マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

空回りのマウス

2013年02月28日 06時55分01秒 | つうしん
操作していたマウスが突然に空回りした。

親指でクルクル回す部分がアクションしなくなった。

平成20年8月にゲートウエイパソコンと同時購入したマウスの経年劣化であろう。

予備に置いていたマウスがこのときに役立つと思って切り替えたが、クリックがどうも不自然な状態になる。

特に右クリックが反応しないのだ。

予備が予備でなくなった。

それこそ「お呼びでない」とシャレッけまるだしで植木等さんの歌を思い出した。

仕方なく電気屋さんに出かけて手にいれたのはバッフアローのBSMOU05MRDだ。

マウスはいろんな種類が売っていた。

動けばいいのだと思って手にしたマウスは780円。

1mの延長コードが付いているがノートには不要。

何かの折りに使うだろう。

(H24.12.22 SB932SH撮影)
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大紀水産の寿司折り

2013年02月27日 06時56分13秒 | あれこれテイクアウト
お盆以来の大紀水産

一年に数回の贈り物が届く。

それはメール便のダイレクトメール案内。

届いた封筒をお店に持っていけば店内で使える500円券が進呈される。

今回はなんと2枚ついて合計千円分の利用券。

交換当日でも使用できるが、その日は食べる意思がなかった。

そんなことでこの日になった大紀水産。

トライアルで買い物を済ませて王将の餃子を買った。

本日大安売りの餃子を求めて買い物の旅。

そこから先が大紀水産だった。

せっかくいただいたありがたい交換券は忘れずに持ってきた。

一目散に目指すは寿司売り場。

お目当ての寿司折りがあった。

10貫で525円。

今日はそれを選ばずにブリずくし。

にぎり寿司に巻きだ。

テカテカに光っている。

前回は特上のにぎりにしたが、今回はブリ寿司だ。

口が受け付けないカズノコには往生する。

それがはいってなきゃ最高なのだが・・・。

正月が近い。

カズノコ製品が多く並んでいる。

一週間後に来るおふくろのためにそれを買うつもりだ。

それはともかく寿司はもう一品。



海鮮ちらし寿司だ。

これは極上の美味さ。

特上のちらしで500円とは驚きの価格である。

かーさんも美味しいとパクついた。

(H24.12.21 SB932SH撮影)
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小林町の牛話

2013年02月26日 09時06分17秒 | 民俗を聴く
かつて牛を飼っていた小林町のH家。

当時を思い出すように話しだす。

その様子を知りたいと申し出ていた県立民俗博物館の学芸員に伝えたところ聞き取りの場が設けられた。

「あんたも来てほしい」と願われて同席した。

1.飼っていた牛は貸し借りをしていた。

相手先は宇陀市の榛原や都祁村の白石だった。

牛は歩いて連れて行く。

裸足では痛かろうと編んだ草履を履かせた。

爪を剥がすから2足要る。

牛は四ツ足の動物やから8枚編んだという。

4枚は道中で傷む可能性があるから予備に持っていった。

榛原や白石は東の山間。

山のほうでは先に働いていた牛が居る。

離し飼いしていた牛は放牧された土地の草を食べていた。

宇陀榛原が出里のSさんはその地を国中(くんなか)と呼んでいた。

逆に小林町などの盆地部を平坦(へいたん)と呼んでいた。

平坦を「ヒロミ」と呼んでいたのはHさんだ。

平坦から見れば山間は「ヤマガ」と云う。

「ヤマガ」はおそらく山側であろう。

牛が平坦に居るのは5月から6月にかけた2ヶ月間。

「しもうたら山へ送っていく」と話す。

牛小屋は「ウマヤ」と呼んでいた。

牛は親戚筋の家と共用で1カ月ずつ交替する。

これを「預ける」という。

その時期は「ムギをしてた」そうだ。

牛の糞を素手で掴んだ。

これを「クマシ」と云う。

ムギを撒く。

田んぼで小水するおしっこは桶に入れて蓄えた。

当時は木の桶の「肥えたんご」があった。

聞いていた私にとっても懐かしい響きである。

肥えたんごは牛がおらんようになって潰した。

肥えたんごにムギを入れたら温かくなる。

5月になれば白石は田植えをしていた。

5月初旬のことであった。

藁は牛の餌にしていたと話す。

2.カラスキは手綱(たづな)でもって「チャイ チャイ」と云いながら引っぱった。

左に向かわせるときに使う言葉だ。

右に向かわせるときは「チャイ チャイ」はなくて手綱を引っぱるだけだと云う。

牛は「ドウド ドウド」で停まる。

「シットレ」が行けという合図だ。

手綱で牛を叩けば再び「歩きだしよる」がムチは使ったことがないと云う。

10歳から20歳ぐらいの牛はよく働く。

若い牛はいうことを利かんと云う。

黒牛はいうことをよく利く優しい雌牛。

チョウセンウシと呼んでいた雄の赤牛は気性が荒いので怖かったそうだ。

発情期は特に気が荒いから働き牛にはならなかった。

百姓屋の牛は長生きする。

牛が死んだとこを見たことがないという。

牛の屠殺場は小林町の北部側にあった。

モウモウと鳴いていた。

博労が持って帰ってくる若い小さな牛と交換した。

痩せた牛はお金はいらん、働く牛は金がいる。

博労が競りで落とした牛を連れてきたようだ。


3.宇陀の榛原には赤牛がいたというSさん。

粘り強い牛だったようだ。

伐採した材木を曳く牛車は繋いでいたロープを外したらさっさと家に戻ったという。

牛のハナギは子牛のときに付ける。

焼きヒバシで穴を開けたと思っていたがそうではなかった。

Sさんの姪御さんの嫁ぎ先は稲戸のⅠ家。

昨年までは牛を飼っていた。

生まれた一年牛のときに千枚通しのような道具で穴を開けたそうだ。

ハナギは割れることもある。

柔らかいヤナギの木だった。

ヒノキの曲がった木でもよかった。

道具で穴を開けたら血がじゅるじゅる出たそうだ。

舌でペロペロしてたから可哀そうだと思った。

牛は涙を流すことがある。

涙を流せば作業をしない牛。

牛の顔を見れば健康状態がわかるそうだ。

4.ムギは皮を剥いてぺしゃっとして柔らかくした。

正月にウシのモチを搗いていたS家。

コジキのモチも搗いていたそうだ。

Sさんの実家では「ブトクスベ」をしていた。

ボロギレとワラの紐だった。

夏場は火取り。

ソラマメの莢(さや)を火ばちの上でくすべていた。

人が起きているときにしたという。

よう乾いた藁が牛の餌。

藁は竿に掛けて乾かした。

濡れたらあかん。

乾かした藁は納屋で保管した。

牛を繋ぐイトナワ(糸縄)は青色だった。

細い糸縄だが親指よりも太い。

カラスキにも繋げていた。

「お」(麻の緒)であったら牛の身体が傷つく。

「お」が切れたら博労さんに付け替えてもらう。

県北部で見られた牛を連れて参るノガミさんはなかった。

博労さんは突然にやってくる。

博労の家では何頭も常時飼っていて、連れてきた一頭を交換してくれる。

牛が風邪をひけば博労さんが瓶ビールを飲ませた。

博労さんが処置できる範囲内で注射することもあったようだ。

5.牛の貸し借りに行く博労さんにはソラマメを袋に入れて持たせた。

天理の岩屋や米谷辺りでおち合った。

当時は砂利道だった。

交換しあったあとの帰りはバスと電車で戻った。

着いた先で相手方が来るのを待っていた。

その際には牛を木に結わえていた。

昭和12年生のHさんは二十歳頃に牛を連れていったそうだ。

牛の餌のカイバ(飼い葉)の桶。

それは桶屋で売っていた。

小泉にアラモン屋があった。

そこでは牛の鞍も売っていた。

小泉は庚申さんの道筋。

当時は出店がたくさん出ていたそうだ。

小林の博労以外に生駒の博労さんもいた。

そこでも常時3頭から5頭も飼っていた。

秋には3頭ほどが牛のヘタレの対応で増頭したそうだ。

朝は涼しくて牛はよく働く。

暑くなれば動かない。

もう一軒の家が夜遅くまで牛を働かせていたら翌朝は動かなかった。

牛は毎日交互に使っていた。

1軒だけで牛を使っている家はなかった。

2軒の共同利用である。

昭和39年に嫁いできたときには家には牛はいなかったと話すSさん。

昭和35年に小林に嫁いだHさんの奥さんは牛がいて飼っていたという。

H家では昭和40年初めまで飼っていたという町最後の牛であった。

最後のほうの牛はまだ小さかったそうだ。

飼っていた牛には名前を付けていなかった。

ウマヤ(厩)は門屋の左側にあった。

右側はイネヤ(稲屋)だった。

ウマヤ建物が今でも残っているというのはK家だそうだ。

6.杵築神社の奉納していた絵馬。

小学5年生になれば当村では子供が一団に組んで奉納した。

トラの絵馬とかの絵は西田中に住んでいた絵描きさん。

ガクも作っていたそうだ。

絵馬はマツリの前に奉納していたと話す。

来年の1月初めに杵築神社の建て替えがある。

本殿下の長床や座の建物も壊される。

そこに掲げてある珍しい絵馬はどうされるのか。

この時点で尋ねておけばよかったと思ったが遅しである。

小林町には面塚と呼ばれる地がある。

その周囲の田んぼはH家の所有地。

稲刈りするときには歩道沿いに刈った稲を置いていく。

墓地と同じ扱いなので免税されているという面塚に天から降ってきたと伝わる翁の面がある。

その面を被って翁の舞いを演じていたのは郡山市内の柳町住民。

JR郡山駅から西へ通る商店街。

昆布屋さんがあった。

薬園八幡神社の少し手前。

外堀手前ぐらいの処に住んでおられたご主人が亡くなってからは舞いも消えた。

翁の舞いは小さい子供は怖がって見ていたそうだ。

Sさんが話すに2歳か3歳の頃の光景。

昭和40年の初めぐらいだったようだ。

7.牛は田んぼの盛り土を歩く。

暴れるのは初めてウマヤを出たときのこと。

手で掴んだハナギを持って歩いた。

ハナモチがおらんと急に暴れ出す。

カラスキを引っぱっていく牛。

ぐいと土にめり込んで折れてしまったそうだ。

牛が逃げて他の田んぼに行ってしまった。

見かけた隣の畑の人が捕まえてくれた。

牛はじっとしているときは草を食べているとき。

逃げもせずにススキの葉を食べていた。

牛に子供を乗せたこともあったが乗り物ではない。

牛を刷毛で背中をふいたら美しくなる。

ウンチがついたら水で流してブラシで洗った。

牛の維持費はぬか代だけ。

朝、昼、晩の三食食べていた牛。

当時は16、17万円もした耕運機が出現してから牛にとって替った。

耕運機は気を遣うことがない。

いつなんどきでも使えてラクになったと思ったが耕運機は売れない。

牛はその点で売れた。

安かったら10万だったが売れれば金になるのが牛だった。

牛から耕運機に代わってもシロカキをしているのは駅の西側の小泉町住民のKさん。

8.雌牛は角があった。

腰を突いてきよる。

鞍を付けるときには頭をもってくる。

その際に腰を突くそうだ。

稀には角で人間を突き飛ばすこともある。

牛のツメキリをしたことがない。

それをするのは博労さん。

前爪を抱えて小さな鎌で削るようにツメキリをしていた。

その鎌は今でもH家にあるという。

土瓶のような大きな銅製の茶瓶。

天井からつらくって竃の火で沸かした。

予めに作った米のとぎ汁をムギを混ぜた。

湯だけのときもあったが、それを牛の餌にしていた。

「牛にドウズやれ」と云われて米のとぎ汁を牛に与えた。

ドウズとは米のとぎ汁である。

それを藁に掛けたらえー臭いがしたそうだ。

鍋は一番大きいので竃で炊く。

イネワラを食べた牛は美味かったと話すSさん。

葬儀の日にの最初はシロメシ。

次がイロメシ。

三角アゲやゼンマイを味付けして煮ものにした。

それをゴッツアゲと呼ぶ。

広陵町ではユタテメシと呼んでいるそうだ。

他にもタタキゴボウやカラシアエもあったそうだ。

(H24.10.16 EOS40D撮影)
(H24.12.18 記)

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画像を入れたいNEXUS7

2013年02月25日 07時50分29秒 | つうしん
買ったNEXUS7を有効に使いたい。

フォトフレームのように画像を順繰りに映し出したい。

そう思ってチャレンジした。

まずはUSBを接続する。

セットアップのメッセージが出力する。

ウィンドウズメディアプレイヤーの更新画面がいきなり出た。

バージョン10らしいが、セットアップは完了しなかった。

コンピュータが検索されてライブラリーに追加がどんどんと進行する。

次々と出力されるファイル名。

どうやらパソコン全フアイルをダウンロードしているようだ。

あまりの多さに中断する。

そうすればNEXUS7は同期に移った。

一つ一つ転送しているようだ。

途中にワケがわからん見慣れないファイルも転送している。

エラーファイルはファイルが別なので再生できませんとある。

私が使っているパソコンにはどえりゃぁと云えるほどの画像量がある。

全フアイルを同期するには相当な時間がかかりそうだから中止しようとしたが・・・。

検索追加がそれであったので最後まで見届けよう。

とにもかくも最後まで・・・と思ったが。

右側のネキスト7側には「Alarams、Android、DCIM、Download、Movies、Notifications、Pictures、Playlitis、Podcasts、Ringtons」のタイトルが出力されたがなんのことやらさっぱり判らない。

それにしても同期っていったいなんだろうか。

とりあえずウィンドウズメディアプレイヤーを終了させた。

マイコンピュータにはNEXUS7のアイコンがある。

押してみればそれらのファイルが並んでいる。

試しにPicturesをクリックした。

おーーと思わず声をあげた。

どっさり中断したファイルがフォルダーごとにあるが映像は出てこない。

ネキスト7をマイコンピュータから外した。

何で見ればいいのか。

とりあえずストレージで見た。

あるある。

中身をみれば思ったとおり画像がいっぱいだが判りにくい。

不要なファイルはパソコンに接続して削除した。

これは外部データの扱いなので容易くできる。

欲しい画像をドラッグペーストした。

入っている、入っている。

しかしだ。画像は横位置である。

NEXUS7は縦位置。

画像が横にできればいいのだが・・・。

ネットで教えてもらった操作方法。

「設定」にある「ユーザー補助」に「画面の自動回転」がある。

これをレ点をすればOKである。

スライドショーはどうしたらいいのだろうか。

一枚の画像をたたいてみれば右横にでてきたファンクションにスライドショーがある。

それを触ったらできた。

もっぺんやってみようとしたがそれが出てこない。

あれやこれやと探して見る。

右上のほうに●が三つ縦に並んでいる。

それを押したらでてきた。

削除、スライドショー、編集、左に回転、右に回転、トリミング、登録、詳細情報である。

悪戦苦闘するNEXUS7である。

(H24.12.12 記)
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立ち寄った先の小林町

2013年02月24日 07時52分17秒 | 大和郡山市へ
(H24.10.24 SB932SH撮影)

仕事帰りにときおり立ち寄る小林町。

納屋には自転車が2台。

尼講の婦人の足である。

先週に通った際にもあったがそのときは素通りした。

この日は軽トラックもある。

旦那のHさんの作業用の車だ。

ドアをノックして「こんにちは」。

そこにはいつもの顔ぶれがいる。

杵築神社のマツリを終えてほっとした頃も訪れた。

帰宅途中に度々立ち寄る小林町。

その日は電話コールがあったからだ。

大きなサツマイモが採れたから食べにおいでというお誘いだ。

それはともかく弁当まで買って待っていたのだ。

予めに買ってくださっていたマッタケ弁当。

これが美味いんだなぁ。

どこで買ってきたのかと聞けばすぐ近くの「ほっかほっか亭」の大和小泉駅前店。

駅前といっても大和中央道沿いの信号付近。

小泉駅からはほど遠い。

ときおり「のり弁当」を購入するお店は小林町町内。

なんでもHさんの土地だという。

そこから南へ数百メートル。

今国府の交差点信号には「ステーキのどん」もある。

入店したことはないが知人のYさんがお気に入りで利用されているお店。

食事療法をしている子供のために調理を加減してくれるありがたいお店だと話していたことを思い出す。

そのお店の土地もHさんの所有地。

長期間に亘って借地契約しているそうだ。

ありがたい昼食の接待をしてくれる小林の人たち。

いつも話題が賑やかになって滞在時間が長くなる。

この日もそうなった。

突然に訪れたにも関わらず軽トラックで駆けだしたHさん。

しばらくすると戻ってきた。



手には寿司折り。



これも買ってきたとテーブルに置かれたほっかほかのおでん。

かーさんに電話してよばれる小林の真心。

いつも納屋で作業をしているご主人と尼講の人たち。



作った丹波の黒豆が特に美味しい。

話題はつきない。

この日はもう一匹の訪問者がいた。

ときおり出没する小動物。

エサを仕掛けた捕獲器を納屋に置いていた。

この日の朝に入っていた小動物がおるという。

頑丈な捕獲器をわざわざ購入したという。

内部を覗けばそこにいたイタチ。

近くまで寄ればシャー、シャーと威嚇する鳴き声を発する。

ちょこまか動くイタチ。



カメラを寄せると突然に飛びつけば怖さに思わずのけぞる。

オリに入っていても怖いイタチの威嚇。

何度も何度も飛びつくものだから鼻先が傷ついている。

しばらくすれば慣れたのか大人しくなった。



たまに鳴けばビー。

てっ、まるで車のクラクションのような鳴き方もある。

捕まえたが可愛そうだと話す。

夕方には逃がしてやろうと決断されたイタチはホンドイタチかチョウセンイタチか判らなかったが、翌年の野遊びでⅠ先生に動画を見てもらったところホンドイタチのようだと話す。

ちなみにイタチの雌の体長は雄の半分ぐらいだそうだ。

ということは捕まえたホンドイタチは雄であると確信したのである。

(H24.12.12 SB932SH撮影)
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唐古の新嘗祭

2013年02月23日 09時09分38秒 | 田原本町へ
我が家の前の山には薄らな積雪。

朝の風景の驚く冬景色の到来である。

月ヶ瀬では盆地部と同じような感じであったが、山間の室生ではなんぼほど積もったことであろうか。

10cmもあるような積もり方は大宇陀でもそのような様子である。

その夜も相変わらず強い風が吹く。

明日も寒い一日となりそうだと思えたこの日の唐古。

東の神明社と西の八阪神社で新嘗祭が行われる。

前日の8日は養福寺で薬師講の営み。

お寺境内を清掃した。

普段の営みは唐古の婦人たちが唱える薬師さんのご詠歌であるが、12月と7月は男性役員とともに般若心経。

その日は太鼓を打って心経を唱える。

唐古の営みはお寺、神社とも自治会運営。

戦後にそうなったと話す。

現在の唐古は100戸ほど。

旧村では75戸になるという。

10月に行われた神明社の昔宵宮には多くの村人が集まったが、新嘗祭は自治会役員の営み。

村の豊作は新穀収穫を祭る行事である。

にごり酒を供えて神事が行われる。

唐古は法貴寺の郷村。

池坐朝霧黄幡比賣神社の宮司によって神事が行われる東の神明社。

祓えの儀、献饌、祝詞奏上、撤饌など厳かに神事される。

寒冷前線がもたらした積雪。

時間が経過しても田んぼに残った雪は解けない。

強風が吹くこの日はとても冷たく寒い。

供えた神饌は西の八阪神社に持っていって同じように神事が行われた。



唐古は初瀬川と寺川に囲まれた広大な地。

肥沃な土地から生み出される田園地域である。

自治会が運営する行事は多々あるという。

1月は鏡開きにとんどがある。

役員たちがもてなすイロゴハン。

笹のお酒のふるまいやビンゴゲームなどなど。

村中の人が集まってくるそうだ。

4月初めは桜まつり。

屋台も多く設営されて、仕入れた生花も売っていると話す。

8月は盆踊り。

数々の賑わいをみせる行事は是非訪れたい。

(H24.12. 7 EOS40D撮影)
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東井戸堂町稲荷神社オシタキさん

2013年02月22日 08時27分59秒 | 天理市へ
「正一位藤丸大明神」の幟や提灯を掲げて祭典を営む天理市東井戸堂の八軒屋地区。

4月15日には地区の周囲にある八王子さんに提灯を掲げるハツオージサンがある。

田畑にぽつりとある塚らしき付近に提灯を立てる。

その数は8か所。

二手に分かれて掲げるので拝見するには2年もかかる。

平成21年、22年に取材させていただいた地区である。

当時に聞いていたオシタキさんの行事は川の傍に鎮座する稲荷神社で行われる。

八軒屋はその名の通りのかつては八軒の集落であったが現在は50軒ほどに膨れ上がった。

南、北、中島、出屋敷垣内の稲荷講ヤドがそれぞれ供えた御供はダイコン、ニンジン、シイタケ、ホウレンソウの立て御膳。

そこに三角のアブラゲ2枚とモチゴメを蒸したセキハンも供える稲荷神社オシタキさん。



「オシタキさん」は「お火焚き」が訛った行事名であるが、火の祭典もなく石上神宮の神官が来られての祭典である。

「オシタキさん」は3月の初午祭と12月のオシタキさんの年2回。

祭典を手伝うのは地区の長寿会の方々。

てきぱきと動き回る。

かつては村の神主が祭祀していたと話す稲荷神社は拡幅など何度も改修工事がされてきた川。

その都度において北へ北へと移動したという。

稲荷神社の社はかつての春日大社のコミヤサンであったと伝わる。

西井戸堂町にも移ったことがあるらしい。

西井戸堂町には山邊御縣坐神社が鎮座する。

遷宮の際に東井戸堂へ遷された社を稲荷社として祀られたそうだ。

朱塗りの鳥居のその年月があると云う。

拝見すれば昭和43年12月と平成16年10月。

どうやら昭和の時代だったようだ。

稲荷神社の本殿は真新しい。

それが平成16年だったと話す長寿会の人たち。

祓えの儀、祝詞奏上、玉串奉奠の神事を終えれば御供を下げる。



垣内のヤドが供えた御供はそれぞれの垣内に戻っていく。

祭典の後片付けもてきぱきと済ませた人たちは社務所にあがって直会で祭典を終えた。

(H24.12. 8 EOS40D撮影)
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小名上出垣内の行事

2013年02月21日 06時52分56秒 | 楽しみにしておこうっと
1月にはどんどをしていると云う上出垣内。

庚申講は解散されたが「閏の年だけは杉の木の塔婆を奉りますねんや」と話す村人たち。

山の神が始まる前に所在を確認した。

場所は聞いたが崖面だと云っていた。

その崖が判らず木材所におられた男性に尋ねた結果はまん前。

山が崩れないように整備された壁面にあった庚申さんの石仏。

壁面に穴を開けて祀った青面金剛石仏の横にあった塔婆。

葉付きの杉の木である。

それには願文が残っていた。

「村内安全 講中安全 身体健吾諸願成就 祈願之塔 平成二十四年四月二十九日 小名 申講中」である。

旧暦ではなく新暦で行われているというから4年に一度の閏年の庚申講である。

そこにはイロバナも添えたと話す。

北谷の庚申講は2カ月に一度は集まっていた。

伊勢講もあったがすべて止めた。

ところが閏年の庚申さんだけは今でもしているという。

下出は今でもしているそうだが・・・場所が難しい。

大西に登っていく途中の山道だという。



4月3日は地蔵さんがある。

桜が咲く頃だと話す地蔵さんの行事。

かつては山の頂にあった。

お参りするには困難な地。

志ある人たちが頂きにあった地蔵さんを山から降ろした。

同月の21日にはレンゾのお大師さんがある。

大蔵寺の会式というからそこは宇陀市大宇陀栗野。

吉野町の隣町であるが現在のお寺は無断で立ち入ることは一切できないようだ。



般若心経を唱えた婦人が毎年作っているキリボシダイコン。

住んでいた老婦人もいなくなって空き家状態の家は萱葺きである。

美しすぎるダイコン干しは撮っても構わないと了承を得て撮影させていただいた。



西の山から陽が落ちた時間帯であったがほっこりする。

ちなみにその婦人が話したシメナワ掛け。

名張から名阪国道を抜けた地に藁で作ったタイやクワがあったと云う話に興味がわいた。

(H24.12. 7 EOS40D撮影)
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小名北谷の山の神

2013年02月20日 06時48分13秒 | 吉野町へ
5年ぶりに訪れた吉野町小名(こな)の山の神。

当時は上出垣内と云っていたが、この日は北谷だと話す。

小名は10月のマツリに花笠が登場する地である。

小名の山の神は下出、中出垣内でも行われている。

参加する人数も減ったそうだが、北谷は多いと話すが戸数は8軒。

今でも変わりなく山の神にお参りをする。

平成21年にはホデ(ホウデン)と呼ぶ「オニギリを中に入れた藁束を供えるように復活した」と聞いていた北谷垣内。

再訪したのであるが「昨年もしなんだわ」と云う高齢の婦人は「身体の具合がもうひとつなので今年もしませんでしたわ」と話す。

山の神の祠の前はとても狭い。

そこに穴を掘ってどんどの場を設ける。

雨が降れば下の作業場になると云う。

山の神の日はいつも寒い。

何年か前は大雪になったこともあるそうだ。

昔は男の人だけの集まりだった。

山行きしている人たちが参っていたが、現在は婦人も参る村の行事である。

この日は山の仕事をすれば怪我をすると云われていたが山の仕事も随分と減ったと話す。

山の神さんに供えるゴクノモチ。

地区の家からお米をもらって升半も搗いたゴクノモチは紅白色。

前日に搗いたトーヤ(当屋)は桶に入れて供える。

この年は3臼であったが、搗く量に特に決まりはない。

山の神を奉る祠の両脇は大木のヒノキ。

傍に植生するカシの木に絡みつくように樹生する。

どんどで暖をとっていた村人たち。

服忌の家は参加できない。



揃ったところで始まった山の神の行事。

祠の前に並んで手を合わせる。

婦人が唱える般若心経一巻で終えた。

山の神さんに無事を唱えたのである。

山仕事は危険を伴う。

明日から始まる仕事初めの儀式を終えればその場で直会。

持ってきたサイラの開きをどんどで焼く。

サイラはサンマやカマス。

山の神さんに海の幸を供えたのである。

シシャモも焼いて食べる海の恵み。

美味しくいただく焼け具合は火の加減が難しい。

ガスの火で焼くよりもこうしたほうが断然に美味いと話しながら食べる。



カマスの味がこれほど美味いと感じたことがなかった。

淡白な味に意外性があった。

食わず嫌いの我が家の生活感が変わること間違いなしである。

各家が作って供えたアズキノメシやモチゴメのセキハンも食べる直会は変わらない。



直に焼くことができないからアルミホイルに包んでいる。

各家庭の味わいにひとときを過ごす。

山村の時間は早い。

山影から挿し込む西日が落ちてきた斜光が映える。

(H24.12. 7 EOS40D撮影)
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イオンのおにぎり

2013年02月19日 09時53分17秒 | あれこれテイクアウト
午後は吉野町。

着くまでもたないお腹。

途中で入店したイオンの桜井店。

ゆっくりと食べる時間もないのでオニギリを選んだ。

一つは照焼チキンマヨ。

もう一つが肉味噌のオニギリ。

いずれも68円の格安オニギリ。

おかずもと求めたトップバリューの牛肉コロッケ。

一個が50円だが二つ入りから販売している。

道中でほうばりながら吉野町を目指した。

オニギリはもうっちょっとという味。

値段並の味であるがお腹はもつ。

意外だったのがコロッケ。

サクサク感のコロッケは食べやすいがトライアルのコロッケ味とさほど変わらない。

ところが価格がイオンの半値。

なんと1個が25円である。

100円払えば4個もついてくる。

実にお買い得なコロッケである。

取材を終えてやってきたのは天理のイオンビッグエキストラ。

何を買えばいいのか、かーさんに電話してから食材を購入する。

ここは弁当類も充実している。

エビ天ぷらと焼きソバがセットになった弁当があった。

桜井店にはなかった品物だ。

これって美味そう。

値段が298円とくる。

次回のお昼はこれにしよう。

(H24.12. 7 SB932SH撮影)
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