彦四郎の中国生活

中国滞在記

中国金メダル38個の内実—「小・巧・難・女・少」の国家スポーツ戦略とアンバランス国家

2021-08-12 09:07:33 | 滞在記

 3週間にわたって繰り広げられた東京オリンピックでの50余りでの競技は、8月8日に閉会した。日本選手団が獲得したメダル数は58個(金27個、銀14個、銅17個)だった。最もメダル数が多かったのはアメリカの113個(金39個、銀41個、銅33個)で、次いで中国の88個(金38個、銀32個、銅18個)という結果となった。(他に、ROC[ロシアオリンピック委員会]が71個、イギリスが65個)、これがメダル獲得数ベスト5の国々だった。

 中国は777人の選手団を派遣した。金メダルと銀メダルの数の獲得数は合計70個だが、このうち15個が卓球とバトミントンの競技によるものだ。これからみても、いかに中国の卓球とバトミントンは愛好者も多く、国技と言ってもよいくらい選手層の厚さや強さを物語っている。バトミントンは中国では約2億人の愛好者が存在していると言われている。

 この卓球とバトミントン、そして体操は、中国が世界に誇るスポーツ競技の強国と言える。(他に、飛び込み・射撃・ウエイトリフティングなどでのメダル獲得数も多い。)

 1980年に初めてオリンピックに参加をした中国において、いままでのオリンピックで卓球での各種種目競技で金メダルを他国にとられることはほぼなかった。(1回だけ過去にあった)   今回の東京オリンピックでの男女混合ダブルスで、日本の水谷・伊藤ペアに中国の許・劉ペアが決勝で負けたことは、中国にとってかなり大きな衝撃が走った。やはり恐るべき伊藤美誠でもあった。

 だが、しかし、卓球女子シングルスで、伊藤美誠は準決勝で中国の孫穎莎に完敗を喫した。決勝戦はこの孫と同じく中国の陳夢の組み合わせとなり、陳夢が金メダルとなった。そして、3位決定戦では伊藤はシンガポール選手に勝って銅メダルとなったが、孫との試合完敗に涙を流した。この伊藤の悔し涙は「大魔王の目にも涙」などと中国でも大きく報道されていた。

 続く女子卓球の団体戦では、日本は伊藤・石川・平野が中国の陳・孫・王と決勝戦で対戦したが、ここでも伊藤は孫に完敗、中国女子卓球の前に完全敗北を喫して銀メダルとなった。(3位の銅メダルは香港)  孫は伊藤と同じ20歳だが、まさに伊藤の刺客として、伊藤の弱点の徹底研究など、その対策は2年以上をかけて十二分に準備された結果でもあった。

 中国にとって恐るべき伊藤美誠だったが、混合ダブルス以外は男女ともに中国卓球界の勝利となり、中国国内は沸き返った。と同時に、伊藤美誠に対する関心は今まで以上に中国国民に強くなっている。「妈妈的嘴真骗鬼」の中国の見出し記事。伊藤美誠の母親の美誠への幼いころからのスパルタ卓球指導についても書かれていた。

 伊藤美誠は中国では「大魔王」と呼ばれてもいた。伊藤が中国でこう呼ばれることになったのは、2018年のスウェーデンオープンの国際大会に参加したときからであり、すでにそれから3年がたつ。この大会には中国から、当時世界ランク1位の朱雨玲や、劉詩雯、丁寧なども参加していた。驚くべきことに伊藤はこの3選手をことごとく撃破して優勝をしたことから、「伊藤恐るべし」という意味合いでこう呼ばれるようになった。中国メディアは「独立心が旺盛で強い。まるで、飼いならされていない野生の狼のようだ」という表現をしているものもあった。

 中国人にとって福原愛は「中国国民の妹」的存在だが、伊藤美誠は、一言で表現するならば、「とても興味のある、これからも中国を脅かす"、一目置く、認められる"強敵」というところだろうか。だから、この東京オリンピックでの混合ダブルスの敗戦は、表向きは負けた中国の許・劉ペアに批判は強かったが、まあ、敗戦はそれだけだったので仕方がないかという感じだったかと思う。ちなみに、この8月11日に世界卓球連盟が新たに発表した女子卓球の世界ランキングは、1位は陳夢、2位は孫穎莎、3位が伊藤美誠、4位・5位・6位が中国の王曼昱・丁寧・劉詩雯。日本の石川は9位、平野は12位となっている。

 中国の男子卓球もこれまた強い。男子シングルスも男子団体も圧倒的な強さで金メダルを獲得した。男子シングルスは中国の馬龍と中国の樊振東が決勝で戦い、馬龍が金メダルを獲得した。今、男子卓球の世界ランキング(東京五輪前のもの)は、1位が樊で2位が馬、3位があの男女混合で日本に敗れた許昕、4位が日本の張本智和だ。日本の丹羽孝希は16位、水谷隼は20位。中国男子卓球界において、張本もまた伊藤と同じように脅威的な存在だ。ここ数年間の対戦成績は、張本×樊は張本が4勝、樊が4勝、また、張本×馬は張本が2勝、馬が5勝となっている。水谷は樊とは0勝7敗、馬とは0勝10敗となっている。

 東京オリンピック終了後、中国では中国卓球界の選手の名前やその人の別名などの歌詞を配した歌が流行り始めている。例えば馬龍は「破壊龍」、許昕は「体力極限王」、朱雨玲は「帝国的千手観音」など。なかなか良く作られているものだと感心する。

 上記写真右から①②韓国代表の鄭選手と彼の日本語ツィツター

 日本の男子卓球団体は準決勝でドイツに2:3で敗れたが、張本はこの試合で日本のエースとして2勝をあげる大活躍をした。もし準決勝に勝っていて、決勝戦で中国と戦っていたならば、張本が中国の樊や馬とどのような戦いになっていたのか、興味深いものがある。今後、張本は日本のエースとしてさらに実力をつけていくのではないかと思われる。まだ18歳なのだ。

 団体の3位決定戦でも韓国選手を相手に張本は驚異的な勝利をおさめていた。この団体戦では、混合ダブルスに続いて水谷隼のリーダーシップが光っていた。中国の新浪体育など各メディアは「水谷が引退 目の治療方法がないため」「打倒中国を上げていた日本卓球界の名将・水谷が引退」と報道、中国のツィツターSNS微博でも「水谷隼引退」がかなり上位ニュースとして取り上げられていた。

 日本と卓球男子団体戦で3位決定戦を戦った韓国の鄭栄植選手は、自身のツイッターで「2020年TOKYO OLIMPIC おうえんしてくれてありがとうございます!日本Team良い成績おめでとうございます!👏そして試合をできるように助けてくれたボランティアの方もとてもありがたく お疲れ様でした 今後のすべての健康たい下さい!😊」(原文ママ)と、日本語でのメッセージを投稿していた。

 男女混合ダブルスで金メダル、男子団体で銅メダルを獲得した水谷隼選手が、閉会式翌日の9日のフジテレビ系のテレビに生出演し、ペアを組んだ伊藤美誠選手との関係について、同じく生出演していた柔道金の阿部一二三選手に「男女のペアは難しそう。うまくやるコツは?」と聞かれると、「僕はいつもイエスマンになります。尻に敷かれているというか‥。」と答えていたのが微笑ましかった。

 バトミントン男子ダブルス:上記写真左から①②はチャイニーズタイペイチーム、④は中国チーム

 混合ダブルスでは日本に敗れたものの、他の種目では全て金を獲得して留飲(りゅういん)を下げ、混合ダブルスでの敗北を帳消しにできた想いの中国の人々だが、こと今回のオリンピックでのバトミントンでの男子ダブルスでチャイニーズタイペイ(台湾)に決勝戦で負けたことには、中国版ツィツターの微博(ウェイボー)などのSNSコメントには「試合に格闘精神がなかった」「今年最も屈辱的なゲーム」「どうしてそんなにひどいプレーができるのか?」「このオリンピックで最も醜いバトミントンの試合だった」など批判の嵐が巻き起こった。中には「台湾は中国だから中国の勝利だ」というものもあった。

 一方の台湾では、この試合での勝利にお祝いムード一色となった。蔡英文総統は、「うれしさのあまり我慢できず、たった今、東京に電話をかけました。台湾中があなたたちの試合を見ました。みんな熱狂しました。李洋さん、王斉麟さん、ありがとう!」と投稿。"直電"で台湾ペアを祝福した様子は、台湾メディアで大々的に報じられた。

  中国男子ダブルスの李俊慧選手は台湾チームとの対戦後、微博で敗戦を謝罪し、「偉大な祖国に感謝します」とした上で、「チャイニーズタイペイチームおめでとう」と勝者を称えたが、これがさらなる批判を浴びてしまい、投稿を削除した。中国のSNS上でこの中国ペアを擁護するコメントはほぼ皆無だったようだ。中国混合卓球ダブルス決勝で日本に敗れた許・劉ペアに対しては、「中国卓球を敗戦とした非愛国者」などのSNS上での過激な批判もあったが、ペアを擁護するコメントも多くみられたのとは対照的だ。これは、政治的対立が激しくなっている中国と台湾の情勢が大きく影響しているのかと思う。つまり、国技ともいえる卓球とバトミントンにおいて、「台湾だけには負けるわけにはいかない」という中国人の感情的な世相を反映しているようだ。

 今回の東京オリンピックでチャイニーズタイペイ(台湾)は、金2・銀4・銅6の合計12個を獲得し、メダル獲得数としては世界第34位と健闘した。ちなみに韓国は、金6・銀4・銅10の合計20個で世界第16位だった。

 上記写真左から①②バトミントン女子ダブルスインドネシアペア(金)、④中国ペア(銀)、⑤韓国ペア(銅)

 バトミントン女子ダブルス決勝は中国×インドネシアの対戦となり、インドネシアが勝利した。これに対しては中国国内でのSNSではあまり激しいパッシングは巻き起こっていなかった。まあまあ友好的な政治関係にあるインドネシアと政治的緊張関係にある台湾との違いかと思われる。東京オリンピックでのバトミントン各種競技でのメダル(金・銀・銅)獲得数の上位国は、中国が7個、台湾とインドネシアがそれぞれ2個だった。

 今回の東京オリンピックで中国は38個の金メダルを獲得した。金メダル獲得競技は次のようである。

 飛び込み7個、ウエイトリフティング7個、卓球4個、射撃4個、体操3個、バトミントン2個、陸上競技2個、(カヌー・セーリング・トランポリン・フェンシング・ボート・自転車競技)はそれぞれ各1個。すべてが個人競技となっている。いずれにしても14億人いる中国人の中で、誰か一人が努力し才能に恵まれていれば戦える種目である。野球とかサッカーとかバスケットボールといった団体チーム競技に関して、中国はかなり弱いといっていいほど、個人種目と比べて極端に弱いのが中国スポーツ界の特徴だ。

 これは1980年になり初めてオリンピックという国際スポーツの舞台に登場した改革開放後の中国が、遅ればせながら国際スポーツ大会に参加した時、世界とのあまりのギャップを埋めようがなく、どういう種目なら勝てるかを研究した結果がもたらしたもので、巷(ちまた)ではこれを「小・巧・難・女・少」戦略と称している。

 「小」は例えば競技種目がサッカーやバスケットボールや野球のようにプロスポーツ化したスケールの大きなものでなく、一人の若者が特殊な才能を持っているだけで勝てる競技のことである。まずそこに注目して中国選手を育てる。「巧」は個人のテクニックをレベルアップさせればよいという種目で、「難」は難易度の高さを表す。例えば飛び込みとかウエイトリフティングなどは普通の人にしてみればやることもない難易度の高い種目だ。「女」は女性選手の育成を重点化するというもの。「少」は、競技人口が少ない(関心がそれほど高くない)種目のこと。どんな種目であろうと金は金ということだ。「金」の獲得数と国威掲揚を大きな国家目標としている。

 そんな中国の1980年代からの国際的スポーツ戦略の中で、唯一例外だったのが、中国女子バレーボール代表チームの国際的な活躍だった。中国女子バレーの第一次黄金期は1981年のワールドカップ、82年世界選手権、84年ロサンゼルス五輪の3大会すべてで金メダルを獲得したのだった。その時のエースは強烈なスパイクから「鉄のハンマー」とも呼ばれた郎平選手。その後の国際大会では低迷したが、1995年に郎平が監督として就任し、低迷していたチームを立て直し、96年のアトランタ五輪と98年世界選手権で金メダルを獲得した。第二次黄金期の到来だった。その後、長い低迷期を経て2013年に再び郎平が代表チーム監督に復帰。2015年世界選手権、16年リオ五輪、19年世界選手権で金メダルを獲得した。第三次黄金期である。当然にこの東京五輪でも金メダル獲得、悪くても銀メダルが国民から大きく期待され、また、その実力もあったのたが‥。

 予選の戦いで3連敗となり、5戦を戦った最終結果は2勝3敗で予選リーグ敗退となった。決勝トーナメントに進めないなどと、中国のみならず世界中の誰もが予想だにできない出来事だった。今回の東京五輪で中国の人々の落胆たるや想像に余りある。絶対的エースのアタッカー朱婷が手首のケガで本調子が出なかったことが予選リーグ敗退の大きな要因だった。だが、朱以外のエースアタッカーへの切り替えが2016年以降に準備されていなかったこともその敗因として指摘されている。中国の記事には「王朝落幕」という見出し記事もあった。

 「再見郎平!」(さようなら郎平監督)の見出し記事。郎平監督は中国女子バレー代表チームを去ることとなった。

■中国の国ってどんな国?と聞かれれば、私が8年間あまり目にした中国の実像は、一言で言えば「アンバランス」(不均衡)。それは外国人の私から見れば中国の魅力でもあるのだが‥。世界選手権やオリンピックなどのスポーツ分野でもそのことが言えるかもしれない。確かに、今回の東京五輪でもメダル数88個という世界屈指のスポーツ大国なのだが、そのメダル獲得種目を見ればアンバランスだ。今の中国の小中高校の教育は、大学受験の過熱のため、もともとの体育の授業を自習の形にして受験科目の勉強をさせることもけっこうある国柄だ。

 また、世界のGDP(国民総生産)では2010年から世界第二位となり、最近では日本の2倍のGDPとなっている中国。しかし、国民一人当たりのGDPでは、日本は23位だが、中国は63位に過ぎない。これもまだまだアンバランスだ。

 

 


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