マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

刺しサバを売るお店に取材願い

2019年11月30日 09時55分09秒 | 民俗あれこれ(売る編)
2年前の平成28年8月1日

えっ、ここのお店に刺しサバがある。

緊急取材をさせてもらったお店は辻村商店。

東山中の旧都祁村の一村にある大字白石であるが、奈良市の統合合併された関係で現在表記は奈良市都祁白石町になる。

白石町に山高帽を被った座中が国津神社まで渡御する行事がある。

羽織袴姿の12人の座中がスコと呼ばれる飾り物を先頭に練り歩く。

お渡りを撮った年は平成18年11月3日

ふる祭と呼ぶ白石の村行事である。

珍しい光景のお渡りを聞いたのは、それより前のことである。

お渡りを拝見した年の一年前の11月3日は仕事があった。

仕方なくお話だけでも伺いたく立ち寄った国津神社。

平成17年11月1日であった。

ふる祭りに登場するスコ作りを拝見したのはその翌日の11月2日だったが、花を飾るのは祭りの当日。

残念なことであるが、その年に行われたふる祭りの様相は知人の写真家野本輝房氏が先にとらえていた。

先を越された白石のスコにふる祭りがあると教えてくださった人がいる。

その人との出会いは前月になる平成17年10月26日である。

出会いの場は隣村になる友田町に鎮座する都祁山口神社の大祭である。

その大祭に近隣郷の村々の人たちがやってくる。

旧都祁村から友田、来迎寺、小山戸、相河(そうご)、白石、藺生(いう)、甲岡、南之庄、吐山、針、小倉、針ケ別所、馬場、萩、下深川、上深川、高塚。

室生村からは無山、多田、染田、小原、上笠間、下笠間、深野。

山添村からは毛原の26カ大字が支える大祭であった。

祭りに出仕する人たちは昼間にそれぞれの持ち場の処で飲食をともにする。

ぶらりとそこを歩いていたときに声をかけてくれたのが白石町のNさんだった。

翌月の11月3日にふる祭りと呼ぶ行事が白石にあると教えてくださった。

その情報はたまたま電話を架けてきた写真家野本輝房さんに話したら、先に行かれたということだ。

私がふる祭りを拝見したのは翌年の平成18年になる。

当屋から出発した一行は国津神社鳥居を潜って参進する。

その光景をとらえた一枚は、後年に発刊した『奈良大和路の年中行事』に掲載させてもらった。

見開き頁に先頭の太鼓打ち。

後続に3基のスコが行く。

渾身の一枚は今でも忘れられない映像になった著書は教えてくださった白石のNさんにありがたく献じた。

前置きはともかく、実は昨年の8月のある日にお店を訪れてみたものの刺しサバ干しはなかった。

たぶんに駐車場に干していると思われたがなかった。

その日は月ケ瀬・月瀬の取材があったから尋ねる時間もなかった。

旬期を逃したように思えただけに、今年はもっと早い時季に訪ねておきたいと思って白石に来た。

お店に入って声をかけたら女将さんが出てこられた。

2年前に訪れた際に拝見したことがある者であると伝えたら覚えておられた。

辻村家に嫁いだのは50年も前。

そのころは旦那さんの父親がしていたという刺しサバ作り。

始まりはわからないが70年、80年も前からしている製造販売であろう。

2年前に教えてくださったように樽いっぱいに塩漬けする開きのサバ魚。

何層にも重ねてその都度の塩撒き。

その都度において大量の塩をもって塩漬けする。

その状態は2年前に拝見した。

できれば塩を振って漬けている作業を見たい。

もう一つの工程は塩漬けした刺しサバを干すことである。

干す場は駐車場。

それは合っていたが、竿干しでなく水平干し。

例えばテレビ等で紹介される海辺でシラス干しをしている光景をみたことがあるだろう。

カマスでもアジであっても同じ方法である。

辻村商店ではビール瓶ケースを台代わりに使う。

何個も置いてその間に干し網を載せる。

どれぐらいの面積になるのか実際に見ないとわからないが、相当な刺しサバの枚数になるから、相当な広さになるであろう。

水平に置いた網に載せた刺しサバは塩漬け水がたらたら落ちる。

商店の駐車場であるからそれができるようだ。

こうした天日干しは日の出からするのではなく、お日さんが燦々と照りだす午前10時くらいになるらしい。

夕方ともなれば日が暮れる。

それまでに一旦は回収しておく。

翌日もその続きの天日干し

何日間もかけてあの真っ黒け、いやまっ茶色になる刺しサバができあがる。

6月は梅雨時。

連続的な天気のえー日にならないから作業は7月になってからするという。

天日干しは7月中旬辺り。

塩漬けは7月に入ってからになるというから、取材させていただくには、毎日に電話を架けるのも迷惑になる。

そう伝えると連絡してあげますょ、という。

ありがたいお言葉に感謝して、3月末に山と渓谷社から発刊された池田陽子氏著の『サバが大好き!』を献本することにした。

この本には「刺し鯖は辛い」というタイトルでコラムを執筆した。

実体験、実食感を伝えるコラムである。

編集者から求められて執筆したコラムには真っ黒けの刺し鯖を写真で紹介している。

その写真も私がとらえた映像である。

もう一枚はサトイモの葉に載せたお供えの形の刺し鯖。

いずれも山添村ととあるお店で取材させてもらった映像。

山添といえばO商店でしょと云われたから驚き。

商売敵ではなくよく存じているというから、これもまた縁が繋がった刺しサバである。

女将さんが云うには、ここ白石では8月13日に両親が揃っているお家は供えてから食べるが、揃っていないお家は食べられなかったとか・・。

若干の習俗違いはあるようだが、現在の購入者は習俗とは関係なく、昔に味わっていた刺しサバは今でも口が求めるらしい。

欲しい人は予めに注文して作ってもらう。

ほとんどがそのようだが、お店の前に「刺しサバあります」と表示したときには次から次へと待っていたかのように来店するそうだ。

その様相を直に拝見したのが2年前に訪れた8月1日だったのである。

ただ食べたいだけで買ってくださるお客さんは実に多いようで、ある年は完売したそうだ。

それでもなお求める人が後を絶たない。

仕方なく奈良県中央卸売市場まで出かけて仕入れたそうだ。

その刺しサバを食べた女将さん。

味はまったく違うと云っていた。

卸売市場が売る刺しサバの味は辻村商店とまったく違っていたことがわかったから、注文量よりも多めに作るそうだが・・・。

女将さんは年末も忙しいという。

昨年のことである。お正月のお節料理にエイの煮付けや棒鱈がある。

味覚的に女将さんの好みは棒鱈よりもエイの煮付けである。

そりゃ私も一緒の口である。

この年の1月1日

山添村・松尾に住むH家の正月のいただきを取材した。

その際にお節の膳をよばれることになった。

そのお節料理の一つにエイの煮付けがあった。

美味しくいただいたエイの味わい。

その味をもう一度。

そう思ってたまたまスーパーに売っていたエイを買った。

我が家の料理人はかーさん。

美味しく煮付けてくれたエイがサイコーのご馳走になった。

辻村商店のエイの煮付けは切り身にして店前に並べて売る。

晦日ともなれば狙っていたかのようにお客さんが買い求める。

うちにエイは厚みがあって美味しいという。

ある日、ある人が買ってくれてその美味しさを伝えていた。

そのことを知ったのは近隣住民の娘さん。

なんと海外のオーストラリアに住む娘さんからの便りで知ったそうだ。

そのエイのことをSNSで伝えて人は男性。

なんでも曽爾村に住む太神楽を演じる人。

自称は芸人で着物姿のその人の名はたぶんにKさんであろう。

間違いなくその人が発信したSNS記事が嬉しくて、と笑顔で話してくれる女将さんだった。

エイの煮込みも棒鱈も、で思い出す商店がある。

宇陀市室生の下笠間のM商店である。

お正月に供えるカケダイ作りの取材であった。

店主が話してくれた棒鱈作りである。

こうして三つの村の商店を並べてみれば、昔からの馴染みさんでもっている店。

お家の年中行事のお供えもあれば食する文化にずっと貢献してきたお店のすべてに“民俗”が支えにあるわけだ。

季節ごとに味わえるのも商店主のおかげである。

ちなみに私が口にしたエイの煮付けは、この年の1月22日に思いをはせて実感する味わいに酔っていた。

特に煮こごりである。

つい舐めたくなる煮こごりに浸っていた。

(H30. 6.17 SB932SH撮影)

つるまる饂飩針テラス店の冷やしカレーぶっかけうどん+明太子おにぎり

2019年11月29日 09時06分41秒 | 食事が主な周辺をお散歩
前回に食事したのは4カ月も前になる。

出かける方角になければ行くこともない麺屋はつるまる饂飩針テラス店。

昨日までに描いていた食事処はカツ料理が美味い奈良市神殿町にあるまるかつ。

100円引きのサービス券をもってカツ丼をいただこうと思っていた。

が、車のダッシュボードに隠れていたうどん一杯で美味しい鳥めしが食べられる無料券が出てきた。

有効期限は6月末までとあるが、今月中にはその方角に出ることはない。

なければこの日しかチャンスがない。

そう思って無料券をぐっと握って車を走らせた。

この日の目的地は2カ所。

旧都祁村の一村。

現在の奈良市都祁白石町である。

その次は市街地から遠くになるさ山間部の御杖村だ。

その白石の手前にある針テラスである。

ここで食事といえばつるまる饂飩針テラス店で決まり。

実はいつも食べていたぶっかけうどんが値上がりした。

足が遠のいていた原因はそれが理由だ。



この日の目的は無料券でいただく鶏めし。

仕方ないが400円のぶっかけうどんを頼まざるを得ない。



そう思って入店しかけたお店の前に見たことのないメニューが立て看板にあった。

気になる文字は「涼」。

この日はえー天気で気持ち良い風が吹く。

カークーラーなんて不要な日に「涼」文字である。

その看板にあった「カレーぶっかけうどん450円」に吸い込まれていく。

季節限定のカレーぶっかけうどん450円は“甘辛肉と涼風カレーが絶妙”とある。

“夏に冷んやり旨辛冷しカレー”も誘い水。

いや、誘いカレーである。

これで決まったこの日の昼食。

トレーを手にして大きな声で注文する。

持参してきた鳥めし無料券を添えてできあがりを待つ。

冷やししかありませんが、と問われるが、熱いのは無用である。

聞かれなくとも冷やししかない。

そして店員さんに提示した鳥めし無料券の反応は、本日の求めはできないということだ。

その理由はご飯炊きの釜が壊れたというのだ。

朝に壊れて申しわけないと伝える店員さん。

その前にある各種のおにぎりに代用させていただきますと伝えられた。

迷いもせずに選んだおにぎりは明太子おにぎり。

ぽちょっと見える明太子色が美味そうなのでそれにした。

レジで支払った金額は税込みの486円。

安いのか、高いのか、ようわからん金額だ。

このカレーうどんにもいつも通りのトッピングは天かす。



写真を撮ったらカレーを吸い込んで黄色い色に染まった。

お味はいかが。

つるつる美味しくいただくカレーうどん。

コシは最強である。

跳ね返りが強い麺はカレーぶっかけも同じ。

いや、今まで以上に感じる。

カレーはスパイスが利いていて美味しくいただける。

もちろん、我が家で食べているレトルトカレーうどんよりも美味しい。

ただ、難点は一つ。

他のうどんなら気にかけないうどん汁のぶっ飛び。

カレーの場合は衣服に飛ぶ、跳ぶ。

ちょびっとぐらいは構わない。

美味しくいただくにはずるずるいく方が美味いに決まっている。

この商品、カレーも美味いが、それ以上に旨さを感じる甘辛味の牛肉である。

多少、脂ののったバラ肉だと思うが、これが美味いんだなぁ。

その点、オクラは何だ。

ただの添え物か、と思うぐらいに主張はまったくしないオクラ。

ネバネバ感もないし、歯ごたえも・・。

なくてもいいんじゃないの、と思ったくらいだ。

完食してからいただく明太子おにぎり。

袋を広げてちょばっと出ている先っちょをがぶり。

無茶美味いやんかというのが第一印象。

がぶっといって半分ぐらいに達したおにぎり面に赤いものがいっぱい。

明太子の量がいっぱいある。

ご飯の味よりも先だって味わえる旨みのある明太子に感動する。

これで120円ならコンビニで売っているおにぎりはたのまんでいいだろう。

(H30. 6.17 SB932SH撮影)

額縁にはまったお気に入りの撮影地

2019年11月28日 10時47分54秒 | 奈良市へ
ここら辺りは何度も伝統行事取材に訪れる地。

すぐそばにあるお池は、また自然観察会にも訪れる景観地。

額縁にすっぽり入ったお気に入り作品。

作者は知人のNさん。

めきめき腕をあげられた作品がなんとも美しい。

リアルなお池を、へぇー、なるほどと思うような景観に映し出す凄腕の持ち主。

撮影地の人たちともすんなり溶け込む会話の名人。

話題を引き込む聞き取りにも身につける力をお持ちだ。

百均仕様だが、えー感じに我が家の書棚に収まった。

携帯画像のためか、色合い、風合いが違ってしまって申しわけない。

(H30. 6.16 SB932SH撮影)

撮影不許可のあじさい祈願

2019年11月27日 09時50分06秒 | 民俗あれこれ
昨年のことである。平成29年6月18日に訪れて取材願を申し出た橿原市久米町にある久米寺

毎年の5月3日に行われる練り供養がある。

平成15年に行われた練り供養を拝見したことがある。

その一こまは、著書の『奈良大和路の年中行事』で紹介させていただいた。

そのお礼に献本させてもらった久米寺にあじさい祈願をしているとわかった。

HPに紹介されているあじさい祈願の内容は紫陽花のことばかり。

“祈願“はどのような形式でされているのか、そのことを知りたくて訪れた前年の6月18日

ほぼ概要がわかったところで、実際に拝見したくお願いしたら、その日にお越しくださいと云われていた。

あいさい祈願の日は境内一面に咲き誇る紫陽花の満開時季に合わせた第三日曜日。

ようやくあじさい祈願を拝見できる、と思って出かけた。

本坊にある呼び鈴を押して訪問した久米寺。

これこれしかじかと用件を伝えた本坊の女性。

どうやら貫主密教門成範のご婦人。

お越しくださいと云われて訪ねました、と伝えたらあっさり不許可が返答。

これはどうしたものか。

10年前に発刊した調書も献本させていただいているのですが・・と言っても記憶にないという婦人。

14、5年前のこと。

住職に続いて副住職が亡くなられた、と話してくださる。

あじさい祈願を営む本堂内は一切撮影禁ズ、だという。

あじさい祈願の祈祷札であろうが、それも撮影禁ズ。

では、本堂の外、外郭から撮らしてもらうことは・・・、とこれもまた禁ズ、である。

撮影禁の理由は、檀家の人が順番に祈祷待ちにいるから屋外も撮影禁じている、ということのようだ。

あじさいに願いを託す祈祷願いの文面も公開ご法度。

では、昨年にご了解いただいたのは・・と聞けば、その僧侶はお寺の住職でなく、違う人だという。

久米寺のあじさい祈願は、10年ほど前からはじめた営み。

そのことは、非公開でもないが、差しさわりのないような文章で表現を、とお願いされた婦人。

紫陽花の花はシンボルでもある多宝塔とともにいくらでも撮って構わないが檀家務めのあじさい祈祷は撮影禁ズ。

されに付け加えられた撮影条件。

紫陽花が咲く多宝塔、本堂を撮っても構いませんが、あじさい祈願に来られている檀家の人たちは撮らないでください、と伝えられた。

(H30. 6.16 SB932SH撮影)

菊水北の味めぐり昆布だし味のサッポロざるラーメン

2019年11月26日 09時39分57秒 | あれこれインスタント
20日ほど前に食べたことがある菊水北の味めぐりシリーズのサッポロざるラーメン。

味めぐりシリーズに3種のあじわいがある

一つは昆布だし醤油。

もう一つはくるみ香ばしいごまだれ。

三つ目に梅おろし。

いずれも袋麺売りの生らーめんである。

前回に食べた味わいはくるみ香ばしいごまだれ。

それまでいくつかのざるラーメンやつけ麺を食べていきたが、いずれも美味かった。

ごまだれも美味しいだろうと期待を込めて買ったごまだれは我が家の口には合わなかった。

これまで魅力に憑りつかれたように、上昇機運にのっていたつけ麺であったが、真っ逆さま。

気分はクールダウンに陥っていた。

そんなわけでごまだれのサッポロざるラーメンは写真すら撮る気も起らない。

昨日の夕方、大阪・住之江帰りに立ち寄ったスーパートライアル大和小泉店。

すぐ食べられるお惣菜だけを買うつもりで入店したが、あれやこれやとついつい増えてしまう家庭の買物。



その中の一品に菊水が販売する北の味めぐり昆布だし味のサッポロざるラーメンがあった。

いつもなら私が買い物かごに入れるが、今回は・・。

翌日のお昼に早速食べた昆布だし味のサッポロざるラーメン。

ごまだれはごまばかりの味に辟易していたが、これはさっぱり感が良い。

透き通るようなすっきり感のある出汁はたぶんにかつお節味。

袋に書いてある謳い文句は「羅臼昆布の豊かな旨み」とあるが、舌が感じるのは昆布でなくかつお節。

袋の裏面に原材料・調味料が載っている。

醤油、砂糖、食塩にアミノ酸液、魚介エキスに続いてかつお節とサバ節である。

そうなんだ。

この商品もサバ節が入っている。

旨みがあるのこのサバ節だと・・。

透き通る感覚がおそらく羅臼の昆布であろう。



つけタレの量は多くもなく、少なくもない適量であるが、麺量は意外と多く感じた。

とにかく箸が止まらない、えー味。

喉越し良い麺はつるつると喉に吸い込まれていく。

ごまだれ味とはえらい違い。

こっちの昆布・かつお節・サバ節は勝って当然の味。

またもやつけ麺熱が復活した。

(H30. 5.27 SB932SH撮影)
(H30. 6.15 SB932SH撮影)

あれこれ迷って今週もかっぱ寿司南津守店の昼食

2019年11月25日 10時50分51秒 | 食事が主な周辺をお散歩
この日のおふくろが通院する医院は2カ所。

午前中に大阪・住之江の畠中医院。

2月に一度になった通院はお薬だけが目的。

その診察の関係で、大阪・伏見町の林歯科は午後の2時。

その間に摂る昼食はさてさて。

畠中医院の診察に訴えた夜間の痛み。

朝、起床してからは何事もなかったようになる。

その訴えで服用に漢方薬が増えた。

以前も飲んでいた漢方薬が処方された。

午後の歯科治療はさし歯の入替。

本歯ができて仮止め対応。

そのときに申し出たおふくろの要望はこっちが痛いということだ。

医師が診たそこは虫歯。

その治療に3週間もかかる。

今回の毎週治療で5回目。

次週の治療も含めて3週間の延長。

毎週に出かける治療の合間に食べる昼食は、くら寿司が2回。

あきんどスシローが1回。

かっぱ寿司が1回の4週連続寿司喰い。

もっともおふくろの大好きなうどんがあってこその昼食である。

この日は、先週に通りがかった新なにわ筋で発見した“うどん・丼”の大きな看板を探すことにある。

ネットでぐぐってみたが、思うような“うどん・丼”店が出現しない。

ただ、見つかったのは「都院」印し。

西成区の南津守だと思ったが、どうも違う。

付近をネットで探せば、手作りうどんの北津守「天粉盛(※令和元年、大国町に移転)」はあったが、別もんであろう。がある。

もっとぐぐってみたら本場讃岐うどんの「たもん庵」もあったが、それとも違う。私が見たのは幻か・・。

そんなわけはないだろうと思って住之江公園から北に向けて走る新なにわ筋。

左手に大きく、そして高くそびえる“うどん・丼”が見つかった。

その看板に杵屋麦丸とある。

昔、ビジネス雑誌に紹介していた杵屋の大事な株主優待である。

当時は凄い会社があったもんだと思った杵屋はうどん麺の食事処を運営している。

ビジネスマン時代は入店した食べたことはあるが、すっかり記憶から遠ざかっていた。

奈良県に店舗は見当たらないと思っていたら、国道筋にはなかった。

橿原店も生駒店も西大寺店も、どれもこれも最寄りの近鉄百貨店内店舗。

見つかるわけがない。

奈良と比較はしたくないが、大阪市内だけでも店舗数はなんと69店舗も。

これには負いったとしか言いようはないが、うどん専門店だけでなく丼やそば専門店にイタリアンな店なども含めた店舗数である。

試しに入ってみようということになったが、杵屋麦丸店前に行列ができていた。

ほとんど男性ビジネスマンの行列。

店内どころか店外にも溢れる大行列。

それもそのはず時間帯は午後12時10分だった。

回転は早いから大丈夫とおふくろは云うが、杵屋麦丸北加賀屋店の駐車場はタイムパーキング制。

45分までは無料であるが、待っている時間も含まれてしまうので、持ち越しとした。

その杵屋麦丸北加賀屋店がオープンした平成25年4月。

つい最近のように思えたが、5年も経っている。

開店当初はうどんににぎり寿司のセットもんだったが、今では3種の丼セット。

方向性を替えたようである。

そんなわけで、メニューを拝見したら、すたこらさっさと車を発車。

前週も口にしたかっぱ寿司南津守店に行先の方向転換。

お店は明るくて開放感ひろがるゆったり感で味わえるお店は3人とも同意見。

お寿司も美味しいので3人の舌が一致する。

まずはタッチパネルで注文。



おふくろの好みの発注はかけうどんに、南鮪中とろ、まぐろとびんちょうの2種盛りにぎりに鉄火巻き。

前回と違う席であったが、相も変わらずタッチしにくいパネル注文。

押しても、押しても反応してくれない。

指圧の力が弱くなったのか、パネルを親指と人差し指で抑えるようにしたやらんとスイッチが入ってくれない。



高さもあるから肩が怠くなる。

もっと下げて欲しいのである。

文字は小さくわざわざ老眼鏡まで持ってこざるを得ない不評のタッチパネル。

もう一つ難義するのが、たとえばにぎりでタッチしたら一枚ずつ表示を捲ったら最後にいけばどん詰まり。

一番初めにあったにぎりを探すには左へ左へとタッチしなくてはならない。

この時間は無駄、無駄・・・。

システムは改善の余地どころではない。

かっぱ寿司の役員さんはもちろん社長さんもネタばかりに気は行っているけど、システムそのものを、自らが体験されて、えー加減で使える利用者に優しいシステムに見直してくれ、と云いたい。

それはひとまず置いといて、私の注文である。

珍しいものが見つかった。

たこ焼きである。

にぎりに盛っているわけでもなく軍艦巻きでもない正味のたこ焼き。

唐揚げとかは寿司チェーン店でみたことはあるが、たこ焼きねぇ。

いずれはお好み焼きも出てくるのだろうか。



先に食べたのは前回の中でもピカ一の味である海鮮ユッケ包み。



醤油をたらして山葵をちょちょい盛って手巻きのように包んでほうばる。

こりゃ美味いわ。

たまらん味は何個でも食べたいが、特急レーンで運ばれたたこ焼きを喰う。

味も見た目もそのまんまのたこ焼き。



下味をつけているのかソース無用のたこ焼きに美味いと口ばしったが、3個で百円。

この味で百円なら私はラ・ムーのたこ焼きを買うだろう。

ラ・ムーのたこ焼きは店舗で作ったできたてたこ焼きを6個入り百円で売っている。

とろとろ味にソースたっぷりかけたら大阪の味。

とにかく美味いのである。

かっぱ寿司のたこ焼きはどちらかといえば外はカリっと・・・だけ。

中身はとろっぽさがまったくない。

まだまだ、大阪を知らんなぁ。

次の注文はタッチパネルに出てこない寿司屋のたたきに海鮮うま辛和え。



いずれも軍艦巻きであるが、パネルになくて写真の通りのメニューにある数量限定商品。

前回に訪れた際に店員さんに聞いていたこの商品の入手方法は店員さんをタッチパネルで呼び出して注文せよ、である。

入荷数が少ないから常にあるとは限らない数量限定商品である。

ありますか、と店員さんに伝えたら、しばらくしてやってきた。

職人さんに尋ねた結果は、あります、だった。

嬉しいね。

この数量限定商品は回転レーンにも廻されない商品。

“数量限定”の表示でなく、お客さんの誰もが気がつくように、“店員さんに聞け”とか表示替えをして欲しいのである。

こんなに美味いとは想定以上。

もっと、お客さんのことを考えた表示にして欲しい。

今回に食べた寿司屋のたたきはアジかハマチかわからないが、新鮮さはある。

ただ、ちょっとあるスジが気にくわんかった。

もうひとつの海鮮うま辛和え。

この味はいったい何だ。

これまで食べたことのない味である。

ユッケとは違ったごま油和えなのだが・・。

いや、もっと辛みが凄いまったりとした味。

面白い味に鮪がどっさり入っていた。

味的には今回も海鮮ユッケ包みが断トツ。

2番手に海鮮うま辛和えが入った。

一杯のかけうどんでお腹は満腹になっていたが、最後の一品はさてどれにするか。

迷いに迷って決めた商品はサーモンバジルマヨ炙り。



とっても変わった味。

味覚も食感も初めて味わう寿司は洋の品。

マヨとあるが、チーズ感丸出し。

美味しさもまた別にあるのだが、次回はもうないだろう。

〆て今回の支払額は2268円。

一人当たりが750円ほど。

寿司皿の枚数はいつもトップの席を譲ることのないかーさんが8枚におふくろも私も4枚であるが、敢えていうならたこ焼きも1皿加えて5枚だった。

(H30. 6.14 SB932SH撮影)

明星のチャルメラ油そば

2019年11月24日 10時01分07秒 | あれこれインスタント
二日前は大阪・住之江に居た。

中央区伏見町の林歯科での治療を終えてからの昼食も済ませて立ち寄ったスーパーサンデイ住之江店。

奈良市内や大和郡山市内にもあるスーパーサンデイであるが、住之江はなにかと便利な位置にあるからついつい買い物をしてしまう格安店。

ここ住之江店には奈良市とか大和郡山の店では売っていない商品もあるからなおさら出かける。

毎回のことであるが商品棚の入れ替わりも見逃せない。

ずっと置いているような商品もあるが、おニューの商品もある。

目が行ったのは特別棚のカップ麺コーナー。

えっ、とうとう明星も油そばかいなと思った。

そう、商品棚に山積み状態のカップ麺は“ホタテの旨味がきいたしょうゆダレ”が決め手だという明星のチャルメラ油そば

税抜き価格だが99円で売っていたので2箱も買った。



一つは味見用である。

食べる日は突然にやってきた。

我が家でお昼を一人寛ぎする日に何を選ぶかといえばカップ麺でしょ。

ほんの数日前に買ったチャルメラ油そばを早速の試し喰いである。

お湯を注いで3分間まつ。

お湯捨てしたら添えつけの液体ソースをとろとろ落とす。

真っ黒なソースが麺の中心部に注ぐ。



すぐさま浸みこむ液体ソースに絡む具材。

大きなネギもがある。

これだけで美味そうに見えるチャルメラ油そば

何故かメンマが大量にある。

油そばってこんなんだったっけ。

落としたソースは色濃いし香りも濃い。

鼻に吸い込まれていく液体ソースが食をそそる。

そそるにはそそるのだが、油そばの香りではない。

一般的にある焼きそばソース。

それもウスターソースの濃いのんによく似ている。

ソースを絡めるには箸が要る。

あっちこっちを舐めるように絡めるのだが、絡め足らない。



何度かトライするが全面に絡まないソース量だと思った。

早速いただいた油そばの味。

美味しい方だと思うが、謳い文句の“ホタテ”味はどこにある。

味はとにかく濃い。

見た目以上に濃いのだが、油がもひとつ。

油っぽさがないから、ソース焼きそばの味。

いや、本来はしょうゆ味仕立てなのだが、後味はソース味。

なんでやねん。

そうそう、チャルメラおじさんの顔で作ったカマボコがあったよね。

絡めているうちに底に沈んだようだ。

ぺろぺろと食べつくした底にあったおじさんも食べてしまった。

チャルメラの味もしない明星のチャルメラ油そばはソース味。

次回は買うこともないだろうが、明星であれば「ぶぶか」の油そばを食べたい。

どこかで特売で売っていないかな。

ちなみにチャルメラ油そばの塩分含有量は4.4g。

私にとっては適用範囲内だった。

(H30. 6. 7 SB932SH撮影)
(H30. 6. 9 SB932SH撮影)

小庭にキクラゲ

2019年11月23日 10時06分33秒 | 自然観察会(番外編)
雨が降った翌日である。

朝もまだときおり降る小雨に花や葉が濡れる。

ホワイト色に染まるカラーを撮っていた。

そういえば北にある小庭にキノコが生えていたことに気づいた。

じっくり眺めてみればキクラゲである。

中華料理に必須のキクラゲは干してから使う一品。

味そのものはないが、あのシャキシャキ感が好きでカップラーメンに入っている小さくて細いキクラゲをガリガリ噛んでいるのがお気に入り。

我が家のキクラゲは古木、ではなく枯れ木状態になった芙蓉の根株ににょっきりと出現した。

芙蓉の木は北の庭にあった。

狭い庭によくまあここまで太く育ったものだ。

大方30年ほどの期間に愉しませてくれた芙蓉の花である。

隣家の南庭に朽ちた花は落とすわ、葉っぱも。

枝伐りをしてきたが、これ以上迷惑をかけられない。

そう思って平成28年に伐採したが、翌年には切り株から新芽を出していた。

勢いもあったが、これもまた伐らざるを得ない。

新芽を落とすことで木を弱らせる。

そうすることで朽ちる。

朽ちたらボロボロになる。

そういう枯れ木になったらキクラゲは生える。

いずれはキクラゲも生えなくなるが・・。

突然に出現したキクラゲもまた記録と思って撮ったが・・。

ネット調べでわかったことは一応食べられる分野になるアラゲキクラゲになるようだ。

我が家のキクラゲを見て決め手になったのは産毛の状態。

それで判断したアラゲキクラゲだけど・・・。

どうかな。

その後の状態である。

毎朝に雨戸を開けるタイミングに見るキクラゲの状態である。

雨が降っている、或いは降りやんだある一定の時間内であれば、キクラゲは現状を保持しているが、雨も降らない日、極端にいえば翌日は降っていなけりゃ醜い姿で縮れてしまう。

干乾びた状態といえば正しいのかもしれない。

色は数日経てば黒色になっていた。

そこへまたもや雨が降るとなれば一挙に回復したキクラゲはまた元通りの姿になる。

6月の末ころになれば枯れたと思っていた芙蓉に若葉が出だしていた。

(H30. 6. 8 EOS7D撮影)

東洋水産まるちゃんの北の味わいゆず香るあっさり魚介醤油味つけ麺

2019年11月22日 12時38分23秒 | あれこれインスタント
東洋水産まるちゃんの北の味わいシリーズのつけ麺を初めて食べたのは前月の5月6日。

ほぼ一か月前である。

その日に食べたつけ麺は濃厚魚介豚骨醤油味つけ麺。

初めて味わったつけ麺に感動したぐらいの美味しさ。

それまでなんで食べていなかったのか、悔しいくらいに美味い。

それからというものはスーパーに立ち寄る度に見てしまう商品棚。

つけ麺そのものを謳っている袋麺は少ないが、ざるラーメンになるものがある。

これもまた美味くて何品か食した。

いずれも美味いとかーさんがいうからついつい買ってみたくなるが、何度もとなれば飽きてくるに違いないと思って遠慮する日も多い。

何食かして旨さは濃い目のつけ汁にあると思った。

濃厚な味わいのつけ汁を求めて探すが、意外と少ない。

日清食品も販売しているが、価格的に高額である。

税込み297円で販売していたザ・ビッグエクストラ大安寺店。

格安の店であってもこんなに高けりゃ買わない日清のつけ麺達人濃厚豚骨醤油若しくは魚介醤油味。

思わず、これって3人前なのと思ってしまう価格帯である。

さて、その大安寺店で買ったのは167円の東洋水産まるちゃんの北の味わいゆず香るあっさり魚介醤油味つけ麺は2人前。

北の味わいシリーズのもう一品になる。

これも魚介醤油味とあるから濃い方だと思う。

濃厚ではないが、濃いと思って買ったあっさり系。

どんな味やと思える味分け。

食べてみなけりゃわからない。

袋麺に作り方が書いてある。

これって袋から取り出してそのままつけ麺ではなく100mlの水またはお湯で薄めるとある。

濃厚でないのに薄める。

えっ、である。

前回に食べた濃厚魚介豚骨醤油味つけ麺はどうだったんだろうか。

薄めたのか、それともそのまんまいただいたのか。

まったく記憶にない。

一応、袋に書いてあるので、その指示通りに一人前当たり100mlのお湯を注いで薄めた。

そして食べるつけ麺。



こんなに黒い太麺やったのかとまたもや疑問符。

パッケージ袋に書いてある「香りを楽しむ小麦ブラン入り極太麺」。

もちろん太麺だよと答えたら、そうなのと返す。

つけ汁に浸けて食べる極太麺は歯ごたえがある。

前回食べたと同じ食感であるが、違うのではと言い出すかーさん。

同じだよと云っても信じないから押し問答。

これ以上はやめよう。

つけ汁も思っていたのと違うというが、そりゃ商品が違うから当たり前だと云ってもまた信じない。

どう云ったら理解してくれるのだろうか。

どうやら1カ月前に食べた商品が頭の中で記憶にある味覚とこんがらがっているに違いない。

食したかーさんの結論は1回目よりも2回目、3回目に食べたざるラーメンは美味かったという。

それもすべてが醤油味。

胡麻味も嫌うざるラーメン。

ラーメン屋で食するときも醤油味オンリー。

豚骨が混ざっているものには手を出さない。

ところがこの日に食べた商品はさっぱり醤油味。

1回目は濃厚豚骨醤油味。

1回目に食べたときはとても美味しいと云い出して、いろんなつけ麺、ざるラーメンを食べるようになったが、元の木阿弥になってしまった。

私といえばつけ麺の食べ方はつけ汁にあると思っている。

そのつけ汁にたっぷり絡ませて麺を食べる。

もっと旨さを引き立てるには出汁も一緒に呑み込むぐらいにつけ汁を多く口に含む。

太麺だけにそうすれば旨さが引き立つ。

100mlのお湯で薄めたつけ汁は多い。

麺の量も多いからたっぷりつけてぐっと飲む。

それでもつけ汁は残ってしまう。

残ったつけ汁はもったいないから薄めずにそのまま飲む。

たまらんね、この味が。

かーさんが思うほど、全然不味くないゆず香るあっさり魚介醤油味つけ麺であるが、謳い文句にある“ゆず香る”はまったく感じないのにはまいった。

もう一つ、つけ汁は前回食べた濃厚魚介豚骨醤油味ほぼほぼと同じような味がする。

表面の味ではなく根底にある味が喉の奥に残る。

これもまたサバ節で味を調えているのではないだろうか。

ちなみに当商品の食塩相当量は6.4g。

含有量表記にしないのは何故・・。

(H30. 6. 8 SB932SH撮影)

山城町涌出宮居籠祭・座饗応の儀

2019年11月21日 09時55分05秒 | もっと遠くへ(京都編)
文化庁の委託事業として記録映像化された『重要無形民俗文化財 京都府木津川市・涌出宮の宮座行事』がある。

媒体はDVDである。

平成22年度・京都府ふるさと文化再興事業推進実行委員会が企画(事務局は京都府立山城郷土資料館)したDVD記録映像は、一般に市販される対象ではなく、行事に関係する神社、保存団体や教育機関などの限定配布媒体である。

涌出宮居籠祭取材にあたり、中谷勝彦宮司から参考にと、一時貸し出ししてくださった。

本DVDは、「女座の祭、饗応(あえ)の相撲、百味(ひゃくみ)の御食(おんじき)、に居籠祭の準備を記録した1時間48分の記録編に居籠祭の全編を記録した2時間5分ものの記録編がある。

また、39分に短縮された一般編もある。

貴重な映像を取材前に見てしまっては、初めて拝見するさまざまな在り方に先入観をもってしまえば取材に影響をおよぼすであろう、と判断して後に回した。

奈良県内の行事取材においても同じやり方。

先駆者が纏められた出版物も手元にない。

尤も私が出かける取材先に行事はかつて記録されたことのないそれこそ無形の村の文化財。

ある程度まではお住まいする村の人たちの聞き取りくらいで、大まかなストーリーを描くようにして臨んでいる。

本番の取材に入ってから、意外なものを見つけることがある。

聞き取り段階では、まったく話題に出なかった貴重なものを発見することも多い。

どこへ行っても、村の人が意識していない、貴重性に気付かないことは多々ある。

普段、見慣れているからこそ気づかない側面がある。

とはいってもいつも、どこでもそうなるとは限らない。

貸し出してくださったDVDは専門家の監修が入っているから信頼性がある、と思う。

特に所作などが気になるところであるが・・。

DVDに記されている解説文によって、いごもり祭のほぼ全容が見えるから一文を紹介しておく。

「近世では今の2月中旬にあたる1月の二の午の日に行われていたいごもり祭(※居籠祭)。

近代の時代になれば、2月の14日の深夜から。

さらに平成19年度からは、2月の第三土曜、日曜に行われ、涌出宮周辺の座中・与力座が中心になって進行される(※文は若干補完)」。

「2月に入ると、与力座をはじめ、いごもり祭に参列する古川座、歩射座(びしゃざ)は、祭りに必要な材料集めや道具類を製作する。与力座は大松明用の樫の木、藤蔓、竹、松苗用の松、箸用の樫の木などを近在の山から伐り出す。大松明用のニッキ(肉桂)やシバ(柴)、おかぎ用の榊は、涌出宮の森から採取。松苗、おかぎ、箸、野塚に供える小型の農道具(唐犂、馬鍬、鋤、鍬の4種)なども作る」。

また、「古川座は、祭りの門の儀・饗応の席に出す膳の材料(生鰯、ごまめ、畦豆の水炊き、柿なます、酒の粕、サイコロ大に切った生大根)を準備し涌出宮に持参する他、八手繰りの長さの勧請縄も作る」。

「勧請縄は、歩射座も作る」、とある。

「祭りは、金曜日の深夜に“もりまわし”が行われる。その役の者が、付近の山中や涌出宮近くにある11カ所の塚を廻って、神さんを迎えることから始まる」。

「土曜日は、朝から大松明を作る。作っている合間に、歩射座が作った勧請縄を吊るす。大松明が、完成するお昼前には、古川座が作った勧請縄も吊るすが、先に吊るした歩射座の勧請縄に絡めて一体化させる」。

「その夜、居籠舎に集まってくる三座。与力座が来席される古川座、歩射座、尾崎座の三座をもてなす饗応の儀。門(かど)の儀の名があるもてなしの場が開かれる。そして、門の儀を終えた直後から始まる大松明の儀。大松明が境内を赤々と染める」。

「その日の深夜に役が動く。農道具を野塚に供える野塚祭である。役の人が立ち去った後、村人は競い合うように供えた農道具をいただくことができる野塚祭は、日曜、月曜の両日とも深夜に行われる」。

「日曜日の朝、午前中いっぱいをかけて膳の準備をする与力座。時間を見計らって動き出す七度半(ひったはん)の呼び遣い。与力座の使者が、古川座の総本家の家に立ち寄り、午後に行われる饗応の儀の招待の任に就く。最初の挨拶と、帰り際に6回半の挨拶のある作法は、独特のものである」とあるが、七度半の呼び出しは意外と全国的にある習わし。

どこの地域でもしているか、といえば、そうでなく、ごくごく一部の地域。

作法の意味はたぶんにどことも同じような気がする。

事例は少ないが、奈良県の事例を見ているとそう思うのである。

そして、招かれた三座を迎えて座を営む「饗応の儀」が行われる。

解説文に「午後は、居籠舎で与力座による三座の饗応の儀。種蒔きから田植えまでのあり方を真似る所作をする。年の初めに祈念する豊作祈願の所作は、御田植式の形で繰り広げられる」。

棚倉の地が豊作になるように願いを込めた所作。

一連の所作を終えて三座の饗応の儀を終える。

三座は解散され、観衆は揃って引き上げるが、いごもり祭(居籠祭)はまだまだ終わることのない行事である。

「これら、すべてが終わった夕刻。表門(四脚門)にある昨年に納められた勧請縄を降ろす。そして、前日に吊るした古川座と歩射座の勧請縄を降ろし、表門に新しい勧請縄を据える。一方、古い方の勧請縄は解体し、枯れたニッキ(肉桂)は午前零時過ぎの深夜に行われる御供炊き神事に燃やすシバ(柴)にする」。

こうした一連の作業も与力座が行っている。

一般の人は見ることのできない、いごもり祭の最終章である。

解説文に「御供炊き神事が行われる日曜の深夜。宮司と役を務める与力座の一人が動き出す。涌出宮の本殿ならびに社周辺にある四つ塚に参って御供を供える。これら御供は、神さんが食したことを受けて、朝日が昇るまだ前の時間帯。早朝を迎えるまだ暗いうちに、役の人は“明けの太鼓”を打って、集落をふれ廻る。いごもりの祈りが、成就されたことを告げる“明けの太鼓”で祭りを締める」。

宮座が取り仕切る古風な儀礼がよく保存継承されてきた棚倉のいごもり祭は、昭和58年に“棚倉の居籠祭”として京都府指定無形民俗文化財に指定された第一号。

女座の祭、饗応(あえ)の相撲、百味(ひゃくみ)の御食(おんじき)も含め、“涌出宮の宮座”として昭和61年に指定された。

長々と書き連ねた2日間に亘って行われる居籠り祭。

これより始まる儀式は三座の饗応の儀。

類例を見ない膳作法のあり方を、これより記していく。

三座を迎えて与力座がもてなす饗応(あえ)の儀。

前夜も“門の儀”もまさに同じ饗応(あえ)の儀であるが、キョウメシ(京めし)など膳のあり方がまったく異なる。

作法はほぼ同じようであるが・・。

本日の撮影は、居籠舎の外からとらえることにしていた。

昨夜の座饗応の門の儀の撮影は中谷勝彦宮司や京都府文化財保護指導員Aさんのご配慮をいただいて居籠舎内から撮らせてもらったが、儀式に作法する給仕らの動きに邪魔をしていたと思われ、また板元もそういうように本日の饗応は外から拝見することにした。

が、儀式の途中に居籠舎に座っておられた中谷宮司が手招きをされる。

顔と手を横に振って断ったが、どうしても屋内に上がって撮ってください、と合図。

むげに断るわけにもいかず、膳の作法からは居籠舎にあがって撮るようにした。

ただ、黒子に徹したい私は、他のカメラマンが撮るレンズに写り込まないよう、極力、背なかを丸めて、その場から動かないようにした。

左右には動かないが、ときには選んだ場面によっては、すっと立ち上がり、すぐさまシャッターを切る。

構図を決めている余裕の時間はない。

撮ってすぐさま陰に隠れる。

それでも数回は向かい側から撮られていた菊約さんが公開するブログ画像に写り込んでいたので申しわけないと思った。

さて、神事が行われる午後2時。

それ以前から居籠舎に座した三座。

昨夜の“門の儀”と同じ位置に座る古川座に歩射座、尾崎座。

装束も同じく古川座は烏帽子被りに黒地の素襖。

歩射座、尾崎座は裃姿。

当初の撮影立ち位置は神事が行われる拝殿側と向かい合わせになる居籠舎の北扉。



そこに置いてある祭具はお神酒注ぎの長柄の銚子(ながえのちょうし)に酒器の提子(ひさげ)。

華麗に細工した彫金模様が美しい酒器が黄金色に映える。

載せる八足庵に枝ごと挿した榊。

この場は神聖な場である。

神事の進展によってその場は宮司、巫女、板元らが通る場。

立ち位置は、邪魔をしないように気配り、気遣いがある。

さて、神事が始まった。



饗応の儀に御田式の最中は、昨夜と同様に社殿に座ってじっと神ごとを見守る与力座一老。

座に動き回る板元と給仕。

一老は紺色の素襖。

板元と小学6年生の男児3人が役をする給仕は緑色の素襖を着用し烏帽子被りだ。

その横に立っている女児は御田の儀に板元とともに所作をする幼児の”ぼうよ“。

真綿の帽子を被る特徴ある姿である。

立ち位置の関係で映り込まなかった小学1年生の“とも“も並ぶ。

巫女姿はそのいち役を務める大学生のお姉さん。

子どものころから毎年務めてきたそうだ。

粛々と神事をされる宮司。



祓詞に修祓、祝詞奏上・・・。

居籠舎の上座に座する古川座一老の後ろ姿。



凛とした背中に下がり藤の紋がある。

白抜き下がり藤の紋は奈良の春日大社の社紋と同じである。

北扉脇に座った”ぼうよ“と天冠を被る“とも“。

神事に祓いを受けた両人は先に着座し、板元が身支度を整えていた。



その間に奉納されるそのいちが舞うえびす神楽。

太鼓打ちは若い方の板元である。

舞う間は、一老に寄り添うように並んで座った宮司。

しばらくはこの位置に座していた。

舞を奉納したそのいちは直後に鈴祓い。

三座の座中一人ずつに鈴で祓っていた。

神楽舞に鈴祓いを終えたら御供下げに移る。



前夜と同じ形の御供を下げ、白湯(さゆ)を入れる銚子におかぎも下げて居籠所に運ばれる。

その間に、そのいちは“とも“が座る隣席に就く。

まず初めにされる作法は榊祓い。



給仕が一人、一人の座中の前に座って祓う榊。

その榊の葉を枝から契っては右肩から、左肩後方に放って身を清める「清めのちょうず(※手水)」所作である。

その次に三座への挨拶。

古川座、歩射座、尾崎座の順に、昨夜と同様に作法される板元の挨拶。

3人給仕も三座の前、それぞれに座っては頭を下げる。

その際、手にしていた扇は前に置いていた。



それから宮司も席に就く。

”ぼうよ“が座っていた隣席に宮司が座る。

御供の形は特徴ある△型に成形した盛り飯である。

折敷に一つの御供を載せる。

それを運ぶ給仕。

三人の給仕は、それぞれが三座に給仕をする。



上座に座る一老から二老、三老・・・と一人ずつに御供配り。

樫の木を削って作った箸でほんの少し摘まんで座中が広げて受ける両手に差し出す。



手で受けた御供を口にする作法。

いわゆるテゴク(手御供)の作法である。

古川座の座中すべてにいきわたったら、そのいちの席に就く。



同じように作法されて御供を口にする。

隣席に座っている“とも”に御供はない。

御供の作法は三座とも同時進行する。

古川座、歩射座、尾崎座それぞれの座に就く給仕は3人。

座中の人数に若干の差異があることから、動き出すタイミングは板元が指示をする。

次の所作は、三献である。

南側の扉向こう。

その所作をしっかり収めたいカメラマンは2人。



一人は静止画であるが、もう一人は動画撮りのビデオマンであろう。

北側から、南側からいずれも解放している扉付近からしか撮ることのできない饗応の儀であるが、こと細かな所作は、座中の近くまで寄ることもできないだけに難題である。

まずは上座に座る古川座の一老席へ進み出る給仕。

高く掲げた銀色の銚子を運ぶ給仕。

席に就いて頭を下げる両者。



給仕は調子を両手で持ち、右肩から上方へ大きく腕を上げて廻すような格好で3回。

カワラケで受ける座中に酒を注いだら、三口つけてから酒を飲み干す。

御酒の順は榊清めと同じように古川座、尾崎座、歩射座の三座中一人ずつ、厳かに酒を注いでいた。



静かな動きに緊張感漂う饗応の場に座る天冠を被る“とも“。

一般家庭では見られない作法に不思議を覚えたことだろう。

”ぼうよ“の隣席に座った宮司も御酒を口にする。

ちなみに御酒の酒。



実は、お酒でなく白湯(さゆ)である。

室町時代、興福寺の修正会にも見られるように酒は白湯(さゆ)であったとされる記録があるそうだ。

中谷勝彦宮司が話してくれた、現在は見られない修正会の白湯は、いごもり祭に見られた。



饗応の儀を直に見ることない与力座一老。

神子のごとき姿で凛として座っていた。

次の作法は、古風な作法で行われる三々九度の“盃ごと“。

給仕は、古川座の一老に差し出す塗り盃は台付き。

盃は伏せられている。

次に給仕が運ぶ塗りの盃もまた二枚重ね。

重ねる盃は蓋するように伏せた盃を、二老、三老に二人同時に給仕が運ぶ。

次も同じく二枚重ね盃。

伏せたままの形で宮司の前に差し出して頭を下げて戻る。

次に登場する給仕は真っすぐ向かった一老の前に。



頭を下げた次に、横を向き、左膝を立てて、盃を表返す。

そして下がった、次に二人の給仕が同時に進んで、二老の前と三老の前にそれぞれが就いて頭を下げ、一老にしたように盃を表返す。

その際の作法は一老の眼前にて行われる。

特徴的なのは盃のおもて返しの作法である。

一老のときと同じように左膝立ての形である。



おもて返しをする盃を両手で取り上げて、高々と揚げて瞬間にさっと被せる。

相向かって所作する2人の給仕。

見事に決まった奇麗な所作に見惚れることしばし、である。



おもて返しをした盃を二老、三老に差し出し、頭を下げる。

これを宮司の盃も同じように表返す。

このおもてがえし(おもて返し)、どう見ても盃に蓋であろう。

饗応の儀にキョウの飯もある。

次に登場するそのキョウの飯は二枚のカワラケもまた、一枚は皿に、もう一枚は蓋である。

塗りの盃も同じあり方。

類例があるのかどうか、今のところ、事例は持ち合わせていない。

盃が用意できたところで始まる酒注ぎの作法。



長柄の銚子(ながえのちょうし)をもった給仕が登場し、一老の前に進み出る。

一度、盃に注いだように見えたが・・振り返り戻って・・と思ったところに、酒器の提子(ひさげ)をもつ、もう一人の給仕が登場、座の中央に出合うような恰好だ。

大阪・富田林に鎮座する佐備神社。

一年に一度の神楽祭がある。

平成29年4月4日に訪れて拝見させていただいた神楽舞の一つに注目すべき演目がある。

その年は久しぶりに奉納された“神酒調進(みきちょうしん)”。

大阪神社庁版式目、富永正千代師が唱えられた「浪速神楽式目数え歌」の一曲にある神酒調進である。

その作法を拝見していてこれは、と思ったので、次に書き記しておく。

「雄蝶雌蝶(おちょうめちょう)の金銀の長柄の銚子。お神酒を注ぐ祭具は祝い事の酒盃に用いられる。衣装も独特の特徴をもつ“「神酒調進”。金の長柄の銚子から銀の長柄の銚子へ。そして酒盃に注ぐ。金から銀。銀から盃へ。一舞、舞っては盃に神酒を注いで、これを三回繰り返し。三々九度の儀式であろう。その間にあった所作に長柄の銚子から長柄の銚子の酒注ぎである。まるで酒を継ぎ足しているかのようの思えた所作は加御酒(くわえごし)であった」。

涌出宮・いごもり祭の座饗応の作法に見たのも同じく加御酒。



たしか「くわえごしゅ」と呼んでいたような気がするが・・。



酒器は長柄の銚子(ながえのちょうし)、提子(ひさげ)で所作する加御酒(くわえごし)。



宮司にそのいちにも同じ所作をもって酒を注ぐ。

酒盃の儀は長丁場。

ときおり水を打ったようなタイミングでカチャッと音を立てる器。

静寂さに緊張感が続く作法が決まった給仕。

拍手をすることはもってのほかの場である。

座中に宮司、そのいちが使用した盃を引き上げて次に移る。

時間帯は午後3時20分。

座饗応の儀が始まってから1時間20分も経っていた。

動きのない作法に飽いて居籠殿から離れるカメラマンに見学者も少なくない。



平膳に盛った4品は、この日の朝に与力座が調整した膳。

滑らないように気を配りながら給仕が運ぶ。

素焼きのカワラケに盛った膳料理は4品。



五つの茹で大豆に千切り大根と人参のカキナマス。

ゴマメもあれば板状の酒粕と角切の大根の盛りである。

一老から十老までの古川座・座中に宮司、そのいちの席に配膳される膳。

次に運ばれるキョウメシ(京めし)である。

2枚の素焼きカワラケで挟んだキョウメシ。

湯のみ茶碗いっぱいに詰めて固めているからやや高さがあるキョウメシは、ゲタ付きの三方に載せている。



膳手前に置いた箸は樫の木の皮を剥いで奇麗に削った手作りの箸。

中央辺りにやや太さをもつ箸。どことなく正月に使う祝い箸を思い出す、末広がりの八寸箸。

両方とも先端が細く作る両口箸。

両口の一方は神さん用、もう一方の先端は人が使うためであり、"神人共食"を意味しているそうだ。

ちなみに中央がもっと太目の箸は、その形状から五穀豊穣を願って俵箸と呼び、さらに太めの孕んだ形状の箸は孕み箸。

子孫繁栄を願う箸もまた祝い箸。



例年の正月に我が家も使ってきた祝い箸にこのような願いがあったとは・・この歳になってはじめて知った箸の意味であるが、このような形状の作り箸は、神社の年中行事に供える神饌に添える地域もまた多いことをあらためて知るのである。

ゲタ付きの三方に載せたキョウメシは古川座の一老だけ。

二老以下の座中に三方はなく、略したキョウメシである。



また、尾崎座、歩射座にも蓋付きのキョウメシを配膳されるが、一老だけに限られる。



このキョウメシの蓋は、酒盃にも用いられる。

歩射座の一老は、その蓋を手にして給仕が注ぐ提子(ひさげ)の酒を受けていた。



酒盃は三献。

ちなみに御酒の酒は、お酒でなく白湯(さゆ)である。



前夜に行われた・座饗応の儀においても御酒でなく白湯を注いでいた。

宮司曰く、室町時代、興福寺の修正会に見られるように、御酒は白湯(さゆ)であったそうだ。

座饗応(あえ)の儀の締めを告げる板元。



頭を下げて退き、次に登場する給仕も頭を下げてから、板元が締めの向上を述べる。

座中に向かって「どうぞ、お納めください」と挨拶された板元の声に従って京めし膳の調理料理を予め用意していた半紙に包む。

つまり、御膳は一度も口にすることなく、京めしをありがたく受け取って持ち帰るのである。

そのときに使うのが樫の木で作った箸である。

尾崎座、歩射座の二老以下は、キョウメシだけである。カワラケを逆さに、ポンと振って半紙に落としていたが、汁けがあるのか、零れないような袋も持ち込んで収めていた。



帰り支度の最中に宮司が座中に伝えた古代の素焼きカワラケのことである。

「ゴマメを盛っているカワラケの裏面を見てください」と、いう。

そのなかに平成3年から4年にかけて行われた社務所建て替えの際に発掘調査によって出土、発見された南北朝時代・室町時代の素焼きのカワラケである。

かつてのいごもり神事に使ったカワラケは土中に埋めていたのであろう。

いごもり祭の歴史を語ってくれる出土カワラケは埋蔵文化財。



ナンバリングされた付番を、しかと見入る座中たち。

室町時代に使われていたカワラケは、現代に蘇り、座饗応(あえ)の場に提供された。

「みなさん方も、こうしていごもり祭行事に参加されているのです」と・・。

午後3時50分、膳を下げて小休止と言いたいが、そうでなく、続いて始める農耕を模擬的に行うお田植え儀式である。

(H30. 2.18 EOS40D撮影)