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『たけくらべ』の人々 その7  田中 優子 

2015年09月23日 00時04分46秒 | 古典
 『たけくらべ』の人々 その7  田中 優子 

 三五郎はもっとも貧しい階級の少年である。6人兄弟の長男で、13歳のときから働きつづけている。祭になっても揃いの浴衣を作れず、家族が世話になっている正太郎にも長吉にも頭が上がらない。暴力を振るわれても、生活のためにそれを親に告げられない。大人の世界の貧富の差を、子供の身体の中に組み込んで生きているのだ。だからこそおどけ者で、皆を笑わせ愛され、そういうふうになんとか日々を生きている。
 『たけくらべ』はこのように、ストーリーよりキャラクターの小説である。人の顔が生き生きと生々しく見えてくるそのことこそ、『たけくらべ』の特質であり、それが近世(江戸)らしさであると同時に、近代なのだ。他にもたくさんの、注目すべきキャラクターが『たけくらべ』には見える。それはまた、次章に書こうと思う。美登利は彼ら個性的な子供たちのひとりであり、彼らの群れの中から立ち上がり、動き出す。
 私は一葉の作品に、まず、登場人物たちの多様さと個性とを感じ取る。そのたびに、彼女がじつに細やかにひとりひとりの人間を見つめ、その人の立場になり、深い想像力、洞察力を働かせて書いていたことがわかる。一葉の能力のもっとも優れている点は、他人への想像力である。すでに『たけくらべ』の時点で一葉は、人間とは何か、人間はなぜ生きるのか、という哲学に歩み出していた。