マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
すべての写真、文は著作権がありますので無断転載はお断りします。

鷲家のイモモチ

2014年04月13日 07時56分31秒 | 大和の郷土料理
下鷲家の山の神さん参りの際に話題になったイノコのモチ。

今朝作って食べたという八幡神社の宮総代のお一人がわざわざイモモチを持ってきてくださった。

ドロイモ(サトイモ)をさいの目切りに細かくしてお米と一緒に炊いたと云う。

できあがったイモモチは家で炊いたコシアンを塗して作ったそうだ。

作るところを拝見したかったのだが、上鷲家の山の神さんを拝見しなくてはならない。

そう思って諦めていた上鷲家の滞在時間。

お参りが始まるまでは時間があるだろうと思って届けてくださったのだ。

南天の葉を添えているイモモチ。



帰宅して小皿に盛った。

口にしたイモモチは甘くてとても美味しい。

イノコのクルミモチも美味しいが、これもまた味わい深い郷土の料理。

米も混ぜて作ったイモモチ(イノコのモチとも)は、その姿、形から考えて、東吉野村の他、下市町、天川村、野迫川村、下北山村などの吉野郡地方で云うイモボタではないだろうか。

(H25.12. 7 EOS40D撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

節句のヨモギダンゴ・シロダンゴ

2013年07月11日 06時54分54秒 | 大和の郷土料理
3月節句にはヨモギ(ヨゴミとも)ダンゴを作っていると話していた矢田中村のⅠさん。

大昔は石臼で挽いていた米粉。

今は餅屋で米を挽いてもらう。

米粉はダンゴに搗いて、包丁で切ったヒシ型。

サクラモチと共に供えた節句のごちそうだ。

今年の1月23日に搗いた寒のモチは7臼。

4臼はネコにしてカキモチにする。

残りをエビ・アオノリ・ドヤモチにする。

年末に拝見した正月のモチと同じである。

この日にいただいたヨモギダンゴとシロダンゴはオーブントーストかレンジで温める。

ヨモギダンゴはほんのりヨモギの香り。

シロダンゴは砂糖醤油で食べると話していた。

Ⅰさんの話しによれば「センギョ」やいうておばあさんがいたころはセンギョをしていた。

1月6日の寒の入りにアブラゲメシを作って竹の皮に包んで施していた。

家の裏山にいた狐は夜に食べるから夕方に供えた。

コンコンと鳴いていたと話す。

県内各地であった狐の施行(セギョウ、或いは訛ってセンギョ)は家の風習でもあった。

(H25. 3.26 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

下笠間のカキモチ

2013年04月19日 08時34分52秒 | 大和の郷土料理
寒の入りになってからカンノモチを搗くという室生下笠間のⅠ婦人。

この日訪れたのは美味しくいただいたイノコのクルミモチのお礼である。

寒中に搗くカンノモチは2升。

コジュウタに伸ばして柔らかいうちに押し切りで切る。

薄く2枚に切っては座敷に広げる。

切るたびに広げる繰り返し。

大量にこしらえたモチは屋内で干す。

そのうちにそり返ってくるので裏返しする。

それを繰り返す数カ月。

5月まで作業が続くと云う。

できあがったモチはカキモチ。

米蔵で貯蔵する。

食べたくなった都度に蔵から出したカキモチは天ぷらを揚げるようにして作る。

揚げるフライパンは2枚。

たっぷりの油を投入したフライパン。

一つはトロトロ火。

ホタル火のような火で揚げる。

もう一つはそれより高温の天ぷら揚げ。

カキモチは高い温度で揚げれば焦げてしまう。

しかも膨らまない。

じっくりことことではないが「始めは弱火で揚げないとあかん」と云う。

一旦はトロ火で揚げて取り出すカキモチ。

少し強めの火にしたフライパンに移す。

二度揚げである。

そうすればぱぁーっと大きくなってカリっと揚がる。

こうしてできあがったカキモチは数種類。

なかでも特に美味しかったのはムラサキイモのカキモチ。

他にもサトイモのカキモチも。

それらはモチ米を蒸すときに潰したイモを入れて混ぜる。

杵搗きでなくモチ搗きの器械で搗く。

親戚中に配るほど作るので必需品の器械だ。

甘くて美味しいカキモチに何度も手が伸びる。

砂糖を入れたような甘さと思えばそうではなかった。

味はイモ本来の甘さなのである。

(H25. 1.11 SB932SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

下笠間のイノコのクルミモチ

2013年01月30日 06時52分09秒 | 大和の郷土料理
前夜に2時間もかけて作ったイノコのクルミモチ。

アオマメをすり潰して作る。

昔は石臼に少しずつ入れて挽いていた。

力が要るマメ挽きは高齢者にとっては困難。

いつしかミキサーで挽くようにしたという下笠間の婦人。

一升八合もの大量のアオマメ挽きはミキサーであってもそれぐらいの時間がかかる。

多く入れ過ぎるとミキサーが動かない。

少量であればマメが弾けて挽くことができないから適量にする。

何度も何度も挽くから2時間もかかったという。

アオマメのクルミで包むのは搗きたてのモチ。

2升5合も搗いたという。

それほどの量を作ったのは親戚、知人らの送るため。

毎年こうしているという。

下笠間では翌日の23日に九頭神社でイノコの籠りが行われる新穀感謝祭を終えてから集まる氏子たちはパック詰め料理をいただいて過ごす籠りの日。

ご飯は家から持ち寄る人も多いようだ。

神社のイノコの祭礼ではクルミモチは登場しない。

この年に収穫された豊作の米に感謝する祭祀なのである。

新嘗祭と一般的に呼ばれている祭祀は県内各地で営まれるが、室生、東吉野辺りではイノコと呼ぶ地域が少なくない。

イノコの日には新穀で搗いたモチがつきもの。

それにアオマメを潰したクルミを塗す。

砂糖を振り掛けて食べる家のご馳走である。

亥の日にはイノコのクルミモチを食べるということだ。

東北地方ではずんだもちと呼ばれる同じような形式のモチがある。

仙台地域では有名なブランドモチ。

一度は食べてみたいと申し出た家人。

ネットで注文した。

届いたずんだもちを食べたが下笠間のクルミモチとは大きな違いがあった。

潰したのはアオマメと思うのだが舌触りがまったく異なる。

ザラザラしている餡だった。

一口食べてこれは違うと云ったのは私。

同じ感触をもった家人。

イノコのクルミモチをもっぺん食べたと常々伝えていたかーさん。

望みを叶えてあげたくて下笠間の婦人に頼んでいたクルミモチはナンテンの葉を添えてパックに詰めていた。

お支払いはと云っても受け取ってくれないご婦人。

行事の撮影でもお世話になっている方は「お金で買うてもらうもんではない」と仰ったクルミモチをお皿に盛ってくれた。



砂糖をぶっかけて食べた。

これが美味いんだなぁ。

持ち帰ったクルミモチは蓋を開けるなり口に放り込むかーさんも美味しいと唸る。

(H24.11.22 EOS40D撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

初体験のホウノハベントウ作り

2012年08月12日 07時59分37秒 | 大和の郷土料理
漢字で書けば「ホウの葉弁当」。

今でも毎日の朝、夕飯にこれを作ってたべているという誓多林のご夫婦。

4月末辺りから5月末までの一ヶ月間、山で採ってきた若い芽の「ホウ」の葉を摘み取ってホウノハベントウを作っている。

わざわざ山に行ってまで採りに行ってくれたホウの葉。

時期は遅いほうだという。

隣近所にも分けてあげたらと多めに採ってくれた。

自然界で植生している生葉のホウの葉。

若葉はもっと柔らかな緑色になる。

採ったその日も朝な夕なに作って食べていると云う誓多林のN家。

ありがたくいただいて持ち帰ったホウの葉は隣近所におすそ分けした。

以前に田原や南之庄で作り方、食べ方を聞いていたので、ものは試しだと始めて作るホウノハベントウ。

2枚のホウの葉を表面にして十字に置く。

そこにアツアツの炊きたてご飯をホウの葉に載せる。

ご飯は茶碗一杯ぐらいの量でよい。

ご飯のトモを好きなだけそこに載せる。

この日にしたのは醤油をたらした(ハナ)カツオ、ジャコ、シオコンブ、海苔の佃煮などだ。

海苔は山葵入り。

これもいただきものである。

ほんまはキナコだけでえーのだと南之庄の男性は云っていた。

外側から一枚ずつ折って四角い形にする。

特にワラのヒモで十字に縛らなくても構わない。

逆さにして積みあげたらそれで十分である。

本来なら田畑にもっていって農作業の合間のケンズイ時に食べるのだが、家では不要なのでひっくり返しておくだけ。

裏側の見立てはまるで春キャベツ。

黒っぽい状態になればできあがり。

それが食べごろのサインである。



およそ1時間弱で食べごろになる。

今夜の夕飯によばれる。

ホウの葉の香りは少なかったけどあっという間に胃袋行き。

ハシがすすむというのはこういうことだ。



食べたあとのホウの葉はこの通りのまっ黒け。

見た目は不味そうだが、なんの、なんのの格別の味。

ほんわかホウの葉の香りが漂う。

かーさんも美味いと云って食べている。

隣近所も好評だったホウノハベントウ。

ホウの葉寿司を作るのは多少手間もかかるが、これなら私もできる簡単料理である。

ちなみに多く採れた若葉を摘み取れば、一枚ずつにして水を入れたカップにいれておくと誓多林夫婦が話していた。

お花と同じで水を吸う。

それで数日はもつ。

すぐに使わないときであれば新聞紙に包んで冷蔵庫で保存する。

そうしておけばいつでも使える。

食べたいときに取り出してアツアツご飯を置く。

そしてご飯のトモを上に置いて作り上げると話していた。

(H24. 5.29 EOS40D撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

下笠間I家のモチ行事

2009年12月14日 08時20分06秒 | 大和の郷土料理
下笠間のI家では年中に亘り餅を搗いているという。

三宝荒神さんは三段餅、恵比寿大黒さんの餅は小判型で二個、稲荷さんは中小の二段重ね餅、神棚、先祖さんも同じく中小の二段重ね餅。

年末の28日辺りに搗いて正月に供える。

荒神さんは慌てる神さんやから一番先に供えるという。

1月7日は山の神さん。

小判型の餅を男の人数分だけ供える。

二房の太い藁棒の中にモチを入れた。

モチの端っこを二つほど切り取って七草粥に入れた。

雑煮と一緒で取り出してキナコをつけて食べる。

綿を作っている時代やった、今はしてないと断って話されたのはナリバナの餅。

ちぎってヒラドの枝に取り付けた。

その木は手で触るとモチっとした木のツツジやったという。

おそらく五月に花が咲くモチツツジであろう。

旧暦の1月3日や十三夜、十五夜、二十三夜、二十六夜は月の数だけのモチを供える。

閏年は月数が13なので丸い餅数は13個にする。

それは中央に突き出したヘソのような形のモチだ。

その中には一つだけ形が違うモチがある。

三日月型だ。これにもヘソがある。

これをミカヅキサンと呼ぶ。

なお中央のヘソはホシサンと呼んでいる。

3月3日はお雛さんの節句。

大きな一対のヒシモチを作っていた。

お嫁さんの親元などに配った。

春のお彼岸はクサモチ。

ヨモギ団子だったといって餡をくるんでいた。

これは実家の毛原でしていたそうだ。

5月5日は男の節句。

軍配型のチマキを作った。

萱の葉を巻いて茎で締めた。

先っぽに竹の串を中まで差し込んだ。

男児が生まれた家はモチを搗いてチマキを親元に配っていた。

チマキは五本。五本で1束、それを2束で1組。

息子に子供ができたときは10組ほど作っていた。

チマキを食べるには釜で茹でてゴマシオをふりかける。えー味やったという。

ハゲッショウ(半夏至)、ハガタメ(歯固め)のモチはしていない。

お盆のときもない。

秋の彼岸もモチを供える。

セキハン(赤飯)も作っている。

九頭神社の秋祭りもモチを搗く。

昨年まではキョウをしていた。

17歳以上の男の子の数だけ作る。

昔はトーヤさんの家で作っていた。

トーヤさんは本トーヤにアイトーヤさんがあった。

朝6時ごろにモチをもらいに行く。

カマス、のっぺ汁にモチになる。これを受け膳と呼ぶ。

今年は10月18日の日曜日やった。

カマスは不都合のないように長さを測る物さしがある。

享保二年(1717年)の銘記があるというからおよそ三百年も使っている秤だという。

その物さしで測って、長ければカマスの尾っぽを切るそうだ。

11月は亥の子の日のイノコモチ。

一年の締めくくりというか、正月にかけて供えるモチがある。

ミズのモチという押しモチ。薄く伸ばす。

それは若水さんのモチ。

元日の朝、主人が井戸の水を汲みに行って、バケツに括り付けるモチ。

長い箸にモチを挿す。先っぽは葉付きのコウジミカンを挿す。

こうしてその年も一年が始まる。

モチは家人の健康や豊作を年中祈る大切なハレの食べ物であろう。

(H21.11.22 SB912SH撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

下笠間Y家のイノコモチ

2009年12月13日 06時19分56秒 | 大和の郷土料理
Y家では今年も隣家の奥さん4人と一緒にコメ三升、青豆二升半でイノコモチを作っていく。

現役石臼が活躍する。



水切りしたしゃもじで掬って入れる青豆。

この量加減がドロドロにしていく。

今年はオロシダイコンになったイノコモチも作られた。

これが絶妙な味だ。お汁は摺りおろしたダイコン汁。

冬場のダイコンは妙に甘辛い。

ヒノナ漬けと白ダイコンの漬け物が美味すぎる。

作業中の話題はイノコモチから鏡餅へ。

一週間も経った鏡餅はひび割れする。

隣家の奥さんの話によると、割れ具合でその年の豊作を占うという。

一度拝見したいものだ。

(H21.11.22 Kiss Digtal N撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

下笠間I家のイノコモチ

2009年12月12日 06時03分08秒 | 大和の郷土料理
磨りつぶした青豆をどっさりモチにくるんだイノコモチ。

くるむからクルミモチと呼ぶ。

下笠間のIさんは前日から支度をしている。

青豆は一升。

炊いた豆を挽いて磨りつぶすが、すぐには挽かない。

一旦冷ましてから挽く。

以前は石臼で挽いていたが力がいるのでミキサーに替わった。

モチは三升搗く。

これも現代的に餅搗き機械を使用する。

搗きあがったモチに青豆クルミで包む。

青豆に香りがぷーんと漂う。

味はそのままでもいいのだが一般的には砂糖をまぶして食べる。

豆の甘さが重なってとても美味しいイノコモチ。

Iさんは息子、娘家族にイノコモチを送ってやる。

親戚も送るので5時に起きてモチを作った。

挽いた青豆は傷みやすいのでクール便で送っている。

モチも翌日になったら固くなる。

実はモチにも秘密のテクニックがあるという。

モチを搗いたら一旦取り出す。

モチをカンカンに入れて冷ます。

人肌温度ぐらいになったらもっぺん搗く。

モチに砂糖を入れる。

それに水溶き小麦粉を少々手水して、コテコテと再び搗く。

その色は透き通ったべっ甲色になるという。

量の加減は年によって違うのだと笑った。

このイノコモチを今は使わなくなった竈の神さんに供えている。

(H21.11.22 Kiss Digtal N撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

下笠間十夜接待のっぺ汁

2009年12月10日 09時09分14秒 | 大和の郷土料理
全国的に分布するのっぺい汁は大和でも郷土料理のひとつにあげられる。

十二月春日若宮おん祭の大宿所祭で振る舞われるのっぺい汁が代表的だ。

十夜の法要を営まれる室生下笠間の春覚寺。

集まった檀家総代5人や役員、ご婦人方は法要後に接待するのっぺ汁作りに忙しい。

収穫したダイコン、ニンジン、ゴボウ、コンニャク、シイタケ、ドロイモにウスアゲと竹輪、ブタバラ肉を大鍋に入れて味醂、醤油、だしの素に塩少々で味付けする。

煮えてきたら蓋を開けて炊き具合の加減をみる。

美味しそうなのっぺの香りが広がった。

台所では住職や役員らがいただく料理を準備する。

シメサバ、タコの刺身、刺身コンニャクに柚味噌、ゼンマイを煮た物、コーヤ(ドーフ)の粉にしたものにカマボコなどを入れて甘く炊いた物、パンダマメノ煮物、に小豆のアカゴハン(新米のコシヒカリ6、モチゴメ4)と決まっている。

小皿に入れたのは住職や法要、法話の僧侶接待の膳になる。



法要の一時間前、村人が集まる前に腹ごしらえする。

美味しくできあがったのっぺ汁や接待料理に舌鼓。



サバ以外は下笠間で収穫したものばかり。

故郷の味は水が綺麗やから美味いんだと箸が進む。

(H21.11.17 Kiss Digtal N撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

都祁小倉のイロゴハン

2009年12月08日 07時26分59秒 | 大和の郷土料理
都祁小倉の観音寺は毎年14日にお十夜が行われている。

といってもお寺は無住寺で法要もなく、イロゴハンを食べに村人が集まる日になっている。

暗くなる前に集まった寺の責任総代と南出、上出、中、東、西、丸山の六ヶ大字の役員さん。

イロゴハンを作っていくのはその婦人方。

大きな鍋にゴボウ、シメジ、ニンジン、ウスアゲ、シーチキンなどの具を入れて醤油、お酒、だしの素に塩少々で味付けする。

アジゴハンとも呼んでいるイロゴハンは仕上げに刻みネギを添える。

かって境内で炊いていたイロゴハン。

その前の時代、15年前ぐらいだというころは煮物をしていたそうだ。

大きく切ったナンキン、ダイコンにドロイモ。

収穫した秋の野菜を煮炊きした。

それを庫裡の席でよばれた。

大皿に盛った煮物料理は小皿にとって食べた。

今はイロゴハンに替わった。

大鍋でぐつぐつ煮る。



汁物のおつゆは豚汁で、ほぼ同じような具を使う。

香物のコウコも膳に加わる。

村人が来る前に腹ごしらえ。

役員さんらは出来た料理をいただく。

出来具合は上々、美味いから何度もお代わりしてしまうと笑った。

(H21.11.14 Kiss Digtal N撮影)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加