天然居士の独り言

主に日記主体のブログです。

大嘗祭・・・

2019年11月15日 19時26分13秒 | 日記
 昨日から今日に掛けての大嘗祭が終わりました。
 大嘗祭は、新天皇が即位の後に新穀を神々に供え、自身もそれを食する行事です。
 感じ方は人それぞれかと思いますが、
 やはり宗教行事との印象は変わりませんでした。

 大嘗祭については、折口信夫をはじめ多くの学者が説を唱えています。
 神と交合して、神格を得るような説もあったと思います。
 その辺から色々な下衆の勘繰りもあるのかも知れません。
 僕自身も民俗学的な興味があります。
 例えば、今回も「悠紀殿供饌の儀」と「主基殿供饌の儀」が行われましたが、
 何故、同じ儀式を2度行わなくてはならないのでしょうか?
 その他、色々興味を感じる点あります。
 詳細を明らかにして、
 民俗学上の研究が行われれば、日本の文化を解き明かす事になるような気がします。

 しかし、大嘗祭の細部については、
 宮内庁は秘事であるとして詳細な発表を拒んでいます。
 多額の税金を使って行う行事の内容を明らかにしないのは、
 宗教上の儀式と考える以外ないような気がします。
 夜行われるのも、正に神道上の考え方なのでしょうね。
 多くの参列者がいたとの事ですが、
 寒い中大変だったのではないかと思います。
 一般的に、宗教では、神秘性で権威を高めますので、
 大嘗祭を神秘的に行う事によって、天皇の神格性を高めるようにも思いました。
 とすると、今の象徴天皇制とは相容れない儀式なのかも知れません。

 前回の大嘗祭の時ほどではありませんが、
 依然として政教分離の原則に反するとの声はあります。
 中には、天皇制を否定する意見もありました。
 現在の憲法の基本的な精神から考えると天皇制は例外的な制度です。
 僕は、必ずしも天皇制を廃止すべきだとは思いません。
 かつて戦前の日本では、天皇を現人神としていました。
 これによって、あの無謀な戦争を行ってしまい、多くの犠牲を生みました。
 最近の保守派の人は、戦前への回帰を考えているように感じています。
 天皇制が、こうした人々に利用されないような工夫が必要だと思います。
 いずれにしても、象徴天皇制に合った式典のあり方を考えても良いような気がしました。

コメント
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