マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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外川町・日々安全守護地蔵の初成り苺

2019年04月25日 09時21分14秒 | 民俗あれこれ(初成編)
おふくろが退院してからはずっと介護の身。

外出するのも困難な身になったが初詣は出かけたいと希望を伝える。

これまでなら我が家より徒歩500歩ほどで到着する奈良市石木町に鎮座する登弥神社が初詣の神社だった。

介護の身となれば階段の昇り降りが難しい。

平たんな神社であればというから行先は西の方角に鎮座する大和郡山市矢田町に鎮座する矢田坐久志玉比古神社を目指すことにした初詣である。

車に乗降するには踏み台が要る。

脚を上げるのも、踏み込にも高さを支援する台は必須である。

介護施設の通所は年前に2回。

外出したのはそれだけだから体力も落ちている。

訪問リハビリはまだ始まっていないから体力はほんまに落ちてきたようだ。

そういう状態のおふくろを車に乗せて走り出した。

富雄川に沿って走る県道枚方・大和郡山線。

外川橋に設置する信号に停車したそのときである。

右手前方に人の姿が見えた。

その場は日々安全守護地蔵尊を祭っている外川町の地。

青い帽子を被った男性が頭を下げていた。

地蔵さんのお参りであるが、その下に置いてあった木箱に赤い色が見える。

距離はそれほど遠くないが、細かい部分は見えない。

その男性は木箱を持って歩き出した。



思わずシャッターを切らせてもらった木箱はオカモチ風。

中にはいっぱい詰めた赤い苺が見える。

木箱を持つ部分は細い木。

節があるから竹製。

上手い具合に作られた取手である。

信号は青になったから車は動かざるを得ない。

抜けたところに一時停車する場もないから離れる一方。

諦めざるを得ない状況に車は矢田町へ。

初詣を済ませて戻ってきた。

通り過ぎようとした日々安全守護地蔵尊にひと粒の赤い苺が見えた。

帰りに見た場近くに空いたところがある。



緊急停車をして地蔵尊に供えていた苺を拝見する。

看板のある日々安全守護地蔵尊に隣接する石作りの祠に祭った双体道祖神にもひと粒。



大きめの苺の品種はわからないが、たぶんに初成りとして供えたのだろう。

お近くに住まいする人なのか。

訪ねてみたいが1軒、1軒ずつ呼び鈴を押すのもなんだかなぁ。

それよりもここら辺りに電照苺栽培をしている農家さんを訪ねた方が早いかもしれない。

(H30. 1. 2 EOS40D撮影)

初成り御供のモロッコインゲン

2017年01月24日 09時26分04秒 | 民俗あれこれ(初成編)
廃屋になっていた農小屋を撮っていたときのことだ。

下から軽トラが登ってきた。

地蔵堂下の三叉路でUターンを仕掛けたドライバーさんはほっかむりをしていた老婦人。

切り返す度に「危ない」と思わず声が出てしまう。

バック運転が心もとない。

困っている人をそのままにしてけば崖下に落ちる可能性があると思って誘導する。

ハンドルきってアクセル。

バックもこうしてハンドルきりをすると伝える。

何度も、何度も前進、後進切り返し。

なんとか切り抜けた軽トラに積んでいたインゲンマメが気になった。

停車した処はご婦人が住まいする家。

若いもんと同居生活をしているそうだ。

昭和11年生まれのN婦人はいつも畑にでるようだ。

気になったのは収穫されたインゲンマメである。

先ほど拝見した地蔵堂境内に建つ庚申さんにお供えがあった。

それがインゲンマメだったのだ。

もしかとして、と思って声をかけたらNさんが供えたものだった。

インゲンマメはモロッコインゲン。

最近は市場によくでるようになっているらしい。

フライパンで炒めて玉子とじしたらとても美味しいという。

どっさりあるから持って帰りと云われて袋詰めしてくれた。



さらに伺った庚申さんにお供え。

前月の6月12日に訪れたときにもお供えがあった。

それは万願寺トウガラシだった。

お聞きした結果は、それもNさんが供えたもの。

栽培した野菜の初成りにはいつもこうして庚申さんに備えているという。

初穂で稔りの稲穂になるが、婦人が供える野菜の初成りも初穂の在り方。

収穫に感謝して農の神さんに初穂をするということだ。

できれば初穂の姿を撮りたいがいつになるやらわからない豊作を願う在り方に感動した日であった。

(H28. 7.10 EOS40D撮影)

楢町かぼちゃ薬師の冬至カボチャ御供

2015年09月16日 07時30分18秒 | 民俗あれこれ(初成編)
天理市楢町にかぼちゃ薬師がある。

夏場になれば初成りの南瓜カボチャをかぼちゃ薬師こと薬師堂に供える人が居るらしいが、いつ、誰が供えているのか、番をしているわけでもないので判らないと話していた。

癪(しゃく)や耳の病に効いて治してくれると伝わる初成りカボチャ供えは民間信仰。

そのようなことから親しみを込めてかぼちゃ薬師と呼ばれている。

この日は冬至。

南瓜カボチャを食べて柚子湯に入る習慣がある。

緑黄色野菜の少ない冬。

カロチンやビタミンを多く含む南瓜カボチャを食べたら風邪をひかず元気に冬を過ごせるという言い伝えだ。

もしかとすればかぼちゃ薬師に南瓜カボチャを供えているかもしれないと思って訪れた。

薬師堂にはどなたも居られないが、黄色い南瓜カボチャが供えてあった。



思わずシャッターを押した。

かぼちゃ薬師を初めて訪れたのは平成24年の2月

付近に住む婦人は「初成りよりも冬の寒い時期に近隣農家の人が供えていた。お堂の回廊に数々の南瓜カボチャが置いてあった」と話していた。

供えた南瓜カボチャはたばって持ち帰ることが許されていると話していた。

供える人によって時間帯はまちまち。

供えた南瓜カボチャの数量は絶えず変動するようだ。

大量にあったのは随分前の様相。

この日に拝見した南瓜カボチャは1個。

供えたのが1個だけなのか、それとも残っていたのが1個であるのか・・・判らない。

ともかく1個があったのだ。

薬師堂の向かいにあるお寺は融通念仏宗派の興願寺。

5月8日に行われた薬師法会にご住職が法要をされた。

ご住職は不在であったが奥さんが居られた。

薬師法会を取材させていただいたお礼を述べる。

実は前日に冬至の薬師法会が営まれたと云うのである。

営みは薬師講だ。

仕事をもつ講中もおられることから平日では集まり難い。

できることなら日曜、それとも祝日で行いたいと申し立てられて前日に行われたのだった。

かぼちゃ薬師に南瓜カボチャが供えてあったことを伝えたら「参拝やからありがたく貰って帰り」と云われた。

いただいた南瓜カボチャはイトカボチャ(糸南瓜)。

明治時代に日本に導入された夏カボチャである。

水から茹でて20分ほど。

冷水に入れれば果肉がほぐれてソーメン状になる。

その状態からイトカボチャはソーメンカボチャとも呼ばれている。

ちなみに奥さんが話してくれた六斎鉦。

楢町にはかつて六斎講があった。

戦時中に鉦を供出するこもあって戦後に解散したという六斎講。

当時に打っていた鉦が残っていると云う。

蔵にあるはずだと探してきそうだったが、この日は遠慮して後日に伺うことにした。

(H26.12.22 EOS40D撮影)