マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

大晦日の買い出し

2016年08月31日 09時34分48秒 | だんらん
前年は茗荷町の住民がこしらえてくれた七・五・三のシメナワサンをかけた。

今年は、どうするか。

身体具合で気が廻らず市販品の注連縄にした。

かけた玄関ドアは新品。

住む地域の工房で施行してもらった。

全面リフォームはできないが毎日に開け閉めする玄関ドアだけでも綺麗にしたい。

そう、思って発注・工事施工。

出費は53万円。

なけなしの埋蔵金をはたいて新年を迎える門出に相応しい注連縄を飾ったドアを開けたらまだ夜の雰囲気。

以前のドアは緩衝具が破損していてバタン音を立てて閉まったが、新品はすうーーと音も立てずに閉まる。

心臓病の発症に闘病一色に染まった今年の下半期。

大晦日になっても不自由な身であるが、正月料理に食べる食材はここしかない。

低脈拍の身では車を運転できないから息子に頼んで出発した。

向かう先は大和郡山市の馬司町の東側にある奈良県中央卸売市場だ。

自宅を出発した時間は朝の6時15分。



我が家から車で行けばわずか15分で卸売市場に到着する。

夜明け前の時間帯は透明感があるが、広がる雲に遮られていた。

真っ青よりもこのほうが、遠近感を感じて美しく思える。

今回の買い出しはかーさんもついてきた。

前々から一度は卸売市場の情景や売り場商店に品物、買い物客などを見ておいたほうが良いと伝えていた。

あまり動けない私は行かなくてもいいか、と尋ねたらついて来て、である。

買い方はどうしていいか判らない。

市場での買い方を知りたいというのだ。

そういうわけで到着した奈良県中央卸売市場。

時間はきっちり予想通りの6時半。

以前は6時前に着くようにしていたが、前々年からは少し遅らせてもいいだろうと思うようになっていた。

若干の差であるが、ある程度は思うような商店・商品が揃っている。

十分に間に合う。

30分の差があっても安心して買える。

早い話が買い慣れ、である。

一目散に向かった先は「㈱都水産」。

一目散と云っても駆け足ではない。

ダメージをもつ心臓は駆けることは許さない。

ノッソリ、ソリソリ歩く。

元気なかーさんは先を急ぐ。

おっつかないノッソリ歩きである。

どこかのお店が並べている魚介類を覗いていた。

「㈱都水産」はそこではなく、もう少し先だ。

お店につくなり「まいど」。

売り子の奥さんが、来てくれたんやというような表情で返してくれる。

そう、私のことを覚えておられるのだ。

そんなことに驚くかーさん。

面白い顔やから覚えてもらうんやろね、というが、一年に一度の買い物であっても、何度も何度も買っていたら覚えられるものだ。

お店側だったら、たぶんに私もそうなるであろう。

実は存じている売り子男性もいる。

昨年は見かけなかった。

男性は市内山田町の住民。

神社行事でお世話になった人である。

昨年は他のお店で支援していた。

今年は舞い戻ってここにしたそうだ。

同店で買う鮮魚は決まっている。

ブリの肩身である。

腹の部分はお造りに、背は照り焼き用に、裁いたアラは煮物か赤だしなどの汁椀にする。



そう伝えて一尾のブリを早速裁いてくれる大将。

毎年、ありがとう、だ。

今年の肩身値段は税抜き3200円。

昨年並みの値段である。

裁いている時間帯はマグロ買いにうろうろする。

例年、買っていた「㈱法魚」が見つからない。

お店がどこにいったのか、早終いしたのか、それとも閉店になったのか・・・。

仕方なく他店を探し回る。

マグロ買いは絶対必須。

おふくろの要望は叶えるべし、なのだ。

見つからなかった「㈱法魚」近くにもマグロ専門店がある。

そこは冷凍マグロ。大きくザク切りしたマグロがあったが、私の求めるマグロは生マグロだ。

数店舗を巡って1パック500円の値札を貼ってあったお店がある。

それを見たか-さんが「なんでこんなに安いの」と云ったら、売り子が応えた。

昨日は千円だった。

この日は大晦日。

時間帯から云えばそろそろ売り切り時間帯。



ぐんと値段を下げて売っていたマグロは血合いがある。

その売り場にあったパック売りの雲丹に目がいったかーさん。

2500円というから、お正月や、どうせ買うなら3500円と伝えて購入する。

今回はカニのポーションは買わない。

おふくろがわざわざ大阪難波まで出かけてかったはり重の牛肉がある。

しゃぶしゃぶにすき焼きもする。

というわけで、今回はカニ無しである。

カニがなければ・・・ではないが、同じ売り場にやや小型の鮑があった。



1個で500円の鮑は生食できない。

売り子のお勧めはバター焼き。

息子たちは貝類を食べることができない。

アレルギー体質ではないが、子供のころから食べられないようになった。

マグロどころか雲丹に鮑も買ったお店は「㈲古賀商店」。



生マグロを味見させてもらったお店は「㈱丸二商店」だ。



さきほど「㈲古賀商店」で買ったマグロは血合いがある。

それがない生マグロを売っているお店に再び巡る。

もっぺんやって来た「㈱丸二商店」で、またもや一口サイズの生マグロを試食する。



これも買っておこうと決断して、1800円の生マグロを1パック買った。

これもまた、同じように売り子さんの目利きで商品を選んでもらった。

明日の正月を迎える家族は5人。

カナダから戻った次男、東京から帰省した長男に、つい先日まで吐き気・嘔吐で往生したおふくろも。

例年にない大家族?集合になった明日のお正月は贅沢に過ごせそうだ。



鮮魚の買い出しを終えたら年越しそばに載せるエビ天やビッグな玉子焼きを求めて別棟に向かう。

そば麺はすでに買っていたかーさん。

たしか、スーパートライアルだったら5円。

昨年のことだ。

驚く値段に腰が抜けそうだった。

それはともかくエビ天はあるのだろうか。



何度か買ったことのある「奈良県麺類卸売㈱」の売り子に声をかけたら冷凍だけど、あるよ、である。

自然解凍のエビ天なので、今夜が丁度いいと売り子が云った。

太くて大きいエビ天一匹で税抜き130円。



2年前に買ったときはたしか120円だったと思うが、スーパーで買うよりも断然お得なエビ天である。

まとめて5人前の5本で税込700円。

2円もまけてくれた。

最後に求めたお決まりのコースは極上の玉子焼き。

「㈱ビッグウエーブフーズ」は午前2時から店内で玉子焼きこしらえている自家製販売店。



今年は奮発して4本も買った玉子焼き。

一本で税抜き180円。

4本買って税込777円。

印字されたレシートを持っていって、今からフイーバーだね、って云った売り子さんの台詞が気に入った。



卸売市場を出るころは陽が昇る午前7時5分。

気持ちよく戻った自宅で朝食。

昨夜の残り物に、さきほど買った玉子焼きは早速テーブルに載る。

冷たいけど美味しいと皆が云った。

極上の味は今年も変わらない。

そして、だ。

昼食は昨年同様のマグロ丼。

1パック1800円で買った「㈱丸二商店」の生マグロは早速丼に盛られてテーブルに出てきた。



ヤマイモを擦ってぶっかける。

刻みネギに山葵醤油を注ぐ。

がっつりいただくマグロ丼も極上の味。

お店は変わっても旨い生マグロに家人たちは喜んで食べていた。

(H27.12.30 SB932SH撮影)
(H27.12.31 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

豆たん純のチキン竜田おろしポンズ定食

2016年08月30日 08時43分28秒 | 食事が主な周辺をお散歩
診察が終わって会計支払いを済ませた時間帯は午後1時35分だった。

一時間前ぐらいにお腹が減りだしていた。

肺に水が溜まっていてもカチカチに張りだしていない。

2リッター以上も排出すればお腹も元気になる。

会計を済ませたら病院近くにある「得得うどん」でも行くかと考えていた。

それもあるし、診察結果も伝えたいかーさんに、だ。

得得うどんへ行くには徒歩。

食べ終わって駅舎に戻る距離はけっこうある。

歩くよりも時間帯から考えて近鉄郡山前の食事処で食べたほうがいいと云われて戻る。

外来棟前でバスを待てば10分待ち。

直前のバスが出発した直後だった。

次の来たバスに乗って近鉄電車に乗る。

各駅停車に乗って15分。

駅前に着いた。

商店街通りに新しくできた季乃庄は「準備中」。

朝、通りがかりに見た日替わりメニューは800円でコーヒー付きのブリ造り定食だった。

バスの発車時間から換算すればコーヒーを飲む時間はない。

「準備中」にほっとするが、別にダジャレを云ったわけではない。

目指すはほぼ2週間前にも入店した「豆たん純」。

そのときに注文した料理は税込540円の海老天丼だ。

家庭的な味わいに満足したこともあって、この日も同じく「豆たん純」。

とにかくメニューが多い「豆たん純」の夜は飲み屋に変身する。

いろんな種類を揚げる串カツは全品100円。

おでんもスジ串以外のすべてが100円など、酒の肴もあるが、昼間に入店する人はたぶんに定食か丼もの。

私が選んだメニューはミニうどん付きのチキン竜田おろしポンズ定食。

お値段は税込みの760円だ。

お客さんは食べ終わった人が一人で、注文したての人も一人。

なんせ遅くなった昼食時間は午後2時16分の入店。

それなりの人が利用している。

先に運ばれたのはミニうどん。

前回と同じ一枚のカマボコが入ったキツネうどんだ。

それから数分後に運ばれたのが皿に盛ったメインのチキン竜田おろしポンズ。

竜田揚げしたチキンにダイコンおろしがたっぷり盛ってある。

まるで山盛りのようだ。

キャベツは千切り。

マヨネーズが絡んだシャキシャキ感が良い。

チキン竜田はザクッと噛み応えがある。

中身のチキンはジューシー。

揚げた皮が香ばしい。

まろやかポンズとともにいただくチキン竜田は美味しいのである。

炊いたご飯もほくほく。

おかずなくとも添えつけの香物でがっつりいただける。

キツネうどんは前回同様に美味しい。

麺は喉越しよろしいツルツル。

バスの発車時間に乗り遅れないように慌ただしく支払って店を飛び出した。

(H27.12.28 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

豆たん純の海老天丼

2016年08月30日 08時31分17秒 | 食事が主な周辺をお散歩
つい最近のことのようだ。

7月初旬に行われていた中央棟が開設された。

それにともなった売店はコンビニ化したT病院売り場には思うような弁当類はなかった。

仕方なく、である。

退院日に早速となった歩行リハビリを兼ねて駅前を下ることにした。

よちよち歩くリハビリ歩行はまだまだ力が入らない。

一週間も入院しておれば体重は減少する。

減少したのは筋肉である。

顕著に表れるのは足腰の筋肉。

さっさと歩けるようになるには数か月かかる。

そんなことを思いながら駅前に下っていった。

踏切を渡れば商店街。

その一角に移転した季乃庄がある。

私は入院の身になっていたから参加できなかった写真展の後宴。

参加した人たちの声は後日に聞くとして表看板を見た。

そこに書いてあった日替わりメニューは800円。

丁寧な造りだと思う。

予約された客人の名前も並ぶ。

盛況なことだと思った。

さらに下って今月初めに開店したスーパーに行こうとしたときだ。



角地にあった居酒屋メニューのなかに海老天丼540円表示が目に入った。

お手頃価格に釣られて入店したお店は「豆たん純」。

扉は風除けのウオール仕立て。

横にスライドすれば開く。

店内はまさに居酒屋風景。

コーナーに椅子・テーブル席もあるが、リラクッスモードで座れる改造ドラムカンテーブルが三つ、四つ。



3~4人ぐらいの小集団の飲み語りできるコーナーだ。

仕事帰りにちょっと一杯にうってつけの店仕立てである。

席につくなり540円の海老天丼を頼んだ。

数分間待つ間に何人かが入店する。

食べている間も入店する。

団体ではなくおひとりさんである。

配膳された海老天丼には大きな椀に浸ったきつねうどんがサービススに付いてくる。

お新香小皿もあって540円。



さてさてお味はどうかな、である。

始めにすすったうどん出汁。

昆布味だが若干の甘さがあるようだ。

麺はしっかりとしたシコシコ麺。

噛み応えがあるのが嬉しい。

主品は二尾の海老天を盛った丼だ。

天ぷらはプリプリ感たっぷりの海老天の他にカボチャ、インゲンママメにレンコンもある。

サクサク感を味わいながらご飯をすする。

ご飯盛りは少々。

天丼出汁はつゆだくだけに箸には乗らず丼椀に沿って箸で寄せるすすり食べ。

味付けはお好み。

たんまに、お新香も摘まんでがっつりいただいた海老天丼は大満足だ。

うどん麺はやや少なめのミニサイズ量。

うどんは無理だが天丼のご飯は希望によって大盛りもすると話していたママさん。

夜はもっと賑やかになるのだろうな。

(H27.12.16 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

不安な気持ちで正月迎えは耐えられん

2016年08月29日 10時16分01秒 | むびょうそくさい
二日前に病院で注射してもらった利尿剤。

効き目は一発。

およそ1時間は10分おきに尿意をもよおす。

もよおすだけではなく量的にも満足のいく結果が排出された。

翌朝に測った体重は71.6kg。

前日が73.6kgだったので2kgも減ったのだ。

排出した尿は概算で3400ml。

体重差とは一致しないが上出来の体重減である。

ところがだ。なんとなく胸が突っ張るようだ。

見た目はあまり変わらないが、出っ張っていたお腹は硬さもとれて若干に緩みもでた。

動きによっては呼吸しにくいときもある。

この感じはなんとなくぜんそくに近い症状だ。

それで思いだす僧帽弁逸脱による弁膜異常である。

弁の異状で逆流した血流は水となって肺に溜まった。

息苦しいどことか、このときは呼吸困難状態。

息することもできない状態だった。

苦しさはそこまでいかないが、息苦しさはある。

これを治すには利尿剤の力を借りなければならない。

二日前は即効性のある注射で排出した。

翌日からは同じ効能の利尿剤であるがじわじわ効く錠剤タイプ。

小便の回数は多かったが量はそれほどでもなかった。

回数が多いから家のトイレに入ったり、出たり、である。

このまま正月を迎えることができるだろうか。

排出しても溜まる水量が多いのか。

そういえば二日前の診察では排尿後のレントゲンは撮っていない。

なんとなく不安を感じた。

この日の朝の体重は71.2kg。

前日よりも400gも減っているではないか。

これだけでは安心はできない。

足の浮腫みを見てみる。

指で内側を押せばペコンと凹む。

あっちゃこっちゃ押せば凹みだらけになる。

白いグリ―ンにオンゴロ(モグラの呼び名)が住み着いたかのような穴ぼこだらけ。

例えは悪いが、なんとなくそう思った。

昨日よりも心配度は下がったが不安さが残る。

残っても仕方がないのでこの日も出かけた外来棟。

年末診察のラストデイだ。



天理駅発のバスに乗る。

前回に乗ったときは満席以上だった。

ラストデイは半分ぐらいになっていた。

この日は予約診察ではないから受付で循環器内科を選ぶだけだ。

受付に行けば、どうしたのですか、と問う。

これこれ、かくかくしかじか・・・、前述に書いたようなことを伝える。

しばくすればレントゲン撮影検査が入った。

撮影を終わって済みシートを返却した場を振り返る。

どこかで見たようなお顔だ。

こっちを見た男性もそう思ったらしく、お互いが声をかけた。

「どこかで見たような・・・」に返した地は「南矢田」。

お互いがはっきりと思いだした。

男性曰く、「写真家の・・・」だ。

「1月31日のトンドにまた来てや」であるが、現在こういう状況では・・。

それから待つこと1時間半。

診察待ちの人は溢れる一方だった。

その間にもよおした小便は4回。

だいたいが30分~1時間間隔の9時50分、10時30分、11時25分、11時55分だった。

それからしばらくしたら呼び出しがあった。

この日の外来を受け持つM医師が診察してくださる。

二日前に診断したレントゲン状態から変化はあまり見られないという。

膨満でカチカチになっていたお腹は柔らかくなってきた。

足の浮腫みもややましになった。

体重が2kg減であれば、とにかく利尿剤を服用し続けて経過観察するしかないというのだ。

他の薬に依存せず、溜まった水を減らし、自然体で脈拍上がりを待つしかない。

いわば様子看いである。

7月に入院したときの初期治療も利尿剤だった。

呼吸困難になった原因は壊れた僧帽弁によって逆流した血流が肺に溜まった水だ。

水を流すには利尿剤しかない。

入院したときは一週間ほども点滴利尿剤で排出した。

今は自宅での経過観察。

服用する錠剤の利尿剤が利いて完全に水が抜けるまで待つしかない。

それには脈拍の復活が重要なのだ。

アンカロンの効き目は呪いをかけたように未だに効いている。

何時という目途はまったく立っていない。

昨夜は相方ドライバーにこういう状態であるから交替をお願いすると伝えた。

診察を終えたこの日は仕事先の院長婦人にも伝えた。

(H27.12.28 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

膨満・足浮腫み異常事対応処置

2016年08月29日 09時57分52秒 | むびょうそくさい
朝、起きて足を視る。

浮腫みがある。

前々日、前日から見れば過去最大の浮腫み状態。

指で押したらペコンと凹んで戻りが悪い。

出っ張ったお腹に張りがある。

張り切ってきるような感じで硬い。

膨満な何かが内部に溜まっているようだ。

驚くべき変化で、日々うなぎ登りの体重が身体異状を伝えている。

あらためて記録帳の頁を繰った。

退院した12月16日は67.2kg。

17日は前日より1.0kg増の68.2kg。
18日は前日より1.8kg増の70.0kg。
19日が変わらず70.0kg。
20日は前日より0.8kg増の70.8kg。
21日は前日より0.4kg増の71.2kg。
22日は1.4kg増で、一挙に上昇した72.6kg。
23日は0.4kg増の73.0kg。
24日は逆に0.6kg減の72.4kg。
25日は再び上昇して1.4kg増の73.8kgだ。

目覚めて測る体重。

この日の朝は73.6kg。

安定している状態であるが、膨満・硬さがあるお腹に浮腫みがあれば、もうこれは異状そのものである。

僧帽弁形成手術を無事に終えて8月15日に退院した。

退院後は自宅で経過観察。

毎日の体重を徹底して測っておいてくださいと云われていた。

体重も含めて『わたしの生活習慣手帳』に記入して、増減状態を見ておいてくださいということだ。

医師からこのときに伝えられたのは、体重が一日で1kg以上も増加したときは要注意サイン。

入院したときと同じように身体に水が溜まっている可能性がある。

異状は体重の増減に現われるというのだった。

退院直後の数日間はそれらしきの体重増になったが、そのうち落ち着いて徐々に増えていった。

今回、入院した12月8日の体重は70.4kgだった。

それくらいの体重で推移しておれば問題はない。

ところがだ。前述したように記録した体重増に膨満。

しかも血流不良の浮腫みまである。

例えば、前かがみで靴下や靴を履くときは息苦しくなる。

それどころか、前かがみになったとたんに下がった頭に血が上る。

うっ血しているような感じになるのだ。

ここ数日前からは大きな深呼吸もしにくくなった。

もしかとして体内に水が溜まっているのかも知れない。

そう、思った。

僧帽弁異状のときの溜まり具合とは少し違う。

そのときは突然の呼吸困難だった。

膨満もなかった。

場所が違うように思えるが、こうなれば医師に看てもらうしかない。

二日前に診察を受けた血管外科医は膨満状態や体重増を訴えても何ら動かなかった。

私としては胸部レントゲンを撮って水が溜まっているかどうか検出してほしかった。

血液検査の結果では特に異状を示すものはないと伝えられて帰宅。

それから二日経っても解消されない。

来週の28日は年末最後の外来日。

待っているには耐えられない状態に緊急電話をする。

架けた電話は代表電話。

繋がって総合受付に廻される。

これこれ、かくかくしかじか。

現況の膨満、体重増、浮腫み、息苦しさなどの症状に加えてこれまでの経緯として二度に亘る入院・手術・処置・退院・経過観察・通院状況などなどを伝える。

当直の医師に私が伝える状況を繋いでおくから直ちに外来棟に来てくださいという。

採血検査などがある関係で受付時間は指定された。

10時に来てくださいと云われるが支度するには時間がかかる。

出発して外来棟に着くにはおよそ40分もかかる。

その旨を伝えて次男の運転で病院に向かって走った。

先ほど電話でお願いした者ですが、と、外来受付で名前を告げたら、名前一覧を確認されて診察シートを発行された。

診察の受付は総合内科。

平日であれば総合内科の医師が交替して診察にあたる。

この日は不定日。

当直の医師は固定していないが、たまたま当直されていたのは入院加療していた循環器内科の医師だった。

検査の前に看護師の問診による予診。

血圧に体温測定(36.8度)をしながら異常な状況を伝える。

実は二日前に血管外科診察で採血検査した結果は特に何もないということだったと伝える。

記録帳に書いている体重の変位や膨満なお腹の出具合などを訴えても看てくれなかったことも伝えたら、看護士が云った。

血管外科医師の範疇でない症状であるから、それ以上の診察はしないという。

そういう場合は直ちに循環器内科へ診察願いをすれば良かったというのだ。

そういう仕組みであることは存知しない。

今日、初めて知った仕組みである。

血管外科医師はそういう仕組みについてのアドバイスもなかった。

アドバイスがあれば、24日に循環器内科の診察ができたであろう。

苦しみに耐えた二日間は辛かったが、そういえば、入院措置はいろんなことを教えてもらったが、外来の仕組みや在り方は誰からも教わっていない。

どこかに本日知った方法が載っているのだろうか。

しかもだ。看護師曰く、月曜から金曜までの平日は、必要と思われる診察科の窓口で受け付けているというのだ。

本日は土曜日。

突然、来館されても受付はできないそうだ。

土曜など休日対応は急患受付。

この日のように前もって電話を架けて症状を訴えることから始まるようだ。

そういう対応であるが、対応できる患者さんはすでに診察カードが発行され、診察或は入院加療をしていることが条件である。

イチゲンサンの受付はしないようだと、隣に座っていた診察待ちの付き添い人が話していた。

10時40分、診察の呼び出しがあった。

私にとっては初見であるE循環器内科医師が問診される。

記録帳を見せて体重増を伝える。

足の浮腫みも看てもらう。

履いていた靴下の食い込みがすごい。

長年生きてきたが、こんな状態を見るのは初めてだ。

前かがみになれば息苦しい。

圧迫感もある。

大きく息を吸い込む深呼吸はし難い。

目まいもなく怠さも感じない。

小便、大便の通じは良しだが、食欲がない。

そういった症状を医師に訴えたら、おそらく何らかの心不全に陥って体内に水が溜まっているようだと云う。

医師の指示によって、採血、胸部レントゲン、心電図検査を行う。

三種検査は10時50分から11時15分までかかった。

平日であれば、検査に診察に多くの患者さんが待っているフロア。

この日は土曜日。

椅子に座って待つ患者さんは診察室前に数人だ。
 
検査結果が医師に廻って呼び出した時間は11時40分。

心配そうな顔で付き添ったかーさんともども検査結果を聞く。

原因は脈拍が遅いことにつきる。

入院・処置直後の脈拍は30拍台。

そのときよりは上回る40拍前後の脈拍であれば、心臓ポンプがおっつかず、体内で交通渋滞を起こして体内に水が溜まる状態になっている。

ポンプも力弱いのだが、溜まった水を吐きださなければならない。

吐きだすには利尿剤が大切な処置方法になる。

これより利尿剤の注射をする。

どれぐらいの尿が排出するのか判らないが。

1時間から2時間ほどかけて尿量で状態を判断する。

この処置が上手くいけば、明日以降は自宅で利尿剤を服用することになる。

万が一の場合がある。

注射した利尿剤の効き目はなく、溜まった尿が排出されない場合である。

そういう場合は短期間になるが入院処置となる。

利尿剤の注入と並行しながら低い脈拍を上昇させる心臓ペースメーカーの助けを借りなくてはならないというのだ。

ペースメーカーとは別に脈拍を上げる薬剤はあるにはあるそうだ。

退院時にその対応をしなかった主治医は意図があるようだ、という。

というのも、脈拍値が低いのは服用していたアンカロンの残留効き目である。

残アンカロン薬が体内にあると判って脈拍を上げる薬剤を飲めばどういうことになるか。

どのような副作用が現われるか予想できない怖さがある。

私だってしたくない措置だ。

薬剤によって脈拍を上げたり、下げたり、再び上げたりは御免被る。

そんな話しを聞いてから別室で利尿剤注射をしてもらう。

準備が整うまでしばらくお待ちください、だ。

その間にもよおしたお小水。

色は薄い黄色で変わりない。

利尿剤はラシックス20mg液。

少量である。

12時15分のことだ。

看護師から預かった尿瓶を片手に待つもよおし。

効き目はすぐに働いた。

12時20分、1回目排尿量は150mlだった。
12時30分、2回目排尿量は180ml。
12時40分、3回目排尿量は200ml。
12時50分、4回目排尿量も200ml。

順調に排尿しているようだ。

お腹が少し軽くなったように感じる。

頭をぐっと下げたら、うっ血もましだ。

13時、5回目排尿量も200ml。

13時10分、E循環器内科医師の診察。

排出した尿量は満足をいく状況であったという。

これまで5回の排尿だけでも930ml。

注射して50分間での総量は十分ではないが、判断できる材料になった。

携帯型のペースメーカー装着や入院することもないという。

この日の処置は利尿剤の注射であるが、次回の1月12日までは、自宅で服用する錠剤の利尿剤でお腹や肺が満水にならないよう調節する。

ラシックス利尿剤は注射であっても、錠剤であっても同じ効き目だそうだけど、錠剤服用の尿意はじわじわらしい。

なお、利尿剤を投与することでカリウムが不足するようだ。

果物や野菜は食べていますか、と問われた。

果物はバナナが多くて今の季節はミカン。

果物は食べたいが高めは手を出せないと云ったら、医師は笑顔で返した。

野菜は毎日食べている。

云われたとおりの一日6g限定の塩分含有量。

野菜たっぷり具材の塩分薄めの味噌汁を食べている。

最近は味噌ではなくダシが決めての汁椀。

あったかいーんだから。

何が云いたいかって・・。

つまり、カリウムを補う薬剤を要するということだ。

処方箋は朝晩各1錠のスローケーだ。

次回の循環器内科の診察日は年明けの1月12日。

その日数分の利尿剤とカリウム補充薬を調製された。

脈拍の上昇は気長に待つしかない。

万が一、脈拍なども含めて異状があれば緊急連絡をしてほしい。

電話で循環器内科の診察を受けている何某と伝えれば判るようになっていると話す医師。

優しい言葉に心遣いに感謝する。

なお、自己発生のP波はごくごく僅か。

消えていることもある。

低空飛行のままの脈拍。

まだまだ安定していないと伝えられた。

医師の診察を終えてもまだまだ続く利尿剤の効き目。

その後も短時間にもよおす。

13時20分、院内で排出した6回目排尿量も200ml(感覚目分量)。
13時30分、7回目も同じく院内での排尿量も200ml(感覚目分量)。
14時、帰路途中にもよおす。道中にあるコンビニ店のトイレをお借りした8回目排尿量は150ml(感覚目分量)。
14時30分、自宅に戻った9回目排尿量は150ml(感覚目分量)。
15時、10回目の排尿量は150ml(感覚目分量)。
15時50分、11回目の排尿量は150ml(感覚目分量)。
16時40分、12回目の排尿量は150ml(感覚目分量)。
18時、13回目の排尿量は150ml(感覚目分量)。
19時15分、14回目の排尿量は150ml(感覚目分量)。
20時、15回目の排尿量は150ml(感覚目分量)。
21時、16回目の排尿量は150ml(感覚目分量)。
21時40分、17回目の排尿量は150ml(感覚目分量)だった。

この夜は3度もトイレに行った。

眠りは浅いこともなく久しぶりのぐっすりだった。

苦しさはまったく感じない眠りが嬉しい。

翌朝の起床時に一回。

利尿剤適用後の排出尿の総計はおよそ3400mlにも達した。

息苦しさは消えたがお腹のでっぱり具合はまだある。

足の浮腫みもまだまだ。

脈拍が上昇する兆しはいつやってくるのか。

カメさんの動きよりも遅い日々の回復の目途は立たない。

(H27.12.26 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

退院後の経過観察

2016年08月29日 09時17分14秒 | むびょうそくさい
電極カテーテルアブレーション処置を無事終えて退院した。

完全なる退院ではなく経過観察状況の診察と心臓リハビリである。

退院してから8日目は祭日明け。

翌週ともなれば年末・正月を迎える。

経過観察で一番重要なのが脈拍数の状態である。

ここ数日間は41拍ぐらいの脈拍数だ。

就寝時に首から感じるドキドキ感はまるで杭打ち作業の音だ。

ドン、ドンの繰り返し。

脈拍が100拍だったころはマシンガン。

ぐっと下がった40拍前後は杭打ち音になる。

8日も経ったが一向に改善される方向に向かわない。

この脈数であれば車の運転はできない。

退院後は目まいもなくしんどさもあまり感じない日々を送っていた。

ところが気になる状態が急に上昇しだした。

体重である。

上昇を願っていりのは脈拍だが、相変わらずの低空飛行。

それに反して体重は急カーブする。

最近の傾向は驚くべき変化である。

12月19日は70kg。

20日は70.8kg。

21日は71.2kg。

22日は一挙に上昇して72.6kgだ。

体重計が不安定とも考えられるがお腹が出てきたのもこれくらいの日だった。

23日は73.0kg。

出っ張ったお腹は膨満状態。

気になったのはお腹を押さえても強く反発する硬さだ。

みぞおち辺りを強く押せば痛みを感じる。

イ、タタタ、というような痛みではない。

ぐぐっとくる痛みである。

無理に押しているせいでそう感じるかもしれないが、である肝臓がどないか、なっているのだろうか。

立っているときやパソコン椅子に座っているときはほぼ感じない頭の重さ。

例えば、であるが、靴下を履くとき、靴を履くときなどお腹が出っ張って苦しいのである。

そのときの頭の常態といえば血が遡って充血状態のような感じになる。

呼吸は大きな深呼吸はやや胸苦しい。

診察で看てもらいたいのはもう一つある。

それは口臭だ。

かーさんも次男も臭いと云いだした。

話したときだけでなく、近寄っても臭いというのだ。

臭い口臭は体臭にも蔓延している。

そういう場合は愛用しているミントタブレット錠を口に放り込む。

1個では足らないから2個にしてよと云われるが、体臭は消えない。

たぶんに原因は判っている。

奈良交通バス、近鉄電車、奈良交通バスを乗り継いで外来棟に着いた。

乗り継ぎの距離は短いが、電車の時間待ちは長い。

驚いたのは地元の木島停留所で乗ったバスだ。

普段ならごく数人しか乗っていない。

ところがこの日は先に乗っていた人たちでほぼ満席になっていた。

その人たちは小学生か中学生。

座席に座りながらもゲームに熱中。

団体でどこへ行こうとするのか・・・。

知ってどうするのか・・と思って子供たちを見送った。

近鉄電車は途中駅の平端駅で乗り換え待ち。

10分ほど待って乗り換える。

平端からは急カーブを描く線路。

周りは田畑が広がる。



向こうに見えた墓地横の空き地。

今年の2月1日の朝に行われた長安寺町のトンド場だ。

懐かしい田園を車窓から眺めていた。

終点駅で降りてJR奈良駅行きのバスに乗る。

なんと、このバスも満席だ。

乗客はどこへ行こうとしているのか。

年齢、服装などから推定する。

間違いなく私が目指す外来棟と同じなのだ。

診察する外来棟までの往復は心臓リハビリを兼ねてであるが、ほとんど歩いていない。

だが、バス、電車の乗り継ぎが難なくできたのが嬉しいのだ。

歩行速度はノロノロ。

それでも間に合った乗り継ぎ。

余裕をもって実行できたことによろこびを感じる。

いつも通りの受付を済ませて採血をする。

当初の予定では採血検査はなかった。

心臓血管外科診察は問診だけであったのだ。

ところがだ。3日前に病院から電話があった。

何事かいなと思ったが、採血検査の案内だった。

予定していた診察時間は11時半。

一般的な採血検査の結果は通常1時間から1時間半もかかる。

診察時間から数えて10時に採血を済ましておいてくださいと連絡する電話だったのだ。

その時間に合わせてバスや電車の乗り継ぎ時間を設定していた。

交通機関は遅れることもなく、外来棟に辿り着いた。

採血はいつも通りの4本セット。

検査結果が出れば診察が受けられる。

心臓血管外科診察の受付を済ませてコールを待つ。

待っている時間は証明書発行のお願いをしておく。

加入している奈良県民共済生活協同組合/全国生活協同組合連合会宛てに送付しなければならない『診断書兼入院証明書』だ。

入院期間は12月8日から16日までの9日間については入院給付金を受け取ることができる。

ささやかな金額であるが、支払った治療費、入院費から差引すれば若干の負担感が消える。

入院証明書の発行はある程度の日数を要する。

年末・正月を挟む時期だけにもっと多くの日数がかかるだろう。

出来上がり通知は電話で伝えるか、それとも郵送するか。書類ができる日と通院診察日と合えばいいが、差異があるなら給付請求が遅れてしまう。

郵送をお願いしたら送る封筒に住所・名前を記入してくださいだ。

もう一つ、切手代も請求される。

当然のことである。

入院証明書作成料金は別途扱いだ。

覚悟はしていた予定時間の11時半。

それより30分早い11時に呼び出された。

血液検査の結果でいえば、特に問題はみられないということだ。

ヘモグロビンは9.8。

若干、基準値より下がるが鉄分補給剤は続行である。

気になっていた口臭のことを尋ねてみた。

たぶんにそうでしょう、ということだ。

なんなら一般市販品に替えましょか、と云われてもなぁ、である。

気になっていた肝臓関係の値も尋ねた。

数値結果をみる限り特になにもないということだ。

体重が増加傾向にあると毎日記入している健康手帳をM医師)に見せたら入院中に撮った胸部レントゲン映像を映し出した。

この日のレントゲン撮影はもともと予定されていない。

次回の1月12日には循環器内科の診察日。

採血、レントゲン、心電図の3本セット。

そのときにでも、というような回答で、経過観察を続行するということだ。

ちなみに血管外科医師に今回入院・処置した電極カテーテルアブレーションや脈拍低下を生み出すアンカロンのことを話しだしたら、「それらは外科内科から循環器内科に委託した処置であり、どのような処置・対応しているのか、詳しいことの一切は判らない」という。

科目組織が違えば、そういうものだと思ってはみたものの・・・不安は残る。

ちなみに診察室前にある血圧計。

測った血圧は146-74で脈拍は40拍だった。

診察が終わって昼食を摂る。

この日は午後1時半から心臓リハビリ。

これまで通算して5度目のリハビリだ。

始まるまでに食事をと思って院内売店をウロウロする。

隣に軽食喫茶がある。

食べてみたい麺類もあるが、売店はコンビニで売っているようなおにぎり、弁当、パン食がある。

お気に入りはない。

売店には豪華なにぎり寿司や鯖の棒寿司もある。

品数はとても多くて目移りする。

手ごろな値段は巻寿司であるが、本日は税込880円の「冬の三色ちらし」に決めた。

製造者は奈良市法華町にある梅守本店のようだ。

院内で食事を摂っている人は割合多い。

丸テーブルを四つの椅子が囲むような場がある。

食事をしている人もおれば、居眠りしている人も。

休憩所と思われる一角はそれぞれの階にある。

空いている処を求めてフロアーを移動する。

ここ数日前から膨満状態になっているお腹。

出すぎとも思える不格好さ。

お腹が減ってもいないのに箸を持つ手が伸びる「冬の三色ちらし」。



中央に2個の巻き寿司と1個のいなり寿司。

左右のボックスにはズワイガニの身をほぐしたカニちらし。

イクラや錦糸卵を振りかけている。

もう一つのボックスは小さく切った鰻のかば焼き。

白ゴマを塗している。

鰻飯はタレを煮込んだ寿司飯。

三色ともおいしくいただけたが、塩分含有量が明記されていないのが残念だ。

午後1時、受付が始まった心臓リハビリ。始めに測った血圧は140-68。

脈拍は変わらずの40拍だ。

久しぶりにお会いするGリハビリ療法士はカテーテル処置を終えたその日の夜にわざわざ病室まで来られて見舞ってくださった。

ねむり薬の効き目で夢見心地だったのでアイ・コミニュケーションしていた。

それから2週間後のこの日。

私の顔を見るなり肥えたな、である。

お腹の出具合を視て循環器内科のK医師をコールしておきましょうと云う。

K医師は心臓リハビリも担当している。

毎度、訪れる訓練日にはいつもおられる。

リハビリ中も気にかけて体調など気配りしてくださる。

いつも通りの心電図装着。

今までは波形を意識していたが、さらに細かい波形でいえばP波。

入院中にY医師から教わった波形の見方。

自己発信しているかどうか、である。

わずかであるが波形にP波が見られた。

このときだけかも知れないが、まずは一安心だ。

始まりは整備運動にストレッチ運動。

整備運動は負担感もなく楽々であるが、ストレッチはきつい。

自分自身が判断して回数は少なめに抑えておく。

このときの脈拍は激しい動きになったときに上昇する。

場合によっては57~61拍にも上がる。

上がった瞬間に戻って40拍。

これの繰り返しだ。

ここでふと気がついた。

しゃべっているときは50拍以上になる。

脈拍が活性しているような感じで苦しさは抑えられる。

そして、いつもの自転車エルゴメーターのペダル漕ぎ。

最初はいつも通りのワーク10。

特に負担はない。

しばらくしてぐんと上がって30ワーク。

きついのである。

もっと落としてと願って20。

やや楽だ。

回転数は47~50を保ってペダルを漕ぐ。

この間の血圧は151-75。

脈拍は41拍だった。

ちなみに靴下痕もなく、足のむくみはない。

お腹の膨満原因は掴めなかったが、体調に合わせて負担のないような経過観察・生活をしてくださいということだ。

(H27.12.24 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

あわや腸閉塞

2016年08月28日 08時30分05秒 | むびょうそくさい
私が入院するからと云って大阪からバス・電車を乗り継いで奈良にやって来たのは12月8日だった。

おふくろはいたって元気印の89歳だ。

8日は私が入院した初日だ。

翌日の9日が電極カテーテルアブレーション処置になる。

その日の朝に泊まっていた我が家でおふくろは嘔吐した。

地元のU診療所で看てもらって点滴処置をしたそうだ。

10日、11日、12日も吐き気をもよおす絶不調。

13日はややましになったものの14日は最悪。

診療所よりも設備の整った地元のT病院で看てもらうことにしたそうだ。

このとき診察した内科医師は、私が7月に入院したときの循環器内科のM医師だった。

撮ったレンドゲンの状況で判明した体内大便詰まり。

そのまま放置すれば腸閉塞になってしまう状況にあったと伝えられた。

治療は、といえば、点滴に浣腸だ。

吐き気や嘔吐の原因は大便詰まり。

体内に溜め過ぎた残留便に跳ね返されて嘔吐になったという。

塊のような感じの残留便詰まりだったそうだ。

つまりは、腸炎であるが発熱はない。

翌日は我が家で嘔吐。

浣腸をしても出つくしてはいない。

自宅でもしてくださいと云われて浣腸器で刺激した15日。

翌日の16日は私の退院日。

おふくろは午前中に連れて行った病院でまたもや浣腸処置。

我が家に戻ったらおふくろは寝込んでいた。

体力消耗の毎日に心配はするが、自力で排便するしかない。

この夜は期待が叶って排便した。

翌日の17日は再び嘔吐。

朝に晩に、である。体調が良うなったときは少量のおかいさんが食べられるが、この日の晩は激しかった。

水分が欲しいと願うおふくろ。

私が入院棟で使用していたストロー付きカップで水を飲む。

便の実態はなく、シャーと勢いよく排出する水のようだったというおふくろ。

どうやら飲んでいた下剤も効いて下痢症状を起こしていた。

水を飲んでから数時間後は吐き気をもよおして嘔吐する。

ティッシュペーパーで拭った嘔吐に実態はなく水分である。

その色は薄めの黄色。

のちに病院看護師に聞いた話しによれば胆汁だった。

食べていないから吐きだすものは胆汁だけになっていたのだ。

体力を消耗しているおふくろの身体はもつだろうか。

我が家で看護するのも限界がある。

むしろ病院看護に預かってもらうわけにはいかないだろうか。

そのほうが安心できるのだが・・・。

そう思って翌日の18日にも来院したT病院。

主に看てくださっていたM循環器内科医師の見立ては入院看護だ。

予め決まっていた腸エコーや胃カメラ検査は12月22日。

それまではご家族も安心できる病室に泊まってもらって看護するという。

ありがたいお言葉にほっとする。

ひとまず案内してくださった病室は利用料免除の個室部屋だった。

12月22日に行われる腸エコーや胃カメラの結果が判明するまでは個室。

病院都合ということで利用料(一日・一万円)は免除されたのだ。

個室の入室は入口供えつけの消毒薬で手を綺麗にする。

感染症防止のためには殺菌服の着衣も要すると看護士が伝える。

万が一を考えて、嘔吐、下痢症状がみられるおふくろが入った個室からノロウイルスが他の病室に広がらないように隔離した措置である。

入院時間帯は丁度のお昼時。

前日は下痢に嘔吐でなにも口にしていないおふくろ。

昼食が配膳された料理の香りで胃袋が触発されて「食べたい」と起き上る。

食べ終わった配膳はノロウイルス対策が講じられる。



食べ残した料理は袋に入れて滅菌処置。

密封されて個室内トイレに一時的保管する。

椀やお皿に膳も、すべてをナイロン袋に詰め込む。

これもまた万が一の措置である。

医師や看護師は当然であるが、看護する家族も同様に手洗い消毒に殺菌措置をして入室しなければならない。

入院当日に世話してくれた看護師は九州大分県出身のNさん。

訛ですぐに出身地が判ったというおふくろとかーさん。

たいしたものだ。

病名は「腸炎・脱水」である。

病院食の昼ご飯で胃袋を満たしたおふくろは3時間経過してもなんら異状もみせない。

もう大丈夫だろう。

医師もなぜに嘔吐するのか異常を示すデータがないという。

処、環境が変わったからなのか、さっぱり判らない。

ひとまず安心して自宅に戻ったかーさんと次男。

まずは安堵する。

病院からは特別な電話もなかった。

なにごともなく一夜を過ごしたと思っていた。

翌日19日の土曜日午後はかーさんが病院に向かった。

帰宅したのは午後4時半だ。

真っ暗になる前に帰ってといわれて帰路についたそうだ。

見送ったおふくろ。

実は異状があった。

昨日は私たちが帰ったあとだ。

19日は午後の昼前に異状があった。

嘔吐があったのだ。

昨日は主治医の医師に伝えた入院中の嘔吐。

何故が判らず、原因は不明。

22日に行われる胃カメラを待つしかないのだろうか。

12月20日は私が出向く。

リハビリを兼ねた歩行訓練に歩きを採用する。

病院までは自宅より片道2、3キロメートル。

元気なころは30分で到着するような距離。

万全な身体でない今の歩行時間は40分である。

おふくろの話しと看護記録によって状況が徐々に判ってきた。

18日は夕方の食事は配膳後の嘔吐で食べられなかった。

19日は朝昼とも食べていた。

夕食は吐き気があったが、嘔吐はなかった。

20日の零時、2時、5時の夜中である。

三回の小水に目が覚めたようだ。

起床して歯磨きをしたが、そのときに吐き気をもよおしたこともあって朝食は抜いた。

11時に点滴針の差し替えがあった。

若い看護師さんは不慣れ。

何度も何度も挿すが上手くできない。

ベテランの看護師さんが交替してなんとかおさまった。

点滴は薬剤でなく私でも判る栄養剤だ。

その後の昼・晩食は吐き気もなく食べたと話していた。

21日、朝は絶食で11時に腹部・骨盤こう造影CTスキャンが行われる。

検査は負担がかからないCTスキャン。

およそ10分後には病室に戻った。

寒いと云った病室は講じていたノロウイルス対策は解かれた。

菌は検出されないことから解除されたのだ。

そういうこともあるし、スキャン結果も特に問題は見られず、午後は大部屋に移った。

昼・夕食とも美味しく食べたというおふくろの様子は元気を取り戻す手前まできたようだ。

22日は朝の9時から腹部エコーに胃カメラ検査が行われた。

連続で実施されて30分後には病室に戻ってきた。

疲れたのかひと眠りしている間に主治医を見かけた。

声をかけた主治医は7月入院のことを覚えていたようだ。

丁度いい時に遭遇した。

検査結果もでているので現状を説明しましょうといってナースステーションに案内された。

医師がいうには大便が溜まって腸閉塞なりかけていたが、浣腸や薬剤投与で完全に除去した。

が、である。

その後の数日間の嘔吐は投与した薬剤が効いた関係にあるという。

食事を摂っても、お通じがないのは便が溜まってないからだ。

検査結果に異常は認められない。

若干のポリープがあるものの特にとるほどでもない良性型。

腎臓、肝臓も悪い所はない。

大腸検査することもなく、昼食を済ませて支払い手続きができたら帰ってよし、と伝えられた。

ただ、退院後については、野菜繊維質の食事をするとか、朝食後は歯を磨くとか、である。

毎日がもよおさなくとも便器に座る。

シャワーで刺激を与えることで大便が出る。

また、市販の乳酸菌のビオフェルミンや森永・森下仁丹サプリを飲んで腸を動かすとか、適度な運動をしてください、ということだ。

おふくろの毎日の生活でできていなかったのは、乳酸菌と便器シャワーだけだ。

乳酸菌は嫌いなほうではない。

たまに食べている。

住まいする住居の便器はシャワーがない。

気持ち悪いからと云って、我が家に来たときも活用しないぐらいだ。

むしろ、食べ方が早いのが気にかかる。

口をモグモグしている最中にもおかず取りに箸が動く。

摘まんだ料理はモグモグしていても口に放り込む。

なんせ、早いのである。

もっともっと、細かいこともあるが、ここでは書かない。

医師が云ったことを本人に伝えたら、懲りたので守って生活しますという。

そんなあれやこれやで11時は介護士による入浴があった。

綺麗さっぱりになったおふくろはほくほくしていた。

私といえば、廊下や病室を出たり、入ったり。

何もすることがない。

そこに通りがかった外科専門のS循環器医師。

転院を勧めた医師だ。

その後の状況はかくかくしかじかと報告させてもらったら、脈拍が37であるなら、心臓ペースメーカーの装着を要する。

その場合になれば当院でも処置できるからと云っていたけど・・・。



それはともかく我が家に戻ったおふくろは体調が戻るまで療養することにした。

翌日の23日は自宅周辺に建つ県立病院の工事を見られる位置まで歩いたそうだ。

地道の坂道に疲れたのか戻ってぐったり。

一挙にしてはならんということだ。

歩けると自覚したおふくろは大阪住之江に戻りたいと申し出た。

元気な身体に戻ってきた証拠である。

数日後の29日にはしゃぶしゃぶ肉を買いに行きたいと電話で伝えるおふくろ。

お正月は再び我が家。

そのときに食べるすき焼き肉も含めて買い求めにでかけた処は難波。

こりゃあ、完全復活だわ。

(H27.12.18・・・22 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

二度目の入院は9日目に退院

2016年08月27日 11時38分55秒 | むびょうそくさい
今朝の体重は67.2kg。

体温は36.2度だ。

脈拍はまたもや下がって37拍になった。



8時50分、Y医師による入院最後の往診。

就寝中の脈拍は20拍台になっていたという。

低下がみられるものの、本人が苦しさもしんどさも感じなければ特に問題とするものではないという。

実は、私が当病院に入院すると聞いたおふくろが体調不調に陥っていた。

8日に我が家で晩食を堪能したおふくろは翌日の9日朝に嘔吐をし出した。

元気もなく住まいする地元のU診療所で診察を受けて点滴処置をした。

その後も吐き気や嘔吐が続く毎日であった。

この日に私は退院するが、おふくろは絶不調だ。

14日にはこれもまた在住する地元のT病院に移して循環器医師に看てもらった。

その日は点滴に加えて浣腸も施した。

つまり、である。

撮った腹部レントゲンを視た医師が云った。

溜まった便で全体を覆うよう真っ黒け状態に下剤を飲ませて浣腸したらしい。

体内に残留した便はあまりにも多い。

遅ければ腸閉塞に陥ったかもしれないと医師が云ったそうだ。

その医師は7月に私が入院したときの主治医だった。

15日の夜は泊まっている我が家で浣腸をした。

本人自身はできない身体だけにかーさんが支援したそうだ。

16日も病院行き。

3度目の浣腸をしたらしい。

このままでは回復の見込みはないと思ったかーさん。

すがるように電話をしてきた。

ここの病院を止めて私が入院している病院に連れて行ってほしいと云うのだ。

ストレスは溜まって爆発した発想は転移であるが、それは可能なのか、病院に問合せをしてほしいという電話だった。

実はと切りだして、それとなく相談したY医師の回答は紹介状さえあれば当院の診察が可能、飛び込みであれば不可と断言される。

飛び込みであれば、なにかととやかく細かい一部始終を問診する。

それから検査、治療になるが、住まいが奈良ではないおふくろ。

直の受付はしないだろうという。

望ましいのは処置されている現病院で紹介状を書いてもらうことだ。

ここに至るまでの経緯や身体状態も掴んでおられる医師が伝える紹介状があれば、早めの対応ができるのだ。

相談にのってもらったことを感謝するとともに、回答をかーさんに伝える。

電話口の様子ではなんとなく落ち着いたように感じた。

最後に対応してくださったI看護師にさまざまな退院手続きをしてもらう。

退院後の次回受診は12月24日。

受診科は心臓血管外科だ。

その日は心臓リハビリもある。

ナースステーション預かりだったロキソニンとアーチストは返却された。

退院後も服用することはないが持ち帰るが、アンカロンは返却もなく病院側で処分するらしい。

9時、K医師がナースステーションにおられたので声をかけて退院のお礼・挨拶をする。

すぐさま調べられた私の脈拍値。

39~42拍辺りをチョロチョロしている。

身体的異状もなく、目まいやしんどさも感じない状況ではほぼ正常であるかもしれないという。

ただ、車の運転は絶対しないほうが良いと云う。

脈拍は遅かれ早かれのうちに45~50拍になるだろう。

アンカロンの効き目が緩んで消えていけば上昇するであろうと云われる。

ちなみに退院後服用の薬剤は次のとおり。

1mg錠剤と0.5mg錠の2種のワーファリン、鉄分補給剤のフェログラデュメット、胃薬のネキシウムカプセル、軟便薬のマグミットの4品種・5品目である。

ちなみに入院期間中に利用したテレビカードの枚数を数えてみたら4枚だった。

1枚が千円だから合計金額は4千円であるが、退院日に最後に利用していたカードは機械で残金清算できる。

コインがバラバラと落ちた8百円ほど。

差額計算すれば今回の入院で視聴したテレビ利用料は3千2百円だった。

かーさんはおふくろ対応で病院行き。

退院を迎えて送るのは次男がしてくれる。

前回の退院時は隣家の旦那さんが迎えてくれた。

今回はお願いすることもなく、次男が助けてくれる。

ありがたいことである。

停めてあった無料駐車場まで歩いていく。

とぼとぼ歩くことしかできない身体になった。

8月半ばに退院したときと同じような状態である。

右手にあるのは有料駐車場。

診察などで午前中の時間帯に利用する場合は、ここに停める。

ここより歩いて数百メートルに外来棟がある。

信号を渡れば着く。



午後の診察であれば外来棟の奥にある有料駐車場に停める。

いつもそうしているよろづ病院の駐車場だが、無料があるとは知らなんだ。

右に示す有料駐車場の位置はかーさんが知っている。

案内されてここに来たら「無料」の看板が目に入った次男。

入院している場合の見舞いはここが利用できる。

ただし、だ。

ここは豊田東駐車場。



特別なことがなければ利用できるが、平日の月曜から金曜までの午前8時半から午後4時半までだ。

土曜日、日曜日、祝日などの他に教団イベントがある場合は利用できない。

また、毎月の25日から27日は帰参者専用となるので利用できない。

空いている日だけを利用させてもらっているありがたい無料駐車場は時間ともなれば扉は締められて施錠される。

(H27.12.16 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

二度目の入院8日目

2016年08月27日 11時25分17秒 | むびょうそくさい
今朝の体重は66.8kg。

体温は36.3度だ。

脈拍はぐんと下がって38拍になった。

8時、ナースステーション前で採血する。

夜間看護師の話しによれば、就寝時は一時的と思われる低い脈拍があったという。

その値は20拍台。

たぶんにロングターム(徐脈)の不整脈が発生したのであろう。

夜間に数回あったが、7時50分の脈拍では48に改善されていたようだ。

どれどれと思って計測した足の甲測定では38だった。

元に戻っとるやないか。



8時50分、Y医師の往診。

昨日はP波が見られたが、今は消えている。

後ろのQRS波とT波の信号回路の方が勝っている。

が、しんどくない限り、特に支障があるというものでもない。

本日夕刻にある検査項目に心外科とあるが、それは退院後の次回診察日を決める相談だけだそうだ。

その時間帯であれば、Y医師も状況を心外科医師に伝えたいという。

Y医師が気にかけていたヘモグロビンの値は9.8になっているという。

鉄分補給の点滴と薬剤が効いているようだ。

ヘモグロビンの基準値は12以上。

この際だからと云って、泌尿器科の医師に手紙を書いておくので、ご自身で予め診察できる日を設定して受診してくださいと伝えられた。

診察日は一か月過ぎても構わない。

ご自身で決定してくださいというわけだ。

9時10分、移動式の心電図器械で計測される。

収集したデータはパソコンから電波を飛ばしているので直視はできない。



それが済んだらベッドシーツの交換だ。

週に一度の交換はO介護士さん。

毎日のように食事を運んでくれていた介護士さんだった。



13時、頃合いを見計らって勤務先の相方ドライバーに現状を伝え、脈拍が正常値になるまでは運転ができない旨を話して代替をお願いした。

併せて勤務先の院長にも代替、運転不可の状態を伝える。

復帰は来週どころか正常になるにはアンカロンの効き目がなくなる3カ月後になりそうだと伝えた。

送迎者を乗せて走り回るドライバー職の脈拍数は40拍以下であれば、運転は禁じられていると伝えた。

了承されるが、相方にガンバッテもらうしかなく、申し訳ないのだ。

変化があれば両者とも連絡すると伝えって電話を切った。

13時半、やっとこさレントゲン撮影の呼び出しがあった。

歩くことはできるが、途中で倒れられては困るということでO介護士が押す車イスに載せられて移動する。

場所は入院棟の1階だった。

朝の8時から待っていたレントゲン撮影は1分もかからなかった。

15時48分、心外科医師が来られて退院後の診察日(12月24日)を確定された。

循環器内科の外来診察日は正月明けの1月12日。

ずいぶん先になる。

15時55分、退院にあたって入院時の対応など病院側に伝えるアンケートにいろいろ答えて記入した。

特に処置の歓びと感謝である。

主治医、看護師、介護士など、さまざま人たちによって支えられてきた入院生活。

退院にあたっても適正なアドバイスもあり、ほんとうに感謝している。

16時40分、K医師の往診。

一旦は退院されて外来で様子を看ていきたいと話す。

17時10分、Y医師による僧帽弁成形術並びに経皮的カテーテル心筋焼灼(しょうしゃく)術の解説があった。

この日のためにかーさんも同席する。

術後は心房、心室、肺、僧帽弁などが普通に動きだしたが、心房側に不整脈・心房細動が発症した経緯を説明される。

一に、僧帽弁逸脱による弁膜異常(うっ血性心不全・僧帽弁閉鎖不全症/僧帽弁閉鎖不全症)を除去する手術において心房細動のメイズ手術が行われた。

7月31日のことである。

退院後も発症していた不整脈・心房細胞。

1分間に350回も振動していたそうだ。

特に右側の心房が不整脈に陥っていた。

心臓の働きを改善する薬剤を服用する。

主に心不全悪化予防のアーチスト錠と心臓の拍動抑え・不整脈改善するアンカロン錠だ。

心房粗動によって脈拍は110~100拍に達していた。

二に、今回の処置であるアブレーションカテーテルによって心房粗動を除去した。

一の手術、二の処置とも良好に行われたが、である。

三に、今回の入院時に服用を中止した薬剤の作用である。

電気回路の発生と流れを抑制する薬剤である。

休んでいた電気信号を発生する回路の洞結節はプロタノールやプレドバ200点滴によって復活しかかった。

自主的に作動する自身の電気回路発電(P波)が出現しかかっていた。

ところが、その行為を抑止する房室接合部である。

発症した不整脈を改善することを目的にアーチストやアンカロン薬によって人工的に房室接合部を発電させていた。

アブレーションカテーテル処置によって体内自身による電気回路発電が作動する、はずだった。

はずだったというのはそうなるであろうということだ。

あろうつもりが発電しない洞結節。

薬剤投与を止めても効き目が残るアンカロン薬。

残留する効き目が洞結節発電を抑止低下させて機能不全に陥ったのである。

脈拍は38~42程度であるが、身体的なしんどさ、苦しさ、息苦しさはまったく感じないのだ。

血圧と同じように人によっては高めが正常、逆に低めでも正常というケースは多々ある。

基準数値はこうでなければ、というものがない。

尤も症状がキツくなった高血圧症や低血圧症の方は薬剤投与で制御する必要はあるが、だ。

脈拍も同じように高めであっても正常、逆に低めであっても正常の人がいる。

これまでずっと生きてきた私は後者に相当する。

高校生ぐらいまでは貧血でめまいを起こすこともままあったが、成人になってからはほぼ皆無だ。

だいたいが60~50拍の間だ。

たまにドキドキするときがある。

そのときの脈拍はほぼ70拍である。

70拍ぐらいならまったく異常をみない人もいることは存じている。

低脈拍であっても正常な人も少なからずおられる。

それぞれの基準が違っていても普段の生活には影響を与えない脈拍であるが、怖いのは脈切れである。

ロングタームの脈(徐脈)も怖い。

これらが発生したときは目まいを体感するのだ。

一時的な目まいが続くようであれば死に至ることもある。

アンカロンの体内残存薬効能は停止したあとも3カ月間も続く。

その間、低脈拍だった脈拍は残存効能が徐々に薄れていく。

それにつれて脈拍は上昇するはずである。

上昇した脈拍が普段に戻る50~60拍台になればまったく問題はないらしい。

退院して自宅で経過観察をする日が始まる。

観察の要点は異状を感じることである。

なかでも自己が感じる症状によって緊急性を要するものがある。

心不全は心臓の馬力を下げる点だ。

一つは息切れ、浮腫み、一時的目まいなどの異状を感じることだ。

二つ目は目まい以上の失神、或は前失神である。

脈が遅くなれば気を失いかねない。

人によって脈拍数の基準値は異なる。

仮に20~30拍内の脈拍数であれば、4秒間の心臓停止で目まいがある。

7秒間であれば気を失うのだ。

1、2回の発症で、すぐに復帰する場合は問題ないが、連続する場合は急がれる。

房室接合部調律・洞調律の発症があれば、直ちに入院・処置した病院・循環器内科に連絡、指示を仰ぐことである。

二つ目の場合は救急である。

現時点の状況であれば発症はないと思えるが断定はできない。

いずれにしても車の運転は控えるべし・・ということだ。

さらに薬剤の効き目がなくなる3カ月後のことである。



翌年の2月末から3月初めにかけても脈拍数が正常値に戻らない場合もあるらしい。

そうとなれば身体皮膚内に植込むペースメーカーの装着だ。

あくまで可能性のことであるか、万が一とも思っておいたほうがいいだろう。

また、経過観察中において貧血症状がある場合は、Y医師から手渡されたお手紙を当院の消化器系内科に持参し診察を受けてください、ということだ。



日にちを決定するのは私自身の都合のいい時で構わないが、できたら1カ月ぐらいが望ましいようだ。

(H27.12.15 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

二度目の入院7日目

2016年08月27日 11時16分31秒 | むびょうそくさい
今朝の体重は67.0kg。

体温は36.7度だ。

脈拍は昨日と同様の54だ。

8時10分、ナースステーション前で採血する。



10時40分、Y医師の往診。

プロタノールの流量を3から2に下げて状況を看ていたが、これ以上の対応をしても見込みは見られず、である。

というのも、一旦は自己発生していたP波が消えてしまったのだ。

全面的に消えたわけではなく、出現しては消える、を繰り返すのである。

つまりだ。自己発生P波はまだ安定しないのである。

前回退院後の4カ月間も服用していたアンカロンの効き目が体内に残っている。

安定しない状態で、このまま脈拍が低空飛行を続けていても正月を病院で過ごすことになる。

脈拍は低くてもしんどさを感じない私の身体。

目まいもない状態で入院をし続けても埒があかない。

院内で状況を観察するよりも退院して、普段の生活に戻って、P波の出現具合を経過観察するということになる。

点滴のプロタノールはこれをもって中止とし、外した状態でP波を検出することになった。

明日も血液検査や心電図がある。

その結果をもって16日に退院する方向となった。

平坦歩行が可能であれば、心リハビリも可能である。

退院直後のリハビリは避けて予約日を一週間遅らす。

血管外科医師の診察についても担当医師と相談することになった。

11時、再点滴の可能性もあるので一針は残してシャワー入浴を許可する。

11時20分、病室持込の移動式心電図検査があった。

終わった直後に看護士が走ってきた。

ナースステーションで見ていたら脈拍が下がったというのだ。

足の甲検査では42脈拍だ。

点滴のプロタノールを外したとたんにこういう値になるのだが、しんどさは感じないし、めまいもない。



14時20分、Y医師の往診。

心電図検査の結果では脈拍値は30拍台後半になっていたという。

その値であれば、車事故を未然に防ぐため、医師としては運転を禁じるのである。

特に職業ドライバーで人を搬送するような運転手は、乗員の安全確保のために運転はしてはならない、というわけだ。

ただし、だ。

健康体だったころの私の脈拍は50~60拍だった。

どちらかといえば低いほうで、ドキドキ感があった場合でも70拍ぐらいだった。

40拍前後でもしんどさを感じないのはもって生まれた身体なのであろうと医師は話す。

40拍前後であれば運転禁ず。

50拍台であれば、完全とは云わないが、問題はないと判断するということだ。



14時30分、前回入院していたときの主治医も病室に来られた。

退院後も心リハビリで度々お会いし状況を伝えてきたK循環器医師である。

心電図結果の脈拍は38拍だった。

低い数値であるにも関わらず目まいは発症しない。

術後の心リハビリでは不整脈が発生していたが、現在は見られない。

目まいが起きるのは長いタームの脈(徐脈)が出た場合である。

今のところ、それは発生していないというが、安全を見越して現状の脈拍値であれば運転ができないと伝えられた。

アンカロン薬の効き目は脂肪に行き亘っている。

脂肪に入ったアンカロンは溶けるまで相当な時間がかかる。

残留しながらも効果を発揮するである。

ゆうに3カ月も要するアンカロン薬にあんちくしょうだ。

低い脈拍で、目まいなどの異常が発生せずに、数週間も経過する場合は運転可能であるが、決断はし難い。

この日の足甲脈拍取りは54(8時)、52(9時)、42(11時)、44(13時)、45(15時)、45(19時)。

傾向的には宜しいという感じで推移する。

16時、目まいも特になくしんどさも感じないことからシャワー入浴が許可された。

6日ぶりの入浴はとても気持ちが良い。

生きている体感がある。



午後から気になったナースコールボタン。

なにも押していないのに点滅するのだ。

夜間になってもそれが発生する。

何であるのかT看護師さんに聞いた。

誰かが押しているわけでもなく、異状を感知して発信している点滅の正体は不整脈(低脈拍値)を検知し警告しているのである。

なんとなく、であるが、設定値は38拍辺りであろうと思った。

(H27.12.14 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加