マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

伊賀上野サンピアで年越し

2010年01月31日 08時33分00秒 | もっと遠くへ
お正月の日は親の家に集まっていた。

子供が小さいころは狭い団地の実家に3家族が集まっていた。

成長した子供たちは大きくなった。

いつしか宿泊ができる状態ではなくなったので弟家族と入れ替わっていた。

それでも正月には顔を合わせておせちを食べてお屠蘇を飲んでいた。

成長した子供はさらに図体がでかくなって、ホテルに泊まって正月を迎えるようになった。

手頃な料金の住之江のサンピアはよく利用していたたが平成20年2月に閉鎖された。

伊賀上野のサンピアも平成21年4月に閉鎖された。が、だ。

新たに民間運営となって「ヒルホテルサンピア伊賀」として誕生した。

それならば伊賀にしようと決めてやってきた。

ここなら当家も弟家族が住んでいる地域から中間地点で絶好の地。

行事取材を終えてホテルに合流した。

早速、芭蕉の湯の温泉に浸かって身体を温める。

外気は冷たく強い風が吹いていることを忘れてしまう。

夜空に満月。

絶好日よりの今夜はホールの天井に星が煌めいた。

年越しのお料理は・・・・ずらりと一挙に公開。


鳥羽産赤生子の先付


振袖胡桃松風鳥黄金焼の前菜


氷鉢盛り造り


鰻入り茶碗蒸しの椀


甘鯛蒸飯の煮物


なんと言っても伊賀牛が美味すぎる。


サワラ馬鈴薯焼き


河豚の唐揚


地産ビール

9人の顔は満足げになって、お皿が残るテーブルを後にした。

一室に集まって紅白歌合戦にK1を楽しむ。



ホテルの年越しそばを美味しくよばれて、テレビから流れてくる除夜の鐘に耳を傾け「明けましておめでとうございます」。

(H21.12.31 Kiss Digtal N撮影)
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野垣内春日若宮社砂撒き

2010年01月30日 07時56分37秒 | 大和郡山市へ
大和郡山市内の旧村の各所で見られた砂の道が急激に消滅している。

数少なくなった砂の道だが、大晦日の日に敷かれている。

家族とともに境内を清掃し綺麗されている野垣内町春日若宮社の一年神主さん。

同神社の拝殿には、30日に掛けられた珍しい伊勢エビ注連縄が堂々と飾られている。

今年は串柿が加わった。

午後に本殿、末社に七品御膳を供えて砂の道を敷いていく。

砂を撒いていくから「砂撒き」だと呼んでいる。

本殿、住吉神社、稲荷社へと敷いた一本の砂の道。

拝殿を通って鳥居へと続く。

そこからはアスファルトになった地区の道路へと繋げていく。



南は誓徳寺付近、北は水路付近まで砂を撒いていく。

ここからは各家で砂を繋げて玄関、門口まで敷いていた。

地道だったころは砂を敷いていたが、アスファルト道になってからは自然としなくなったそうだ。

今年の一年神主さんの家では砂を玄関まで繋げた。

わずかな距離だが氏神さんが通る道にされた。

神社側から見れば参拝者の道しるべ。

各戸からすれば神さんを迎える道。

どちらにしても神さんが通る砂の道ができあがった。

年が明け、神主さんは除夜の鐘が鳴り終わるころに神社にやってきて雑煮を供える。

(H21.12.31 Kiss Digtal N撮影)
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新庄素盞嗚命神社の簾注連縄

2010年01月29日 08時47分31秒 | 大和郡山市へ
新庄町の素盞嗚命神社でも簾型の注連縄が飾られている。

本殿や拝殿に末社もある。

お堂や会所などありとあらゆるところに飾っている。

Hさんの話によると注連縄は水の神さんであって龍を現しているという。

しかも、垂らした藁が足のように見えることから「ムカデ」と呼んでいる。

水、龍にムカデとくれば盆地部で行われているノガミ行事を思い起こす。

拝殿に取り付けられた提灯は強風に煽られて大きく揺れている。

夕方からは蝋燭を灯して参拝者を待つそうだ。

年越しから提灯をぶら下げている神社は他所で見かけない。

珍しいのではないかと話されるHさん。

同神社には「宮参り」のお札が括り付けてあった。



これは昔からしているものではなく20年ほど前に始まったそうだ。

どこかの神社で見かけたのでそれを真似た参拝者がいた。

次の参拝者はそうするものだと思って括り付けた。

その後も続いていったという。

神社の習わしにはないものだがと、念を押された。

(H21.12.31 Kiss Digtal N撮影)
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発志院町の秋祭り

2010年01月28日 07時08分26秒 | 楽しみにしておこうっと
発志院町には宮座がある。

二座があったが現在は統合されて当屋座の一座になった。

その名残でしょうか、当屋から出幸お渡りされる際に五人衆が持つ御幣は二本束ねているそうだ。

体育の日の前日は宵宮座のお渡り。

到着後の神事を終えてから当屋の引き渡し儀式が行われる。

宮司は賣太神社から来られるそうだ。

体育の日辺りは数多くの秋祭りで日にちも重なっている。

取材先の順序を決めるのはとても悩ましい。

(H21.12.31 Kiss Digtal N撮影)
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発志院の簾注連縄

2010年01月27日 07時18分56秒 | 大和郡山市へ
発志院町の八王子神社では年番の当屋さんが注連縄を作って鳥居に取り付ける。

注連縄は簾型だ。集落の各家でも同じように簾型の注連縄が飾られる。

K家ではたくさんのウラジロを飾り付けた注連縄を玄関口に取り付けている。

藁を垂らした本数は少ないがウラジロの多さが目立つ作りだ。

ユズリハは葉を折りたたむような形になっている。

これは番条町でも見られた形式である。

ウラジロの数に違いはあるものの地域のいたる家で見られる。

本殿も同じ注連縄でしていたが簡略化されたそうだ。

大晦日の夕刻には砂の道を境内に敷いていた。

当屋の都合でそうなったのか、今年はないなあと仰るKさん。

隣村は中城町。ここは八王寺神社が鎮座する。

発志院町の八王子神社は男の神さんで中城町は女の神さんを祀るというが簾型の注連縄は見られない。

(H21.12.31 Kiss Digtal N撮影)
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白土町の行事

2010年01月26日 09時20分58秒 | 大和郡山市へ
白土町には八月の盆行事になる大人の念仏講と子供の念仏講がある。

子供の念仏講は盆入りの7日から14日まで毎日お勤めをする。

夕方4時頃に浄福寺に集まってくる。

拍子をとって太鼓を叩くのはボスと呼ばれる男児。

以外の男の子は鉦を叩く。

仲家を出発して難所とされる池、地域の外れの出屋敷まで行って1時間ほどで終える。

これを「チャチャンコ」と呼んでいる。

鉦を叩く音がチャンチャンと聞こえることからチャチャンコと呼んでいる。

歩けるようになった幼児から参加できる村の行事だ。

大人の念仏講はオショウライサン迎えの日の13日の夜にお勤めされる。

同じように鉦を叩いてお参りするが、新仏の家が主でススンボの墓で終える。

行者講は6月の適当な日曜日に九人衆(以前は11人)の家で行われる。

回り当番の家に印のホラ貝と掛け軸が回ってきたら夕方からお勤めをする。

ホラ貝を吹いて始まりの合図をする。

秋祭りには宮座の六人衆がモッソを作って供える

作る場所は公民館で個数は7個。

六垣内から選ばれた年番の六人衆の数と自治会長の分になる。

うるち米のご飯を金枠に詰め込んでいく。

天理の川で採取したコモで巻く。

熱いから手際よく作らなあかんのやと仰る。

お供えはレンコン、マメ、クワイ、コンニャクの生御膳もあるそうだ。

昔は龍田川へ行って10個ぐらいの小石を拾ってきた。

それをお風呂に入れて入浴した。

本来は水垢離だが冷たいからたまらんのでお風呂になったという。

若いときはそれをしていたが今はない。

これを「足洗い」と言っていた。

田植え始めは「川掘り」に行く。

水利権を持っている森本川まで歩いていった。

川の砂はとても綺麗だという。

田んぼに水を引くので水検分も兼ねているそうだ。

12月28日の夜は夜警をしている。

子供会は「マッチ一本火事のもと サンマ焼いても家焼くな 戸締まり用心 火の用心」と囃して拍子木をカチカチと打つ。

簡略化されてきた白土町の年中行事だがふつふつと興味が沸いてくる。

(H21.12.31 Kiss Digtal N撮影)
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白土白坂神社砂撒き

2010年01月25日 06時29分17秒 | 大和郡山市へ
早朝に集まってきた白土町の六人衆。

千束東、城、東、西、北、中の六垣内から選ばれた年番の白坂神社宮守のトーヤ衆だ。

この日までに鳥居や本殿などに注連縄を取り付けておく。

ご神木の注連縄は三人がかりで結った。

力仕事なのだと話す。

鳥居の注連縄は簾型。

宮座を引退された長老の話ではこれをドウガイと呼んでいた。

鳥居から拝殿まで一直線に伸びる砂の道がある。

隣地の弁天さんにも敷いている。

砂の道は地域に向けても敷かれている。

鳥居東は数メートル。

西は浄福寺の参道辺りまで。

一輪車に積んだ砂をスコップで敷いていく。

地道だったころは、その砂の道から繋げて家の門口や玄関まで敷いていた。

各家めいめいでそれをしていたが、アスファルト道になってからはしなくなった。

各家で砂を敷くのは氏神さんを迎える道。

六人衆が敷くのは氏神さんに参ってもらう道しるべ。

砂を撒くから「砂撒き」だという。

(H21.12.31 Kiss Digtal N撮影)
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年越し年明けのとんど

2010年01月24日 11時40分55秒 | 大和郡山市へ
年が明けたら氏神さんにお参りする。

地域の神社では参拝者を温かく迎えようと「とんど」を燃やすところがある。

田原本町の池神社の境内では大きく設えたとんどが出来上がった。

その周りの樹木は綺麗に枝が刈り取られている。

以前のことや、ちょっと燃えすぎてな、樹木が焼けてしまったんやという。

そんなわけで真上辺りはすっきりと空が見える。

池神社の年越しとんどは夕方日が暮れたころに点火される。

大和郡山市八条町の菅田神社でも同様にとんどの櫓が組まれた。



年が明けた午前0時。

6本に松明を手にした役員たちは一斉にとんどの火点け。

年明けとんどがじわぁと燃えていく。

神社を守る会が振る舞う接待の笹酒は火の勢いとともに温まるという。

(H21.12.30 SB912SH撮影)
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下笠間の正月行事

2010年01月23日 08時47分30秒 | 宇陀市(旧室生村)へ
イタダキの膳に敷いていた半紙は、字が上手になりますようにと書き初めして小正月のどんどで燃やす。

書き初めでは「あらたまの としのはじめに 筆とりて」と唱える。

燃やすのは成人の日になったので、どんどは9日(平成22年)に作られる。

心棒は太い竹を使う。火を点けてじわっと燃えてきたら恵方のアキの方角へ引っ張る。

燃えた竹は倒れてから細かく割って家に持ち帰る。

それをお味噌を作った瓶、樽などの器の上に置く。

機嫌よう使わしてもらうのだと上に置く。

それでこの竹を「ミソダケ」と呼んでいる。

(H21.12.30 Kiss Digtal N撮影)
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下笠間I家の正月のモチ

2010年01月22日 07時30分17秒 | 宇陀市(旧室生村)へ
下笠間のI家では年も押し迫った暮れの28日に正月に供えるモチを作る。

翌日の29日は「苦」が付く日なのでモチはこしらえない。

朝早くから搗いたモチは家のそれぞれの神さんに供えるもので膳に並べる。

膳には長い髭のような根があるトコロイモ、ゴマメの田作り。

昔は雑魚を川で採って来てそれを炊いたという。

コウジミカンにクリと決まっている。

モチの上には串ガキが置かれる。

いつもニコニコ、仲睦まじくの語呂良く10個の干し柿だ。

膳はイタダキサン、ダイジングウサン、ダイコクサン、エビスサン、サンポウコウジンサン、センゾサン、ミズコサン、イナリサンの8種。

イタダキサンはモチを四つ並べられた。

家族が増えますようにとモチの数は家族の人数に一つ加えた数にする。

サンポコウジンサン(三宝荒神さん)は竈に供えるもので三段の重ねモチ。

福の神とされるダイコクサン(大黒さん)、エビスサン(恵比須さん)(※1)の一枚モチは大判小判の形にする。二段重ねのモチはダイジングウサン(大神宮さん)で、二つ作る。

同じく二段重ねのモチにはセンゾサン(先祖さん)、ミズコサン(水子さん)、イナリサン(稲荷さん)がある。(※2)



膳以外に真ん中にヘソ(※3)と呼ばれる突起したモチをくっつけているミカヅキサン、ゴヤサン、ジュウゴヤサン、ニジュウサンヤサン、ニジュウロクヤサンがある。

正月明けの三日に食べるミカヅキサン(三日月さん)(※2)、旧暦五日はゴヤサン(五夜さん)、十五日がジュウゴヤサン(十五夜さん)、ニジュウサンヤサン(二十三夜さん)、ニジュウロクヤサン(二十六夜さん)と続く。

ヘソが無いのがツキノカズノモチ(月の数のモチ)(※5)で、一年間の月の数だけ作られる。

閏年の場合は13個になる。

ヤマノカミ(山の神)(※6)は平べったいモチで山の神さんに供える。

大晦日の午前0時を越えたときといえばお正月。

当主はイタダキサンに財産目録や通帳を膳に乗せて、アキの方角に向かい頭の上に持って拝む。

「健康で働かしてもろうたおかげで一年間、これだけも増やすことができた。今年も増えますように」と祈る当主の膳は「イタダキの膳」と呼んでいる。

ダイコクサンとエビスサンには「カケダイ」と呼ぶ干したタイがつきもの。

まさに恵比須さんが釣った鯛のようで、豊作始めとされる11日に食べる家があったという。

I家では田植え始めと4月末頃の田植え仕舞いに食べるそうだ。

このように古来より万物平穏の願いを込めて、家族繁栄の願い正月さんのモチを供えてきた。

(※1)御杖村では「コバンノモチ」と呼ぶ。
(※2)御杖村では「ミズノモチ」がある。水神さんに供えるモチで、初水を汲む時に供える。
(※3)御杖村では「チョボ」、淡路島南淡では「ホシサン」と呼ぶ。
(※4)御杖村では「ミカヅキサンノモチ」と呼ぶ。
(※5)御杖村では「十二ガツサンノモチ」と呼ぶ。
(※6)御杖村では「大判小判ノモチ」と呼ぶ。

(H21.12.30 Kiss Digtal N撮影)
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