吉田一氣の熊本霊ライン 神霊界の世界とその源流

FC2BBSから移動しようと目論んでいます。
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金の神座(みくら)の神籬 No557

2020-10-02 22:05:18 | 神霊界考察
神座(みくら)とは特定の御神霊の降臨する定まった場所のことで
降臨するごとにその場所は浄化されていき
他の雑霊や悪霊が近寄れなくなっていくし御神霊も降臨もし易くなる。

神籬(ひもろぎ)とは御神霊を迎え入れる依代の事で
一般的には四方に結界を作り榊を立ててそれに幣を取り付けたりする。
複数回降臨させる神事を行い特別な聖域となると神座と表現される。
和室にある床の間はもともとはハレの空間であり
歳神様を迎える『神の座』を設置するものであったのだが
禅宗と茶道の影響により『上座』に落されてしまっている。
ちなみに神棚では神社を模した社内に神社札を納めて神籬としている。

さて本題の金の神座の神籬について経緯を話したい。
藤田妃見子(ひみこ)女史が岩戸開きした日向(ヒムキ)の
天の岩戸岩陰遺跡の女神像に参拝したのが5月で
その時の感応解析により熊本博物館に出向いたのが8月末になる。

斎姬山門五音大神の祭祀において
金の神座に神籬を設置するように指導されたのが
いつの事なのかはよく覚えていないが
調べてみると熊本博物館に出向いた後で
ブログコメントにこのことを記載したのは
2020/09/02 23:18:27であるから8月末という事で良いと思う。

問題は金の神座に神籬を設置するように指導した御神霊は
このブログにて「ハミト大神&ハズキ大神」と名付けた謎の
日本の女神という推定なのだが
この女神とじつは藤田妃見子(ひみこ)女史が感応した
天の岩戸岩陰遺跡の女神の乙姫に繋がりがあるのではないかと思って
調査している。

それで『龍宮乙姫 黄金 金の神座』でGoogle画像検索していて
偶然に見つかったのが
「友愛グループ女神ノ海を主催していた故藤田妃見子(竜宮乙姫)さんが
建立したという滋賀県高島市の風車街道沿いにある黄金の像」の写真だった。
写真の情報によるとこの像は乙姫像ではなくて『琵琶湖母神像』となっている。

その後の経緯であるが
『ハミト大神とイツキヤマト大神 No543』に
金の神座(みくら)の神籬の写真を載せたのが2020/09/06 02時頃。
その経緯となる筆者コメントが以下のとおりである。

「とりあえず金色のものを神籬の下敷きにしました。
さくら様の返信に気を良くしたので
この写真も明日にでも添付しておきたいと思います。」

私が何に気を良くしたのかというと
さくら様のこのコメントに対してであった。

さくら様:「金色のたまゆら」の紹介ですね。
オリンよりも、魂の形の音の出るモノの方が
ベストだという考えでしょうか・・・オリンは蓋が無いのです。
上部に音が流れる。
たまゆらは、下部に音が流れる。
鈴の形は、下にラインが入りますので、
たまゆらは鈴に近いという事になります。

私はさくら様が鈴に想いを馳せておられて
仏具と神具の違いを理解しておられることに気を良くしたのです。

さらに滋賀県高島市の風車街道沿いに龍宮乙姫像の別バージョンが
あることをさくら様に伝えたのが2020/09/19 22:25:51のことになる。

早速さくら様が足を運んでくださったようで
その詳細は以下コメント文の通り


 熊本の乙姫女神像

 風車街道の金色の琵琶湖母神像

全くの部外者である自分としては
『琵琶湖母神像』が『乙姫女神像』と同一神霊なのかどうか断言しかねるが
『乙姫女神像』設置が昭和61年で『琵琶湖母神像』設置が平成元年と
その間4年経過しているのだが、『琵琶湖母神像』が金色に輝くことを鑑みると
その間に藤田妃見子女史は金の神座の本質を理解したことになろう。

しかし琵琶湖に何を感じられ『琵琶湖母神像』を設置したのか疑問が残る。
さくら様の御指摘によると筆者が過去に記載した『鹿島香取の秘鍵 No358』に
以下のような記載がある。

『奇妙な夢の内容 No332』で結論付けた久那土の神の感応のためには
『大地母神』(≒地蔵菩薩「大地を母胎とするものが元の意」)の理解が必要と
されていることまでが分かった。
ところで禮月様の奇妙な夢の舞台は琵琶湖だったそうだ。
そして大地母神になぜ琵琶湖の水の女神が出てくるのかが疑問であるが
乾いた大地に水の恵みがあってこそ豊穣な土地となることの龍王の黙示だとも感じ取れる。
以上

この時には追及していなかったが琵琶湖に原初人類の発祥を感じ取った人物に
大石凝真素美(おおいしごり ますみ,1832 ~1913)がいる。
彼は琵琶湖の竹生島は人類発祥の(母神の)地であると主張している。

大石凝真素美の『真訓古事記』には「若し鰓エラを取り置きする術を知りて
今なお龍宮に往来する道有らば我は龍宮に通ひたく思ほゆる」とある。

龍宮の乙姫に想いを寄せる大石凝真素美であるが
中村孝道(1818~1844)が創り出した水茎文字が琵琶湖の湖面に表れるといい
実際に出口王仁三郎を連れて琵琶湖の沖島に行き水茎文字を読んだということが
今や伝説となって知られている。
もちろんこの話は教派神道において有名な話であるので
藤田妃見子女史も見識はあったはずである。

『琵琶湖母神像』の場所は湖西線 近江今津と新旭の中間の県道333風車街道沿いで
目標としては江若交通の水鳥観察センター前というバス停がある。
またgoogle地図で検索するなら目の前にはDog Runや定食店がある。
  










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34 コメント

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金の御坐 (さくら)
2020-10-06 00:46:46
ここに至るまで、色々とお疲れさまでした。
昭和61年設置の山鹿の豊玉姫像は「救世母神像」です。
はいせ様と四天王寺金堂救世観音像を見て、後から二人で喧々諤々。
その後、比叡山根本中堂、薬師如来立像が変化して
見えたのですが、ここに到達するには、もう一つ、景色を見ていました。

朝六時に澄んだ、清々しい空気の中、比叡山延暦寺根本中堂に向かう最中に心に残る風景を見ました。
それは早朝に山深い冷気漂うお堂で腰の曲がった老母の手を引いて、ゆっくりと一緒に礼拝に向かう姿でした。
老母は数珠を手に持っていました。
神聖な勤行に参加される意思を感じました。
私達と同じ宿泊所の人ではないのです。みんなで一緒にバスに乗るので、顔を大体覚えています。
地元の人なのかな?もう一つある宿坊かな?
実は、この朝の勤行は、宿についてチェックインするときに紹介されて、二つ返事で「参加します」と決めたものでした。
ですので、私はその老母の祈りに向かう姿を見て、「信心深いなぁ、、シマッタ。数珠持って来てない。」と慌てたのです。
それで、傍にいた夫から数珠を奪って、尚且ついい位置「ベストポジション」をみなさんの好意で分けて頂きました。因みに夫は、薬師如来が全く見えない場所でした。

四天王寺金堂に本尊・救世観世音菩薩。
法隆寺、夢殿に救世観世音菩薩立像。
四天王寺は片足崩していました。
法隆寺は立像。
私が習っていた仏像の宗派は、四天王寺と比叡山が主でしたので、、法隆寺夢殿の救世観音菩薩の例題があるのですが、、、実際の夢殿のお顔とは違うのです。
そこに、以前から違和感を抱いていました。
それで、夢殿の救世観音菩薩はもしかして、仕掛けがされていないかな?と感じています。

金のお話し
「ハミト大神とハズキ大神」の記事の金の神坐の写真を見せていただいて、、
色々と感じるものがあり、9月6日に写真UPで、、
その週末、9月12日(土)には、555万で決行とか思いながら、昼間から少しアルコールを入れて、金取引に向かいました。
今は高値だと分かっていますが、、
なんとなく、買わなきゃいけない・・・悲しいわぁと思いながら。

説明を聞いて、その時は「500バー買います」と、いちお、5にこだわったりしました。
ドシロウトなので、手数料の意味もよくわかってなかったです。

その時に「24金のネックレス」を買いましたが、琵琶湖竹生島、金の琵琶湖母神龍宮乙姫、比叡山延暦寺の時に、身に着けました。
龍宮乙姫が金色ですので、ここに行く時に着けなきゃいけないと思いました。

しかし、良い感じ自然な感じで手に稲穂を持たせていますね。
それと、ハンターハンターの金粉少女は知りませんでしたので、情報ありがとうございます。
一日、500gって、凄いですね。他にも、色々と興味深いカードが展開されているようです。
最初、「黄金の少女」で検索していて、、犬神明シリーズがでてきました。









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ビワコオオナマズ (さくら)
2020-10-08 01:17:07
「黄金の少女」から犬神明シリーズですが、、、
これは著作平井和正であり、
(昭和59年)、偶然に高橋留美子の漫画『めぞん一刻』を読んだことにより、再び転機が訪れる。『めぞん一刻』については、作品の考察・批評した「『めぞん一刻』考」(『高橋留美子の優しい世界』に収録)を著しているほか、高橋との対談も行っている。
そして「犬神明の言霊が来た」という理由で「幻魔大戦シリーズ」を中断し、それまで同作が連載されていた『SFアドベンチャー増刊 平井和正の幻魔宇宙』『SFアドベンチャー』誌に『黄金の少女』の連載を開始する。これにより、「ウルフガイ・シリーズ」再開となった。
※高橋留美子さんが契機になり、「黄金の少女」と「ウルフガイ」が書かれたと書いています。

藤田妃見子さんの名前を見たときに、、
「うしおととら」の漫画の作者「藤田和日郎」さんの事を思い出していました。
同じ藤田であり、和弘⇒和+日と郎に分解してペンネームにしています。
「うしおととら」通称「うしとら」の主人公「蒼月潮」
旭川出身であり、高橋留美子に影響を受けていると書かれていたのを読んでいました。

「黄金の少女」・・・読んでいませんが、表紙を見たら、人魚でした・・高橋留美子さんを通して、藤田と言う名字と「ウシトラ」が導かれたのでした。

確か平井和正さんは「玉置神社」と因縁があったと思います。それで、それを偶然知った私は「玉置神社」に行ってみようと思いました。丁度、国常立尊とは、なんぞや?と疑問に思っていたからになります。

金粉少女の紹介は、宝船温泉があって入ってみたいとコメントに記載したからかな・・・と思っています。
HPを見ますと「なかきよの・・」という回文が書いてあったのを見て、「高良」も兼ねて好奇心が湧きました。

それで、竹生島のお話しを書いておこうと思います。
竹の生島ですね。ずっと「ちくび島」だと思っていたのです。
乗船していくのですが、、
その行く時の船を見て、「青の桔梗」が大きく印刷されています。
船内では、ビデオで竹生島の紹介をしています。
「神 斎く島」とでてきます。
「イツキ」さんね。つまり、斎姫山門五音大神?かもしれないね。と感じます。
30分ほどで無事島に上陸します。
門前通りがあり、入場料金を払います。
長い階段を昇って、すぐのところに、
「琵琶湖の深い水、湖深井」と書かれた手を洗うとこがありました。
これが、「瑞祥水」かな?と想い、持参のペットボトルに水を汲みます。
人が沢山居ますので、半分ぐらいで遠慮しておきます。最初に目についたのが、小さい祠の「妙音天」さんでした。その近くでは三体の神様を祀っているところも気になりました。
それと、不動明王と二童子。
本殿の中に入り、限定品「ひのとり」本当の名前は「舎利」が欲しいと想い、、
これ買いたい!と言うと、これも買ってほしいと「竹生島弁才天真影姿」を渡されます。
少し、引き受けることを躊躇しましたが、なかなか簡単に行ける場所ではないので、買う事にしました。
観音さんがありました。ボケ封じという事でしたので、ここも特別拝みました。
次に綺麗な社です。
豊臣秀吉の大阪城から移築した建物となっていました。牡丹の花と金と朱が美しく、、私はとても感慨深いものを感じました。
写真に美しく納めたいと思いましたが、上手く撮れなかったです。
国宝の舟の渡廊下みたいなのがあり、そこから、気になる神社が見えるのをですが、、、順番で行けなくて、、
最後、八大龍王神をお祀りしているところで、ゆっくりしていました。そこからの景色をずっと見ていました。
「江島大神」「厳島大神」がまつられ、「天忍穂耳命」「大巳貴命」が対でお祀りされていました。
私はこの二社が気になり、松の木がそれぞれ生えていました。その根元に、それぞれペットボトルの水をあげました。
それで、思い出しました。
はいせ様と吉田様はどこかの木の根に水をあげたとお話ししていたような・・・
すっかり忘れていました。
よくわからないけど、、私は江島さんと天オシホミミさんの松の木にかけてしまったわ。
江島さんは、天橋立の「江姫」さんかもしれないし、、
天忍穂耳さんは蝉と龍王と鈴でお世話になったし、、

福徳弁才天の金の小判は購入して、あの少し視えた気になる神社だけ参拝しよう・・・
帰り道にありました。
稲荷神社っぽいけど、「黒姫龍神」「黒龍神」と書かれています。
この横にある神木に水をかけたら良さそうと想い、じゃぶじゃぶ水をかけました。
結局、三本の樹に水をかけました。

門前に戻りました。ペットボトルの水が空っぽになってしまいましたので、もう一度「瑞祥水」を汲みに行きました。
それで、帰りの船が來るまでアイスクリームを食べながら待っていました。
よく見ると、彦根行の船は橘紋で赤です。
何か意味がありそうだけど、帰りの
今津行の船はやはり、桔梗で青でした。
それで、帰りの船を待っている間、案内看板を見ますと、看板の絵の下部分におおきな鯰が三匹描かれていました。(青)(緑)(紫)です。
ビワコオオナマズでしょう。
大地母神の場所、土台部分に鯰が居ました。
これは、何を意味するのかな。
ゴオン大神?地蔵菩薩。クナド神。アラハバキ神。
鯰と百足の関係はあるのかないのか。
黒姫龍神は鯰かな。
今津行の船内のビデオは、織田信長と明智光秀と豊臣秀吉のお話しでした。戦国時代と竹生島。




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金の茶室 (さくら)
2020-10-09 15:12:08
竹生島にて、豊臣秀吉の遺構である唐門などの装飾など豪華絢爛をみて、私はとても感慨深く感じたと書きました。
2020年3月に修理が終わったばかりでピカピカ光を放ちとても美しかったのです。
これは、宇佐神宮にある「呉橋」
そして、大分の薦神社にもある「呉橋」
これの豪華版だと感じたからになります。
そして、牡丹の花をとても大切に扱っていた。
唐獅子と牡丹。
以前わざわざ宝塚の牡丹園で苗を買い、今年庭に地植えしたのです。龍神(七面天女)の為でした。
美人の例え「立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花」
豊臣秀吉はやっぱり色々と分かっていたのだなぁ・・・
城めぐりチャンネルさま
https://akiou.wordpress.com/2020/08/24/chikubushima/
ここに、三匹の鯰の看板と20200824訪問されていますので、綺麗に唐門が写っています。

それで以前、秀吉と千利休(高山右近)について触れていますが、、、それは利休の最後の偈の解釈ですね。
イツキの意味、蒼紫 菫色桜の花の石を探しに亀岡に行った時です。

有名な「金の茶室」がどんなものか急に気になりました。
MOA美術館にあるようです。
https://akiou.wordpress.com/2020/08/24/chikubushima/
金と言うよりも赤が目に飛び込みます。
折り畳み式であり、肥前名護屋城にも持って行った・・
お気持ちは色々とわかるのですが、、、
さて・・・
私はどのように動くべきか色々と試行錯誤中です。
ビワコオオナマズの事を書きましたが、、
実は偶然この鯰と淀川の生態系の事をテレビで見ていました。
琵琶湖の鯰は
イワトコナマズっていうのも、1961年に認められたようで、これは余呉湖にもいるのです。
国常立尊のクニトコとイワトコということで、こちらのイワトコナマズも気になります。
まれに全身が黄色、あるいは赤色の個体(アルビノの一種)が見つかる。かつては黄ナマズ、赤ナマズなどと呼ばれ、別種と捉えられていた(研究史の節を参照)。アルビノは他のナマズ類でもみられるが、本種では比較的頻度が高いと考えられている[1]。

黄色のものは漁師から弁財天のお使いとして「弁天ナマズ」の名前で呼ばれている

黄金鯰はイワトコ~゜・_・゜~さんみたいですね。







返信する
未来と過去 (さくら)
2020-10-09 18:30:52
MOA美術館の貼り付け失敗しています。
http://www.moaart.or.jp/about_moa/facility/honkan2f/kincha/
30年ほど前に、MOA美術館は社内旅行で行きました。
その時に、この黄金の茶室は存在していたのか?
とりあえず、MOA美術館の展示物の内容は全く覚えていない・・デス。

風車街道沿いの琵琶湖母神探しの時に、
琵琶湖の湖畔を歩き、植木の環境整備していた人達にお尋ねして、漸く母神像にたどりつくことができました。
その時の植木とは、、藤棚だったのです。藤の手入れをされている人たちに聞いて、向かう道中に似たような、紫の花が咲いていました。
それで、その藤に似た花は葛かな?とコメントに記載して、後程調べたところ、やはり葛の花でした。
=葛=
https://www.hana300.com/kuzu00.html
=葛の花はジャスミン=野人様
https://ameblo.jp/muu8/entry-11019245821.html

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他のブログ (さくら)
2020-10-10 00:19:53
山鹿の豊玉姫像の事を記載しているブログを、三個ほど読みました。
この手のスピブログは読まないのですが、、
やはり、全記事読む気にはなれません。
人それぞれですので好きにすれば良いと思いますが感想はモヤ~っとします。
何故なら、藤田女史は手かざしや遠隔で病気治癒をしているのです。
霊的感応者であるなら、その分自分に災いが降りかかってくると分かっているはずです。
私も山鹿の洞窟近くの、塩の傘疱瘡神を祀っている場所を目印に向かい、その時に感じたことは、できれば、世界に蔓延しつつある疫病が広まらないように、、、と思っただけです。
それで、頭に浮かんだ登山をGOTOしたという経緯でした。
遺書書いて臨みました。
早い話が私の財産を開示したということです。

そして、琵琶湖母神像は平成元年三月に建立しているのですが、、山鹿の洞窟ネタなど書いて色々と活動なさっている人達は、だれも琵琶湖母神像について記載されている人は居ないのですよね。
藤田女史と繋がっているとか、ビジョンを見たとか公言されているのですけどね。
そのことを鑑みますと、多分、海の女神友愛グループ組織人以外では、私が初めて一般人で訪れた場所なのではないでしょうかね。
この琵琶湖母神像を知り得たという吉田様の情報力が凄いのです。記事は20200420一つだけです。
あとは、偶然見つけたと書かれた歩きと自転車での風車街道沿いの事を記載されているのを二個だけ探し当てました。
地元の方は知っているのでしょうけど。
少し奥まっていて、見えにくいのです。
今津港乗り場近くの今津警察署に、古びた女神像があって、、、あれだと分かりやすいのに、、と思っていました。
「金の神坐」指令があって、知り得たという事で、
背後の御神霊の凄さを感じますね。

吉田様は残念ながら、部外者ではないですよね。
12000年前という事で、きっと縄文神かと感じたり、、
それは、10月5日明け方異世界が垣間見えたからですね。
真っ黒が渦巻く世界、黄泉でした。
黄泉って、夜見ですね。一番強い色、黒でした。
玄武、漆黒です。

2020年10月7日に我が家で摩多羅神祭祀以来の大掛かりなお祭りをしてみました。






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遺偈 (さくら)
2020-10-10 21:39:08
訂正です。
10月5日明け方異世界を垣間見たと書いていますが、、
10月3日か4日だと思います。
たぶん、月曜4日の可能性が高いです。
ここは、こだわります。
他のブログのことを書いてしまいましたが、、
これは表向きのことをする役割なのでしょうし、、
ただ、私の感覚とは違うということをお伝えしたかっただけです。
人にはそれぞれ役目がありますので、干渉しないように心掛けます。

私にできることは何か?
意思を引き継いでいくことを。
想いを背負っていくつもりです。



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山鹿をさるく (さくら)
2020-10-11 22:04:46
山鹿の不動岩を調べていまして、近くに日岡山があるのを知ります。
日岡とは、播磨の高御位山を調べているときに、日岡神社と日岡古墳を調べていました。
そこで、上道氏と息長氏が重なりました。
それで、漸く私は自分の先祖の事を調べ始めました。
本家先祖の菩提寺は神道山になり、そこは、吉備津彦神社と吉備津神社があり、、
朝日の宮とも呼ばれ、呉橋のような長い回廊があります。
それで、「吉備」の事を秦王国だとか好きに書かれて違和感がありました。

山鹿「鹿本町の伝説話」
=日岡山の天狗と精女=
http://yamaga-saruku.sub.jp/2019/06/26/hinookayama_tengu/
※天狗が奏楽されていて、、、『猪の窪』の古墳の石棺にうら若い女性が葬られていたお話し。

=日岳五社神宮と五社宮古墳 [ 山鹿市鹿本町 ] 菊池武重公建立=
http://yamaga-saruku.sub.jp/2019/07/09/gosyamiya/

=震岳の麓・白山権現堂 – 明星寺跡と津留山城址 –
http://yamaga-saruku.sub.jp/2019/06/04/hakuzangongen/
※ここで、摂州豐島郡宇野さんがでてきます。
とても、気になります。虚空蔵菩薩で、明星堂になっています。
播州坂越の妙見寺は、元々虚空蔵菩薩なのですが、、、
ここ坂越の虚空蔵菩薩の由来は、秦河勝となっています。
そこに、ものすごい違和感があり、宇野氏本姓の赤松氏がこのお寺を再興しているのです。
宇野氏は秦氏ではないのです。何故、秦氏でないのに、そこの妙見寺を再興しているのか?
本当は違うということです。
どんな密約があって、そのようなことになっているのか??よくわかりませんが、ここで言う右回りの相克ということだと思います。

返信する
龍宮乙姫 (さくら)
2020-10-13 15:12:20
山鹿をさるくを読んでいて、
龍宮乙姫のお話しが二つありました。
阿蘇五宮神社と、白髭明神 [ 山鹿市平山 ]
http://yamaga-saruku.sub.jp/2019/06/20/shirohigemyoujin/
※龍宮のお話しは・・・抜粋
一巻の巻物と、二本の鉾を取り出し、
「これは、白髭明神と云って水を司る神です。大干ばつがあって五穀が全滅するような事があったら、この神に祈願をかけなさい。必ず雨が降るでしょう。」と云ってところで、乙姫様の声が消えたとたんにお玲さんの頭はもうろうとなり、いつしか気を失ったしまいました。

つまり、「ノミノスクネ」が現在の白鬚神社の祭神となっていますが、、本当はこの「巻物」と「二本の鉈」ということだと思います。

坂田阿蘇神社と龍神池 [ 山鹿市坂田 ]
http://yamaga-saruku.sub.jp/2019/10/07/sakata_asojinjya/
竜宮の池のお話・・・抜粋
坂田では、毎年6月10日に神主さんを招き、龍神池で川祭りをすることが習わしになっていたが、慶長3年(1597)6月10日の川祭り当日は、村人たちが鹿北の多久村に木の切り出しに出かけて、10日までに仕事が終わらなかった。
このため、世話役が川祭りを翌日に延ばした。
水神さんは、お客を呼んで祭を待っているのに、勝手に日延べしたのはけしからんと怒り、世話役である庄屋の4歳になる娘の「お春さん」を浪でさらってしまった。
3日目になって、娘は着物もぬらさず、池に浮かび、黄色みがかった丸い団子の形をした石二つを手に持って水面に浮かんだ。

驚いた村人たちが、今までどこに行っておったかと尋ねたところ、竜宮城の乙姫さんのところで、遊んでいたという。
そして、その時出されたのが、二つの団子でその一戸を一口食べたところで、夢から覚めたようになって、池の上に浮いたという事である。

村人がお春さんの握っていた団子形の石を調べてみると、一個には一口食べた歯形が残っていたという事です

※この二つの伝承で共通項は龍宮乙姫、3日後に無事戻る。龍宮乙姫=水神・龍神
一つ目は、巻物と鉈二本で
二つ目は、黄色い団子石二個、歯型で証明。
龍宮に通じているのは、池のようです。
3123



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神咒 道教的土地神和古代祭祀的社稷神 (さくら)
2020-10-14 17:57:41
山鹿の明星寺の由来でまず宇野氏がでてきまして、次に、摂津守芋生氏のお寺だと書かれています。
どうも、山鹿と摂津は互助関係だったのでしょうかね。
そのように推測しています。
それも、芋生氏とは?「いもう、せのう」と読むようです。
出自は紀伊国伊都郡からと書かれています。
本当の意味は、芋ではなく、妹、妹背のことだと思います。

金のお話しもあります。
米原長者
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B1%B3%E5%8E%9F%E9%95%B7%E8%80%85

それで、琵琶湖母神像は背の高い台座の上にあります。
この台座と言うのが、、
社稷壇に似ていると感じていました。
社稷神・スメラオオモトオ
国家の尊崇する神霊
つまり、実態は天照厳御魂神、姫コソ神かもしれないと思うわけです。
それも、画像で、おじいさんが丸い金の光背で、手に持っているのは、金の船と丸い珠になり、
もう一つの手は、杖と瓢箪を持ち、朱い蝶々結びのひもが付いています。
青鬼と中性的な人物。
其の下に、またおじいさんがいて、
その手には、同じ金の船と珠であり、もう一つの手には、緑色の蛇のようだけれど、ピンク石がついて、顔はハートで真ん中に赤い石がついています。
それを見て、、、
ハンターハンター黄金粉少女の事が気になりました。
ハンターハンターの作者富樫さんって、超大金持ちですね。
奥さんの武内さんと結婚して、武内さんは「セーラームーン」の原作者らしいですね。
「月に変わって、お仕置きよ」が有名ですよね。
恐ろしいわ(*´з`)
富樫夫婦、すでに現実世界で金粉少女持っていますね。

さてさて、どうしようか?考え中です。




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金の滴、降る振る (はいせ)
2020-10-18 23:04:45
昨日は雨の中、深大寺深沙堂での深沙大王供に参加してきました。
お堂の中はできる限りの扉が開かれ、換気に配慮されています。雨に包まれお堂の中と外の世界が一体化している雰囲気です。いつもなら天井画の牛鬼みたいな赤龍の迫力がすごいのですが、迫力はそのままにとても静かです。読経がはじまると外がすごく気になります。雨の滴、一粒一粒がはっきりと感じられ、馥郁たる雰囲気です。なにものかが雨に紛れて読経を聞きに来たように感じました。
帰りに寄った本屋で読んだ本に「人がキラキラしたものを求めるのは、心の奥底に水への憧憬があるからだという説がある」というのを読んで、金属を求めて日本中を彷徨った古い民達は地中で金属脈を見つけた時、そこに大地母神の存在を感じたのと同時に海や泉がキラキラ輝く様や渇きが潤される歓喜から水の女神の存在を感じたのかもしれません。
大地の女神アラハバキ神と水の女神の繋がりはキラキラつながりなのかもしれませんね。
このキラキラつながりで背振山に弁財天と乙護法善神が祀られているのかなぁと思いました。

認証番号が3600でした。
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