しく足を伸ばすと、近年、人気上昇中の日本神社に参拝できます。
 ■ 日本神社の御朱印


■ 玉鳳山 千手寺 源勝院
深谷市岡部786
曹洞宗
御本尊:千手観世音菩薩
札所:-
・岡部藩主安部家の菩提寺。
・天正十八年(1590年)、徳川家康公の関東人国時に安部信勝に岡部が与えられ、信勝は人見の昌福寺八世賢達利尚を招き源勝院の開基としました。
・安部氏は信濃の海野姓の流れとされ、今川家臣から徳川に転じて家臣となり、三河国半原にも所領がありました。譜代大名で幕末期の石高は2万2250石。
・藩主の菩提寺だけあって、端正な本瓦葺、水引虹梁の木鼻など彫刻類も精緻なものです。

〔拝受御朱印〕
1.御本尊の御朱印 千手観世音菩薩




【 BGM 】
■ 夏影~Airness~ - 茶太ver


■ 春風 - Rihwa(カバー)


■ 夢暦 - 川江美奈子
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