正岡子規が晩年に「飯待つ間」という有名なエッセイを残した。
子規は周知のとおり、一生の大半を病気とともに過ごした人だ。とくに29歳から亡くなるまでの約7年間というものは、脊椎カリエスのために病床を離れることができなかった。それにもかかわらず、子規の著作は膨大なものに及ぶ。
朝食をとらない子規は、昼飯が待ち遠しくて仕方がない。その飯を床の中で頬杖ついて待ちながら、庭の木を見たり、庭の向こうの路地で遊ぶ子供の声を聞いたりしている。そのうち飯が来る。それだけの話だ。しかし、これを読むと人生というのは、結局、「飯待つ間」なのではないかという気がしてくる。
子規のエッセイを持ち出すまでもなく、入院生活で少ない楽しみの一つは食事だ。外科病棟は他の内科病棟などとは異なって、特に問題がなければ常食と言って普通の食事がでる。もちろん、高齢者の場合は糖尿などを患っているから食事制限が必要なのだが、
ぼくのようにスポーツで怪我をしたなどという希少な患者に対しては、体力を維持するための献立にしてくれているようだ。
この常食がうまい。先にも書いたが、普段、家で食べていた粗末な食事よりも味が濃く、エアコンで乾燥した病室内の空気と相俟って、入院中はしきりに喉がかわく。
普通の入院患者は、常食を毎食残さずに食べていても体重は減るものらしい。入院中は無分別に間食ができないこともその理由のようだ。また、アルコールはご法度なので、病院食で摂取するカロリーは必然的に少なくなるのかもしれない。
ところがぼくの場合、入院5日目に体重を計ったら、体重が人生最高値を記録したからあわてた。
昨年、10数年ぶりにスキュバダイビングに復帰した際に、若い頃作ったウエットスーツがきつくて、なんとか当時の体型に体を戻そうといろいろ努力をした。段々だった腹筋は脂肪に変わっているが、どうやら減量には成功し、サイズ的には当時と同等になったと喜んでいた体重を5kgもオーバーしていた。それも、入院してたったの5日間で。
骨折した足を直すため、病院での食事をすべて完食しようと思っていたのだが、こうも太りだしたらたまらない。
ぼくはナースにお願いして、食事の量を半分にしてもらえるように頼んだ。そして、鶏肉以外の肉は摂らないようにダイエットを開始した。病院側でも、ダイエットメニューのリクエストはある程度聞いてくれて、メニューのアレンジが可能なようだった。
こうして、ぼくは食堂の隣の席で食事をする60歳代の男性と同じ食事のメニューながら、ご飯の量は半分で入院生活を続けることになった。また、味が濃すぎる食事については、今後の体調を見てどうするか決めることに。