前回の記事で
「我々は日常において先祖祭祀と神霊祭祀のバランスをとる必要がある。
どちらかに傾くと陰陽のバランスが崩れどこかにほころびが生じてしまう。
そのことを心してもらいたい。」
と記載した。
では具体的にはどうすべきなのか?
一番分かりやすい例は、自宅に神棚と仏壇がある家の例で
魂の源たる神棚には毎日の米と水を献じ、朝晩に感謝の参拝をし
一日と十五日には榊を替えて年に一度御札を新しくして、
仏壇に対しては毎日お茶とご飯を献じ、朝晩に灯明線香を立て
自分が今あることを先祖に感謝してお参りし
花を常に飾り彼岸や盆には霊供膳をすることだ。
年配の方の家ではこれが今でもあたりまえに行われている所が多い。
神棚と仏壇を守ることで魂魄をきちんと祭祀している。
あとは祈りの質ということになる。
ところが仏壇が無かったり神棚が無かったりだと
魂魄それぞれの先祖供養のバランスを
どうとるかということが問題となる。
実は私の自宅には仏壇は無い。
この解決手法を現在模索している。
実家にはあるのだが、それでは問題ないかというと
仏壇には浮遊霊が付きやすいようで
それなりの結界の作法も必要だと感じている。
祈りの質に関してだが、
神棚の神霊に関しては遠い存在と感じてはダメで
まずは生まれ変わりをさせていただいて修行出来ることを感謝し
今日の御魂の成長過程を報告し
自らの神人合一の姿を目的として
輪廻に終止符を打つように祈願したい。
また生まれ変わりは同一自我ではないので
前世は魂の系統の先祖となる。
その前世の人格に対する供養の祈りも必要である。
「我々は日常において先祖祭祀と神霊祭祀のバランスをとる必要がある。
どちらかに傾くと陰陽のバランスが崩れどこかにほころびが生じてしまう。
そのことを心してもらいたい。」
と記載した。
では具体的にはどうすべきなのか?
一番分かりやすい例は、自宅に神棚と仏壇がある家の例で
魂の源たる神棚には毎日の米と水を献じ、朝晩に感謝の参拝をし
一日と十五日には榊を替えて年に一度御札を新しくして、
仏壇に対しては毎日お茶とご飯を献じ、朝晩に灯明線香を立て
自分が今あることを先祖に感謝してお参りし
花を常に飾り彼岸や盆には霊供膳をすることだ。
年配の方の家ではこれが今でもあたりまえに行われている所が多い。
神棚と仏壇を守ることで魂魄をきちんと祭祀している。
あとは祈りの質ということになる。
ところが仏壇が無かったり神棚が無かったりだと
魂魄それぞれの先祖供養のバランスを
どうとるかということが問題となる。
実は私の自宅には仏壇は無い。
この解決手法を現在模索している。
実家にはあるのだが、それでは問題ないかというと
仏壇には浮遊霊が付きやすいようで
それなりの結界の作法も必要だと感じている。
祈りの質に関してだが、
神棚の神霊に関しては遠い存在と感じてはダメで
まずは生まれ変わりをさせていただいて修行出来ることを感謝し
今日の御魂の成長過程を報告し
自らの神人合一の姿を目的として
輪廻に終止符を打つように祈願したい。
また生まれ変わりは同一自我ではないので
前世は魂の系統の先祖となる。
その前世の人格に対する供養の祈りも必要である。
ただそれだけでいいかどうかわからなかったのですが、「前世は魂の系統の先祖となる。
その前世の人格に対する供養の祈りも必要」とのことですので、拝読しまして、これからは自霊拝するときは過去生と未来の自分・来世に対しても供養しようと思います。
ありがとうございました
こういう過去の文章へのコメントは
とても嬉しいものです。
自分で書いたブログでも内容は完全に忘れているので
自分でもなるほどなあと思い読んでいます。
2010年のブログですから7年前ということですが
自分も少しは成長したなあと思ってしまいます。
ここには仏壇の事しか書いていませんが
この間に私の父親が亡くなり
葬式からお墓までの道のりの大切さに気づかせていただきました。
話は飛びますが挿し木をいたしますとまず切り口にカルスが生じます。
人間でいえば化膿止めのかさぶたのようなものです。
それから1か月ほど経ったある日に急に根の細胞が
増殖し始めるのです。
植物の枯れる運命が翻って生命が宿った瞬間のようなものです。
この瞬間の正反対でありながら同じようなものが
父親の納骨後に感じられました。
骨壺には魂魄のうちの魄が宿っているように思えるのですが
※火葬すると稀薄ではあるものの
納骨後しばらくたって魄に根が生じたかのようにして
スーと地中に魄が同化していくのです。
そう考えますと通常納骨は一般には四十九日後に致しますが
そうではなく初七日後に納骨を行い
四十九日には魄の同化の忌明けの儀式を行った方が
理にかなっているなと思った次第です。
植物もあまりに小さく刻むと挿し木に失敗しますが
もしかすると散骨などしない方が
スムーズに地球に同化出来るのかもしれません。
さて血統と魂の系統は二重らせんのようにもつれ合いながらも枝分かれしていきますが
魂の系統への感謝の思いは大切だと思います。