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近畿地方の古墳巡り!

歴史シリーズ、第九話「近畿地方の古墳巡り」を紹介する。特に奈良盆地・河内平野の巨大古墳・天皇陵の謎などを取上げる。

大阪池田市の古墳群とは!

2008年12月17日 | 歴史
大阪池田市の古墳群池田市周辺は五月山をバックに猪名川沿いの肥沃な平野部に位置し、後背地は広く川辺郡・能勢から篠山・亀岡にまで通じた、大和への中継地として古代から注目されてきた。この時期既に大和とは緊密な連携関係にあったと考えられる。

古墳時代前期と後期には有力な古墳が散見されるが、中期の大規模古墳は存在しない。

○茶臼山古墳
茶臼山古墳は五月山南麓にあり、標高100mほどの丘陵地に位置する。
全長約62mに及ぶ4世紀前期から中ごろの古墳前期の前方後円墳。





池田市の茶臼山古墳頂上部から望む五月山及び茶臼山中心部光景。
現在茶臼山古墳公園として整備されている。

後円部径約33m・前方部幅約18m・後円部高さ6.5m・前方部高さ3.5mの前方後円墳。

1958年の発掘調査で、長さ6.4mの竪穴式石室が検出され、石室内には僅かであったがアクセサリー類が出土し、又埴輪円筒棺2基が発見されたと云う。

市内で最も見晴らしの良い中心部丘陵地に位置し、且つ出土した副葬品等から当時池田周辺を支配していた秦氏一族の墓との説が有力。



写真は、池田市歴史民俗資料館に展示されている当古墳埋葬品。
碧玉製釧・碧玉製管玉・ガラス玉・鉄剣・鏡等々が出土したと言う。

○鉢塚古墳
鉢塚古墳は池田市鉢塚の丘陵山麓にあり、巨大な石室としてよく知られている。
一辺約40mの上円下方墳で、古墳時代後期の築造と云われている。

横穴式石室は、全長14m・玄室長さ6.5m・高さ5.0mと云う石舞台古墳に匹敵するわが国屈指のモノであることから、被葬者はこの地域の有力な豪族と見られる。



写真のように、鉢塚古墳の玄室内には、鎌倉時代の石造十三重塔があり、左右に不動明王を表わす板碑と地蔵菩薩の石像が安置されている。

当時池田の地は、秦氏の居住地であり、現在でも畑と云う地名が残されていることから、この古墳も秦氏の墓と考えられる。

北側には幅約3mの周濠が残っていると云う。

後期古墳には、他にも横穴式石室を持つ五月ケ丘古墳が発見されている。









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