book417 王妃の離婚 佐藤賢一 集英社 1999
佐藤賢一氏の「オクシタニア」は内容が濃かったし、タイトルの王妃と離婚しようとするのはフランス王ルイ12世であり、王妃と離婚後ブルターニュ女公と結婚し、やがてブルターニュ公国を併合してしまう展開だから、興味をそそって読み始めた。
佐藤氏の文は、「オクシタニア」でも感じたが、よく練られた滑らかな語り口とは違い、ぶっきらぼうというか、展開が早いというか、唐突なところが多いというか、散文的である。
それが佐藤氏の魅力にもなっていて、舞台なら身を乗り出して観劇するように、テンポの速い展開に飲み込まれてしまう。A5版381ページを一気に読んだ。
物語は、エピローグで主人公フランソワと恋人ベリンダを紹介し、
第1章 フランソワは離婚裁判を傍聴する
田舎弁護士/被告/旧友/クエスチオ/証人喚問/仇敵/求め/新弁護士
第2章 フランソワは離婚裁判を戦う
宣戦布告/作戦会議/再喚問/冒険/旅路/パリ/界隈/賭け/朝の光/決定打
第3章 フランソワは離婚裁判を終わらせる
展開/優男/引き抜き/大雨/狼狽/再生
エピローグの後日談でまとめている。
最終的には離婚に同意する王妃とは、フランス王ルイ11世(1423-1483)の次女ジャンヌ・ドゥ・フランス(1464-4505)である。この本では足の悪い不美人の設定である。
ルイ11世も暴君として描かれ、ルイ11世の厳命でジャンヌが12才のとき、オルレアン公ルイ・ドゥ・ヴァロア(1465-1498)と結婚することになる。
オルレアンはパリの南西130kmほどのロワール川流域に位置し、ジャンヌ・ダルク(1412-1431)のオルレアン解放に登場するように要衝の地であった・・ルイ11世はオルレアンを抑えておきたいという思惑があったのかも知れない。ルイ11世のてこ入れでオルレアンは栄え始めるが、この本では触れていない・・。
結婚したときオルレアン公ルイはまだ11才だった。ルイは、フランス王ルイ11世に逆らえず結婚は仕方がなかった=形だけだったし、ジャンヌとは交わりがなかった、と主張する。二人には結婚が完成したかどうかが、裁判の争点である。
ルイ11世にはジャンヌのほかに姉と弟シャルル(1470-1498)がいる。ルイ11世没後、シャルルは13才でシャルル8世となり、21才のときブルターニュ公領に目をつけてブルターニュ女公アンヌと結婚する。さらにイタリア戦争を開始し、ナポリ王となるが、跡継ぎのないまま、28才で事故死する。
フランスの王位継承に関するサリカ法によって、オルレアン公ルイにフランス王位が回ってきて、ルイ12世となる。
王位に就いたルイ12世は、さっそくジャンヌとの結婚は無効であるとして離婚裁判を起こす・・ブルターニュ女公との結婚をもくろんでいた・・。
王と王妃の離婚であるから耳目を集め、法定となったトゥールのサン・ガチアン教会は超満員になった。
そのなかに、ナントで弁護士を務める主人公フランソワもいた。いまや47才、かつてパリ大学で学んだとびきりの秀才だった。そのころ11才下のベリンダと同棲していて、結婚しようと考えていたが、フランソワの言動がルイ11世の逆鱗に触れ、ベリンダの弟で近衛兵のオーエンに襲われたうえ、ベリンダとは別れ別れになってしまう。
それから20年経ったが、ルイ11世への怨念で、ジャンヌの離婚裁判を冷ややかに傍聴していた。外に出たとき、いまやソルボンヌの副学監となったパリ大学時代の旧友に会う。
連れてきた学生の一人が活発で優れ者のフランソワであった・・最期の方でオーエンの息子と分かるが、さらに最後の最後でどんでん返しがある・・。
別の日の傍聴を終えて教会を出たとき、近衛隊長となったオーエンにつかまり、暴力をふるわれたうえ、ベリンダが死んだことを告げられ、ジャンヌの宿舎であるサン・ドミ教会に連れて行かれる。
そこで、ジャンヌから、ベリンダがジャンヌ仕えていて、フランソワのことをよく聞いていたので弁護を頼みたいと依頼される。
ジャンヌの弁護を引き受けたフランソワは、なんと、ジャンヌの処女検査を認めたうえで、ルイ・ドルレアン=ルイ12世の男根検査を請求するという奇想天外の作戦を展開する。
さらに、ジャンヌが住んでいたリニエール城にルイ・ドルレアンが来たときに結婚が成立したというジャンヌの証言を引き出し、それを証言できる医師を証人として召喚する。
ところが身の危険を感じた医師は姿をくらましていた。パリに潜んでいると確信したフランソワは、オーエンとともにパリに向かい、学生フランソワらの応援でなんとか医師を見つけ出す。
医師の証言で追いつめられたルイ12世はフランソワらに刺客を放つ。刺客に感づいたオーエンは自らの命をかけフランソワらを逃がすことに成功する。こうした息詰まる展開に引き込まれてしまった。
ルイ12世とジャンヌの離婚という史実に基づきながら、弁護士フランソワを登場させて当時の教会裁判の展開を描き、そのおりおりにフランソワとベリンダの思い出を挿入ながら夫婦とは何かを問いかけてくる。読み応えがあった。(2016.4読)