昨日は、朝と夕方ダブルで、「蕎麦打ち教室」。
家族や親せきや友達に「年越しそば」を食べてもらいたいと、仕上げのような
蕎麦打ちをばんばん打った。いや、各自が打った。
蕎麦打ちは、地味な作業だけど最初に蕎麦粉と水をあわせる「水まわし」という作業
が一番大切。菊練りというこねたり、猫手というびん棒の使い方や、あの人切り包丁みたいでっかい包丁を
使うのが最初は抵抗があるけど、なあに、何度も繰り返すうちに、それらはなんとかなるものだ。
それよりも一気呵成に、というか、川の水がさらさらとたださらさらと流れるように、こね鉢の中で蕎麦粉と水を
一如にしていく工程は神秘的でおもしろくもあり、一番難しい。
この自然界には「簡素ほどホンモノ」という法則がある。お茶にお湯を注ぐ、珈琲にお湯を注ぐ、
というのも誰でもできるし、機会でもできるけど、100人いれば100人の個性の味がでる。摩訶不思議。
日曜日は4時に閉店して、蕎麦打ちをやるので、3時以降は準備のため、カウンターに座ってもらっている。
ちょうど昨日は関西からやってきた若者たちが真ん中に座った。ちょうどそこには賽銭箱みたいな木でつくった
珈琲スタンド?があり、そこに久保さんの黄瀬戸のドリッパーが鎮座してあり、そのスタンドの前に、売茶翁
よろしく、「天真を愛す」の意味がぼくのへたくその字で書いてある。ときどき、「いい言葉やな」とかいう声が
聞こえると、合掌して「ここにお賽銭をどうぞ」みたいな冗談をいったり、バカなお茶坊主みたいなことをやっている。
旅用のお茶道具入れ、珈琲道具入れも、茶箱でつくった。この冬は、各地の友達んちによって、お茶や珈琲
をともに楽しめる。托鉢奇僧の旅みたいなのができそうだ。
今日はこれから「卵かけごはん」昼は二階で「金継ぎ教室」
ぼくの蕎麦の弟子で、三輪福さん、という不思議な女性がいる。各地の由緒ある神社などに奉納舞い
をしているような人だ。来年1月24日に天真庵で、おめでたい舞と、演奏会をやってもらうことに、あいなった。
時代の分水嶺みたいな年の始まりにぴったりな企画かと思う。
本日の夜は「タイムドメイン」 明日でこの星が終わる、という時がきたら、こんな宴を
やりたいものだ、というようなヒントがつまった会。参加は国籍も性別も年齢も不問。
もちろんドレスコードもなし。好きなCD、飲みたい酒、つまみを各自が持ち寄り、
「今」を語り合うだけの会。