えびす顔の造花卸売問屋元社長からの手紙

かすかな希望を抱いて幸せを自慢する尊大な手紙。重複掲載御免。造花仏花の造花輸入卸売問屋ニューホンコン造花提供

今里新地を振り返ると

2024年03月07日 16時10分53秒 | 大阪、生野
 みなさん こんにちは

 東京のT大学の准教授Tさんを先月26日、大阪生野・今里界隈に案内しました。Tさんは社会学がご専門で今、今里新地の多文化をテーマに研究されていて、実は昨年末にも一度お会いしています。今回は私へのインタビューで今里にいらっしゃったのですが、ついでに町の案内と今里をよくご存じな方を6人ご紹介しました。

 近鉄今里駅前通商店街でお店を営むIさんは私より一つ上、Oさんは二つ上でどちらも東中川小学校、東生野中学校の先輩。またO2さんは70年ほど今里にお住まい。さらにバス通りの南側新今里5丁目のMさん、同じく3丁目で長らく飲食店を営んでいたKさんはどちらも戦中生まれ。ずっと今里にお住まいです。さらに私の住む一北町会のAさんは3つ上で東生野中学校で東野圭吾さんと同級で、東野さんの小説「あの頃ぼくらはアホでした」に”出演”されています。

 一緒に回って話を聞いていると、私の知らないことも多く。例えばバス通りから北の方が歴史が古く大店が多かった。北側がいっぱいになって南側に店が広がった。駅前通商店街とは別に通称・今里新地公園西側の筋にも商店が点在していた。しかし北側は空襲で焼けて戦後は南側が新地として残り、北側は住宅街や工場になっていった。戦後、多い時は今里花街(かがい)組合に160軒も加盟していていて、今も組合はある。近鉄線と今里筋とが交差するところにもう一つ駅を作る計画があった。

 それにしても、地域の古いことを尋ねられる歳になったんですね。3歳で隣町の布施から今里に来てもう60年。若干今里を離れていますが、それでも50年以上住んでいるんですものね。あと何年ここに住むんやろ。
 
 写真はその新地公園西側の筋です。今ではマンションが立ち並びます。
 
 今里新地についてはこちらのブログ「網站・茶商 SHINCHAYA」がとっても詳しいです。

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