マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

窪之庄の苗代マツリ

2016年12月07日 08時44分27秒 | 奈良市へ
たまたまのことであるが平成24年6月5日に訪れた奈良市窪之庄のことである。

訪れた目的は「牛の角染め」をしていたと史料にあった記事をてがかりに取材したかった八坂神社で行われていた牛供養である。

神社にいてもどなたも現れずに断念した。

そこら辺りを散策していた男性が田植えをされていた。

たまたまであるが撮影しておきたいと思ってお願いしたら承諾された。

その場に奥さんもやってこられた。

作業を終えて、もしやと思って尋ねてみた苗代口のマツリの在り方。

その場所はうちの田んぼやと云う。

で、あれは・・。

そう、田植えをされていたご夫妻が立てた苗代のマツリであった。

毎年していると話していたマツリごとの用具は行事でたばったごーさん札。

挟んでいる木はイチジクの木。

細い木であることから、これをゴボウサンと呼んでいた。

県内事例の数々のごーさん札を拝見してきたがイチジクの木は初めてだ。

その後もさまざまな地域で拝見してきたが、窪之庄であるようなイチジクの木は未だに遭遇しない。

そのごーさん札には文字がある。

「牛王 八阪神社 宝印」の文字である。

お札の三か所。朱印が押してあった。

八阪神社はかつて牛頭天王社と呼ばれていた。

いわゆる「ゴズサン」である。

「ごずサン」と「ゴボウサン」は似ても非なるものであるが、おそらく神宮寺があったものと推定される朱印。

いつしかお寺が廃れて神社行事に移ったものと思われる。

田植えを終えたご夫妻。

初めてお札を目にして、苗代に立てる意味を知ったと云っていた。

それからはというものは、翌年、翌々年、そのまた翌年。

五カ谷辺りに行くときとか、帯解辺りを通るさいには苗代田に立ち寄る機会を重ねたが、たいがいがハズレである。

つまりは固定日でないのだ。

早いときには4月の末の祝日辺り。

それを過ぎても5月のGWの期間中。

そう聞いていたから合間を縫って出かけてみるがお目にかかれない。

これまで最も遅かったのは6月初旬に入った頃である。

この日は五カ谷から山添村毛原に出かける。

その道中にふと思い出して寄ってみたら、いつもと同じ場所にあった。

お花はたぶんにシランであろう。

花は落ちていたが葉っぱでわかる。

木の葉はなんであろうか。

いずれにしても立ててから数日目。

5月半ばで立てたのであろう。

ちなみに、その年に立てたものが家に残してあるからと云ってくれはった。

そのお札イチジクの木ごと後年に奈良県立民俗博物館に寄贈した。

(H28. 5.21 EOS40D撮影)
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在庫があった『奈良大和路の年中行事』

2016年12月06日 08時22分08秒 | メモしとこっ!
喜久屋書店大和郡山店のⅠさんに2009年(平成21年)発刊の著書『奈良大和路の年中行事』を開店当時に置いてもらったと礼を伝えたら当店舗よりも奈良目当ての観光客が多い奈良駅の店のほ方が良いとアドバイスされる。

石田店長はかつてJR奈良駅店に勤務していた。

そのころに置いてあった著書が記憶にあると云う。

現店長は知らないがいただいた名刺を伝えておくので、店長に棚置きのお願いをした方が良いのという。

大和郡山店はフアミリーが多い。

滅多なことでは地域誌は売れない。

むしろ観光客が多い店舗に置くべしというアドバイス。

大和郡山店は棚数も坪数も広い。

逆にJR奈良駅店の棚数は少なく坪数は狭い。

棚数は少ないが奈良の本であれば確実に手にとってもらえる。

そちら方が良いと云ってくださった。

念のためにと判断されて大和郡山店の在庫状況を調べてくれた。

これまで15冊も売れて現在はたった一冊の在庫に驚かれた。

仕入れは2014年(平成26年)。

当時の仕入れは16冊。

その後に売れた冊数が15冊だった。

最後に売れた年は2016年(平成28年)。

つい最近のことである。

奈良の中心部にでかけることはあってもJR奈良駅までは行く用事が見いだせない。

キッカケを作ろうと思っていたが日にちが経過するだけだ。

待っていても仕方がないのでお願い目的に家を出た。

行先はJR旧駅舎の真ん前。

右側にあるビエラ奈良の2階にあるという。

JR奈良駅高架下に建ったビエラ奈良のグランドオープンは平成22年の10月。

翌年の平成23年3月には店舗数が一挙に増えて16テナント。

奈良駅。近くにコインパーキングぐらいはあるだろうと思って走らせる。

駅手前の数十メートルの処にあったパーキングは30分で100円。

駅前にしては利用料金が格安だ。

お願いする案件はそれぐらいで終わるだろう。

ところが目指す喜久屋書店のJR奈良駅店が見つからない。

奈良駅の構内にあるのだろうか。

そういえば数年前にJR奈良駅は大きく変容した。

そのことは知っているが、現実感が伴っていなかった。

移設されたかつてのJR奈良駅舎は場所が移っていた。

ここであれば書店の場所を教えてくれるだろう。

そう思ってドアを押した。

すぐ右手にあった受付は手荷物の受付。

観光案内に尋ねる人も多いと思う旧舎はまさに奈良市総合観光案内所

平成21年7月にオープンしていた。

そりゃ知らなんだ、である。

そのことを知らずに出かけた私にかーさんが云った。

百均ショップのセリアもあったでしょ、である。

そんなことはともかく喜久屋書店に出かけた目的は平成21年10月に京都淡交社より発刊した著書の『奈良大和路の年中行事』の取り扱い願いである。

十日ほど前、購買したかった本の発注に手配をしてくださった店員さんが連絡をしておきますと云ってくれたことだ。

連携をしてもらったのはいいが、JR奈良駅前店の担当者とは面識がない。

面識がないのに取り扱ってもらうという厚かましさは持ち合わせていない。

お願いは丁重にする。



そう思って女性店員さんに声をかけたらどうやら伝わっていたようだ。

この日は代表の人は不在。

もう一人の店員を呼びますと云って案内する。

応対してくださったのはNさん。

大和郡山店のⅠさんからはその日の5月17日に連絡が届いていたという。

速やかに連携してくださっていたことに驚く、というか、さすがの喜久屋書店さんだと思ったのだ。

組織がきちんとしていることは渋滞ない顧客サービスができている。

そう思ったのだ。

Nさんの口ぶりでは既に出版社の発注をしているようだ。

手元はまだ届いていないと思って持参していた著書を手渡す。

ぱらぱらと頁を捲る。

圧倒される行事写真に驚かれるが、奈良の行事は東大寺二月堂の修二会ぐらいしか存じていないと・・・。

この本で奈良のことを知りたくなったと話すNさんに提供することにした。

尤もそのつもりで来た本日のお願いである。

ちなみに郷土史関係は入口付近にもあるし奥の書架棚にもある。

今は古事記の流行り。

特設コーナーにぎっしりと並んでいた。

(H28. 5.17 記)
(H28. 5.26 SB932SH撮影)
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定休日だった旧かど屋のとり燎人

2016年12月05日 09時04分15秒 | 楽しみにしておこうっと
宇陀市のニカ大字を訪ねた帰り道。

豊富な聞き取り調査もできて帰路につく。

自宅まで戻るには時間がかかる。

帰路の途中に食べたい処があるのか。

その店を探しながら車を走らせる。

桜井市出雲にあるうどん屋さんは前月によばれた。

美味しいからといって何度も行くよりも他にはないのか。

探す楽しみはお腹が減っている時間帯は辛い。

さまざまな地域に出かけて目に入る食事処は頭のなかにインプットしている。

何回か通り抜ける三輪大社の大きな鳥居前の道路。

信号があるところの西側に何軒かの食事処が集まっている。

そのうちの一軒は「かど屋」。

店名は平成20年ころまでだった。

その後は韓式食堂の「金梅吉」だった。

2年前の2月7日に訪れたときに食べた「特製ラーメン」があった。

ワンコイン500円のラーメンはそれなりの味だった。

つい、先日に通りがかったときに見たお店がなんとなく変化があるように見えた。

信号待ちしているときに見たメニュー看板は二枚。

料理は何であるのか判らないが、大きな文字の「500円」が目に焼き付いた。

いつかは昼どきに入店してみたいと思っていた。

その日は突然にやってきた。

駐車場は何軒かある店屋の前に数台が停められる。

駐車して停めた。

お店の玄関ドアを開けようとしたら閉まっている。

お店内部は電灯も灯っていない。

ドアノブに「定休日」の札があった。

この日は日曜日。

その日が定休日なのか、それとも臨時的な休みなのか知らないが、まことに残念な日である。

お店に大きな幟看板がある。

「秘伝のタレ こだわりの塩 厳選素材 自慢の焼鳥 召し上がれ」を掲げているお店は「とり燎人」と云うのだろうか。

おそらく考えるに「金梅吉」を締めて焼き鳥の店にくら替えしたようだ。

ちなみに「500円」の表示があったお昼のランチ<平成28年4月1日より販売>は2品ある。



一品は「卵掛けご飯ランチ」。

ねぎま串カツ2本入りと書いてある。

もう一品は「焼き鳥お重ランチ」だ。

いずれも味噌汁に香物がついている。

どちらにするかはその日の気分でエイっ、で決めるが、午前11時半からのランチサービス。

次回は、いつ、ここに、この時間帯でやってくるのか、楽しみは待てばいい。

(H28. 5.15 SB932SH撮影)
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榛原柳の閏庚申

2016年12月04日 08時56分03秒 | 楽しみにしておこうっと
この月の8日に立ち寄った榛原篠楽。

新暦閏の庚申さんの痕跡に話してくれた村人のIさんはここより北の峠を越えた大字柳にもあると話していた。

大宇陀栗野からの帰り道にふと思いだして峠に向かう。

林の中を通り抜けたところに田園が広がる。

見晴らしも良い処に向こうの方では近鉄電車が走っている。

風景写真を撮る人たちにとっては絶好の場所だと思った。

その田園に村人が居られたので庚申さんのことを聞いてみる。

庚申さんは近鉄電車が通るガードを越えてすぐ近くにあるそうだ。

4年に一度の新暦で行われているのは篠楽であるが、柳は昔も今も旧暦。

たぶんに来年にされるそうだ。

百姓の神さんとも呼ばれている庚申さんは旧暦の閏年。

平成29年は5月が「大」の月になるが、おそらく4月になるだろうとこの場で出合ったYさんが話してくれる。

庚申さんに奉る塔婆の木は葉付きのヒノキ。

梵字に願文を書いて奉ったあとはトーヤ(頭屋若しくは当家)が持ち帰るそうだ。

大字柳は13戸の集落。

庚申講の廻りにヤカタがある。

2カ月に一度の廻りにヤカタをもって次のヤド家に移している。

ヤドの家での営みは簡略化されてお茶ぐらいの接待になっているようだ。

柳は2組の伊勢講もある。

一つの組は個人家のヤド営み。

もう一組は会所にしたそうだ。

昔はヤド家ですき焼きもしていたと云う。

「あんたが訪ねてきたことは2年人気の自治会長に伝えておく」と云ってくれた。

ここで別れて柳の庚申さんを探してみる。

Yさんが云った通りの場にあった庚申さんは崖の上に建っていた。

ところで思いだした柳に鎮座する神社は大巳貴(おおきみ)神社。

11月初めにマツリがあり、その一週間後には頭屋渡しがあるようだけに早いうちに再訪してみたい。

(H28. 5.15 EOS40D撮影)
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栗野の行事はいつ

2016年12月03日 09時39分47秒 | 宇陀市大宇陀へ
毎年の5月中旬の田休みの日に村の人めいめいが33枚の葉をつけた照葉樹などの枝をもって参るお垢離取りを行っていると境内掲示板に書いてあった。

場は宇陀市大宇陀の栗野に鎮座する岩神社である。

その件は榛原石田に住むUさんからも聞いていた。

Uさんの依頼もあって写真家のKさんからもそう聞いていた。

一度は場所も見ておこうと思って出かけた。

中旬というのはおそらく日曜日であろうと思って日定めした15日。

時間帯はまったく不明であるがとにかく行ってみようと思って車を走らせる。

神社に着いたがどなたもおられない。

神社前の民家に人影が見えたので訪ねてみる。

当主と思われるご主人に教えてもらったお垢離取りはかつてお爺さんやお婆さんがしていたと云う。

当主はそれを引き継ぐことはなかったが5月の末、若しくは6月初めの日曜日に5人ほどの高齢者がしているようだと話す。

その日を決定するのは総代のようだ。

村のすべての田植えが終われば行っているお垢離取り。

日程が決まれば各戸にFAXで通知される。

お垢離取りの場は宮さん(岩神社)の裏の北を流れる小川。

その川に摘んできた木の葉をチャボチャボ浸ける。

そうして神社に参る。

千切った葉は鳥居の下に一枚ずつ置いた。

これを33回繰り返していた。

33回もその行為をするには体力が要る。

纏めて葉っぱを水に浸けて参る回数を減らしたようだと云う。

枝ごと纏めて33回も参ったことにする考えは桜井市修理枝のお垢離取りでも同じ。

ただし、栗野は葉っぱであるが、修理枝は小石。

参る回数を数える道具に違いが見られる。

そうした状況は栗野に限らず労力を減らして参拝とする考え方で、栗野も纏めて枝ごと置く2回、3回ぐらいの参拝である。

Hさんの話しを聞いて清流に流れる小川の位置を確かめていた。

どなたも来られない岩神社で佇んでいたら杖をついた婦人がこちらに向かっていた。

岸の向こう側は何軒かの民家がある。

そのうちの2軒がコイノボリを立てていた。

風がないから泳ぐこともないコイノボリを見ていたら杖をついて歩く婦人が見えたのだ。

なんとも微笑ましい村の景観に見惚れていた。

婦人の姿に魅力を感じて何枚かのシャッターを押した。



婦人はどこへ行くのだろうか。

一瞬に目を離したすきにどこへ行ったのか・・・見失った。

が、それは違った鳥居下の道は一段下になる。

そこに隠れて見えなくなっただけだった。

婦人は自宅より歩いて田んぼ道を抜けて神社の前を流れる津風呂川の土手道に沿ってやってきた。

道行く婦人に声をかけた。

立ち止って話してくださる老婦人は84歳のNさん。

杖はついて歩いているがお元気な声で話される。

朝一番を避けて毎日を散歩している。

健康を維持するにはこれぐらい歩かないと、という。

Nさんが子供のころは実家でもしていたというお垢離取り。

実家はどこなのか聞きそびれたが、栗野では家の田植えが終わったときにお参りをすると話す。

その日は半日が休み。

山へ登る日でもあった。

前述した2、3回で終える簡略的な方式でお参りする人も居ると話してくれたのがNさんだった。

垢離取りする小川も案内してくれたが設営した金網で入ることはできない。

ただ、Nさんが云うには脇の道、急な山道を歩いていけば隣村の田原に出るらしい。

昔は近道に利用していたと云う。

ここでお別れして遠目で見ていたコイノボリを立てていたお家を訪ねてみる。

ぐっと近づいた民家は石垣の上。



カドに立てていたコイノボリの支柱はヒノキ材だ。

話しを伺ったB婦人の話しによれば7年前に孫の長男が生まれた。

そのときはヒノキの葉付きの支柱だった。

2年目になった年は葉を落としてカザグルマに付け替えた。

材のヒノキは向かいの山から伐採した。

向かいの山はB家が山主。

何年も前から目星をつけておいた支柱である。

屋内から大きくなった男の子の声が聞こえる三世代が住むコイノボリの在り方であった。

このコイノボリはいつまで立てておくのか聞きそびれたが、この月の29日に再訪したときは立てていた2本のコイノボリはなかった。

6月節句までではなく、5月中旬ぐらいまでのような気がする。

ちなみに参拝した岩神社の裾地に山野草が咲いていた。

姿、形でわかったホウチャクソウ。

可憐に垂れたその姿が愛おしい。

(H28. 5.15 EOS40D撮影)
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県立民俗博物館企画展を経てJNP奈良第2支部第13回写真展in奈良市美術館へ

2016年12月02日 09時30分27秒 | しゃしん
案内状はないが支部長の吉崎寿喜さんがFBで案内していた。

この日が初日。

午前中に用事を済ませて出かけた。

午前中の用事は県立民俗博物館行き。

図録を購入するために、である。

ついでといえば失礼にあたるが、拝観したかった展示列品がある。

一つは「昔の暮らしの関連展 くらしの中の動物たち」だ。

もう一つはコーナー展の「男の子のまつり」である。

動物が登場する民俗に男の子が主体となる行事の紹介である。

動物はいっぱいあるわけでもない。

一番に思い起こすのは農耕の牛や馬だ。



オンゴロもあれば金魚に虫までも。

広範囲である。

私にとっての目玉は農作業中にイヤになる虫だ。

ハチも怖いが痒みはたまらん。

それから身を守る昔の道具がある。



山添村に住む一人の男性は今でもしていると話していた「ブトクスベ」だ。

もう一つは牛の草鞋。



展示してあったのは2品。

一つはこれまで拝見したものと同じ大きさ。

もう一つは2倍以上もあるような草鞋。

象の足のサイズではないの?と思った大きさだ。



農耕はオンダ祭で再現される所作と風光明媚な出田園で働く姿の牛をとらえた写真もある。



今ではこういう風景を見ることはない。

耕作するのは牛ではなく耕運機や田植え機だ。

主役は代わったが広がる田園をとらえた風景写真がある。

水を張った田んぼに写りこむ桜の樹。

それをとらえた風景写真は何人もの人が村に行く。

今年はテレビで報道されたこともあって狭い田舎道が大渋滞。

農家の仕事に邪魔をしたのでは、と思ってしまう。

風景写真協会が示す写真には人を入れないという不文律があるようだ。

私がとらえる写真は「民俗」であるが風景写真とも似通った部分がある。

参考になる場合も多々ある。

写真展で拝見する写真で学習することもある。

そう思って出かけた開催場所の奈良市美術館は奈良イトーヨーカドーの5階。

10日前もJNP奈良第1支部の写真展で伺った場所である。



奈良イトーヨーカドーの前身はそごう百貨店。

跡地利用の建物であるが屋上に回転レストランがあった。

ここで食事をしたことがある。

気がつけばいつのまにか展望する景観が変わっていた。

今ではこういう体験はできない。

JNP奈良第2支部はどういうテーマがあるのだろうか。

ざっと見て回った。

これまで見たような、どこかで見たような写真ばかりだと思った。

つまりはお馴染みの景観なのだ。

すべてではないが全般的にそう思った。

支部長の話しによれば統一テーマはなく自由テーマ。

マクロは許可しないが、背景に奈良の景観が写っていれば良いということだ。

そう、とらえた写真は「奈良」の景観がテーマだった。

行先の市町村を多い方から並べてみる。

7点の宇陀市に次点が6点の上北山村で3番目が5点の奈良市だ。

宇陀市の元々は大宇陀町、菟田野町、榛原町、室生村の4カ村であったが平成18年に合併した。

細分化しないと判り難い。

奈良市も同じで月ヶ瀬村に都祁村を吸収合併した。

平成17年のことである。

どちらも広域。

旧村のどこであるかによって景観がまったく違う。

是非とも次回は旧村名を併記してもらいたいものだ。

4番目は4点の桜井市。

5番目は同点3点の橿原市、天川村、曽爾村に下北山村だ。

2点は五條市。

その他の平群町、御所市、天理市、下市町、吉野町、川上村、東吉野村、黒滝村、十津川村、野迫川村は各1点だった。

奈良第2支部の好みはどこであるのかよく判る。

同会の展示は工夫しているように思った。

タイトルは一般的だが、撮影者が書いたコメントが嬉しい。

思いはよく伝わる。

が、どうしてこれを狙ったのか、心の部分をさらせば面白いかも知れない。

もう一つの特徴は撮影者の顔写真があることだ。

これも、が、である。

写真家さんの顔はもっと大きく。

どうせ出すならもっと大きく、だ。

閲覧されて人もそう云っていた。

その人はもう一つ云った。

フィルムで撮る作品がまあまあ有るということだ。

計算してみれば49%。

ほぼ半数であった。

その人曰く、女性はデジタルやけど・・・である。

拝見して帰り道に立ち寄ったカメラのキタムラ奈良南店。

フィルムの現像上がりを確かめたくて立ち寄った。

同店の店員さんはよく話す。

日本全国にカメラのキタムラ店舗があるが、奈良県、特に奈良南店ではフィルム利用者がとにかく多いと云う。

奈良第2支部の写真展を拝見して納得するのである。

現像上がりと同時にプリント上がりも確認するフィルムで撮った作品。

原版を見ていたら研修バッジをつけた若い職員が「きれい」と声を漏らす。

ポジタイプは滅多にみないようで、上がったばかりの緑が鮮やかな田園を撮ったフィルム映像に感動していた。

その写真は田植え作業の行程をとらえた映像だ。

育った山口県の宇部。

宇部興産からは遠く離れた里山で育った若い職員は地元で体験をしていた。

その記憶が蘇ったようだ。

緑に覆われた美しい田園に田植え作業は山口県でも同じだった。

この日の現像上がりはもう一本ある。

それは苗代田もあれば茶畑の景観もある。

苗代に立ててあるモノに気づいた彼曰く、宇部でもよく似たものがあったという。

田植え作業を撮らせてもらった写真も苗代に立てたモノと同じようなことになるはずだった。

はず、というのは外れたからだ。

そんなことを話していたら馴染の女性店員もフィルムを覗きこんだ。

淡路島出身の店員さんは農業体験者。

同じようなことをしていたという。

その女性が見た竹竿を立てている写真。

うちにもよく似たものがあったが花は十字に縛るわけではなく竿に巻き付けた風だった。

随分前のことだが・・・。

それしか覚えていない名前も判らない家の行事であったようだ。

(H28. 5.24 SB932SH撮影)
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第47回奈良県美術人協会展in奈良県文化会館

2016年12月02日 09時20分50秒 | しゃしん
案内状が届いた第47回奈良県美術人協会展。

展示場は昨年同様の奈良県文化会館展示室。

フロアー全面借りての展示。

閲覧者迎えは中央ホールに並べられた彫刻である。

絵画の展示会場から移動していた男性がいた。

馴染みというか共に「大和の民俗」写真展に出展しているMさんだ。

私の病状に気遣ってくださる。

それはともかく今年のテーマに悩まされているという。

悩みながらも先日に出かけた今井町のイベント会場で目に入った煙りだし。

建物構造的にと思って撮っていたというが、これでは構造物で終わってしまう。

民俗を表現するにはこのままでは・・・と云う。

私もそう思う構造物。

得てしてコレクション的になりかねない。

「住」をとらえるにはなにも構造物でなければ、ということはない。

私はそう思っている。

「住まい」は暮らしであり生活、営みである。

自分自身が育ってきた建物からどういうものを類推するか、だと思っている。

Mさんが生まれて暮らしてきた住処。

随分前に建替え撤去したそうだ。

今から撮るということは不可能と云う。

それならと、私が狙いを広げる。

住まいはなくとも記憶はあるはずだ。

生まれたとき、幼少を育ったとき、青年、大人になったときなどそれぞれの時代には記憶があるはずだ。

それを創造的に膨らませることはできないか、である。

住処は十津川村に原点がある。

そう思いかけて、近日に発生した土砂崩れで足を阻まれる。

いたしかたないが締め切りに間に合うかどうかは疑問である。

それなら他の地域はどうなのか。

十津川以外に思い起こせないと云う。

Mさんが記憶にある心象的な情景はどのようなこのであるのか、私は存知しないが、Mさんが記憶の断片から糸を手繰るように導きだすしかないと思った。

私自身であればどうするか、である。

私が生まれ育った地域は大阪市内の町暮らし。

30年ほど前には住んでいた木造住宅は鉄筋コンクリート造りになった。

生活する建物は換わったが記憶にあるのは木造住宅時代だ。

火鉢があった。

円卓で食事をしていた。ト

イレはどっぽん便所だ。

お尻を拭くのは溶けにくい厚めのザラ紙だった。

新聞紙で代用したこともある。

炊事場はガスコンロ。

大阪市が発行した火の用心の札を貼っていた。

玄関には逆さにして貼った「十二月十二日」のお札もあった。

暮らしのなかの断片的な記憶である。

これを写真化するにはどうすればいいのか。

記憶に「デシャブ」もある。

実際に体験したのか、それとも夢の中に現われた情景なのか。

いわゆる既視体験、或は既視感である。

かつて住んでいた情景を描くにはその手があるが、場は大阪では大テーマの「大和の民俗」にあてはまらない。

既視体験、或は既視感を奈良大和の風景や情景など「民俗」に値する類似例があるものを現地で探す。

その方法も一つである。

そうであればすぐさま思いだすのが、火の用心や十二月十二日のお札である。

奈良でいくつか拝見したそれがある。

もう一つはどうするか。

田舎の母屋に囲炉裏はなかったが、竃や五右衛門風呂があった。

火をくべていた体験はある。

入浴したこともある。

我が家にあった丸型木製風呂も薪で炊いていた。

いただいたベニヤや割り木を斧で割っていた。

ガス風呂になるまでは子供の仕事だった。

それと同じような既視体験、或は既視感が想定される奈良の写真がある。

写真の良し悪しは別として、3枚組は想像の頭の中で展示された。

そんなことを思いだしながら展示品を拝見する。

作者の数だけ作品がある。

点数が多いものから順にあげる。

圧倒的に多いのは65点数の洋画だ。

次は44点数の書芸。

3番目は26点数の日本画。

4番目は21点数の写真。

5番目は15点数の彫刻。

一番、点数が少ないのは工芸の9点である。

私は一応のところ民俗写真家と名乗っている。

まずは本業の写真展である。

ざっと一巡して気に入った作品は一つ。

こういう映像を撮ってみたいと思った作品は久保田秀典氏の「SOUND」だ。

ただそれだけの一点。

全体を見させてもらった今回の展示。

感動しないのである。

ハートを揺らすような作品がない。

どれもこれも物足りなさを感じる。

どちらかといえば日本画、洋画作品に惚れてしまう。

絵がモノをいう作品に圧倒される。

こういう具合の情景を撮ってみたいと心を揺さぶるのだ。

「はァー」が漏れた。

とにかくため息がでてくる作品。

ため息は愕然としたという意味ではない。

展示された作品は挑戦的。

画に迫力を感じる「はァー」である。

絵画もそうだが、工芸も拝見したら写真がちっぽけに見える。

挑戦状を叩きつけられたようで、自分自身ももっと勉強しろよと云いたい。

コラージュでもない、全景を表現するでもない、記録写真的でもない、どちらかと云えば一発勝負。

眼前に飛び込んでくる局部的な写真。

そんなのがふと既視的に・・・出ては消えた。

(H28. 5.18 SB932SH撮影)
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JNP日本風景写真協会奈良第1支部第14回写真展in奈良市美術館

2016年12月02日 09時07分28秒 | しゃしん
だいたいが4月、或は5月に集中して展示される写真展。

案内状が届けばできる限り行かせてもらう。

一年ぶりになった写真展には送り主もおられる。

ほぼ元気になりつつある姿を届けようという思いもあって出かけた奈良イトーヨーカドー。

5階にある奈良市美術館が会場だ。

今回のテーマは何だろうか。

そう思っては見るもののテーマ性はない。

撮られたカメラマンの思いで組まれた3枚組。

場合によっては2枚組もあるJNP日本風景写真協会奈良第1支部の展示会。

今回で14回目になる。

北は東北から西は鳥取。

昨年と大きく変わったのは奈良県が圧倒的になったことだ。

県別でみれば秋田(3点)、岩手(1点)、福島(6点)、新潟(2点)、長野(10点)、山梨(1点)、静岡(1点)、岐阜(1点)、滋賀(1点)、三重(2点)、奈良(23点)、大阪(1点)、鳥取(1点)だった。

前回の13回目と比較すれば大判り。

なにが嬉しいかっていえば会の名は奈良。

カメラマンの住む地域が奈良県であろうからその名がついたと思えるが、私が気にするのは住んでいる地域をもっと撮ってほしいのだ。

他府県にない味わいをもつ奈良県。

もっと多くの方々に魅力を伝えてほしいと願っている。

前回は39%であったが、今回は43%。

それで良しとはいわない。

半分以上を占めてほしい。

展示している風景は秋や冬が多いように思える。

情感、共感を得やすい被写体の季節を撮る目的で遠路を目指す。

そう思って、試しに季節分析もしてみた。

写真がずばり積雪の冬景色や紅葉が映える空景色は断定できるが、できないものもある。

僅かに映る花などの季節感を参考にして選別した結果は冬が19点の36%、春は11点の21%、夏は5点の9%で、冬と秋が同点19点の36%になった。

感じ方は感覚であったが、頭に描いたとおりで間違いでなかった。

また、一番に多かった奈良県。

カメラマンはどこへ行って撮っているのか。

ある程度は判っている。

県内南部がたぶんに多いはず。

そう思ってこれもデータ分析した。

件数でいえば奈良市内が2点、斑鳩は1点。

以下、五條(1点)、下市(1点)、天川(1点)、吉野(1点)、川上(1点)、東吉野(3点)、御杖(1点)、曽爾(3点)、十津川(1点)、野迫川(1点)、上北山(3点)、下北山(4点)である。

並べてみてわかる地域別件数。

圧倒的に南部奥吉野の山々に清流、渓流である。

美しさを求めて山間に出かける。

これが風景写真だと云っているようなものだ。

私はこういう傾向に反発する。

住んでいる地域にもっと良さがあるでしょう、である。

であるというよりも普段の暮らしのなかに素晴らしい景観を見逃してはいませんか、である。

不満をたらたら述べさせてもらったが、私なりに秀逸だと思った作品がある。

一つは南伊勢町の漁村景観だ。

豊穣の海に浮かぶ竿。

そこに網がある。

色は緑色。

アオサ海苔の色である。

緑、緑で全面を覆うことなく手前に光る網もある。

海はコバルト色でもない。

コントラストは激しくない穏やかな海苔の養殖場に感激した。

アオサ海苔の美味しさを感じたのだ。

もう一つは若草山にいる鹿の立ち姿。

魚眼レンズをやや斜めに透かしてとった動物がいる景観写真。

撮られたMさんが云った。

今回の展示に動物はこれだけになるそうだ。

ビル群が建つ都会の情景も一枚。

Tさん得意の星座が二枚。

頭に焼き付き印象が残る写真を撮ってみたいと思った作品である。

展示写真のすべてを拝見した同会。

デジタル全盛の時代にフイルム志向の方がいることに嬉しさがこみ上げる。

その枚数は13点。

1/4の25%もあるのが驚きだ。

帰りに立ち寄ったカメラのキタムラ奈良南店。

全国展開しているカメラのキタムラのなかでもダントツに多いのが同店舗。

全国的にデジタル写真が多なか、孤軍奮闘とは云わないが、圧倒的に多いフィルム利用。

それは県民性なのかどうか判っていない。

(H28. 5.14 SB932SH撮影)
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白河・里山山間部の田植作業

2016年12月01日 07時39分37秒 | 桜井市へ
ウエゾメにオカシラ付の魚を供えると云っていたSさん。

前月の21日に立ち寄ったときにそう話してくれた家の農耕行事。

さまざま地域でウエゾメの作法を取材したことはあるが、白河で話す婦人の供え方は初めて知る作法。

たぶんに珍しい。

もしかとすれば、S家独自の作法であるかも知れない。

果たしてウエゾメする日はいつなのか。

昨年は5月15日の日曜にしたと話していた。

日曜日だけに固定の日ではなさそうだ。

いつごろにされるのか電話で尋ねるよりは在宅に出向く方がいいと思って車を走らせる。

田んぼはどこにあるか、だいたいの位置は聞いていた。

急坂を登っていけば秉田神社に着く。

その辺りだと聞いている。

通りがかれば人がいる。

今まさに田植えをしている姿はS婦人だ。

大慌てで田植え作業をしていたSさん夫婦に頭を下げる。

仕事が早く終わったから予定していた日より急遽することにしたと話すS家の田植え。

ばたばたと作業が始まったのでお供えの準備はできていなかった。

本来であれば田植え前にするウエゾメ(植え初め)作法は、オカシラ付のサバ(若しくはアジ)御供と2把に括ったナエサン(苗)をお盆に盛って田植えを最初にする場所に供える。

これをウエゾメ(植え初め)と呼ぶ。

ウエゾメにはカヤ挿しもある。

何本か聞いていないが、ウエゾメの場の田んぼにカヤを挿す。

ウエジマイにもカヤを挿すと聞いていたが、一日では終わらない。

ウエゾメの御供がなければウエジマイもしないようだ。

これらの作法は翌年以降の取材廻し。

作法は諦めてS家の田植え作業を観察させていただく。

作業が始まった時間は判らないが、この場の日陰に弁当を広げて食事をしていたようだ。

着いた時間は午後2時。



一枚、二枚の田は田植えを終えて奥さんはサシナエをしていた。



上の田では旦那さんが田植え機に乗って運転していた。

行ったり、戻ったりの機械植え。



どこの田はどの場からはじめていくか。

無駄な空間をださないように計画的に進める田植え機の操作。



育苗した苗は田植え機の進むところに予め置いておく。

作業手順に沿って補充する量を算定する。

上手く運べるように頭に中に描いた図面に沿って計算する。

昨年に背景した萱森のNさんはペーパ上に図面を起こしていたことを思いだす。

平坦であれば田んぼの区画割は真四角。

長方形などの四方形。

山間では曲がりくねった田んぼ。

どうしても隙間というか、空間ができる。

それを埋める作業はいわゆる設計と同じである。

こうした苦労を知らずに山間田園に織りなす農作業の景観を撮る人は多い。

田植え作業の邪魔にならないように立ち位置を移動してS家の姿を撮らせてもらう。

光がさし込む田んぼ。

そこを作業するご夫婦。

旦那は機械。

奥さんは人力作業のサシナエ。

美しい田園を取り込みながら何枚も撮っていく。

場合によっては鹿除けの柵も入れてみる。

その辺りで撮っていたら野の鳥がいた。

黄色い嘴が特徴の見慣れた野鳥はカモガモ。

雑草を食べてくれるカモガモを田んぼに放鳥。

稲が育っていく空間を動き回るカモガモを見ることもある。

そこは飼っているカモガモ。

そういう農法もあるが、白河にいたカモガモはどうやら番い。

雌はじっと座っていた。

向こうを見ているのは雄。

何を狙っているのか聞いても答えてくれないカルガモ。



そっと近寄ってシャッターを押す。

何度も何度も押しながら近づいていく。

奥さんがサシナエされている情景を見ていたカルガモ。

田んぼにいる虫を狙っているのだろうか。

一歩、一歩・・・バサバサと羽根を羽ばたかせて飛んでいった。

方向転換する田植え機の動き。

なだらかな坂ではなく、ある程度の角度をもった場で方向転換する巧みな運転。

田んぼは狭いがある程度までの幅があれば四条植え機械の2往復で済む。

とはいってもキッチリとした幅ではない。

あるところでは膨らみがあるが、狭いところではそれがない。

膨らみのある部分では何度も行ったり来たりの機械操作。

四条植え機械の動きを見ていると機械そのものに目があるように思ってしまう。

機械装置の関係でどうしても端っこに空白ができてしまうところがある。

機械が入る、出る位置のところはどうしても大きな空白ができてしまう。

田んぼが狭いところは田植え機を交替する。



出番は二条植え手押し式田植え機に譲った。

機種はヤンマー製のAP200。

四条植えは萱森で使われていた同型のヤンマー製のPeS-1。

緑と白色のデザインが水田に映える。



AP200は乗用でなく手押し式。

赤色のフロートが目立つ。

操作するご主人の足跡と田植え機の車輪跡は規則正しい。

水田の模様はこうしてみると面白い様相をみせる。

水田は泥田。一歩、一歩を手押しする二条植えに足は沈む。

沈むから足は負担になって速度は落ちる。

そう思うが、見ている限りはそんなこともない。

田植え機の速度は思った以上に早いのである。

一定速度で動く二条植えに足がついていく、というような感じ。

操作する人の体力によっては負担を感じる人もいるだろう。



機械のことはわからないが、無段でなくとも変速がついていたら、操作する人の体力に応じた速度で負担をかけないのでは、と思った。

後半というか、小川に近い田んぼに移った二条植え。

畦にレンゲの花が咲いていた。



その姿も撮っていた白河もそろそろ離れる時間を迎えた。

ありがとうと伝えて帰路につく。

(H28. 5.13 EOS40D撮影)
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ハイビスカスの新芽はどれだけ成長するのか

2016年11月30日 09時32分20秒 | 我が家の花
昨年は6月2日に新芽がついた我が家のハイビスカス。

冬場はすっかり身を潜めて枯れているような状態であった。

今年はもう芽が出ることはないだろうと思っていたら、新芽が出てきた。

今年も成長が楽しみになった。

一日、一日の成長具合を観察していたが撮ることはなかった。

昨年と同じように葉っぱばかりが成長する毎日に飽きてしまって撮ることもなくなった。

夏場になれば花芽もでてくるだろうと思ったが・・・。

葉の勢いはぐんぐん広がっているものの花芽はまったくつかない。

数か月経った9月25日。



これ以上の変化はしないだろう。

そう思って撮ったが・・・。

(H28. 5.21 EOS40D撮影)
(H28. 9.25 EOS40D撮影)
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