彦四郎の中国生活

中国滞在記

「中国はトランプ大統領の継続を熱望」というテーマでの、中日ビジネス研究会代表・沈才彬氏講演

2020-08-02 12:01:52 | 滞在記

 米中の対立激化の現在、報復合戦がしばらくは続きそうだ。そして、あと100日ほどに迫ってきた今年の11月3日にアメリカ大統領選挙が行われる。中国共産党政府としては、現役の共和党・トランプ大統領と民主党・バイデン元副大統領のどちらに次期大統領となってほしいのだろうか?

 7月下旬段階でのトランプ氏・バイデン氏両候補の支持率をみると、5月以降じわりじわりと両候補の支持率の差が広がりつつあるようだ。トランプ大統領の支持率が約41%、バイデン候補の支持率が約50%となってきている。約10ポイント近くバイデン候補が上回る。今後100日間でこの支持率傾向はどのように推移するだろうか。この状況下、米国国民の75%にも上ってきた嫌中国感情も踏まえ、「中国への批判・対立激化、強硬政策は票になり支持率回復のポイント」との選挙戦略もねるトランプ陣営。前大統領・オバマ氏の副大統領だったバイデン氏の当時の対中国弱腰政策の弱点を批判してきている。

 トランプ・バイデン両候補の①スローガンは、74歳トランプ「米国を偉大に」、77歳バイデン「米国の魂を再び」、②主な政策は、トランプ「減税・規制暖和で雇用拡大、国際協調に否定的、対中強硬」、バイデン「富裕層に増税、オバマケアを拡充、同盟国との協調重視」。バイデン氏は副大統領として女性起用を明言。オバマ前大統領政権下、安全保障担当のライス氏などの名前が候補として浮上している。 

 どちらが次期大統領になるかは、とりわけ対中問題に大きな影響を及ぼすこととなるが、7月9日に東京の日本工業倶楽部で行われた中国ビジネス研究会代表の沈才彬氏の講演は興味をひく内容だった。講演テーマは、ずばり、「中国はトランプ大統領の継続を熱望」。以下、その内容のポイントを時事通信社のインターネット記事「コメントライナー」を参照(引用)しながら紹介したい。

 ―トランプ継続を内心では熱望する中国―

 今年11月、4年に1度の米大統領選挙が行われる。中国は表向きでは、外国への内政不干渉原則を表明しているが、内心ではトランプ氏の継続を熱望している。彼の続投は、米国内と世界の分断を加速させ、米国のリーダーシップを危険にさらし、中国の覇権争いに有利に働くからだ。

 ―絶好の愛国教育への反面教師―

 トランプ政権下、史上最大規模を記録した対中貿易戦争、国家の力を動員してのファーウェイ制裁、中国の国民に侮辱を与えるファーウェイ幹部の逮捕、コロナ問題・香港問題・台湾問題・新疆ウイグル自治区問題・チベット問題を巡る一連のチャイナパッシングは、一見すれば、中国を窮地に追い込んだように見える。しかし、同時に、中国の愛国心を喚起し、習近平政権の求心力を強め、結果的には中国共産党政権の基盤強化を助けた。だから中国共産党ではトランプ氏を「川普(トランプ)同士」と呼んでいる。

 旧ソ連崩壊後、共産主義の世界的な退潮が見られた。中国でも、共産主義のイデオロギーで14億人をまとめることが難しくなり、その代わりに、愛国主義が台頭している。習近平政権にとって、トランプ大統領は、愛国主義教育の絶好の反面教師だ。

 ―米国トランプ大統領の独善外交―

 トランプ政権は「米国第一」を掲げ、環太平洋連携協定(TPP)離脱、気候変動パリ協定離脱、イラン核合意離脱、中距離核戦力(INF)全廃条約破棄、世界保健機構(WHO)脱退など、一方的かつ短絡的、恣意的な行動が相次ぎ、日本や欧州連合(EU)をはじめ、関係各国は翻弄されてきている。アフガニスタンでの米兵らの戦争犯罪を捜査する国際刑事裁判所(ICC)当局者に対し、制裁の発動を可能にするトランプ氏の大統領令は、欧州関係各国を困らせてもいる。トランプ氏による唐突なロシアや韓国などへのG7招待が示したように、米国の独善外交は、同盟各国との亀裂を生んでいる。

 米中貿易戦争は、世界の分断をもたらし、製造業のサプライチェーンに混乱を招き、日本を含む各国企業を困惑させている。いずれも、米国の国際的地位に修復不能な禍根を残す可能性が高い。トランプ氏が続投すれば、米国の独善外交が継続し、世界分断の加速、および、超大国米国の威信と指導力衰退の加速を招きかねない。結果的には、覇権を狙う中国の影響力拡大につながる。

 ―習政権は喜ぶ―

 トランプ政権下で、米国はかってないほど、国内の分裂と分断が進んでいる。新型コロナウイルスへの対応の失敗、および、白人警官による黒人死亡事件に対するトランプ氏の言動や抗議行動の鎮圧への連邦軍投入を辞さない姿勢は、国内分断・分裂を一層加速させ、彼の大統領としての資質さえ、疑わしくしている。このようなトランプ大統領についてこの6月、マティス前国防長官が米国誌に寄せた声明の中で、「私の生涯において、トランプは国民を団結させようとせず、団結させるそぶりさえ見せない初の大統領だ」とも指摘した。また、パウエル元統合参謀本部議長ら、元軍最高幹部が公然と反旗を掲げ、現職のエスパー国防長官、制服組トップのミリー米統合参謀本部議長ら、軍指導部もトランプ氏と一線を画している。

 実に深刻な事態だ。トランプ氏が続投すれば、米国内の分裂・分断が継続し、超大国の凋落(ちょうらく)を加速させる。一方で、習近平政権は喜ぶだろう。

 以上が、沈才彬(ちん さいひん)氏の講演内容の概略。

 ―沈才彬氏略歴―

 1944年中国江蘇省出身。中国の大学統一試験では英語科を志望したが点数の関係で日本語学科に入学することになった。大学2年終了時点で、文化大革命騒乱により、下放される。1978年からの大学入試再開により、大学院試験を受けて中国社会科院に入学。1981年に修士課程を修了。専攻は日本経済史。終了後、同大学で講師となり1987年に助教授に。

 1989年、日本に留学(御茶ノ水大学客員研究員)、1990年に一橋大学客員研究員に。1993年、三井物産戦略研究所主任研究員に、2001年~08年 同研究所中国研究センター長。2008年から多摩大学教授、2011年に中日ビジネス研究所を設立し代表に。多摩大学の特任教授を兼ねて現在に至る。中日ビジネス研究会は多くの講師を擁して講演活動などを行っている。

◆沈氏の講演内容に思う。

 ここ最近に至って、対中国の強硬策を次々と打ち出してきているトランプ大統領。もともとの対中国強行派だったポンペオ国務長官の演説。それに対抗する中国共産党政権。たしかに、この状況だけ見たら「中国政府としたらまだ対中国政策にソフトさがある民主党のバイデン氏の大統領就任を望む」と考えがちだが、中国習近平政権としては「トランプ継続を熱望」という沈氏の講演内容はかなりの説得力を持つように思えた。

 ポンペオ氏の演説内容は彼の強い持論。むしろ、彼が大統領になった方がどれだけ良いかと思うほどだが。しかし、「にわか対中強硬派」になったトランプ大統領自身としては、再選されればまた、自国第一の単なる経済貿易利益追求の「貿易強行派」に戻る可能性が高い。彼には、自由や人権を守のるのがアメリカ国の使命だという精神はとても希薄だ。このことについては、ボルトン前大統領補佐官も、7月29日の共同通信社のインタビューに応じ、「トランプ大統領が再選すれば、対中強硬から一転して融和姿勢を示し、さらなる貿易合意を模索する可能性が高いと指摘。「再選後、習近平氏から祝電の電話を受ければ"貿易協議をしよう"と言うかもしれない」と述べた。

 中国共産党政権にとっては国内の愛国教育の反面教師として、そして覇権をさらに拡大するためにはトランプ氏はかけがえのないパートナー・同志と映つているだろう。トランプ大統領が就任した2016年以降、彼の言動や政策による「敵失(てきしつ)」による米国の世界のリーダーからの退潮・凋落により、この4年間で中国は大きく世界覇権のステップを数段飛びで上がってきている。

◆憲法改正で2036年までの長期続投が可能になったばかりのロシア・プーチン大統領に対する抗議活動が極東のハバロフスクを中心に4週間連続で続いている。極東ハバロフスク地方の野党系知事・ブルガルの拘束(15年前の殺人事件に関与との疑い?)に反発する住民が数万人規模の大規模な反政府デモを展開しているようすだ。プーチン氏の政治・権力維持手法の一つは、有力対立候補や反対勢力のキーマンを罪に陥れることや時には暗殺などがこれまで知られている。

◆フィリピンのドゥテルテ大統領。フィリピンでもコロナ感染者数はここ2カ月間あまりで激増し、9万3000人あまりとなってきた。「マスクをガソリンかディーゼル油に浸せば、コロナ野郎は死滅する」と科学的根拠のないことを7月31日に発言。ガソリンで消毒発言に、ガソリン業界団体は、吸引すると有毒だと、真に受けないよう呼びかけた。これに対し、ドゥテルテ氏は、「冗談で言っているのではない。本当だ」と反発した。

 このドゥテルテ大統領、7月下旬には、中国から新型コロナウイルスのワクチンを提供してもらう代わりに、南シナ海の領有権問題を棚上げにしかねない消極的な発言をして波紋を呼んでいる。中国の海洋進出を勢いづける発言内容だ。「(領有権を争う海域近くの)パラワン島沿岸にフィリピンの海兵隊を派遣したとたん、中国のミサイルが直撃するだろう。我が国には中国と戦争する余裕はない。中国との軍事力の差を考えれば冷静に対処した方がいい」と国民に呼びかけた。

 まあ、この東アジアには、中国の習近平総書記、北朝鮮の金正恩委員長、ロシアのプーチン大統領、そして、フィリピンのドゥテルテ大統領、野党勢力を解散させたり逮捕して事実上の一党独裁を中国と共にひた走るカンボジアのフン・セン首相など、そうそうたる国家指導者たちが存在している。安倍首相などは可愛らしいものだ。  

 ◆米国の有力研究機関(戦略国際問題研究所)は米国国務省との協力で「日本における中国の影響力」という調査報告書を作成、日本の対中融和政策を推進する勢力についての調査報告内容についても7月下旬に公表した。この中で、安倍晋三首相の対中姿勢に大きな影響を与えてきた人物として、首相補佐官の今井尚哉(たかや)氏の名を明記していた。また、安倍首相の対中政策を親中方向に向かわせる存在として、二階俊博・自民党幹事長や公明党の名を挙げている。日本も米中双方の冷戦下、対中国政策での舵取りは超難しい問題だ。単純に対中融和勢力はけしからんなどの単純思考も国の未来を誤らせる。

 ◆—「中国たたきの先頭に立つファイブ・アイズがシックス・アイズに拡大?」との朝鮮日報の見出し記事―

 朝鮮日報は韓国の新聞だが、8月1日の上記見出しの記事によれば、日本が英米圏の軍事・情報共同体であるファイブ・アイズに加入するかもしれないという報道が出るや、中国メディアは「絶対許さない」と敏感に反応したとのこと。1941年に結成されたファイブ・アイズは米国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・英国の5か国が加入する。先日の中国による香港国家安全維持法制定に反対し、香港との犯罪人引渡協定を中止するなど、最近、足並みをそろえてきている。河野太郎防衛相が先週行われたセミナーで中国の対外拡張を懸念し、ファイブ・アイズへの加入についても言及したことがこの報道内容に影響を与えているようだ。

 香港問題、南シナ海などの問題で、最近このファイブ・アイズは確かに足並みをそろえてきている。しかし、トランプ大統領のこの4年間の外交政策で、G7などの対中国政策は足並みはガタガタになってきている。特にECの中核国ドイツのメルケル首相はトランプ氏を忌み嫌っているし、フランス大統領もトランプ氏とは一線の距離をおく。イタリアはコロナ問題でも中国寄りとなり、ドイツも中国とは一線を画しながら、融和政策をとり続けている。ドイツは特に自動車産業の盛衰に中国市場の存在が大きく関わるからでもある。日本もそのことは同じだ。

◆このような世界状況から考えると、11月の米国大統領選挙では、どちらの候補が次期大統領に相応しいのだろうか見えて来る。とりわけ、米国大統領の対中国政策はその要となる。どちらが大統領になるにせよ、7月のポンペオ氏のカリフォルニアでの演説内容は、今後のアメリカの対中戦略には大きな講演・宣言として記憶され、影響を持ち続けることとなるだろうと思う。