麻酔に対する副作用の有無や過去の病歴を確認されたうえで、いよいよ足首のケンイン。若き医師、モンキッキー氏は当直のナース達が運搬してきたワゴンからポリ袋に入った筆状の物を取り出す。
どうやら正確な薬品名はわからないが、ヨードチンキ状のもので足首のまわりを殺菌するようだ。
消毒が終わると次は注射。これが結構痛い。
局所麻酔剤なのだ。足首の下の方に注射針をつきたてて、麻酔薬を中に送り込む。最初は、比較的浅いところへ。そして、さらに奥に注射針を挿入。注射針の根元まで針は足首に挿入。その様子を見ていて、思わずベッドのへりをわしづかみにしてしまう。
注射の間、動かないように言われるのだが痛い。医師のモンキッキー氏を本能的に蹴飛ばしてしまいそうになる。
くるぶしの外側の注射が終わって、今度はくるぶしの内側。外側と同じ手順で、徐々に足首の内部の奥まで麻酔薬を注入しながら針を押し込んでいく。そして、ついに10cc程度の麻酔薬の注入は終わった。足先にしびれを感じるものの、先ほどまでの痛みはない。
足首の局所麻酔が効いていることを確認してから、今度はナース達に手伝わせて電動ドリルを組み立てて、足首にそのステンレス製の先端を挿入する。ドリルの回転する嫌な音が病室に響く。足首にワイヤーが通ったこの時点で、もうどうにでもしてって感じだ。
足首にワイヤーを貫通させ、ワッシャー状の円板を足首の両側にかませてから、ワイヤーの両端を折り曲げる。
そして、ワイヤーの両端に治具を取り付けて錘がぶら下がるようにする。こうして、足首に固定された治具ごとぼくの足首は5kgの錘でずっと牽引されることになった。
牽引台をロープでベッドのフレームにくくりつけて、ぼくはベッドから身動きできない状態に。
ひととおりの注意事項を説明した上で、モンキッキー氏は病室から退却。残った若い2名のナース達が、
「がんばったね」とか
「もう、山は越えたわよ」
など天使のようなやさしい言葉をかけてくれて、足首の患部の不要な部分のヨードチンキを洗浄剤でふき取ってくれる。
「サービスよ」
と言いながら、きれいにふき取れなかった部分のヨードチンキをぬぐうため、アルコール液入り綿棒の入ったパックを新たに開けてくれた。ようやく、極度の緊張から解かれたぼくは、少しは気の利いたジョークをと、そのアルコール液入り綿棒のパックに書かれていた商品名をもじって
「ハイボールってウィスキーのカクテルなんすよね」
なんて言うと馬鹿受けしてくれる。こんな寒いジョークで笑いこけてくれる2人のナース達は天使のように思えた。
・・・・・・今、この文章を書いていて、その”アルコール液入り綿棒”の商品名がなんだったのかネットで調べているのだが、いくら調べてもわからない。ひょっとしたら、あの時の会話も、ぼくの言った冗談にナース達が笑いこけてくれたのも、麻酔で頭がもうろうとして見た夢なのかもしれない。でも、夢でも良い。ぼくは2人のナースに見守られて何とか入院生活を乗り越えられそうだった。その時のぼくはそう思っていた。
手術する方の足、つまり右足の親指の爪にマジックで★をマーク。手術の際に間違えて違う足にメスを入れないための配慮らしい。さらに、患部の脈を取るため、足の甲の部分で脈がとれるところに×印。ここを目標に脈の有無をチェックするようだ。
足が腫れていて脈がなかなかとれないらしいのだが、指先がちゃんと動くから神経ともに血管も正常な状態なのだろう。