ウマさんの気ままな行動日記(その2)

ウォーキング、ハイキング、釣り、ドライブ、100名城巡りなどをレポートします。

T.K.Gに舌鼓 大多喜城からポッポの丘

2018年03月23日 | ウマさんの「健康ウォーキングの会」
2018年3月23日(金)

毎週金曜日、主に地元土浦周辺を歩く「健康ウォーキング同好会」が主催する、
平成29年度第36回(2018年第8回)、「大多喜城からポッポの丘(いすみ)」ウォーキングに参加した。

土浦三中地区公民館でバスを待つ皆さん。


7時17分、7時ちょうどに土浦市民会館をスタートしたバスが到着した。


この日の参加者は24名である。


圏央道つくば・牛久ICから高速に乗り、


いつものおにぎり弁当を食べ終わった頃の7時55分、


江戸崎PAに到着し、最初の休憩を取る。


圏央道神崎辺りを抜けて、


8時18分、利根川を渡る。
『やっぱり大きな川だよねっ』


8時34分、東関東道冨里ICで降りて、


国道296号を走る。


道端に埴輪が並んでいる。


成田空港と九十九里浜中央を結んでいる県道62号、および県道58号の新道の全線を
「はにわ道」と呼んでいる、そうだ。


9時11分、再び圏央道松尾横芝ICから高速に乗る。
圏央道・東関東道大栄JCTと圏央道横芝光ICまでの接続完了は
3年後だそうなので、高速に乗ったり降りたりと、房総方面へは
しばらくは不便を覚悟しなければならない。


しばらく圏央道を走る。


9時45分、市原鶴舞ICで降りて、


国道297号を大多喜方面へ。


車窓から大多喜城が見えた。
『今日はあそこに行くんだねっ』


10時8分、道の駅「たけゆらの里」に到着。


「たけゆらの里」と言えばこの時期は筍(たけのこ)だろう。
たくさんの筍が並べられていた。
帰りに買って帰ることにしよう。


「たけゆらの里」店内風景


エンゼルランプ(別名カランコエ)
原産地はマダガスカル、だそうだ。
『可愛い花だね~っ 帰るまであるかしら?』


品定めを終え、この日の出発地、大多喜駅へ。


国道297号を船子交差点まで戻って左折し、大多喜町市街地へ。


10時31分、出発地の大多喜駅に到着。
大多喜駅にはいすみ鉄道の本社と車両基地がある。


駅前でめいめい準備を整える。
この日は弁当は受け取らなくても良いので、身軽である。
ポッポの丘で昼食に卵かけご飯(T.K.G)を予約しているからだ。


10時35分、大多喜城へ向けて出発!


大手門(歓迎門)を潜り、いすみ鉄道の線路に沿って進む。


いすみ鉄道の南廓踏切を渡り、


メキシコ通りを大多喜城へ。


先頭を務めるTKさん。
今日はいつになくにこやかだ。
何か良いことがあったのかも知れない。


10時43分、大多喜高校のグラウンドに到着。


大多喜城は、徳川四天王の一人、本多忠勝によって築かれた城である。
遺構として大多喜高校の校舎前に二の丸御殿の薬医門が移築されている。


県指定史跡の薬医門
江戸時代中期の城内御殿の門である。
かつては、ここに二の丸御殿があったとされる所だ。


薬医門を潜って、


大多喜城へ向かう。


目の前に大多喜城の天守閣が聳える。
徳川四天王の一人、本多忠勝が天正十四年(1590)に築城したとされる。
『いやぁ なかなか立派な天守閣だねぇ』


二の丸には周囲10m、深さ20m、日本一の大井戸が現存している。
忠勝候が掘ったもので、枯れたことがないと言われている、そうだ。
県指定史跡になっている。


大多喜城本丸へ。


左手に大多喜高校の校舎を見ながら大多喜城天守閣を目指す。
大多喜高校は、明治33年(1900)創立というから、100年以上の歴史がある学校だ。


10時52分、大多喜城本丸に到着
現在は、県立中央博物館大多喜城分館として、天保六年(1835)の図面を基に
天守が再建されているが、大多喜城に天守があったかどうかは学会でも議論されている。
天守があった場合は復興天守、なかった場合は模擬天守となる。
復興天守となることを期待したい。


65歳以上の入館料は無料、とのこと。
この日は全員が65歳以上なので全員無料ということになる。
入口受付で生年月日を伝えると、中に入れる。
城内の展示物(鎧・兜・甲冑・刀剣・書物など)は撮影禁止となっている。


天守閣から北の方角を望む。


こちらは大多喜高校方面
正面やや左側に夷隅川に架かる外廻橋(とめぐりはし)が見える。


城の模型があったが、地理不案内のためか、場所と方角がよく分らない。
場所を示す銘板などがあればより分り易いのだが・・・


天守閣前で記念撮影をと思ったが、ISさんの姿が見えない。
城の中を探したが見つからないので、本人の携帯に電話すると、
大きな売店のある駐車場にいるとのこと。
城内にあった地図で確認すると、どうやら観光物産センターらしい
そこから動かないようにしっかりと伝えて、大汗をかきながら駐車場に駆けつけ、
無事ISさんを発見した。
この一件でこの日の記念撮影はお預けとなった。
記念撮影どころではなかった。


大多喜の町中を観てみようということで、再び大多喜駅方面へ。


いすみ鉄道に沿って大多喜駅へ。


いすみ鉄道大多喜駅、


続いて大多喜町観光本陣前を通り、


城下町通りを目指す。


櫓を模した塔がある四ッ門公園があり、右に曲がると城下町通りである。
(四ッ門:大多喜城から数えて四番目の門)


旧家(1)
大多喜活版所と書かれた看板が見える。


旧家(2)
奈美喜手房の看板が掛かっている。
毛糸を扱っていた、とのこと。


旧家(3)
重要文化財渡辺家住宅
嘉永二年に建築された江戸時代後期の町家である。


旧家(4)
伊勢幸酒店(明治5年移築)
大手門の材料を使用したと伝えられ、屋根瓦に城主の紋所があった。


旧家(5)
土蔵造りの商家釜屋
質屋・金物屋を営業していた。


旧家(6)
商い資料館
江戸~明治の資料を展示している。


桜台交差点の千葉銀行角を左に曲り、外廻橋(とめぐりはし)で夷隅川を渡る。


12時2分、船子交差点を横断し、


国道465号をいすみ市方面へ。


ポッポの丘を目指す。
この時は、13時頃には楽に到着するだろうと考えていたが・・・


法輪閣(セレモニーホール)前を通過


増田橋を渡ると、


12時28分、いすみ市に入った。


ISさんはかなり疲れたようで、ペースが落ちてきた。
足が痛くなって来たとのこと。


12時30分、水分補給も兼ねてひと休みしよう。


国道465号の道端には、黄色いラッパスイセンが咲き誇っていた。


田んぼのあぜ道にもラッパスイセンが植えられている。


12時39分、増田の道祖神を通過


ポッポの丘を目指し、


国道465号を進む。
ポッポの丘までまだかなりありそうだ。


1両編成のいすみ鉄道の黄色い列車が走り過ぎて行った。


国道465号を左に折れて、行川踏切を渡り、妙泉寺方面へ。
立派な門構えの寺だが、立ち寄っている時間はない。


線路沿いに細い路が続いている。
『ここだとほとんど車が通らないから安心だねっ』


12時57分、本迹寺(ほんじゃくじ)下を通過
『難しい字だねぇ』
『ふりがながないとちょっと読めない字だよねっ』


ポッポの丘を目指すが、まだ1Km以上はありそうだ。
13時までに到着するのはちょっと厳しい。
ポッポの丘に少し到着が遅れる旨を連絡した。


ISさんは足を痛め、歩くのはかなり困難な様子だ。
残り約1Kmと言う所でバスに迎えに来てもらうことにした。


13時8分、道端で待っていると、バスがやって来た。


全員バスに乗り込み、ポッポの丘へ向かう。


ポッポの丘入口の急坂を上ると・・・


13時17分、ポッポの丘に到着した。
『やっと着いた~っ』
ポッポの丘は、御宿町に養鶏場を持つ「ファームリゾート鶏卵牧場」が営業する
卵の直売所である。
廃車となった車両が次々に運び込まれて、首都圏の鉄ヲタクにとっては
「聖地」と呼べる存在になっている、とのこと。


車両の見学は後回しにしてとりあえずカフェT.K.Gへ。
予約していた”卵かけご飯”(562円)を各自受け取る。
卵かけご飯の他にチキンカレー(562円)やカルビ丼(562円)、
牛丼(648円)も注文することが出来るが、カルビ丼一人を除いて
残り全員卵かけご飯である。


各自”卵かけご飯”を受け取り、


カフェT.K.G前の食堂車両へ。


ずらりと並んで行儀よく”卵かけご飯”を食べる。


”卵かけご飯”
地元いすみ産のご飯と味噌汁に朝摂りの新鮮な卵。
専用の醤油と何故かいわしの角煮が付いている。


『卵が新鮮なので美味しいねっ』
『せめてお新香が付いていると良いんだけどね~・・・』


『何だか懐かしい味がするわねっ』


お茶も水も出て来ないので、ご飯の後はコーヒー(324円)を飲むことにする。
占めて886円(税込)である。


晴れて気温も上がって来たので、車両から出て東屋でいただくことにする。
コーヒーの代わりにソフトクリーム(300円)を希望する人も。
コーヒーを飲むと今晩眠れなくなるのだそうだ。


『外で飲むコーヒーも良いわねっ』


食後に少し園内を廻って見ることにしよう。
車両(1)
北陸鉄道モハ3752
土産物販売車は、富山県の新湊市で走っていた車両、だそうだ。
同県出身のKRさんはかつて乗っていた頃を懐かしんでいた。


販売車の車内には、鶏卵が販売されていた。


他にも土産物などを販売していた。


車両を動かすというので、乗ってみた。


動いたのは僅か数10mだったが、デッキに立って風を受けていると
興奮を覚えた。


『楽しかったわねっ』


車両(2)
銚子電気鉄道デハ700形702は、元近江鉄道モハ51形52である。


車両(3)
銚子電鉄デハ701


車両(4)
営団地下鉄丸ノ内線454
見覚えのある電車である。
今から40年ほど前、埼玉県上福岡市から東武東上線に乗り、池袋から丸ノ内線に乗り換え、
大手町まで通勤で利用していた頃を思い出した。


車両(5)
千葉都市モノレール1003、1004


車内には、色紙や写真などが展示されていた。


小高い丘へ続く道の途中にあるのは、大山ケーブルカー丹沢号だ。


丘の上に行くと、特急型電車「さざなみ」2両と近郊型電車2両が並んでいた。


国鉄183系特急型電車「さざなみ」
クハ183-21(左) と クハ183-1527(右)


国鉄113系近郊型電車
クハ111-1072(左) と クハ111-2152(右)


国鉄24系客車オロネ24 2を牽引する国鉄DE10形ディーゼル機関車DE10 30


展示されていた全ての車両とまではいかなかったが、大体観終わった。
時間の都合もあったので、14時23分、”ポッポの丘”を後にした。
従業員が手を振って見送ってくれた。
『またのお越しをお待ちしていま~す』 『さようなら~っ』


『卵かけご飯もまあまあだったし、古い車両も懐かしかったし、
けっこう楽しかったわよねっ』


14時35分、再び道の駅「たけゆらの里」に到着


「たけゆらの里」店内で土産物の物色だ。


『良かったぁ まだ残ってた~っ』
エンゼルランプ(別名カランコエ)を手ににっこりのYM子さん。


ちょっと高かったが、筍を買うことにした。
やはり旬のものが一番美味しい。
(灰汁抜きをして翌日食べたが、軟らかくてとても美味しかった)


船子交差点を通過。


車窓から大多喜城が見えた。


一段落したところで、ISさんとともにワインで『かんぱ~いっ』


帰りのルートは、運転手さん任せだ。
気が付いたら、成田空港滑走路の下を通過するところだった。


LCCバニラエアの飛行機が見えた。


新空港自動車道成田ICから高速に乗り、


東関東道から圏央道江戸崎方面へ。
運転者さんの言う通り、このルートは速くて流れもスムースである。


車内には、”満足”の笑顔が溢れる。


16時45分、江戸崎PAで最後の休憩を摂り、


土浦三中公民館を目指す。
牛久大仏がはっきりと見えた。
『こうやって見ると大仏さんも良いわねぇ』


筑波山も見えて来た。


『今日は楽しかったぁ』


17時8分、牛久・つくばICを通過


左手につくばイオンを見ながら走ること数分、


17時19分、最初の降車地土浦三中公民館に到着した。


皆さん、手に手に土産物をぶら下げている。
『皆さん、今日は大変お疲れさまでしたぁ』


『お先にっ また来週お会いしましょうっ!』


今年度(2017年度)最後のバスハイク、”大多喜城からぽっぽの丘”ウォーキングが終った。
大多喜城で一人が突然いなくなるというハプニングがあった。
一時はどうなることかと肝を冷やしたが、無事発見できて一安堵といったところである。

大多喜の城下町通りは古い家や商家など見どころも多い。
時間の関係で素通りするだけだったが、機会があればゆっくりと見物してみたいと思った。

ポッポの丘の食堂車で皆で揃って食べた卵かけご飯(T.K.G)の素朴な味が印象に残る。
旧国鉄だけでなく、私鉄、営団地下鉄、千葉モノレール、大山ケーブルカーなどなど、
よくぞこれだけ集めたという感じである。
鉄道オタクにとっては、見ていて飽きることのない場所だと思う。

房総には我々が知らない所がまだまだたくさんありそうだ。
これからもそういった所を見つけて訪れてみたい。
ただ、千葉県内の圏央道の完成は3年後、とのことなので、
暫くは、高速に乗ったり降りたりと、不便を覚悟しなければならない。

この日の万歩計は、15,000歩を計測していた。

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