マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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出展作品に登場のおばあちゃんたちに感謝

2016年07月13日 09時25分13秒 | しゃしん
第5回目の「私がとらえた大和の民俗 ―衣― 」写真展が始まった。

翌日にはカメラマントークも行われた。

開催期日までに出展作品に登場するおばあちゃんにお礼を伝えたかった。

そのときに要るのが写真展図録。

今回は開催日までのお届けができなかった。

展示日の前日に業者納入された写真展図録。

当然ながら間に合わない。

翌日の26日にメール便で届いた図録。

写真、日付け、場所、解説分などなどを確認する。

若干の手違いでテレコになった頁はあるが、大きな影響を及ぼすものではない箇所だった。

この日は仕事休み。

できる限りにモデルになっていただいたおばあちゃんに手渡ししたい。

そう思って車を走らせる。

1カ所目は田原本町の八田。

撮影地はすでに終わっていた稲刈りの場。

とうぜんながら誰もいない。

ご自宅を訪ねて呼び鈴を押すが反応はない。

裏に入って作業場を見れば男性がホウレンソウを綺麗にしていた。

奥さんの居場所を尋ねるが耳が遠くて応えられない。

問答の結果、どうやら畑に居るらしい。

自宅よりそれほど遠くない処の畑を見渡した。

帽子を被った野良着姿。

腰の曲がり具合でおばあちゃんだと一目で判る。

近づいて声をかけたら笑顔を返してくれた。

撮らせてもらったときも笑顔だった。

お礼に図録を広げて明示した。

自分の姿を見て笑っている。

おばあちゃんは同町阪手で昭和5年に生まれた85歳。

阪手の行事も取材してきたので親近感を覚える。

おばあちゃんは10月初めに写真展開催地の県立民俗博物館にでかけたという。

テレビで放映された赤紙を見たくて家族が運転する車ででかけたという。

自転車は乗れるおばあちゃんは爽快に走ることはできるが、歩きは困難。

収穫も考えて老人乳母車を押して畑に行く。

今の畑の栽培はホウレンソウ。

数列ずつ時期をずらしてタネ蒔きをする。

この日は最初に植えたホウレンソウの収穫作業。

持って帰りと云われて畑地に降ろす。

大量に盛ったホウレンソウを抱えて車に乗せる。

ここにあるカキも持って帰りというおばあちゃん。

実成のカキの木はたわわ。

稔った枝が重さで弛む。

あっちにあるカキはシブガキ。

これは甘いフユガキ。

「いっぱい採ってや」と云われてビニール袋に詰め込む。

採っても、採ってもカキ色の様相は変わらない。

摘み取りするだけで腰が痛くなる。

次のお礼先は奈良市中畑町。

八田から車を走らせて30分。

平坦地から高台に移った。

中畑町は急こう配の土地。

現状の身体では心臓がバクバクする。

仕方なくおばあちゃんの家前までと思って坂道を駆け上がる自家用車。

くるりと旋回したら、そこにおばあちゃんが居た。

ハクサイやダイコンなどを栽培している。

ご近所のおばあちゃんとともに農作業をしていたと云う。

ここもお礼の図録をさしあげる。

頭の上を気にしておられたおばあちゃん。

「ほっかむりをしていたときに撮ってあげたほうがよかったんやけど・・・」と伝えたら笑っていた。

写真展に出展した作品は二人連れ。

図録はそれぞれ1冊ずつお礼にさしあげる。

嫁入りしてから大字中畑の春日神社のゾークは3回もあった。

20年に一度のゾークであるゆえ60年間。

昭和8年、奈良市忍辱山町で生まれた82歳。

先週に行われた奈良市小山戸のゾークを知っていた。

小山戸のゾーク祭典に外氏子として参拝していた2軒のご近所さんから聞いたという。

小山戸のゾークは外氏子の寄附も頼らずに実施したという。

三家三様の野良着を紹介する写真を見たおばあちゃん。

唐箕は昭和時代の製作だが今でも現役で使っているという。

唐箕は県立民俗博物館にあることは知っている。

話の展開に移った博物館。

車は運転できないからバスと電車を利用してでかけたことがあるという。

それほど昔ではなく、最近のことである。

写真に写っている友達と二人ででかけた。

バスを降りて歩く博物館までの徒歩距離は遠かったと話すおばあちゃんはこの日ももんぺ姿。

10月初めには稔ったモチゴメをハサカケにしたという。

孫も手伝ってくれた稲刈りは手刈り。

鎌で根株を刈り取って竹製のハサカケに天日干しをしていたという。

(H27.10.27 EOS40D撮影)