MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

グループメソッド

2010年02月24日 | 通訳・翻訳研究

日スーパーで買い物をして小石川の商店街を歩いていたら、どこかで見たような人が歩いてくる。似てるけど違うよな、などと思っていたら(マスクをしていたにもかかわらず)向こうが気づいた。卒業した院生のSさんなのだが、やはりもと院生のWさんと電話の最中で、僕まで電話にでるはめになったのだった。



保町のあるビルの中に倉庫のような古書店があり、そこで、浦口文治(1927)『グループ メソッド:外国文学研究の近道』(文化生活研究会)という本を500円で入手した。英語教育史では有名な本で、復刻版も出ているが1万円を超す。古書も通常それぐらいはする。いわゆる「直読直解」法の流れをくむ方法であり、普通の訳読とは違って、英語の語順(句順、節順)通りに訳す点が特徴なのだ。同時通訳の「順送りの訳」とも似ているので以前から関心はあった。まあ、主眼は理解の方法なのだろうと思っていたのだが、実際に見てみると、読み方(ポーズの入れ方)、理解の仕方に加えて、翻訳の方法でもあるという。俄然おもしろいことになるわけだが、実例を見て、これはだめだと思った。浦口はたとえば、次のような原文について、グループメソッドによる翻訳とそれ以外の方法による翻訳を比較している。

Krogstat: The law takes no account of motives.
Nora: Then it must be a very bad law.
Krogstat: Bad or not, if I produce this document in court, you will be condemned according to law.

実際はもっと続くのだが、ここまでにする。以下、グループメソッドによる訳とそれ以外の訳を並べてみる。

(グループ式訳)
「今の法律が頓着しないのは動機ですよ。」
「それぢやきつとひどい悪法律ですわね。」
「わるからうとなからうと、もし私が此書類提出を法廷でやれば、あなたの処罰される標準は法律ですよ。」

(島村抱月訳)
「何のためだらうが、そんな事は法律は関係しません。」
「それぢや其の法律は大間違の法律です。」
「間違つて居やうが居まいが、此証書を裁判所へ持ち出せば、あなたは法律の罪人におなんなさらなくちやならない。」

(森鴎外訳)
「いや、法律は動機を問はないものです。」
「そんな法律なら極悪い法律ですわ。」
「悪い法律だらうが、好い法律だらうが、わたしがこの一枚の証書を法廷に出せば、あなたが法律に依つて処分せられますよ。」

以下、あと3人の訳例が続くがいずれも似たようなものなので省略する。言うまでもないと思うが、抱月と鴎外の訳の方が優れている。浦口はグループ式訳がいかに優れているかをさまざまな理由(背景とか主張が鮮明になるとか)を挙げて力説しているが、すでに当時から批判はあったようで、その辺りは現在の視点から見た批判も含めて、庭野吉弘(2008)『日本英学史叙説』(研究社)に詳しい。しかし、困ったことに現在の批判もあまり理論的なものではないのだ。第一に指摘すべきなのは、グループメソッドによる訳が、情報構造(焦点など)を無視していることだろう。抱月や鴎外の訳は無意識のうちに原文の情報構造を歪曲しないような訳になっているのだ。


最新の画像もっと見る

1 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (大熊元司)
2010-02-25 16:13:22
水野的先生から、今年頂いた年賀状で切手が当選していましたので、お礼を言わせていただきます。ありがとうございました。
返信する