マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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矢部のカンピョウ干し

2017年03月08日 08時23分28秒 | 民俗あれこれ(干す編)
取材地の御所から戻って帰路につく。

走る道路は京奈和道路。

橿原市の曲川を走っているときに思い出した。

もしかとすればカンピョウ干しがあるかも知れない。

そう思って行先を田原本町の矢部を向けて進路をとる。

矢部も通る京奈和道路。

集落道を抜けて思っていた地を目指す。

ぐるっとカーブをきった処だ。

白い簾模様のカンピョウが風になびいていた。



車を停めて光が当たる西の方角から撮る。

青空に広がるカンピョウ干しの向こう側に見える山並みは三輪の山。

もう少し右に寄れば談山の山。多武峰の御破裂山(ごはれつやま)だ。



風に向かって泳ぐようにひらひら。

気持ちよさそうになびいている。

爽やかな風は気持ちが良い。

疲れもさっぱり消える。

その下にユウガオの実の皮を剥いた欠片があった。



見てもわかるようにユウガオの皮を手つくり道具で剥く前にするのは幅数センチに切った輪切りである。

円盤形にして皮を剥くのである。

薄緑色のものは皮の部分。

剥くと白い肌を見せる。

輪切りにしたカンピョウは中心部を残すところまで皮を剥く。

中心部はタネがある


その部分は使わないのである。



小さく切れたカンピョウも無駄にせず小さなハザ竿にかけて干している。

さまざまな角度から撮らせてもらったカンピョウ干しの主はU家。

お礼に家を訪ねたら、午後5時ぐらいには下ろすと云う。

干している竿を下ろすのは二人がかり。

一人でするときは、例えば右側を若干下ろして調整紐を柱に括る。

括って自然落下しないようにする。

そうしてから今度は左側に移る。

こちらも若干下ろして下げて静止させる。

これの繰り返しは実に面倒。

二人であれば一挙にできるが一人ではそういうわけにはいかないのである。

そんな話を聞いて矢部から離れた。

近隣の村々の情景を探したくて地域を廻る。

そのうちに青空だった空がにわかに曇りだした。

やがて真っ黒な雲が出現してきた。

もしか、と思って急行する矢部のカンピョウ干しの場。

到着した時間は先ほど撮っていた時間より40分後だ。

竿を下ろして干したカンピョウを収穫していた。

もうすぐ雨が降りそうだと思って急ぎの収穫をしていたのだ。

顔を出したら竿を戻してあげようかと云われたが・・・そんな願いをしたら申しわけないことになる。

手を振っていやいやと返した。



下ろした竿から外すカンピョウは切れないように丁寧に扱う。

それでも竿にへばりつくこともある。



藁を巻いた竿にその痕跡があった。

こういう状態になって切れてしまうのだ。



切れなかったカンピョウは輪っかにする。

端っこのカンピョウで括ってばらさないようにして筵に置く。



短いカンピョウも食べ物。

大事にしたいが売り物になるような長さではない。



家人が食べる分量を作っているらしい。

この日は朝の10時に干した。

照りが良くても数日かかる。

この日に干した時間は6時間。

水分がまだありそうだが、だいたいがそうしているらしい。

奥さんが云うには畑で育ったユウガオの実は前日に収穫しておく。

そしてこの日の朝5時から輪切りにした実の皮を剥いていたという。

各地で聞いたカンピョウ干しはどこともそういう感じだった。

今年はこれまで三日に一度はカンピョウ干しをしていた。

三日前は夕立があった。

雨が降ったらさっぱりやと云う。

かつて小麦も作付していたご夫妻。

そのときは麦わらだった。

麦わらは長持ちするし、干したカンピョウもくっつかない。

今では稲わらだからくっつくということだ。

干す竿の芯は枯れた竹。

雨に打たれる場合は下ろして作業小屋に収納している。

麦わらを作っていたからわかるが、わら葺きの家であればもつのは10年。

麦わらであれば倍の20年。

それだけ丈夫であるということだと話してくれた。

ちなみに線香花火には二種類の形態がある。

コヨリのような形態というか、ワラの代用品として用いられた紙漉き和紙に火薬を包んだ東の線香花火の名は「長手牡丹」。

ワラの中心部にある「スボ」と呼ばれる芯を利用していたのが関西。

その名も「スポ手牡丹」どちらも牡丹。

藁の使い方の一つの形態である。

参考のために付記しておく。

(H28. 7.31 EOS40D撮影)


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