整形外科の入院患者の8割は、脊柱管狭窄症など椎間板ヘルニアの手術患者だった。入院して検査を受けて1週間程度で全身麻酔による手術。手術後に経過を見るのだが、個人の体型に合わせた特注のコルセットを装着し、退院に向けたリハビリを開始。手術後は2~3日、歩行器という体の半分を預けられる足にローラーがついた台を使って歩いていたかと思うと、そうした補助の機器なしであれよあれよと言う間に歩行をはじめ、手術後1週間で退院していくパターンだった。つまり、腰痛の手術患者は、入院から2週間もあれば晴れて出所ということになる。
さて、残り2割の患者の半数は、自損他損も含めて交通事故の患者たち。バイクで事故った若者や、軽自動車同士で正面衝突して足を骨折したオバちゃんなどだ。
この場合、事故の加害者と被害者で当然のことながら入院患者の態度は異なる。不幸なことに加害者になってしまった場合は、各種保険が適用されようが彼らの気持ちは非常に複雑だ。食事に病棟の食堂に出向くと、交通事故の加害者となってしまったそのオバちゃんがいた。話をすると、そのオバちゃんは出身地がぼくの母親と同郷。そんなことから、彼女が退院するまでの2日間、彼女の隣の席に座って食事をしながらいろいろな話をした。
彼女の夫は昨年の夏に脳溢血で倒れて、現在もこの病院の神経外科病棟に入院中らしい。その後遺症で四肢が麻痺しており、わずかに右手の指先がかすかに動くだけのようだ。無動きできない入院中の夫を見舞うため、彼女はこの病院へ軽自動車で通っている最中の事故という。
話を聞くと気の毒で、何かの慰めにでもなればと食事のたびに彼女の話を聞いてあげていた。
「もう、絶対に車には乗らない」
と彼女は言った。車に乗らないよう、彼女の長男夫婦の勧めもあるようだ。
ただ、彼女は田舎育ちのせいかひなびた暮らしにあこがれていて、交通の不便なところに彼女の自宅があった。最寄の駅までは歩いて30分以上。おまけにバスも通っていないという。また、近くにはスーパーなどもないらしい。こんな場合に生鮮品の宅配をしてくれる生協のありがたみが実感される。
生協の生鮮食品の宅配の話をすると、彼女はにっこり笑って
<ご近所の方を誘って、生協に加盟している>とのこと。退院してからも、なんとか配達を続けてもらえるように頼んで見るつもりとのことだった。
彼女の言葉には、北関東独特のお国訛りはほとんどない。だが、年配女性特有の話し方で、あちこちへ話題が飛んでいく。ぼくは彼女の話を聞いてあげるだけで何もしてあげられないのだが、彼女は自分の息子よりもぼくがかわいいと言って慕ってくれた。彼女は片手に杖をついたまま、その週の土曜日に退院していった。