近畿地方の古墳巡り!

歴史シリーズ、第九話「近畿地方の古墳巡り」を紹介する。特に奈良盆地・河内平野の巨大古墳・天皇陵の謎などを取上げる。

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静岡県沼津市の卑弥呼と同時代の高尾山古墳が破壊の羽目に!

2015年09月07日 | 歴史
ここからは、非常事態緊急レポートとして、近畿地方の史跡めぐりを中断して、我が故郷の由々しき現状についてご理解とご協力をお願いたしたく、これまでの経過を2回に分けて報告します。

道路建設予定地にある古墳の存続をめぐって静岡県沼津市が揺れている。最悪の場合は、古墳破壊の危機に瀕している。

2008年に市内で発掘された「高尾山遺跡」は、西暦230年頃に築造されたもので、全長が62mと破格の大きさがあり、東日本で発見された、卑弥呼時代最大の大型前方後円墳の一つ。



写真は、2008年発掘当時の後円部墳丘中央部の樹木が残されたままの発掘調査の様子。

出土した埋葬品などから、ヤマト政権と主従関係にある「古代スルガの王の墓」ではないかと見られる。東海道を抑えるようにドッカリと座り、卑弥呼のライバルとも云うべき東国の王の墳丘であることは間違いない。

歴史的には、卑弥呼と戦っていた狗奴国(くなこく)の男王・卑弥弓呼(ひみここ)の古墳の可能性も否定出来ない。

というのもこの古墳の墳丘や堀からは、北陸・滋賀・浜松地方などの幾内以東の広い範囲から運ばれてきた外来土器が大量に出土した。

当時卑弥呼が存在したと見られる幾内を東側から包囲する地域の人々が集まって、この古墳を築造し、墳丘でお祭をした生々しい痕跡が出土した。

遺体の頭部には、割られた銅鐸、胸には小さく粗末な勾玉、矢じりが32個がまとまって置かれ、又長大な刃渡りの鉄槍を右手にして葬られていた。

日本考古学協会や良識ある住民は保存を求めているが、沼津市は都市計画通り道路建設を進める方針であり、市議会は取り壊し費用を含む補正予算案を2015年6月30日既に可決している。

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