といっても、かえしを2種類、珈琲の注文は正月もあるので、3日あたりから、お店
で仕込みをしている。
今朝の新聞に大間のまぐろが7000万でせりおとさた記事。毎年恒例だけど、なんとなく色あせて
見えた。そもそも、築地がたそがれている。もともと魚市場は日本橋にあって隅田川などを使って
魚を運んだ。大正12年の関東大震災で日本橋が壊滅的になったので、一瞬にして築地に市場を移した。
築地から豊洲への移転がごたごたしているけど、そろそろまた大きな地震ができて、そうなると埋め立て地の豊洲
ではあかんので、どこかほかの場所になったりするのだろうか?なんてことを考えた。
今朝のわがやのちゃぶ台には、能登から送られてきた「寒ブリ」のカマの塩焼き。
ぶりっこではないけど、ぶりの子で、似て非なるぶりっこが「ハマチ」。もともと海で泳いでいるブリの子
は「モジャコ」という。それをつかまえて、せまい網の中で薬まみれの餌をあたへ、このくらいだと損だ徳
だと計算され、築地にはこばれ、それが鮨屋とかスーパーにいき、食卓にもあがったりする。
養殖地の海は、餌ののこりとハマチの糞でヘドロになっている。なんでそんなことが知らされてないんだろうか?
成長する間に奇形になるのも多いけど、切り身や骨抜きにしてしまうと、どこふく風になってしまう。
関東ではぶりに近いこを、イナダといっていた。愛媛を中心に養殖のハマチがはばをきかせてきたので、
イナダというのが死言葉になりつつある。
江戸前、というのも死語に近い。もともと東京湾で、まぐろもとれたし、ハマグリもあなごもいっぱいとれた。
品川や大森あたりには、海苔の漁も盛んだった。そこをコンクリートで埋め、工場をたて、海の生態系がすっかり
かわってしまった。でも、「美しい日本の幻想」よろしく「江戸前」なんてことをえらそうに語る輩がまだ生きている不思議。
こんなに海に囲まれている国に住んでいて、魚がアブナイ、というのは、滅びに近いものを感じる。
昨日まーくんから電話があり、「目の手術を無事おえました。今年もよろしく」と電話があった。
明日はそのまーくんの「満つまめの会」のことはじめ。今年もいろいろなことがあるやろうけど、一に健康、二に健康、
三四がなくて、五に仕事。