軍事的緊迫が高まりつつある東・南シナ海、西太平洋とその周辺の海域。とりわけ台湾を巡る問題での台湾海峡。緊迫の焦点は台湾だ。台湾を取り囲む東シナ海、南シナ海、西太平洋、そして台湾海峡。私が暮らす中国福建省の福州市から台湾までの距離は約130km。この距離は、大阪から岡山や名古屋までの直線距離(約150km)よりも近い。
米国のトランプ政権は5月下旬に公表した対中戦略報告書「中国に対する米国の基本的戦略アプローチ」に、こう記している。◇中国は強大化するにつれ、自らの世界的な戦略目標を達成するために脅迫や強制を使おうとする意欲と能力を高めてきており、米国と同盟国の国家安全保障上の利益を脅かしている。◇よって中国との協議は続けるが、米国としては「力によって平和を維持する」という大原則に基づいて米国と経済的軍事的に強い関係をもつ同盟国との関係を強化する。
―軍事面での同盟政策だけでなく経済面でも同盟政策を取り組み始めた「ブルードット・ネットワーク」政策―
◆中国・ロシア・イランなど[VS]軍事・経済[VS]米国・日本・オーストラリアなど
こうしたトランプ政権の意向もあって、この7月に入って以降、オーストラリア、英国、日本などの同盟国やインドなどの友好国との共同訓練や共同関係の強化などの取り組みが急増している。軍事面だけでなく、中国の「一帯一路」戦略に対抗するため、米国・日本・オーストラリアが中心となり2019年11月から民間部門主導の開発を通じた透明性の高い資金調達と質の高いインフラを世界中で推進するための「ブルードット・ネットワーク」を立ち上げ、米国はインド太平洋地域だけで約1兆ドル(約105兆8800億円)にのぼる直接投資を追加した。
2015年から本格的に始まった「一帯一路」政策。ここ数年間は多くの国々がこの政策による資金援助を受けてきて世界を怒涛する様相だったが、現在は資金難など問題などさまざまな課題に直面し停滞が広がってきている。ようやく中国の一帯一路政策に真正面から対抗できる経済政策が始まったところだ。(※この「ブルードット・ネットワーク」については日本ではほとんど報道されていないが。)
8月7日、日本の河野太郎防衛相はCNNの単独インタビューに応じ、南シナ海などの現状を変更しようとする中国の試みについて、「力による現状変更を試みる者は全員、高い代償を支払うことを余儀なくされる必要がある」と述べた。オーストラリアのモリソン首相は8月5日、南シナ海情勢に触れ、「太平洋や東南アジアの友好国を支援するために具体的な行動をとっている」と述べた。米国のエスパー国防長官は先月、米国の同盟国やパートナー国に対し、中国政府への圧力を強めるよう要請した。
このような軍事・経済戦略が米中双方で対抗的に進められている中、中国の今後の「台湾政策」はどのような戦略をもってきているのか? これに関して、とても興味深く参考になる論考記事が月刊誌『文芸春秋』8月号に掲載されていた。筆者は朝日新聞編集委員の峯村健司氏。論考記事のテーマは「習近平の"台湾併合"極秘シナリオ」。
以下、その記事内容(序論 1章~8章)のポイントを紹介したい。(10ページにわたる記事)
1、「今日の香港、明日の台湾」
🔴今年5月の中国全人代開幕式における政治活動報告で、首相の李克強が「我々は"台湾独立"を目論む行動には断固として反対し、分裂をくい止めなければならない。統一を促進して、必ずや民族復興の明るい未来を切り開くことができる」と。李は、過去6回の全人代での政治活動報告で、台湾との「平和統一」もしくは「平和発展」という言葉を使ってきた。今回初めて「平和」という単語を使わなかったことで、「軍事的解決に舵を切ったのではないか」との憶測を呼んでいる。
🔴台湾の蔡英文総統が再選され、対中国強硬政策が支持を広げた台湾情勢。香港での「香港国家安全維持法」の施行を巡って、台湾人の間で「今日の香港、明日の台湾」との中国への警戒感や危機意識がさらに高まっている。こうした状況を受けて、中国軍内では武力統一を求める声が急速に高まっている。
🔴筆者(峯)は、昨年、習近平政権の政治スローガン「中国の夢」の理論的支柱者で、習政権の政策決定に深く関わってきている中国国防大学教授で上級大佐の劉明福にインタビューを行った。まず、「中国の夢」に込めた戦略は何かと峯は尋ねた。この質問に劉は、「戦略は三つあります。一つ目が"興国の夢"。建国百周年の2049年までに経済や科学技術などの総合国力で米国を超え、中華民族の偉大な復興を成し遂げる。二つ目が"強軍の夢"。世界最強の米軍を上回る一流の軍隊をつくる。そして、最後が"統一の夢"。国家統一の完成です。
中でも台湾問題の解決が"中国の夢"の重要な戦略目標となります。まずは平和的な統一を試みるが、それを拒むならば軍事行動も辞さない」と武力統一の可能性を強調した上で、その時期について、「習主席は"在任中"に台湾問題に積極的に取り組み、国家統一を実現すると確信しています」と劉は言及した。
2、習近平の宿命
🔴習は、2018年3月に「二期十年」だった国家主席の任期を撤廃している。現在67歳という習の年齢を考えると、三期目が終わる2027年11月には引退する可能性が高い。それまでには台湾統一を実現することとなる。台湾統一は"中華民族の悲願"とされるが、習個人にとっても、在任中に統一を果たさなければならない事情がある。
🔴党関係者は語る。「国家主席の任期撤廃には、党内の反発が非常に強かった。習氏はこれを押し切るため、"統一のためには二期十年では足りない"と説得しました。習氏は約束した以上、三期目が終わるまでには何が何でも統一を実現しなければならないのです」と。ならば、もし統一を実現できなかったら習はどうなるのか。この質問を二人の党関係者にぶつけると(筆者の峯が)、共に同じ文言を使って即答した。「ただの白痴だ」と。習は共産党や軍内から、大きな期待を集めると同時に、強いプレッシャーも受けているのだ。失敗が許されない、いわば宿命を背負っていると言った方がいいかもしれない。
3、臨戦態勢に入った東アジア
🔴台湾を巡る東アジア情勢は、すでに臨戦態勢に入ったと言っていい。「Xデー」が刻一刻と迫る中、はたしてどんな作戦で台湾に侵攻するのか―実はこれについて中国は1990年代から詳細な「シナリオ」を作り続けている。中国軍の内部資料には、その戦略が克明に記されており、習が国家主席に就任してからも、国際情勢に応じてアップデートが繰り返されてきた。今回は、複数の内部資料に加え、筆者が参加した米国や日本政府、研究機関などが主催した「ウオーゲーム(作戦演習)」で得た知見を元に、そのシナリオを再現したい。筆者は上陸作戦が行われるのは台風が少なく最も台湾海峡の海上が安定している十月とみている。‥‥‥。逆算すると、習近平はその5カ月前の5月から動き出す。
4、日本近海にミサイルが
①5月25日、習近平は最高会議の政治局常務委員会でこう宣言する。「台湾独立分子に対して、断固たる軍事的措置をとる」。同日、中国軍は空母「遼寧」と「山東」を主力とした艦隊を台湾東岸に送り、実弾射撃演習を実施。その翌日には、最新鋭爆撃機「轟20」が中台間の事実上の停戦ラインである台湾海峡の「中間線」を越えて台湾空域に入る。これが中国による狼煙(のろし)だった。
②中国軍の創立記念日である8月1日を目前にした7月30日、台湾海峡と東シナ海一帯で、史上最大規模の軍事演習を実施。航行する空母を追いかけて撃破することから、「空母キラー」の異名をとる対艦弾道ミサイル「東風21D」二発を台湾東側に試射する。
その矛先は日本にも向く。米領グアムを射程に収めることから「グアムキラー」と呼ばれる最新鋭の中距離弾道ミサイル「東風26」四発をグアム沖の公海に向けて発射。ほぼ同じ時刻に東風26が房総半島沖の日本の接続水域に着弾する。そして、中国軍の制服組トップ、軍事委員会副主席はすぐさま次の声明を出す。「台湾の独立を支援する勢力およびその同盟国には懲罰を与える」
中国軍の戦略に詳しい米シンクタンク・上級研究員のトシ・ヨシハラはこう分析する。「日本近海に中国軍のミサイルが撃ちこまれたのに、米軍が全面戦争を恐れて中国に報復攻撃をしなければ日米同盟は完全に破綻する。ミサイルの威嚇発射は日米を揺さぶるには効果的な作戦だ」
8月1日、北京の人民大会堂で開かれた軍創設記念大会に出席した習近平は重要講話を発表する。「台湾独立分子と外部の干渉勢力との闘争に突入した。我が軍の核戦力の使用基準の見直しを宣言する」 この習の宣言は、核をもたない日本や台湾にも核攻撃を辞さないという「宣戦布告」といえる。
5、第一段階はサイバー攻撃
🔴日米への「牽制」と「核兵器使用宣言」を経て、いよいよ台湾への本格的な攻撃を開始させる。第一段階がサイバー攻撃だ。9月20日、台湾内の全てのATMが使用不能になる。二日後には、主要な発電所や送電施設が停止し、台湾全域で大規模停電(ブラックアウト)が発生。交通網は麻痺し、物流も止まり、市民はパニック状態に陥る。中台の安全保障が専門の米シンクタンク研究員、イアン・イーストンは筆者の取材にこう語る。「中国軍は、台湾住民の戦意喪失を狙って、発電所などの重要インフラをサイバー攻撃で破壊する作戦を立てている。台湾に戦闘準備ができていても、電力や通信が使えなければ侵攻を阻止できるか疑問だ」
6、突如、米空母が撤退
①9月25日、台湾軍に衝撃が走る。台湾支援のために南部の高雄に寄港していた米軍の空母「ニミッツ」艦隊が、突如、グアムに撤退してしまうのだ。ほぼ同じタイミングで、米軍横須賀基地に配備されている空母「ロナルド・レーガン」もハワイに撤退する。米空母の撤退はこのシナリオにおける最大のポイントである。
②米軍を撤退に追い込む柱となるのは、中国軍のミサイルだ。その能力は、この30年で質量ともに飛躍的に増強され、米軍を脅かすまでに成長した。
③前出の劉明福はこう強調する。「米国は中国との全面戦争につながる軍事介入をする可能性は低いでしょう。しかも、中国が武力統一に踏み切る時には、米国による軍事介入を打ち負かす能力を備えています」
④米空母の撤退を機に、中国の優位は決定的なものになる。空母「遼寧」「山東」を中心とする艦隊が、台湾周辺の海上封鎖をする。
⑤中国の国慶節にあたる10月1日未明、中国沿岸部から発射された巡航ミサイルが台湾最大の桃園空港をはじめとする主要空港を次々と破壊される。電波や赤外線による電磁波攻撃を受け、台湾軍のレーダーや通信機能が使用不能に陥り、探知・迎撃できなかったためだ。
7、中国の「錦の御旗」
①10月3日、ついに台湾本島への上陸作戦が始まる。数十万人の中国軍を乗せた二万隻の艦船が出撃。これに対して台湾は百六十五万人に上る予備役も動員し応戦。同じタイミングで、台湾内に潜伏していた中国軍の特殊部隊数百人が出動。さらに、中国側と内通していた陸軍中将が台湾陸軍の一部を率いて反乱を起こし、総統を含む主要閣僚や反中メディアの幹部らを拘束する。
②10月14日、ついに首都機能をもつ台北が陥落。この中将をトップとする臨時政府が樹立され、島内全域に戒厳令が敷かれる。同日、習近平は中南海の特務室から国営中央テレビを通じてこう宣言する。「臨時政府トップを台湾の代表として承認する。臨時政府の要請に基づき、五十万の兵力を派遣する」
③この臨時政府の樹立こそ、中国にとって「錦の御旗」となる。米軍は反撃のための「大儀名分」を奪われるからだ。台湾軍の幹部をトップに据えることで、その後の統治も円滑に進むだろう。こうして、台湾統一が成し遂げられる―習近平の頭の中には、このシナリオが用意されているはずだ。
◆昨年10月の国慶節パレードで登場したグアムキラーや空母キラーの異名をもつ「東風26」や「東風21D」。時速60kmで航行する空母を追うように軌道を変えることができ撃破する。目標に到達すると多数の子弾をばらまき、無被害が広範囲に及ぶように設計されている。「動く街」と言われ、五千人以上の乗組員を乗せる米空母にとって日本はおろか、グアムでさえ安全圏ではない。(※この文章上の上の写真は峰村氏の論考には掲載されていはいない。)
◆現在、中国は「遼寧」と「山東」の2隻の大型空母を就航させている。さらに、もう一隻の建造が急ピッチですすめられていて、2年後には就航するだろう。Xデーに最も有力視される2024年には大型空母3隻体制が整う。さらに中国が進めているのは、「軽空母」3隻の建造だ。1隻はもうすでに就航が近い。これは日本の軽空母「いずも」より少し大きいの艦船。主にヘリコプターを搭載する。台湾上陸の際の強力な艦艇となる。(※この文章と上記の写真は峰村氏の論考には掲載されていない。)
◆現在、中国は「中国海軍初の強襲揚陸艦075型」を建造し、1番艦は8月5日に試験航行をしたと、中国メディアが伝えていた。2番艦の就航も近い。飛行甲板も備え、艦尾のドライドッグを通じて、空気浮揚艦艇や上陸突撃戦車や装甲車が出入りできる。7層の構造があり、ものすごい数の戦車などを搭載できる。(※この文章と上記の写真は。峰村氏の論考には掲載されていない。)
7、Xデーはいつか
①このシナリオでは、軍事演習の開始からわずか4カ月あまりで臨時政府が樹立される。だが、本当に中国の思惑通り、事態は推移するだろうか。鍵を握るのが米軍の動きだ。
②前出のトシ・ヨシハラは言う。「私が参加したすべてのウォーゲームで、米空母はグアムもしくはハワイまで撤退を余儀なくされた。中国からのミサイル攻撃を受ければ、ほぼ確実に沈められてしまうからです。もはや空母は、米軍の「力の象徴」ではないのです」
③では米軍はどうやって対抗するのだろうか。(※対抗策が叙述されている。)
④筆者も最近まで、早ければ今年中に中国が台湾統一に向けた行動をとる可能性があるとみていた。十一月には米大統領選が控えている。中国は大統領選前後を「権力の空白期」とみて、軍事挑発をする傾向がある。はたして、2020年中にシナリオが実行される可能性はあるのか。今年2月、前出のイーストンに尋ねた。「新型コロナによって国際情勢の先行きが不透明になり、計画は遅れるかもしれません。それでも、2025年までに軍事侵攻した場合、成功確率は50%はあるとみています」
筆者は最も可能性が高いのは、次の米大統領選がある2024年前後だとみている。この年の1月には台湾総統選挙も行われる。再選は一度しか認められていないため、現総統の蔡英文は退任し、別の民進党候補が出馬する。次期総裁選で民進党が当選すれば、中国側は強く反発して実力行使に踏み切る可能性があるのだ。
8、「中国の脅威」議論を
🔴台湾に侵攻しても「失敗するかもしれない」と思わせる抑止力こそが、もっとも重要な防衛上の手段となるだろう。
※以上が、峯村健司氏の「習近平の"台湾併合"極秘シナリオ」の概要。2024年まであと3年と半年。とても参考になる論考だ。2022年の冬(1-2月)、中国北京とその近郊の万里の長城付近を会場とした「北京 冬季オリンピック」が控えている。それ以前に「台湾武力侵攻」を実行する可能性は低いかもしれない。実行すれば米国をはじめ、大会参加をボイコットする国が続出する可能性が高いからだ。