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樋口一葉「いやだ!」と云ふ  田中 優子 その2

2015年09月03日 00時25分04秒 | 古典
 樋口一葉「いやだ!」と云ふ  田中 優子(1952年生まれ) 集英社新書 2004年

 はじめに その2

 働き口がない、家族を養わなければならない、なぜかいつも結婚のチャンスを逃がす、借金がかさんでいる――つまり、今の言葉でいう「負け組」。これが樋口一葉だった。
 維新期、約40万人(家族を入れて約200万人)の武士がリストラされ、不馴れな職については事業に失敗したり人にだまされたりした――これは一葉の父親のことである。
 ヨーロッパ諸国は次々とアジアを占領し、日本は日清戦争に突入して朝鮮半島を占領下に置く。――これは、一葉がもっともいい作品を書きはじめた、明治27年(1894年)のことである。一葉が愛した唯一の男性半井桃水(なからいとうすい)は、子供のころから朝鮮に暮らし、たびたび朝鮮との間を往復した経験をもつ新聞記者であった。
 明治の話だ。しかし時代が変わっても、人間が生きる大変さは変わらない。とりわけ、時代の変転期には価値観がひっくりかえり、仕事の性質も経済構造も変化するが、人はなかなかそこに追いついてゆけない。樋口一葉の作品の登場人物たちは、突然、いやになる。そして「いやだ!」と叫ぶ。