MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

森田思軒『死刑前の六時間』

2010年03月16日 | 


写真は森田思軒訳『死刑前の六時間(明治文学名著全集第六篇)』(東京堂)。大正15年の本で、「クラウド」「死刑前の六時間」「探偵ユーベル」を収録し、木村毅による解題がついている。木村毅に『明治文学展望』という本があり、その中に「森田思軒とその翻訳」という文章があるのだが、これが上記「明治文学名著全集」の解題であったというので、探して入手した。「阪急線岡町本通」某古書店の古びたラベルが貼ってあるが、入手したのは沖縄県宜野湾市の古書店からである。何だかこの本の辿った数奇な運命を思わせる。また、森田思軒は明治30年に死去すると、すぐに忘れ去られてしまったようなことが言われているが、30年後の大正15年に名著全集の1冊に入る程度には記憶されていたことが分かる。
さて、未読だった「クラウド」を読んでみた。ユーゴー原作のこの小説、実はかなり変な話なのだ。盗みで監獄に入れられたクラウドが看守を殺害するのだが、その理由というのが、大食らいの自分に食べ物を分けてくれる少年囚人と引き裂かれたから、というのである。その程度で殺すかね。同性愛的感情があったわけでもなさそうだし、どうも納得しかねる。だから末尾の死刑廃止論の熱弁もなんだかそぐわない感じがする。
それはさておき、思軒にはあまり欧文脈は見られないという人がいるが、実際はそうでもない。確かに全体としては漢文脈が強い(漢文崩し)文体ではあるが、関係代名詞の箇所に「ところの」を充てたり、「看守をしてクラウドの状相を熟視せしめん」のような使役構文、さらには「己の手に法律を執りて之を行はねばならぬ」のような直訳があちこちに見られる。「造化が一個人に賦したる所のものは、願くば社会をして之を成就せしめたし」などは典型的な欧文脈だろう。

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