昨日は歯の治療にいく。20年近く住んだ池袋(正確には上池袋)の近くにあった
歯医者が相性がいいのでそこに予約をした。8年ぶりに電話をしたのに、受付の女性
は覚えていて、8年前と同じように「診察券と健康保険書を、カナラズもってきてくださいね」という。
そのカナラズというのに力が入っていたので、それを忘れる常習犯のぼくのことを、ぼくも思い出した。
神保町で都営三田線にのりかえ、巣鴨で降りて、おじいちゃんおばあちゃんの原宿を抜けて、
明治通りをめざす。目をつむっていても歩けるし、「ああ、あのカフェのみっちゃんは元気かな?」
と路地裏をあるくと、みっちゃんのカフェがあった。定休日だったけど、ちゃんとやっているようだ。
ここの卵サンドは、しっかりと卵焼きが出汁が利いてうまいのと、パンがこんがりしていて、
サクッという歯ごたえの後にくる卵焼きのやわらかいアツアツ感が絶妙なのだ。
明治通りを渡ると、滝野川という場所にくる。コモデイイイダの発祥の地。ぼくが住んでいたころは
「飯田百貨店」という名前でその近くに「飯田」という表札のある大きなお屋敷があった。
そこの近くに負けないくらい大きなお屋敷があって、150坪の敷地に3階建てで、茶室があり、
渡り廊下だけでも生活できそうな田舎屋敷みたいなところを、平成8年に月50万ちょっとの賃料で借りた。
借主が有名な社長で、かなり銀行にそこを抵当に借りていたので、その救済策として、即決和解という裏ワザで
特別安価で借りた。(たぶんその当時のその物件だったら、80万円くらいしたのではなかろうか?)
そこが「天真庵」の原点。ITの会社をやりながら、茶室に南條先生の寒山拾得の絵のギャラリー
にしたり、論語の会とか、時々コンサートなどをやり始めた。今はもうマンションになって、当時のことは知るよしもない。
歯の治療が終わってお金を払うと、受付の女性が「おだいじに、来週も診察券をカナラズお持ちください」といって微笑んでくれた。
外へでると北風が吹いていて、かじかむ手でお財布をとり、そこに診察券を入れた。なんとなく「ぬくもり」を感じた。
そんなあたたかいことがいっぱいあったので、たぶんその街に20年も住めたのだろう。
今日はこれから「卒啄珈琲塾」 みんなそれぞれの場所で、「ほっと」する珈琲を飲む。
そんななにげない日常の「ひとこま」を幸せ劇場というのかもなんばん。
明日は「ダメから始める中国語」