天神(アマツカミ)の五柱が出現したあと、今度は地に次々と神世七代(カミヨナナヨ)と言われる神々が現れました。
このうち六代の10人までは聞いたこともない神々ですが、最後の七代目がこの写真の多賀大社の祭神、男の伊邪那岐神(イザナギノカミ)と女の伊邪那美神(イザナミノカミ)です。
イザナギとイザナミの国生みの話は有名ですが、簡単におさらいをします。
先ずはこの二神が天浮橋(アメノウキハシ)の上に立って、天沼矛(アメノヌボコ)を混沌の中に突き刺しかきまぜ引き上げると、その先からしたたり落ちた潮が積もって淤能碁呂島(オノゴロシマ)になりました。
ここで最初は女神の方が誘って寝所に入ったので失敗しましたが、今度は男神が誘ってから寝たので、次々と八つの島である大八島(オオヤシマ)を産み、その後さらに六つの島も産みました。
合計14島の中に北海道はありませんが、最後の二つの島は五島列島の島ですので、古事記が生れた頃は東北より五島の方が有名で生活にも密着していたと思われます。
多賀大社は滋賀県彦根の東の方にあって、かなり大きく古い神社ですので、お正月には大勢の初詣で近寄れないぐらいです。
初夏の平日は人も少なく、太閤橋と言う太鼓橋をおそるおそる渡って(登って)いる後ろ姿が私です。
この後イザナギとイザナミは共同作業で35の神様を産みましたが、火之迦具土神(ヒノカグツチノカミ)と言う燃ゆる火の神を産む時に、イザナミの陰処(ホト)が焼かれたのが原因で、イザナミは黄泉国(ヨモツクニ)に行ってしまいました。
(まあ14の島と35人の神を産んだら、火で焼けなくてもホトはぼろぼろになるでしょうね)
この後イザナミが床についている間に、その吐物・糞・尿から8柱。
死の原因となった我が子ヒノカグツチノカミの首をイザナギが切り落としてそこから8柱+8柱。
死んだイザナミを追って黄泉国に行ったイザナギが、醜く腐ったイザナミの姿を見て、死に物狂いで逃げ去った後、穢れた体に身に付けていた物から12柱、体を池で洗って11柱が生れました。
最後に目や鼻を洗って生まれた3神の一人が天照大御神(アマテラスオオミノカミ)です。
お伊勢参らば お多賀へ参れ
お伊勢お多賀の子でござる
と歌われ、お守りのお多賀杓子が、オタマジャクシやお玉杓子の語源となったこの多賀大社の祭神は、皇室の始祖となったアマテラスオオミノカミの親と言うことです。
でも親子と言っても、男女から生まれた子ではなく、単に男のイザナギの左目洗浄から生まれた子供にすぎないのですがね。
多賀大社の名物「糸切り餅」は、元寇の戦勝を記念して出来たので、赤青3本の線は蒙古の旗印を表わし、汲フ弦に見立てた糸で切って作るのでこの名が付きました。
買って帰ったら、あっという間にほぼ一人で食べてしまいました。
返事
花水木さん:花水木さんもコーヒー好きとは、うれしい限りです。
私はあっさり目の味のコーヒーが好きです。
コーヒーカップは内側が白いのが一番と思っています。