マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

佐紀町西畑二条佐紀神社の砂モチ

2015年09月30日 07時27分06秒 | 奈良市へ
亀畑佐紀神社を離れて界隈の在り方を調査することにした。

境内を降りて鳥居を潜ったら写真家のSさんと遭遇する。

3人揃って佐紀町の砂モチ風習を探してみる。

佐紀池を通り抜けた処に西畑二条佐紀神社がある。

門松を立てた鳥居から正面を仰ぐ。

鳥居を避けて下ってきた参拝者がいる。

なぜに、である。

理由は前日の30日に撒かれた砂モチである。

当日の13時に氏子たちが集まって大祓えの祭典が行われていたようだ。

祭典を終えたら境内いっぱいに砂モチが行われる。

正月を迎えるまでは崩したくないと考えられた参拝者はそこを踏むわけにはいかない。

そういうことで避けて通っていたのだ。

数えてみれば相当な数量なの数が途中で判らなくなる。

百数もあるようだがもっと多いかもしれない。

木材か藁であるのか判らないが門松を立てた土台に松・竹・梅にナンテンやハボタンを飾っていた。

砂モチを避けて本殿へ向かう。



手を合わせて逆方向の鳥居を遠望する。

そこを通る人たちは砂モチに気がついたのだろうか。



顔はこっちへ向いている。

手を繋いだ子供も向いていた。

当社には簾型の注連縄は見られない。

どちらかといえば空間が広い七・五・三の注連縄のように思えた。

狛犬などに掛けていたのウラジロを付けた輪っかの注連縄だ。

街道筋は車の往来がわりあいに多い。



自転車に乗った人も通りがかる。

当社では本殿から鳥居間の境内だけでなく隣社の門外釣殿神社に抜ける小道周りにも多くの砂モチがあった。

また、拝殿横の場にも砂モチがある。



そこに野鳥のアオジがいた。

地面にいる虫を捕って食べていたのかもしれない。

(H26.12.31 EOS40D撮影)
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佐紀町亀畑佐紀神社の簾型注連縄

2015年09月29日 07時45分57秒 | 奈良市へ
「清らかな白沙(しろすな)」を神社境内に置く砂モチ(地域によっては立砂とも)の風習が県内各地に見られる。

春日大社では年に二度、能登川上流や水谷川で採取した川砂を運んで砂置式が行われている。

形は異なるが同じように川砂を運んで境内に砂を盛る砂モチの風習を調べたいという写真家のKさんとともに出かけた奈良市佐紀町。

界隈の二条亀畑佐紀神社にそれらしき状態のものがあった。

平成24年12月31日に訪れたときは年番さんがいなくて状況は掴めなかった。

3人の年番当役の都合もあるようで定められた時間ではなかったやに聞く。

この年は朝9時半に訪れた亀畑佐紀神社の拝殿に大幣を垂らしていた簾型の注連縄がかけてあった。



写真では判り難いがウラジロ、ユズリハ、ダイダイ、クシガキに白紙に包んだカヤの実・カチグリもあるようだ。

いつ来られるや判らない年番さんたちを待つわけにはいかずこの場を離れた。

後日に聞いた写真家Sさんの話しによれば30日の朝9時頃、前日に前掛け(前垂れかも)と呼ぶ注連縄を掛けて大祓えの祭典を執り行っていたようだ。

二条町西座・東座の大晦日行事である。

砂モチは31日の午後4時頃にやってきた年番当役の3人が真土を境内に撒いていたという。

(H26.12.31 EOS40D撮影)
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大晦日の買出し

2015年09月28日 07時21分34秒 | だんらん
今年の買出しは6時半到着した奈良県中央卸売市場。

在地は大和郡山市の馬司町の東側にある。

6時半の時間帯は夜明け前。

筒井交差点の信号周りは真っ暗だ。

中央卸売市場で正月料理を買うようになって3年目。

場の雰囲気も徐々に判るようになってきた。



前日30日の晦日は大勢の人が買出しに来ると聞いているのでいつも大晦日。

この日は割合少ないので買いやすい。



一目散に目指すお店は「㈱都水産」。

いつもここから始まる。

店に並べられた品物をざっと見る。

お目当てはブリだ。

スーパーで売っているブリとはまったく違うブリ。

この味が忘れられない。

他店でもブリは売っているが買ったことがない。

一尾まるまる買うわけにはいかない。

小人数の我が家では肩身で充分。

今年のブリは片身で税抜き3240円。

1kgあたりの値段が1200円。

毎年相場が変化するのである。

昨年は3400円で、一昨年は2475円だった。

高いようであるが味はピカ一。

脂がのっているブリは実に美味いのである。



大将に頼んで肩ブリをさばいてもらう。

造りにするのは腹の部分。

背はブリの照り焼きにする。

アラも食べられるので煮つけにする。

いつもそうしているブリの肩身の食べ方だ。

今年の正月には次男がいない。

カナダに行ったきりだ。

長男は年末の仕事を終えて東京から戻ってきた。

着いたのは29日の朝だった。

例年どおり自家用車で戻ってくる。

大阪住之江に住むおふくろは30日に連れてきた。

当日は斑鳩北庄の行事取材だった。

午前中はドウガイ作り。

一旦、家に戻ってから大阪に向かった。

戻ってきた斑鳩町。

時間は15時ころだった。

一老さんが砂の道を作っている様子を取材させてもらった。

おふくろは車で待機してもらった。

難儀な息子の活動であるが、車窓からずっと眺めていたという。

今年の正月はたったの4人。

それでも鍋をしたいと思ってカニのポーションの買出し。



店に並んでいたカニのポーションは25、6本も入って1パック税抜き2800円。

一人あたり18本も食べたいという希望もあって3パックも買った。

合計で税抜き8400円だ。

お金を支払って、さばいている時間は他店に出向く。

狙いは生マグロだ。

買う店はこれもまた決まっている鮮魚の「㈱法魚」。

パック詰めされたマグロが並んでいる。

どれにするかいつも悩ませる生マグロ。

量と値段を考えて買う。

生マグロはおふくろの希望もあって訪れるのだ。

スーパーのマグロは冷凍マグロ。



「㈱法魚」のマグロは生マグロ。

味は抜群に生マグロが美味い。

切り身1パックで税込2500円。

だいたいがそれぐらいの値段である。

昨年は2300円の生マグロを1500円にしてもらったが今年は値切りはない。

正月祝いに食べる生マグロ。

思い切ってはりこんだ。横に置いて中落ちは税込み500円。

たっぷり入っているので4人前のマグロ丼に調達する。



次に向かったお店は「㈱ビッグウエーブフーズ」。

お決まりのコースである。

午前2時からこしらえているという玉子焼き。



ほくほくの玉子焼きもスーパーでは味わえない極上の味。

玉子焼き専門店の味はいつも美味しい。

そう思って焼きたての玉子焼きは大きく、しかも分厚い。

昨年は2個買ったが帰宅するなり朝食で1個食べた。

今年はえーいと3個。

1個は税込み180円。

なんともお安い玉子焼きである。

黒豆を探してみたが見つからない。

諦めて戻った「㈱都水産」でもう一品を買った。



1パック税抜き1800円の生食帆立の貝柱(北海道産)だ。

自宅に戻って朝食に食べた玉子焼き。

たまりません。

ひといきつけて大晦日の取材に走り回る。

一旦もどってきた家の昼食は13時。

食べたかった生マグロのマグロ丼だ。

すったヤマイモをぶっかけて出汁を注ぐ。



味付け海苔を振りかけてがっつく。

美味い、の一言は家族全員が一致する。

ちゃっちゃと済ませた昼食。

夕方以降に行われる取材地にでかけるまでの時間帯は執筆。

溜まっていた取材ノートを見ながら文章を起こす。

出発するまで没頭する。

それから出かけたフクマル取材。

雨が降り出したこともあって戻ってきたのは20時ころだ。

慌ただしく駆けずり回ってようやく落ち着く大晦日の夜はやはり年越しソバ。



ソバはトライアルで買っておいた。

値段はたしか5円だったと思う。

エビ天もトライアル買い。

4尾入って380円。

値段は安いが出汁が利いている。

しばらくすれば遠くから除夜の鐘が鳴りだした。

(H26.12.31 SB932SH撮影)
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貰った注連縄で正月迎え

2015年09月27日 08時35分19秒 | だんらん
我が家の玄関に奈良市茗荷町で貰った注連縄を飾った。

貰いものの注連縄は地域によって(というかご主人の思い)違いがあって考えさせられる。

この度は七・五・三の垂れがある小注連縄だ。

5日前、「産直市場よってって」で買ったウラジロとダイダイならぬ葉付きミカンを括りつけておいた。

ユズリハは、さる地でいただこうと思っていたら「ドウガイ」注連縄掛けを取材した大和郡山市横田町柳生垣内の総代が「うちにあるで、持って帰れば」と云われて頂戴した。

ありがたくこの日に括りつけて飾った。

(H26.12.30 SB932SH撮影)
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北庄春日社の砂撒き

2015年09月26日 09時29分35秒 | 斑鳩町へ
用事を済ませて再び訪れた斑鳩町北庄。

日が暮れる時間帯だった。

一輪車に砂を入れて運んでいた一老は神域燈籠から拝殿まで「砂」を敷き詰めていた。

午後3時から始めてまだ半分ぐらいだという。

「砂」の巾は鳥居柱の間隔。



運んでは金属製のクマデで広げる。

何度も繰り返す作業であるが足・膝に傷みをもつ一老はひと休みすることも多い。

これまで何度も事故に見舞われたことがあると話す。

一つはチェーンソーのノコギリ歯が外れて右腕肩にあたった。

骨が見えるぐらいの怪我だったが、なぜか筋や神経は切れなかった。

二つ目は単車に乗って電柱に正面衝突。

ヘルメットがころころと飛んでいった。

倒れたときの記憶はなかったがなんともなかった。

三つ目は拝殿の屋根から落ちた。

溝にすっぽりと肩ごと身体が埋まった。

そのときも怪我はなかった。

四つ目はモミの木が倒れて当りそうになった。

当たった燈籠は上部が吹っ飛んだ。

こうした事故に遭った一老であったが、81歳になる今でも元気でいられるのは神さんのおかげ、喜んで奉仕していると話す。

場を離れたあとも黙々と一人で作業をしていた「砂」の道は除夜の鐘が鳴るころに、氏子たちが参拝する新年を迎える新しい道だと云っていた。

前年に拝見した「砂」は一老が労力をかけて作っていたことを知って、思わず手を合わせた。

ご主人の笑顔が実に逞しい。

参拝者はめいめいが白い布に包んだ小さな鏡餅を供えるそうだ。

多くの参拝者が供えるので本殿前にずらりと並ぶらしい。



それより一日前の拝殿扉にあった鏡餅。

観音講に属する信仰深い97歳のおばあさんは早めに供えていたと云う鏡餅にウラジロが僅かに見える。

翌日の31日の午後にはウラジロ、ダイダイなどの飾りつけをする。



「砂」の道造りを終えたら山に出かけると話していた。

「砂」の道の砂盛りは門松を立てるときの土台にしていた大和川まで出かけて川砂を運んでいたのは50年前。

当時の十人衆が作業をしていた記憶があるという。

もっと前の時代の砂採り川は龍田川だった。

汚れが目立つようになって大和川に替えたという。

大晦日は忙しい。本社、小社に供える御供の準備もある。



スルメやダイコン、ニンジン、コンブなども揃えなければならない一老である。

(H26.12.30 EOS40D撮影)
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北庄春日社のトウガイ

2015年09月25日 07時57分14秒 | 斑鳩町へ
一年前、簾型の注連縄が掛けられていると写真家のNさんに教えてもらった斑鳩町北庄。

その年の正月明けに所在も注連縄も現認していた。

どのような手法で作り、掛けているのか。

それを知りたくて出かけた北庄。

春日社の年中行事を祭行されている元宮座・十人衆。



最長老の一老と二老の二人が本殿前で作っていた注連縄は「トウガイ」と呼んでいた。

足・膝に傷みをもつ一老は椅子に腰かけてモチワラを二老に手渡す。

本数は適当だ。



葉付きの笹竹に一握りのワラ束を竹に沿って折り曲げてぐるっと捻って竹に添える。

次のひと束をそこに重ねて同じようにする。

それを繰り返して先っぽを尻尾のように結う。

支えていた左右の竹は門松の竹である。

不要な竹枝はノコギリを入れて伐りとる。

門松の土台に砂を盛る。

太めのメン松を土台に埋め込む。

芽吹いた梅の木や赤実がついたナンテンも挿して竹に括る。

ハボタンを添えてできあがる。



いつも二人でこうしていると云う「トウガイ」注連縄掛け。

境内を清掃して終えた。

午後には山へ出かけてウラジロを採取してくるそうだ。

ダイダイもご近所でもらってくると話していた。

春日社に安政二年(1855)に建之された狛犬がある。

社の創建はそれより古く平安期まで遡るらしい。

改築の際に発見された棟木に書いてあった年代より室町前期(1450年)と判っているようだ。

一老のMさんが書き記された『春日神社と氏子のあゆみ』によれば、明治以前までは当社に観音仏や阿弥陀仏を安置するお堂があったという。

地区の北の山麓に小字観音堂の呼び名がある地がある。

春日社はかつて小字観音堂に建っていたそうだ。

当地に仙光寺がある。

その寺には藤原初期に造立された十一面観音仏が安置してあるらしい。

廃寺になった際に遷されたのであろう。

春日社は昭和35年に改修された。

そのときに発見された棟木に「宝徳二年(1450)建之」があることから室町前期と確定されたのだ。

昨年の1月6日に訪れた春日社に「六日座 春日講」の文字を書いてあった書が貼られていた。

1月6日に行われる正月六日座のことである。

「春日講」とは一老から十老までの十人衆。

衆中の名称は「春日講」ではなく「元宮座」が正式名称であると一老・二老は話す。

(H26.12.30 EOS40D撮影)
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目安春日神社の正月迎え

2015年09月24日 08時41分41秒 | 楽しみにしておこうっと
もしや今日ではと思って出かけた斑鳩町目安(めやす)の春日神社。

10時に終わったと一人の宮守さんが話していた。

朝8時から3人の宮守さんと垣内代表3人の手伝いとともに済ませたと云う門松立てと注連縄掛け。

竹で周りを囲って砂を盛る。

松・竹・梅を立ててナンテンやハボタンを添えていた。

春日神社の宮守はかつて5軒の特定家が担っていた。

2軒が退かれて今では3軒。

維持することが困難になり、3垣内の代表3人を加えるようにされた。

一年交替の垣内代表者とともに春日神社の年中行事を行っていると話す。

「ここらは水ツキしやすい土地だった。

あの辺まで水が来たら危なくなる。

そういう水ツキの「目安」になるから大字の名が目安になった」という。

目安は60戸からなる旧村であったが、新興住宅が増えて今では90戸になった。

増えた理由の一つに疎開から戻ってきたということである。

目安はおよそ7割が農家。

田園が広がる地域である。



簾型の注連縄は単に「シメナワ」と呼んでいたが飾り付けはあとになると話していた。

90戸の集落をぐるりと巡って戻ってきたたら、もう一人の宮守さんがやってきた。

ウラジロ、ユズリハ、ダイダイ、カタスミを注連縄中央に飾り付けをする。



クシガキは二日後の30日にするようだ。

注連縄は笹の葉付き。

できる限り葉が色落ちしないように前日に作られた。



モチワラを七、五、三本ずつ繰り返して巻き重ねて作ったと話す。

モチワラは神さんごとやからワラ打ちをしないという。

刈り取るときも綺麗に揃えておく。

神社行事に出仕される龍田神社の先代宮司より、そう伝えられて現在に至る宮守さんは若い時から神社行事を務めてきたから今でもいわれた通りに行っていると話す。

「ちょっと待ってもらったら花立てにビシャコを立てるから」と云って家まで戻って持ってきたビシャコ。

サカキの代用にそうしているという。



花立ての土台は亀さん。

ユニークな形である。



コミヤさんや神域外にある行者さんにもビシャコを立てる。



昭和9年に大和川の改修工事でこの地に遷った。

その改修記念に鳥居を建てたそうだ。

かつてはもっと広かったと云う鎮座地。

そのときに行者さんや神武さん遥拝石標を遷したそうだ。

翌年のトンドで燃やされる簾型の注連縄はそれまで飾っておくと話したご主人が思い出す30年前にしていた「砂モチ」の風習。

大晦日に大和川の奇麗な川砂を竹製のモッコに入れて境内に運んだ。

家族の人数分の数だけ砂を盛った。

8人家族なら八つの砂盛り。

村じゅうの人たちがしていた「砂モチ」。

分量が増えて境内が高くなりすぎことから中断したと云う。

目安のトンドは成人の日の前日日曜日。

大和川の堤防したで行われる。

点火は朝8時である。

正月元日は朝に御膳を供える。

2月3日は「トシコシ」。

朝8時、煎った大豆をオヒネリにして供えておく。

数量は7品だ。

村の人がお参りする。

その際に持ってきた豆を供えた豆を交換して持ち帰る。

「サナブリ」は6月下旬の日曜日。

朝9時に祭典がある。

目安の田植えがすべて終わったときに行われる行事は田植え奉告祭であろう。

マツリは10月の第一日曜日。

前日の土曜日に行っていた「ヨイミヤ」はなくしたという。

大阪平野の大念仏のご回在はそれより前の7日か8日辺り。

稀に9月末になる年があるというから、そのときは山間に出向く大和ご回在の年であろう。

12月17日に近い日曜日はイノコマツリとも呼ぶ新穀感謝祭。

氏神さんは春日神社。

春日若宮おん祭と同じ日にしていたという。

ちなみに近隣の大字服部では30日に門松立て・注連飾りをしているようだと話していた。

機会があれば伺いたい。

(H26.12.28 EOS40D撮影)
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横田町柳生垣内ドウガイ注連縄掛け

2015年09月23日 07時25分04秒 | 大和郡山市へ
この日の朝に電話がかかった。

かけてこられたのは大和郡山市横田町・柳生垣内在住のMさんだ。

今からドウガイと呼ぶ簾型の注連縄を作るというお誘いだ。

大急ぎで支度して向かった場は素盞嗚神社。

当家に当家隣組の手伝い4軒が集まってドウガイを作っていた。

注連縄は新穀のウルチ米の稲藁で編んでいく。

これまで七・五・三本ずつ数を揃えて結っていた。

七・五・三を繰り返す順に結う、というよりも重ね合わせていくような感じで結うのだ。

昨年は5本ずつに結ってしていたが前々年に当家を務めたNさんが正式にしたいと申してそうされる。



5人の内訳は当家に前当家と隣家に次当家と隣家。

前と次に当たる当家に隣家が加わって行事を伝承している。

結い方は実際に手で結わないと覚えられない。

体験や慣れることで伝えていく。

伝える人は前当家。

今年の当家は次年度に手伝い伝える。

次当家は今年に見ておいて実際の作業を覚えるのだ。

当家を担う順は家並みの順。

隣家もその枠順に入っている。

一年ずつ家並み順に移っていく。

つまりは移動する隣近所で5年間を務めていくということである。

5年前までは神社に門松を立てていた。

砂を盛った場に4本のオン松・メン松を立てていた。

一般的な門松は松・竹・梅であるが柳生垣内では松だけだったという。

松は当家持ちだった。

山地に出かけて探しに行っていたが、採取することも難しくなり市販品を購入することにしたそうだ。



始めに七・五三の藁を垂らした先に実をつけた稲穂を括り付ける。

今年収穫した初穂である。

こうして「ドウガイ」と呼ぶ簾型の注連縄ができあがれば境内に立てた脚に据える。



中央にウラジロ、ユズリハ、ダイダイ、クシガキ、カタスミを水引で括り付ける。

昔は髭の根があるトコロイモも付けていたという。

それから鋏で余分にでた藁を切取る。

綺麗になるよう鋏で刈り込むのだ。

綺麗になれば両側に四枚ずつウラジロを取り付ける。



できあがった「ドウガイ」はかつてお堂だったという会所前に掛ける。

奥には大きな地蔵石仏尊がある。

7月に地蔵盆の数珠繰りをしていると話していた。

「ドウガイ」注連縄はもう一本作られる。

掛ける場は氏神さんを祀る素盞嗚神社の拝殿である。

拝殿前には朱の鳥居がある。

注連縄を掛けることによって拝殿の扉が開けなくなる。

もっと上のほうだと指示がでる。



鳥居との僅かな間に掛ける。

会所のときと同じように笹の葉は右側にして掛け終えた。

20年ほど前までは集落に砂の道を敷いていた。

砂を敷くのは神社から鳥居。

そこから一筋の砂を敷く。

一軒、一軒が砂を敷いていけば一本の砂の道ができあがる。

砂の道は家の玄関先まで敷いて伸ばしていた。

近くを流れる正田川(しょうでんかわ)にあった綺麗な砂を運んでそうしていた。

集落の道はアスファルト道になった。

滑ることもあっていつしか止めたそうだ。

(H26.12.27 EOS40D撮影)
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小泉神社の砂モチ

2015年09月22日 09時04分30秒 | 大和郡山市へ
この日の朝に奉納された「砂モチ」である。

23日に注連縄を架けた大和郡山市の小泉神社に見られる景観・・・ではなく、「砂モチ」と呼ばれる在り方だ。

参拝者が訪れる神社境内。

知らず知らずのうちに境内の砂を履き物が持ち帰ってしまう。

境内の砂は雨が降って流れることもある。

境内の砂は一年も経てば少なくなる。

それを埋め合わせるのが「砂モチ」。

かつては多くの村人が川で掬った奇麗な砂を持ちこんだ盛り砂。

地域の風習でもあったが、今ではたった1軒のお家が持ちこんで砂盛りをしている。

左右一列に並べた「砂モチ」はだいたいが八盛りずつ。

作業時間は2時間もかかったと宮司が話していた。

3年間も通ったが未だに奉納された方とはお会いできていない。

一度は会ってみたいがどうしても仕事日と重なってしまう。

砂モチに影がでるのは午後のある時間。



僅かな時間にしか出現しない影が伸びる状況をじっと待っていた。

ちなみにこの「砂モチ」は2月に行われる小泉神社のお田植祭が始まる前に砂盛りを崩して境内に広げると聞いている。

その砂は牛耕所作の際に参拝者が境内の砂を拾って「牛」にめがけて砂をかけるのだ。

それまではこの形が残っているのかどうか・・・。

(H26.12.26 EOS40D撮影)
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疋田町三輪神社正月迎えの御前飾り

2015年09月21日 09時28分16秒 | 奈良市へ
簾型注連縄を掛ける県内事例を調査している。

田原本町の守屋宮司から簾型注連縄があると聞いていた奈良市疋田町の三輪神社は桜井の三輪明神より分祀、遷したと伝わる。

灯籠に天明元年(1781)の刻印がある。

この日は朝から集まった長老十人衆が正月迎えの飾り付けをしていた。

門松の土台は昨今珍しい竹を紐で編んだもの。

俵を編むのと同じだと話す一老は88歳。

元気な姿で動き回る。

左にオン松、右にメン松を立てた中央は真竹が三本。

ナンテン、クマザサ、ハボタンを飾った。



その間に架けたのが簾型の注連縄。

神さんの前に架けるのだから「御前飾り」と呼んでいるわけだ。

今年の注連縄は12月2日に作ったそうだ。

神さんが鎮座する山は神奈備山。

本殿はなく、大正14年に建之された祝詞殿越しに見られる大杉が崇める神さんの依り代。



シデ、ウラジロを取り付けた。

最も太い注連縄は鳥居に架けるが午後。

直会を済まして再び作業を始めるが、所用があって見届けていない。

正月明けの15日まではそのままにしているという「御前飾り」に「ウラジロ、ユズリハ、カチグリ、ダイダイにクシガキも飾ってあるから見に来てや」と云われた。



紅葉に映える「御前飾り」が美しいと思って撮っておいた。

(H26.12.25 EOS40D撮影)
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