<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地



東京ビッグサイトで開催されている「電子ブック展」を訪れた。
昨年、この展示会はiPadが発売された直後ということもあって会場は大変多くの来場者で超混雑をしていたのだが、1年経った今年も、その熱気は冷めておらず、電子書籍に関する世間の関心の高さが窺えた。

それでも、電子出版に対する市場のニーズが高いかといえば、そうでもないというのが、辛いところ。
昨年のインターネット白書によると電子書籍の市場性は出版というカテゴリーではたったの2%。
100人読書を楽しむ人がいるとすると、電子書籍を楽しむ人はたったの2人ということ。
これでは、まだまだ少ないと言わねばなるまい。

そういえば電車の中でiPadやkindleを使って電子ブックを楽しんでいる人の姿はまだまだめったに見かけない。
液晶画面を覗いている人は、大抵の場合、ゲームを楽しんでいるのであった読書ではない。
たまにテレビや映画を観ている人を見かけるがそれも稀。

電子ブックというジャンルは消費者よりも発信する側が勝手に盛り上がっているという感がなくはないというのが実情かも、と考えさせられた。

それにしても電子ブックひとつとっても様々な種類があって、今は生き残りゲームに掛けた前哨戦という感じだった。

なお、同じ西ホールで開催されているブックフェアはどこもかしこも「震災」からみの展示で、少々食傷ぎみ。
震災関連の書籍をディスカウントして販売していたのは、もしかしたらあまりに同じジャンルの雑誌や書籍が林立して過当競争になった結果かも。
と、こちらも考えさせらた展示なのであった。

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今夜、大阪市内で仕事の打ち合わせをしていたら「ゆら~り、ゆら~り」と地震が来た。
ちょっと3.11に似た地震だったので、

「お~~~~、またまた大地震か。」

とビビってしまったのだったが、今回は和歌山で震度5強の地震。
大阪が揺れるくらいだからなかなか強い地震だったようだ。

ここ数日、和歌山では弱い地震が度々あって、

「ちょっと不気味だね」

と家人とも話していた。
3.11の時も、私は前日朝に東京のホテルで強い地震を感じて、ビビっていたのだったが、その翌日に3.11が発生しただけに、今回の地震も不気味だ。
和歌山といえば東南海地震発生で一番被害を受けるであろうと思われる地域。
今回の地震が予告編でないことを祈りたいところだ。

なお、またまた私は明後日から東京なのだが、例によって新幹線は使用せず、飛行機で出かけようと思っている。

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遅れること何年何ヶ月、ついにボーイングの新型旅客機B787が日本へやってきた。
全体の35%が日本製の部品で構成されているB787は準国産の旅客機と言っても過言ではない。
ついに日本の旅客機技術は「トイレ」だけではなくなったようだ。

それにしてもB787のシアトルからの初試験飛行。
テレビのニュースを見ていたら今朝の羽田空港は予想通りのヒコーキマニアでいっぱいなのであった。
B787の姿を撮影すべく超望遠レンズを構えるカメラオタクかヒコーキオタクかわからない人々がダッシュしている姿は、正直言って、羨ましかったのだった。
私もB787を見てみたかったのだ。

東京まで行けなかったが今週にはB787は関西空港と伊丹空港には飛んでくるので、もし実機を肉眼で見たければ、それぞれ飛来する時間にどちらかの空港に行けば良いのだ。
しかしながら、伊丹が火曜で関空が水曜。
どちらも出張で大阪にいないため、野次馬根性で空港に行くことができない。
すこぶる残念だ。

とはいえ、どっちでもいいではないか、という考えもある。
なぜならB787であろうがB777であろうが、外観に極端な変化は無く、B787の翼が竹ヒゴ飛行機のように薄いことや、顔がちょっとばかしB777より鼻の下長いのを別にすれば、ほとんどほかの飛行機と同じなのであった。

航空力学や空気抵抗などを考えると、どこの飛行機も似たような形状になるのかもしれない。

ということで、9月に定期運行が始まるそうだから、私はそれまで待つことにして、B787。
まずは東京~大阪で活躍していただきたいと、しみじみと考えるのであった。

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一昨日、都内のビジネスホテルで熟睡していたら、突然非常照明が点灯した。

蒸し暑さも手伝って目が覚めるとエアコンは止まっているし室内の電灯は点灯しない。
テレビも駄目でパソコンはノートだから問題ないけど充電できない。

「ついに来た。その時が来たのだ」
と私は思った。
目がパッチリと見開いたのは言うまでもない。

首都圏の電力不足でいつ東京電力の発電容量を消費容量が超過してブラックアウトが発生するのかと、この夏はこの話題で持ちきり。
電車も公共施設も、会社もどこもかしこも節電節電。
天井の蛍光灯は半分くらいは消灯し、看板ももちろん消灯。
暑くても「エアコン設定温度下げてんか」と言うことができない雰囲気が首都圏には溢れている。

そんなこんなで都内で宿泊していたものだから部屋の非常用照明点灯は間違いなく一大事。
昼間の停電を心配していたら、実際は夜中に停電したということか。
時間は午前3時になるところであった。

私は真っ暗闇になった東京の町並みを見るためカーテンを開けた。
すると、なんと、どこもかしこも変化なし。
街灯は煌々と灯っており、信号も普通。
マンションの階段の蛍光灯もついていて、なんら停電になっていない。

要は私の部屋だけがブレーカーか電気系統の関係で停電になり、非常灯が点灯したというわけだったのだ。

「申し訳ありません。7階だけが調子悪くて」

とはフロントのお姉さん。
調子悪い階に宿泊した私も不運だったが、宿泊させたホテルもホテル。
あえて名前を書かないのは、久しく訪れていないヤンゴンのホテルを思い出し、懐かしく感じたからなのであった。
停電もおつなもの。
私の部屋だけであれば。文句をいうこともなかろうて。

すわ、停電か!
結果は地域限定、スポット的な停電事件なのであった。

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石原東京都知事と橋下大阪府知事が会談して「大阪府を副首都とする」構想に合意したのだという。

大阪人はもともと政治への介入や政治からの介入が大嫌いな地柄で、過去500年に渡り商人の街として歩んできた。
政治の中心になったことは仁徳天皇の時代と太閤秀吉の時代を除いてほとんどなく、ほとんど宗教の街(石山本願寺の時代)か商人の街(徳川以降)。
その仕組は徹底していた。

例えば江戸時代。
天領でありながら政府徳川幕府の力はほとんど借りずにインフラ整備。
区画整備や運河、橋、大和川に新田開発と多岐に渡った公共事業はすべて民需で補った。
そのためかどうか、明治になるまで儲かっていても税金を払うことはまったくなかった。

この思想はつい最近まで貫かれていた。
阪神高速道路公団は阪神大震災が発生するまで天下り職員がひとりもおらず、すべて民間でまかなっていた公団だ。
そこへ役人出身者が乗り込んできて今の公団組織に相成ったらしい。
しかも偶然なのかどうかは不明だが、天下りを受け入れた瞬間から経営黒字が経営赤字に転落。
現在にまで至っている、というのはちょっと有名な話。

そんなところに「首都機能話」。

人口でも経済規模でも他県に抜かれて寂しい想いだったのが、「副首都」話で「やっぱり大阪は重要都市だったのか」とちょっと嬉しいが、それよりもかなり迷惑のなもこれ事実。

副首都機能なら京都に置けば良いと思うのだが、そこは京都人が許さないだろう。

「なんでうちとこが副首都なんどす。東京が副首都で京都が首都ですやろが」

となるのは火を見るようり明らか。

ということで、「大阪の副首都」案。
どんな嵐を巻き起こすか、しばらく注目したいところだ。

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