近畿地方の古墳巡り!

歴史シリーズ、第九話「近畿地方の古墳巡り」を紹介する。特に奈良盆地・河内平野の巨大古墳・天皇陵の謎などを取上げる。

高槻市の安満宮山古墳とは!そのⅡ

2010年01月19日 | 歴史
高槻市の安満宮山古墳巡りを続けます。

本古墳から出土した長大な石室からは、古代史を揺るがすような貴重な副葬品が検出された。

石室棺内には青銅鏡5面をはじめ、1,600個以上のガラス小玉をつづった装飾品や刀・斧などの鉄製品が副葬され、並々ならぬ人物が埋葬されていたことが明らかになった。

注目されるのは中国・魏の年号、青龍3年(235年)銘をもつ“方格規矩四神鏡”で日本最古の年号鏡である。

ここに眠る人物が眼下に広がる安満集落の王で、卑弥呼が魏に派遣した使節団の一員であり、女王卑弥呼よりこの鏡を下暢されたのではないかと推測される。

日本出土の銅鏡では、最古の年号の入った鏡で、さらに興味深いのは、それが日本ではじめて三角縁神獣鏡などと一緒に出土したことです。





写真は、安満宮山古墳墳頂に復元された石室内部及び石室から出土した、青龍3年の銘をもつ方格規矩四獣鏡。

石室をイメージした、かまぼこ型の強化ガラスに覆われた墓坑には、卑弥呼が魏より貰ったといわれる銅鏡のレプリカが復元されている。

「魏志倭人伝」(『三国志』魏書東夷伝倭人条)には、景初3年(239年)6月、倭国の外交使節団が邪馬台国を出発し、12月に魏の都・洛陽に到着。

魏は倭国女王・卑弥呼に対し「親魏倭王」の金印とともに「銅鏡百枚」などを与えたと記されている。

安満宮山古墳の鏡はその一部を含むと考えられ、「銅鏡百枚」の実態に迫る画期的な発見となりました。

安満宮山古墳に眠る人物は、眼下に見える三島地方最大の環濠集落・安満遺跡を拠点とするこの地の王であったかもしれない。

淀川水運を掌握し、女王・卑弥呼の政権を支える一人として、これらの鏡を授けられたのかもしれない。




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