3月5日(火)に、中国の国会にあたる第13期全国人民代表大会(全人代)第2回会議が、北京の人民大会堂で開幕した。会議は3月15日までの10日間の日程で行われる。毎年、ほぼ3月の上旬または中旬から開催される。この時期に北京で、中国の大学の日本人大学教員の実践交流会が毎年行われ参加しているので、これまでに 天安門広場や人民大会堂や紫禁城(故宮)周辺の厳重な警備体制を目にすることも多かった。
天安門広場に最も近い地下鉄の駅から地上に上がると、すぐに持ち物検査が厳重に行われる。20分間ほど行列待ちして検査を受けるのだが、ライターは没収されるのでタバコを吸うことはできなくなる。全人代が開催される10日間ほどは、北京市の市街地全域、とりわけ地下鉄駅内及び地下鉄車内での警備は厳しくなる。
3000人あまりの代表者が集まる全民代の今年度大会で注目の焦点は、「中国経済の減速の流れの中で2019年GDP経済目標の数値」「軍備費の額や伸び率」「一帯一路の取り組み」「テクノロジー中国製造2025」「米中経済摩擦・覇権を巡る問題」「台湾統一問題」などについて"中国は現状をどうとらえていて、中国はどう動くか」という点などにある。
日本のANNテレビ報道をインターネットで見ると、「李克強首相は政府活動報告で、経済成長の勢いの鈍化を受け、今年の国内総生産(GDP)成長率の目標は6〜6.5%とすると報告」「中国と米国との貿易摩擦は一部企業に不利な影響を及ぼしている。GDP成長率を引き下げ景気減速の中国全人代が開幕」「リスクの増大を予想される激闘に向けた準備が必要だと報告」「一帯一路政策の実施にあたって、日本との協力関係を築いていきたと李首相が報告」などと報じていた。
上記の折れ線グラフは1992年~2018年までの中国GDPの推移であり、1992年は14.2%、その後2000年にかけて減速し7%あまりに半減となる。しかし、中国が国際通貨基金に加盟を実現することにより"うなぎ上り"にGDPが上昇し「世界の工場」とも呼ばれるようになる。2007年から2008年頃には再び14%に至り、2010年には日本を超えて世界第二の経済大国になる。その後再び経済の減速が始まり、2018年には6.6%となっていた。昨年の春ごろから始まった「米中の貿易摩擦」により、中国の経済はたしかに厳しい時代に入ってきているようだ。
ANNテレビ報道では、また、日本の中小企業の一つである「ナカヤマ精密」の社長の話を取り上げていた。スマホなどの部品の金型や部品を製造販売している会社だが、中国経済の減速で中国に輸出する売り上げが2割あまり減少しているとの話を伝えていた。「もう秋ぐらいから悪くなって、特に悪くなったのは12月くらいからかな。ほんまに困ったもんやで‥。今まで中国の全人代などに特に関心を持たなかったが、今後中国経済がどうなるか、中国はどう動くのか、全人代の動向にも関心をもちはじめています」などと語っていた。
世界の工場だった6〜7年前までの中国は、この8年間あまりで急速に大きく変化している。街中の店先や会社や工場の門前に貼られた求人募集の貼り紙などを見ると、2013・14年当時より賃金は1.5倍〜2倍ほどに上昇している。賃金の上昇にともなって、ベトナムやラオスやカンボジアなどに工場を移すという、いわゆる「産業の国内空洞化」も中国では始まりつつあるようだ。
中国の経済成長率の実態は本当はどうなんだろう?政府発表より実際はもっと低いのではないだろうか?という報道はよくされる。中国の北京には有名大学が多いが、なかでも「北京大学、清華大学、中国人民大学」は北京三大名門大学と呼ばれる。1949年の新中国建国後、中国共産党が初めて創った大学である。「改革開放理論の父」と仰がれる経済学者の呉敬璉から、現在、習近平主席の最側近の一人で米中貿易摩擦の中国側責任者である劉鶴副首相まで、中国の経済・金融業界には「人民大学人脈」が根付いている。
「現代中国の政治・経済・社会、中国共産党政権」の日本人研究者(中国ウォッチャー)として双璧を為しているのは、私が思うのは遠藤誉氏と近藤大介氏だと思っている。その近藤大介氏の2019年1月22日付けのインターネット報道記事に、「中国経済のヤバい実態を暴露した、ある学者の発禁スピーチ」と題した報道記事があった。その著名学者のスピーチの全文も翻訳されていた。A4版で11ページにわたる記事だった。その記事の概要は次のとおりだった。
記事概要—
国家統計局の「大本営発表」—2019年1月21日、中国国家統計局の寧吉哲局長が、年に一度の記者会見を行い、胸を張って発表した。「初歩的な概算によれば、2018年の国内総生産(GDP)は90兆309億円で、昨年に較べて6.6%の成長だった。発展目標にしていた6.5%前後を実現したのだ」と。このように寧局長は、中国経済の現状に自信をしめしたのだった。
だが、こうした「大本営発表」に中国国内で真っ向から異を唱える経済専門家も、中国国内には存在する。話は今から1カ月前にさかのぼる。昨年12月18日、驚異の経済成長の原動力となった「3中全会」(中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議)の開催から40周年を記念し、習近平主席も出席して、人民大会堂で盛大な式典を開いた。その前日の17日、その「改革開放」の拠点とも言える中国人民大学で、40周年を記念した式典が開かれた。記念講演をおこなったのは、同校で最も著名な教授の一人、向松祚教授(中国人民大学国際通貨研究所理事兼副所長)だった。[上記の写真]
向教授が行ったスピーチは、その1カ月あまり後に国家統計局長が自信満々で述べた「大本営発表」とは真逆といってよい内容だった。向教授は、中国経済の行く末を憂いてもいて、衝撃的な実態を暴露したのである。本来は、この記念講演の映像がネット上にアップされ、官製メディアで取り上げられる予定だった。だが、すべて中止となり「発禁」となってしまった。以下、向教授の発言を文字起こしして、訳出する。それは、国家統計局による「GDP大本営発表」への懐疑論から始まっている。
以下、近藤大介氏が訳をした向教授の講演スピーチの全文がA4版6ぺ―ジにわたって紹介されていた。その冒頭の部分は、次のとおりだった。
◆2018年の中国は、尋常でない一年だった。あまりに、あまりに多くの出来事が発生した一年だったと言ってよい。そんな中で、最も重要なことは何か?中国経済は下降しているが、2018年にはいったいどの程度まで下降したのか?
国家統計局のデーターは、(GDP成長率が)6.5%だ。だが、ある非常に重要な機関の研究グループが内部で発布した報告は、(今年の)現時点までにおいて、中国のGDP成長率は1.67%に過ぎない。もう一つの予測は、マイナス成長だと示している。
もちろんこの場で、こうした予測の真偽は討論しない。また、どのデーターを信じるべきかということも言わない。だが今年の中国は、こうした状況下で、厳重な誤判断が生じているのだ。米中貿易戦争にについての誤判断はないか?われわれは(アメリカを)甘く見すぎていたのではないか?‥‥‥(中略)‥‥‥結局、現時点において、われわれの中米貿易摩擦に対する、中米貿易戦争に対する形勢判断、国際的な形勢判断は、大きく誤っていた。このことを深刻に反省すべきだ。
実際には、いまの中米の貿易摩擦、貿易戦争は、すでに貿易戦争でもなければ経済戦争でもない。中米両国の価値観の厳重な衝突だ。完全に正しいと言ってよいのは、中米関係は現在、十字路にさしかかっているということだ。中米関係は巨大な歴史的挑戦に直面しており、いまだ穏当に解決する正答を見いだせていないように思う。
以下、講演・スピーチはずっと続くが、3つの実質的改革、『税改』(税制改革)、『政改』(政策改革)、『国改』(国家改革)の必要性に言及している。「減税し負担を軽くするとはどういうことか?それは政府の機構を簡素化することであり、政府の人員を大幅に削減することだ。政府を簡素化し、その権限を減らす。そのためには政治体制改革の実施が必須だ。」と講演の最後をしめくくっている。
※近藤大介さんが昨年の11月に出版した、『習近平と米中衝突—中華帝国と2021年の野望』(NHK出版新書)は、なかなか読み応えがあった。この新書紹介には、「米中貿易戦争は序章にすぎない―。北朝鮮、技術覇権、南シナ海をめぐる強硬な外交によって激しく衝突している両国。新冷戦ともいわれる、この対立の背景に何があるのか?2021年に中国共産党100年を控えたアジア新皇帝・習近平の壮大な野望とは!?日本有数の中国通ジャーナリストが、習近平外交の全容を長期取材に基づき読み解く!」と記されている。
近藤氏は1965年生まれの50才代はじめの年齢、現在、講談社『週刊現代』編集次長や明治大学国際日本学部の講師などをしている。彼の書く中国関連の書籍やインターネット記事などを読むたびに、その内容の正確さや深さに感心させられる。