彦四郎の中国生活

中国滞在記

紀伊山地・熊野を巡る❶―赤木城跡①中世城郭と近世城郭が融合、風情ある石垣は一見の価値あり

2020-08-23 12:26:07 | 滞在記

 とにかく道は危険で険しく遠かった。京都市近辺の自宅から、ここ、三重県熊野市紀和町までの道のりが‥。いままでに、奈良県の上北山村にある大台ヶ原や十津川村にある谷瀬の吊り橋や十津川村役場までは日帰りで行ったことがあったので、紀和町までそう遠くはないだろうと、思い立って思って出かけたのだが‥‥。午前9時に京都の自宅を車で出て夕方・夜の8時頃には日帰りで帰る予定を妻に告げて家を出た。

 目的地は三重県熊野市紀和町の山間地にある「国史跡・赤木城」と「丸山千枚田」の棚田の2箇所。いつかは行ってみたいとここ数年間思っていたところだった。往復の往路は、京都市付近から南下し京田辺市へ、ここから京奈和自動車道路で奈良市に入る。国道24号線と国道169号線をひたすら南下し奈良県の吉野に。

 ここから吉野川の渓谷沿いのカーブ連続道の国道169号線を東吉野村、川上村と通過し大台ケ原のある上北山村へ。ここでもうすでに午後1時。ここからがまた、とても遠かった。太平洋にそそぐ大河・熊野川の支流の一つ・北山川の渓谷沿いにのカーブやトンネルが連続する道を通って下北山村へ。奈良県と三重県の県境の峠を越えて、そしてさらに北山村へ。さらにその先に目指す三重県紀和町はあった。ここに着いたのはもうすでに3時半をまわっていた。ここまで6時間半の行程で走行距離は250kmあまりにもなっていた。

 自宅に帰り、紀伊半島の紀伊山地のことを調べてみたら、「山地」と名前はついているが、これは長野県の中部山岳地帯の北アルプスや中央アルプスの山脈ほどではないが、紀伊山脈と名前をつけるにふさわしい山系だと思った。1000m~1900mの高さの山々が累々(るいるい)と連なる山系だからだ。往路の紀伊山地は、釈迦ケ岳(1800m)、大台ケ原の大日岳(1695m)、八経ケ岳(1915m)など、標高1600m~1900mの山々の渓谷沿いの険しい道を走ったのだから、時間はかかってあたりまえだったのだ。とにかく無事に第一の目的地「国史跡・赤木城跡」に到着した。

 車のナビがないので、ここ紀和町に来て交番派出所に立ち寄り、赤木城跡への道を聞く。そこにあったパンフレットをもらって見たら、「近隣観光マップ―①丸山千枚田②赤木城跡③瀞峡(どろきょう)④熊野古道峠」と書かれてあった。有名な瀞峡もこの町にあることを初めて知った。(※紀伊山地のエリア内には、「果無山脈」「大峰山脈」「台高山脈」「白馬山脈」の4つの山脈もある。)

 国史跡・赤木城は小ぶりな城郭だ。建物はなにも残ってはいない。北郭・南郭・東郭・西郭、そして主郭の4つの曲輪(くるわ)から構成されている城郭だ。なんでこんな山奥の山間地にポツンとこの国史跡の城郭がつくられたのか不思議だった。写真を見ても、とにかく石垣が見事で風情があるのだ。

 赤木城跡を遠望できる県道40号線沿いにある「国史跡・赤木城跡」の看板。見下ろすと北山川の支流の一つ・赤木川の谷間へと続く集落。そこの谷間の小さな丘全体にポツンとある城址が遠望できた。

 県道から急なくねくね坂道を慎重に運転して集落内を通って谷間に下る。谷間にも集落の家々が点在する。田の稲がもうすでに黄色く色づき始めていた。城址跡の丘の麓の駐車場に車を停めて城址に登る。登り口には「赤木城由来」の看板。すぐに「鍛冶屋屋敷跡」の看板も。

 東郭(曲輪)の門跡の石垣がすぐに目の前に現れた。東郭の石垣がなかなかかすばらしい。

 東郭から周りの山々や集落を見下ろす。桜の木々が多く、春はさぞかし美しい光景になるのだろう。西郭に行く。

 主郭に向かうと虎口がある。虎口とは郭への出入り口のこと。城を守るときの要となる場所なので、敵を防ぐための工夫が凝らされている。赤木城では二重の虎口が設けられていた。この主郭の虎口がまた素晴らしい。なんと風情のあることか。

 虎口を通って本郭(本丸曲輪)に入る。「史跡 赤木城跡」の石柱。本郭も桜の木がたくさん。

 本郭から360度、周りを見渡す。周囲は高い山ばかり。谷間には集落や黄色く色づいた水田。

 本郭の周囲の石垣を見て廻る。中世的な城郭の石垣である野面積み(のづらづみ)や算木積み(さんぎづみ)と、近世的な石垣の積み方が混在している。まさに、中世城郭と近世城郭のそれぞれの石垣の積み方が混在・融合している城郭だった。この城の縄張り設計者は藤堂高虎。後に伊賀上野城や愛媛県の今治城など数々の近世城郭の縄張りと設計をして「城づくりの名手」と呼ばれた戦国武将の初期城郭作品が赤木城であった。

 赤木城跡を40分間くらいをかけて ひととおり見終わって、時計を見たら午後4時15分頃になっていた。次の第二の目的地「日本一の棚田」とも言われる「丸山千枚田」に行くことにした。ここから近く、車で15分くらいのところにあるようだ。日帰り予定なのだが時間がもう夕方に近づき始めていた。はたして、外灯も何もないひたすら暗闇の渓谷のカーブとトンネルの危険な連続道を、6時間以上をかけて京都の自宅まで戻れるのだろうか不安になってきていた。どうしよう‥‥。