マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

残ったスタッフの観察会

2010年03月31日 08時13分09秒 | 自然観察会
今日はまるまる観察会にあてていた。

午後はスタッフだけの観察会。

理科の会の方々とともにくっついていった。

スタッフだけの観察は自由な観察ができる。

自学習できるのはこういう機会があってのことだ。

公園の外に出てあっちこっちへ歩き回る。

おかげさまで上空を飛び抜けていったオオタカに遭遇することができた。

久しぶりに見るタカの飛翔はとても美しい。

理科フィールドワークで発見できなかったハイタカ、アカゲラ、ウグイス、ホオジロ、アトリ、ニュウナイスズメ、コジュケイにマガモ、ハシビロガモ、キンクロハジロ。



合わせて37種も見ることができた。

その途中にはレッドデータブック絶滅危惧種にあげられるニホンアカガエルやメダカ(準絶滅危惧種)の生息も確認することができた。



大切な種の保存は将来にわたって見守っていかねばならない。

消滅しつつある県内の伝統行事を記録取材している私にとっては自然の動植物も同じ視点にたっている。

(H22. 2.27 EOS40D撮影)
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理科フィールドワークin大和民俗公園

2010年03月30日 08時02分49秒 | 自然観察会
前回は平成20年1月に実施された奈良附小理科フィールドワーク。

2年ぶりの再会の観察地は大和民俗公園。

県立民俗博物館があることから親しみを込めて民博公園とも呼んでいる。

募った結果、参加者数はなんと170人以上にもなった。

今回のテーマは公園の野鳥を見つけようということで日本野鳥の会奈良支部のメンバーを中心に県理科の会、私たちこおりやま野遊びサポーターが応援に入った。

附小の行事はたかまどの会やPTA役員の方々が支援されている。

子供さんが卒業されても行事ボランティアをされているOBも加わってスタッフ込みで総勢200人を超えた。

附小の先生方が構成された観察ポイントリストはとても判りやすいコースになっている。

公園を周遊するコースは2kmほど。

2時間かけて観察するには短い距離だ。

ゆっくりじっくりの観察をしましょうと二組に別れて出発した。



コースは梅林、里中池、しょうぶ園、ひょうたん池、里山西、日だまり広場1、ため池、里山東の雑木林、児童広場、吉野集落、宇陀・東山集落、日だまり広場2だ。

前日までは雨、雨。

夜中も雨音が激しい。

なんとしたことでしょう。

早朝に雨があがった。

間違いなく中止だと思っていた天候は低気圧の移動が早かったのだ。

集合時間前にはスタッフ全員が集まった。

笑みがこぼれたのはいうまでもない。

野鳥の観察は見るから始まる。



加えて鳴き声を聞く。

それで野鳥の存在場所を認知する。

騒がしいと野鳥は逃げてしまう。

そぉっと見てみよう。

発見したら双眼鏡やスタッフが用意してくれたフィールドスコープを覗いてみよう。



樹木の枝に留まっている野鳥。



てっぺんの高いところにもいる。



飛び回っている野鳥もいる。

地面にも目を向けてみよう。



草むらのなかにもいる。

冬場は葉っぱが少ないから探しやすい。

次々と出現した野鳥はキジバト、コゲラ、ヒヨドリ、モズ、ジョウビタキ、エナガ、ヤマガラ、シジュウカラ、メジロ、アオジ、カワラヒワ、イカル、シメ、スズメ、ムクドリ、ハシボソガラス、アオゲラ。どれも枯れ木に留まっていたりする野鳥だ。



地面の虫をついばんでいたのはハクセキレイ、セグロセキレイ、ビンズイ、シロハラ、ツグミだ。



キセキレイは飛んでいたのでしょうか別グループだったので判らない。

水辺で見つかった野鳥はカルガモ、カワセミ、カイツブリ。

目で発見したもの、耳で確認したもので合計26種。



アンケート記入して、閉会の挨拶のあとにもらったお土産のウグイス笛や野鳥フォトカードを手にして解散した。



そうそう忘れてはならないのはPTAOBさんが手作りされたクッキー。

これが美味しいんだな。

(H22. 2.27 Kiss Digtal N撮影)
(H22. 2.27 EOS40D撮影)

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峰寺六所神社祈年祭

2010年03月29日 07時41分38秒 | 山添村へ
春の初めに今年の豊作を祈る祈年祭は農家にとって大切な行事である。

峰寺、松尾、的野の三ヶ大字の氏子たちは峰寺の六所(ろくしょ)神社に集まって厳かに神事が執り行われた。



氏子のなかには秋祭りに奉仕された渡り八人衆の姿も見える。

出幸の儀式であろうか、社務所内拝殿で修祓、祝詞奏上が行われたあと、神饌を持って登壇された。

神饌は本拝殿とこみやさんと呼ばれる神さんに供えられる。

宮司の斎主一拝から始まった祈年祭の儀式は神事に則り、献饌、祝詞奏上、玉串奉奠と続く。

本殿にはサカキの木が奉られている。

三ヶ大字のそれぞれの氏神さんのお札であって各家に配られる。



一年間の豊作を祈る農耕儀礼は各家の発展、栄えをお祈りされたご加護のお札を授かる。

(H22. 2.25 EOS40D撮影)
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法連佐保田狭岡神社御田祭

2010年03月28日 07時28分21秒 | 奈良市へ
祈年祭が各地で行われている。

その多くは2月に行われており、寒さが一段と冷え込む季節である。

今年は気温が20度近くまで上昇し、穏やかで春の陽気が感じられる日となった。

法連町佐保田の狭岡神社では拝殿に一升升に入れられた籾種と箕の具に置かれた杉苗を供えて祈年祭(御田祭)が行われた。

農家にとって豊作は祈り事。

田植え前に最初に行われる行事だ。

集まってきたのは農家組合などの氏子たち。

神職を迎えて始まったとしごいの祭り。

農作業に欠かせない鍬、鋤、馬鍬(まんが)(※)の農具が並べられ、神前に向かって五穀豊穣を祈願する。

御田(おんだ)の所作がなくとも豊作を臨むのは大切なこと。

奉られた農具がそのことを語っている。

法蓮の氏子は隣社の常陸神社で毎月19日に奉仕されている阿弥陀講の方々。

狭岡神社が本来の氏神さんだという。



蔵に残されていた三つの高坏(たかつき)。

明治八年に寄進されたもので「左保田神社」と銘記されていた。

左保田の名は土地の名前。

その後に現在名の狭岡神社に転化したのであろう。

祈年祭を終えると奉られた松苗は各家に配られる。

参列者は各地区の代表者でもあることから、地区の人数分の松苗を授かって直会のあとに持って帰る。



水田が少なくなった法蓮。

苗代の姿は見られないが畑地に挿してある松苗のお札が見つかる。

(※) 棒状の柄をすげたT字形の馬鍬は歯があるが、供えられたモノにはない。

おそらく杁(えぶり)状の柄振りであろう。

(H22. 2.24 EOS40D撮影)
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2月22日は聖徳太子の命日

2010年03月27日 08時14分04秒 | しゃしん
2月22日は聖徳太子の命日。

それにちなんで斑鳩市実行委員会が催された「平城遷都1300年記念事業物産展・斑鳩市」。

2月20日(土)から22日(月)の三日間だった。

休日の日はごったがえすぐらいに大勢の人が訪れたそうだ。

法隆寺iセンターでは野本氏の奈良大和の祭り写真展が協賛展示された。

昨年に出版された「奈良大和の祭り」に収録された祭りに加えて、歳時記や斑鳩町隣接市町村の祭りなど新作も入れて数多くの祭りを紹介された。

拝見したあとは物産店。

これやと目に入ったのが斑鳩町を代表する老舗醤油醸造蔵のにしき醤油。

以前から気になっていたお醤油が並ぶ。

蔵本のお薦めもあって1本を購入した。

それにしてもありがたかったのが、普段なら600円もかかる駐車料金が無料だったことだ。

(H22. 2.22 SB912SH撮影)
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毛原の山の神

2010年03月26日 07時22分20秒 | 山添村へ
ワラチンチンとも呼ばれているフクダワラをカギヒキに括りつける。

カギヒキの木は不明だが3メートルほどの長さで杉の大木に掛けられている。



かっては「うちのくーらへどっさりこ」とカギヒキの唄も歌われていたそうだ。

木の下には六つほどのクラタテが奉られている。

中央にはミカンを挿して四方の竹には幣が付けられている。

家々ごとに参られるという山の神は西と東の二カ所に分かれている。

(H22. 2.21 EOS40D撮影)
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毛原の行事

2010年03月25日 08時01分31秒 | 楽しみにしておこうっと
子供の涅槃は2月15日に近い土曜辺りに行われている。

本来は中学三年生までの男児だけだったが少子化によって女児も参加できるようにしている。

かっては朝からお米集めをしていたが今はない。

長久寺でお参りして掛け軸を掲げた構造改善センターに集まる。

子どもの膳は大幅に簡略化されて好きなカレーライスになった。

それだけではさみしいのでおすまし汁だけは残された。

1月7日はなにかと忙しい。

男性は北と南の山の神さんへお参り。

カギヒキやクラタテをしている。

女性は室生川の向こう岸にある弁天さんへお参りする。

そのあとは家に帰って七草粥を作って食べる。

10日辺りにはウルシ棒を供えて長久寺でダンジョウが行われる。

京都から僧侶が来るという。

お寺にはもう一人の僧侶がいるが葬儀のときだけだという。

京都の僧侶が言うにはダンジョウを「壇上」と書くそうだ。

僧侶の都合で日程は変動するらしい。

営みは初祈祷であろうが叩く行為はない。

しかし牛玉宝印の朱印を額に押していくという。

その長久寺には大師講が存在する。

ことの起こりは昭和12年に遡る。

中興の祖とされる智龍和尚が大師信仰の修行道場として造られた大師湯がやむなく閉ざされた。

このときにせめてもと結成された長久寺観音講。

当時は毎月17日に勤行されていた。

折にふれ大師修行和讃などを唱え近隣の村を巡礼して浄財を集めていた。

昭和22年、京都の東寺へ所属する関係で初瀬寺派から東寺派本山のご詠歌に切り替わった。

昭和26年に東寺大師講長久寺として認められ今日に至っている。

毎月21日が勤行の日。

以前は夜のお勤めだったが老母ばかりになり現在は昼前に集まってご詠歌を唱えている。

八坂神社では毎月初めに再拝(さへいもしくはさいはい)と呼ばれる神事が行われている。

再拝は朔幣(さへい)や佐平(さへい)と呼ばれている月初めの祭典。

いわゆる月並祭にあたるものであろう。

セキハンを供えて村神主の四人が早朝から集まっている。

夏場は朝の6時半、冬場は少し遅くなり7時半。

一時間半ほどの祭典だそうだ。

村神主は一年神主で本神主を務めたあとは引退する。

そして次の神主が繰り上がる。

四年は勤めなくてはならない。

本神主になれば毎夕方に灯明を点けて一人で神事が行われる。

朝は奥さんも手伝って神社の清掃。

その間、神主は本殿で祝詞を奏上する。

年に数回のお籠りもある。

田植えが終わったら無事に終わったことを奉告する植付け籠りがある。

大祭のときには小原の宮司さんを迎えて祭典が行われる。

(H22. 2.21 SB912SH撮影)
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確定申告

2010年03月24日 07時56分49秒 | メモしとこっ!
現在の仕事に就いてから確定申告はしていない。

あまりにも収入が少なすぎて医療費控除どころか生命保険料控除を申請しても源泉徴収額がゼロで返すモノがないというのだ。

今年は例年と違った。

昨年に出版した原稿料について確定申告をせねばならないのだ。

雑収入20万円以内なら申告は不要。

それをちょっとばっかし越えた額になっていた。

出版社からも申請してくださいと言われていたし。

年末調整した結果の源泉徴収票と報酬支払調書、念のために印鑑を持って確定申告相談に還付申告センターへ行った。

当日の指定場所は西奈良県民センター。

相談日初日や午前中は混み合うと聞いていたのでラストデーにした。

さすがに行列はなかった。

呼び止められた受付担当者に申し出た。

それは生業ですかと問われたので一回ポッキリですと答えた。

収入があるということは、それにかかった費用があるでしょう。

それを計算されればいいのですと教えられた。

まさか出版になるとは夢にも思っていなかったので費用がどれくらいと言われても考えがつかない。

費用には交通費も含まれると言われて思考回路が働いた。

そうなんだ。本に掲載した写真には費用がかかっているんだ。

それを計算すればいいのだと税理士さんに相談すればオーケーがでた。

先だって掲載したフイルム本数を調べていた。

たしか、リバーサルフイルムが230本。

フイルム1本の金額は1200円。

36枚撮りフイルムの現像代もかかっていた。

1本あたり800円だったか。

領収書はなくともおよその金額で計算すればいいと言われていたので、230本×1200円と230本×800円と計算した。

掲載した写真数は200枚を越えている。

それにはデジタル化しているので200枚×80円と計算した。

デジタル化していたから編集がスムーズに進められたのだ。

交通費はガソリン代だ。

下見や本取材の足は自家用車。

年に18000kmは走っている。

それは月平均して構わないと教えてもらっていたので、普通車から軽自動車に替わったことまるが単純に月当たり15000円とした。

それらを合算したのが雑収入に対する諸費用。

それをシートに記入してパソコン入力。

順番を待って経緯を説明した。

その都度説明しなくてはならないが、別に苦痛ではない。

ただただ申告するためだ。

パソコン入力は初めての人は来年も確定申告が容易いように利用者識別番号登録式になっている。

来年はこのようなことがないかと思うがそれにしてもらった。

もらったというのは入力者がついてくれているからである。

画面を見ながらこれは何だろうといちいち読んでいたら時間ばかりかかってしまう。

大渋滞を避けるためでしょうか、入力担当者の質問に答えながら申告を進めていく。

最後のほうで「ゆうちょ」の口座は何ですかと言われた。

えっ、それはどういうこと。

還付がありますので銀行口座でも構いませんからという。

予想もしていなかった言葉に驚きよりもありがたさに感謝する。

原稿料にかかっていた源泉徴収額が丸々還付される。

生活費に充当するのはいうまでもない。

後日に気がついたが、携帯電話などの通信料も経費に充てられることが判った。

事務所があれば家賃、電気代などの光熱費も必要経費になるんだろうか。

(H22. 2.15 記)
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東明寺薬師講法会

2010年03月23日 07時41分56秒 | 大和郡山市へ
毎年2月12日は東明寺本堂で薬師講が営まれる。

大阪和泉市や松原、県内では生駒からやってきた薬師講信者の30数人が集まってお勤めをされる。

東明寺地区の長老の話では子どものちきに親と一緒に富雄まで出かけていった。

幟を立て信者さんを出迎えて、東明寺まで歩いてきたことを覚えているという。

生駒萩の台の講衆は矢田丘陵を登って矢田自然公園を経由してお寺まで歩いてくる。

前日が雨だったので山道はぬかるみ状態。

やむなく車で便乗してやって来たがお参りのあとは歩いて帰るという。

松原の人も矢田寺、松尾寺を抜けて法隆寺へ向かうそうだ。

ありがたい薬師さんに手を合わせたあとは健康的に歩くのが本望だと仰った。

和泉市はさすが遠いことからマイクロバスで送り迎えされる。

僧侶は七人。

先導は法類(親類)にあたる矢田寺南僧坊の住職。

和歌山橋本など若い僧侶が招かれて法要が営まれる。

まずは先代住職の法要を済ませてから本堂に入道する。



ご本尊の薬師さんの仏前に座り読経が始まった。

薬師講は東明寺の唯一の年中行事。

狭い本堂外陣には講衆で満席になる。



一般の人が参拝を申し出ることがなかった薬師講法会。

一人や二人であればと但しがつき、大人数団体の場合は断らざるを得ないという。

一時間ほどの法要は厳しい冷たさの堂内を静めていく。

ありがたいことだから足は崩せないと話す講衆。

法要を終えると笹酒の接待が始まった。



我も我もと僧侶が勧めるお酒をいただく。

そのあとは大広間に机を広げてカヤクゴハンの弁当が並べられる。



カス汁とともに振るまいの接待食に舌鼓。

ありがたいお札を授かり一年後の再会を誓って帰っていった。

(H22. 2.12 EOS40D撮影)
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中山八幡神社結縁の直会

2010年03月22日 08時50分33秒 | 奈良市へ
弓引きの儀、千石万石の儀を終えると一旦中座する。

神主、おとな衆は社務所で待つ間に直会殿で本膳が整えられる。

舞殿には余った華かずらと松苗が置かれる。

これは苗代に挿して供えるもので、参拝者がもらって帰るようにしている。

本膳の支度ができあがると一同は再び登壇し直会の祝宴が始まる。

しばらくは当家を祝い歓談の時間が過ぎていく。

鶴亀、高砂など謡曲が何度も謡われる。

祝宴が終わりに近づくころ当家によるお手前が披露される。

葉付き大根を二本、三方(さんぽう)に載せる式使。

当家は一本の大根を左手で持ち上げ右手の包丁で切口を入れる。

そうすると大人衆は「おみごと」と賞賛し拍手をおくる。

次に神主の前に進み出て三杯の赤盃を差し出す。

神主はそのなかから盃を選ぶ。

それを受け取れば式使はお酒を二献注ぐ。



持ったまま、謡曲「千秋楽」が唱和され、終わりの一節辺りで一献注がれた神主は酒を飲み干す。

最後に当家も同様に三献受けて三方を捧げて引き下がる。

ただし酒は口にしない。

神聖な結縁の儀式はこうして終えたのである。

(H22. 2.11 EOS40D撮影)
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